2度目の悪夢 その3
中編 | 編集

    おまけ

 UMA。未確認動物とは、存在の可能性があるとされながら、生物学的に確認されていない人々の間で噂される都市伝説で、未知の動物のことである、とはウィキペディアの表記そのままであるが、果たしてこの場合、今いる場所は俺たちが住んでいたはずの時空間とは異なっている可能性が高く、この世界ではUMAと言われるべきはもしかしたら俺たちなのかもしれない。

 なーんて暢気にモノローグが続いていることからもお分かりだろうが、早い話が俺たちは無事である。
 さて、俺たちがどうなったのか? という場面で引っ張りたくても話を進行させているのが俺なのだからどうしようもない。オチも盛り上がりもないが、俺自身はそれどころじゃないのでご勘弁願いたい。
 熊だかライオンだか分からない謎の生物に追われた俺たちは崖の上に追いつめられ、焦ったのかヤケなのか分からないハルヒと共にスタントも使わずに崖から身を躍らせるなんて芸当をやっちまったわけであるが、せっかく生身のダイブを誰も撮影してくれていなかったのが少し寂しい。SOS団でハンディカメラを回す役は俺しかいないから仕方がないのだろうが。
「まったく、死ぬかと思ったぜ」
「バカね、勝算もないのにいきなり飛ぶ分けないでしょ」
 つまりハルヒは焦ったわけでもヤケでもなかったわけだ。俺の方がよっぽど焦っていたようだ。
「だったら事前に説明してくれてもいいだろう」
 俺が愚痴ると、ハルヒは胡散臭いものでも見る目つきで俺を見た。
「そんな暇があったと思う?」
 ない、な。確かに。

 俺たちがいったいどこにいるのか、と言うと、崖上から少し下がったところにある1畳ほどの平たいスペースである。こういう場所をなんというのか俺は知らない。
 ハルヒは崖上から覗いた瞬間、その場所までなら飛び降り可能と判断したわけだ。多少高さがあった上、俺はハルヒに襟首を掴まれたわけで、しかもこの狭いスペースに着地せねばならず、正直死ぬかと思ったぜ。
 俺たちが飛び降りたことで奴は諦めたのか、それ以上追ってくることはなかった。
「それで、これからどうするんだ? 上に戻ったらまたあの変な化け物に遭っちまうかもしれん。だいたい、ちょっと戻るには骨だぞ、この高さ」
「でも、さすがにこの高さじゃ降りるのは無理だわ」
 ハルヒは下を覗き込んだ。
「ハーケンもザイルもあるけど、ちょっと足りないかもしれないし、あたしも初めてだから判断つかない」
 ちょっと待て。ハーケンもザイルも借りた覚えはないんだが、いつの間に用意してたんだ。
「何よ、山岳部のとこ行ったときにもらったじゃないの」
 お前、あらかじめことわってるんだろうな。
「ことわるって、誰によ」
 山岳部部員にだよ。て、やっぱり無断で拝借しやがったな。
「いいでしょ、別に。今は役に立ちそうだし。降りるのは無理でも、登る足がかりくらいにはなるわよ」
 登るしか道はないだろうが、あいつはもうどっか行っちまったんだろうな。まだその辺ウロウロされてちゃかなわん。
「ねえ、何なの、あれ……。見たこともない動物だったわ。ここ、山だけど県庁所在地内でしょ? 登山客も観光客も来る山にあんな動物がいて、発見されていない方がおかしいわ」
 まったくその通りだし、もともと俺たちがいた場所だったら出会うこともなかった化け物だろう。一生出会いたくなかったがな。
「それに、さっきまでかなり頻繁に他の人に会ったのに、みんなとはぐれてからは誰にも会わないわ。まるで他に誰もいないみたいじゃない」
 さすがに勘がいいな。俺が感じていた人気のなさを、こいつもしっかり感じていたわけだ。しかしこうなってくると、こいつに誤魔化すことも難しくなってくるわけだ。
「ここ、どこなの?」
 答えることは出来なかった。


 ロッククライミングなんてもんをやったのは生まれて初めてであり、場所が場所だけに滑落したら命はないと思うと手足も思うように動かなくなるのだが、ハルヒの叱咤激励により何とかビビリながらも崖上に戻った俺は意外すぎてちっとも嬉しくないな人物と遭遇した。
「……何でお前がここにいる」
「あら、久しぶりに会ったっていうのにご挨拶ね」
 相変わらず快活に話すこいつにはやはりいい思い出なんかまったくない。もう2度と会いたくなかった。なんとなく脇腹のあたりが痛くなってくるような気もする。
 今はナイフは持っていないようだが、そんなのアテにならんことは嫌と言うほど分かりすぎている。
 何が目的だ。
「朝倉?」
 ハルヒはわけが分からないとばかりにきょとんとしていた。当たり前だ。カナダに転校したことになっている朝倉が、こんな山の中でやっぱり北高の制服を着て何をやっているんだ。

 しかし、だ。なんとなく分かってきたぜ。俺たちがこの世界に飛ばされる直前の長門の様子、そしてここにいる朝倉。
 今回のことは情報統合思念体絡みなのだろう。急進派がまた何か企んだのか、別の何かがあるのかなんてわからんが、またハルヒに何かけしかけて結果を観察するって魂胆か。
 ふざけんな。
 ハルヒをモルモット代わりにしやがって。

「正直な話ね、あたしもこんなことしたくなかったんだけど、彼女が首を縦に振らないから仕方なく出てきたってわけ」
 どういうこった。
「キョンくんも気の毒ね。彼女が素直に言うことを聞いていれば、非道い目に遭わずに済むのに」
「どういうこと? 何で朝倉がここにいるの? 彼女って誰よ」
 ハルヒが口をはさむ。間違いなく彼女は長門のことだと思うが、ここでハルヒにそれを言ってしまうとややこしいことになりそうだ。そんなことより気になるのは朝倉のセリフだ。「非道い目に遭わずに済む」って、朝倉絡みで非道い目に遭わなかったことがないじゃないか。
「それにしてもこんなとこから飛び降りるなんて、涼宮さんも無茶するわね。想定外だったわ」
 ハルヒの行動が想定内だったことなんかあるかよ。いい加減それくらい学習しやがれ、人間何かより遥かに優れた知性体なんじゃないのかよ。
「ま、そんなことはどうでもいいわね。それよりキョンくん」
 朝倉は何も知らない男なら思わず見惚れるような笑顔を俺に向けた。俺には寒いだけだがな。
「今回はあたしは何もしないから安心して」
 そう言われてはい、そうですか、と安心できるかよ。
「あら、やっぱり分かっちゃった?」
 やっぱりって何だよやっぱりって! もうナイフで刺されるのはゴメンだ!
「でも、本当にあたしは何もしないわよ。あたし、はね」
「どういう────」
 聞き返そうとして言葉に詰まった。
 朝倉に気を取られて気がつかなかった、というには迂闊すぎる。どちらかというと、先ほどまでそこにいなかったんじゃないかと思うが確証はない。
 背後に、気配がする。
 荒い息づかい、低いうなり声。
 また、あいつだ。
「キョン……」
 先に振り返ったハルヒが不安そうな声を上げる。らしくないから止めろ。こっちまで調子狂っちまう。
 俺も振り向いた。さっきと同じように怒り狂ってるようにしか見えないその化け物が、数mほど離れたところで俺たちを睨み付けていた。
 闘うなんてできっこない。敵わないのは目に見えているし、俺は武器も何ももっちゃいねぇ。逃げるしかないのだが、朝倉もいるんだ、逃げられるのか。
「涼宮さんはこっち」
「えっ! ちょっと朝倉!?」
 突然朝倉がハルヒを抱えたかと思うと、そのまま10mほど後方へと跳躍した。俺は今さら驚かないが、ハルヒにそんなところを見せて大丈夫なのか。
 て、人の心配をしている場合じゃねえ。
「ゴメンね、涼宮さんがいるとその子攻撃できないのよ」
 ハルヒには傷つけないってことか。さすがに徹底してやがるな。てさっき攻撃された気がするんだが。
「あれはどのみち回避する予定だったのよ。キョンくんがなかなか格好いいとこ見せてくれたけどね」
 俺の必死の行動は無駄だったってことかよ。とんだお笑いぐさだ。

 そんなやりとりの間にも、目の前のヤツはじりじりと距離を詰めてくる。俺は後ずさりしようとして……出来ねえ! 動けねえ! またかよ、朝倉!
「キョン! 何やってんの、逃げなさいよ! 朝倉、離しなさい!!」
 逃げられるならとっくに逃げてるっつーの! 指一本動かせないんだからしょーがねー……って、このままじゃ確実に死ぬ。
「このバカキョン! あんたそんなヤツに殺られたら承知しないわよ! SOS団団員が勝手にいなくなるなんて許さないんだから!!」
 どこまでも居丈高な発言。だが、涙混じりの声に聞こえるのは気のせいではあるまい。
 俺の顔に生臭い息がかかる。既に目の前にいるそいつの鋭い牙の一本から唾液がしたたり落たる。恐怖から顔を背けたいのにまったく動けないどころか、前と同じように目を閉じることすらかなわない。
 くそ、本当にこんなところで俺は死ぬのか。こんなわけの分からない化け物に食い殺されるのか。
 ハルヒの目の前で。
 嫌だ。せめてハルヒは目の届かないところに連れて行ってくれ、頼む朝倉────

 為す術のない俺の頭上で、そいつが咆吼をあげ、開かれた口はまさに俺を飲み込もうとしている。
 何故かすべてがスローモーションのように感じられ、死を目前にしているというのに現実味がない。

「キョン────────!!!!」

 ハルヒの悲鳴に近い声が聞こえた。悪いなハルヒ、どうやらここまでみたいだ。せめて最期に顔が見たいと思ったがどうやらそれも叶わないみたいだな……。
 何故か脳裏にハルヒのあのハイビスカスのような100Wの笑顔が浮かんだ。

 
 次の瞬間。








「痛ぇなこの野郎!」
 ってあれ、身体が動く。絶対もう駄目かと思ったんだが。
 慌てて辺りを見回すと、化け物は何故かいなくなっていた。それだけではない。
 朝倉もいない。
 何だ? 何がどうなってるんだ? 朝倉はどこに行った?
「え、あれ? ハルヒ?」
 俺はハルヒに半ばタックルでもかけられたように押し倒されたらしい。思わず文句を言ってしまったが、明らかに俺をかばうための行動だ。
「この……バカキョン!!」
 俺にしがみついたまま、顔を上げずにハルヒは言った。悪いな、俺にもどうしようもなかったんだよ。
「悪かった、ハルヒ。頼むから泣くなよ」
「泣いてなんかないわよバカ!」
 どう聞いても涙声なんだが、まあそう言うならそれ以上指摘するのはやめておいてやろうかね。
「バカ! バカキョン、どんな状況だって諦めるなんて団員としてあるまじき行為よ。罰ゲームなんだからね!」
 いや、諦めたわけじゃなくて動けなかっただけなんだが。
 なんて反論するだけ無駄だろうな。もう駄目だ、と思った時点で諦めたことになるわけだし、罰ゲームを受けるしかないのかもしれない。
「約束しなさい」
 そこでようやく顔を上げて俺を見た。まだ濡れている瞳はそれでも真っ直ぐに俺を射抜く。
「絶対あたしの前からいなくならないって、約束しなさい」
 絶対と言われても、今回のように不可抗力だと俺にはどうしようもないんだが、そんな返事はハルヒは認めないだろう。
「分かった。約束する」
 何の根拠もない。俺がどんなに気をつけたって世の中何が起こるか文字通りわからないんだ。まさに現在、俺はわけの分からない世界に紛れ込んでいる。それでも、今俺のために滅多に見せない涙を流してくれているハルヒを失望させたくはない。
「お前が望む限り、俺はお前のそばにいる。絶対いなくなったりしない。だから、泣くな」
 俺は無意識のうちにハルヒを抱きしめていた。
 そして気がついた。

 なんてこった。俺は今腕の中にいるハルヒがどうしようもなく愛おしいと感じている。自分でもその感情が信じられないと思っているのに、腕を弛めることが出来ない。
 ほんとに信じられねえよな。俺は死ぬ間際に一番見たいと思うのがこいつの笑顔だったくらい、こいつのことを気にしていたなんて。

「キョン、苦しい」
 ハルヒの声で慌てて腕を弛めた。ハルヒは少しの間うつむいたまま黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げ、
「いてっ!」
 俺に頭突きをくらわしやがった。おい、なにしやがる! この石頭!
「約束、破ったら承知しないから」
 まだ破ってないのに既に罰を与えられた気分だぜ。
「そりゃ怖いな。どんな罰ゲームをやらされるか分かったもんじゃない」
「バカ」

 目の前のハルヒの顔。少し頬を染め、もう涙は流していないが、赤い目はまだわずかに潤んでいる。
 こいつが美人なんて今さら認識したことではないが、今日は特に綺麗に見えた。綺麗で、それでいてめちゃめちゃ可愛い。
 自分の心臓の鼓動をはっきり感じた。血液が身体を巡るのが分かる。
「ハルヒ……」
 血液とともに身体を駆け巡る感情に、俺は身を任せた。
 唇がわずかに触れた瞬間、少し震えたハルヒの身体をきつく抱きしめ、風も吹いてない何の音も聞こえない世界で、そのまま俺たちは唇を交わした。







「あの、そろそろよろしいでしょうか」
「えっ! うわ!?」
 この状況でいきなり声をかけられりゃ誰だって焦る。
「こ、古泉!? ……って、おい、ハルヒ!」
 ハルヒは突然力が抜けてぐったりと俺に寄りかかってきた。窒息した……わけじゃなさそうだな。
 気がつくとすぐそばに古泉だけではなく、長門も朝比奈さんも立っている。
「ああああの、ごめんなさい! お邪魔しちゃいましたぁ」
 そう言いながら朝比奈さんは顔が真っ赤だ。ああ畜生、なんてとこを見られたんだよ!
「お邪魔したくないと思ったのですが、どうやらあまり時間がないようですので声をかけさせて頂きました」
 えーと、聞きたいことは色々あるが、いつからそこにいた? それにハルヒはどうしたんだ。
「さて、いつからかはお気になさらず」
 めちゃくちゃ気になるに決まってるだろ。
「それから涼宮さんはご心配なく。眠って頂いただけですから。現状を認識されるのはまずいとの判断です」
「時間がない。この空間はまもなく崩壊する。早く脱出を」
 何だかわけが分からないが俺は照れたり焦ったりする暇さえ与えられないようだ。長門が例の呪文を高速で唱えると、最初に見たあの光の揺らめきが現れた。これに触れると元の場所に戻れるのか。
「そう」
 そうか。助けに来てくれてありがとな。
「いい」

 来たときと同じように、何の抵抗もなくあっさりと元の世界に戻ることが出来た。
 前と違って、俺たちが最初に異次元かどっかに飛ばされた場所に戻っている。
「涼宮さんが目を覚ますまで、ここで待機しましょう」
 ああ、さすがにこいつを担いで山歩きする気にはなれん。
 その間に何が起こったのか教えてくれ。
 

 あの世界はいったい何だったのか。
 後で長門の単語が主流の説明を文章にすると、こんな感じになる。
 黒幕はやはり情報統合思念体だったらしい。メインは急進派だが、今回は最初の段階では主流派も同意していた。
 何故か。
 腹の立つ話だが、最初の段階ではあの化け物に殺られるのは長門という予定だった。ハルヒの目の前で、長門が食い殺される。それによってハルヒの出方を見るという計画。
 無茶苦茶だ。ハルヒにとっては俺だって長門だって変わらない。目の前で食い殺されたりなんかしたら、どれだけショックを受けるか分かったもんじゃない。
 長門もそれを分かっていた。
「わたしには直前まで知らされていなかった」
 少し悔しそうに長門は言った。そして、知らされたときに長門は反発した。自分が死ぬのが嫌だったわけではない。俺にはよく分からないが、実際に死ぬわけではなく、あくまで仮の世界で死んだ場面を見せるだけだと言うことだったが(だからあの世界が用意された)、それでもハルヒが心に受ける傷を考えるととても同意出来るものではない、長門はそう言った。
 そして反発したがために、わずかの時間、機能を奪われてしまったわけだ。あの時突然何の反応も示さなくなったのはそう言うことだ。おそらく俺たちがあの異時空間に飛ばされるのを邪魔されたくないがためだろう。
 その後は、お約束みたいだが、急進派の暴走だ。
 長門がダメなら俺。むしろ急進派は俺の方が効果がでかいと思っているらしく、ここぞとばかりに俺を殺しに来たわけだ。俺は残念ながら生身の人間だから、あそこで死んでしまったらお終いで、再構成なんかできっこない。それでも急進派は行動に出た。

 俺が殺されそうになっていたあの時、ハルヒは閉鎖空間を作ろうとしていた。閉鎖空間を作って、そこに引き込むことによって無意識に俺を助けようとしてくれていたらしい。
 しかし、既にいつもと違う時空間に飛ばされていたせいか、閉鎖空間が作れなかった。その代わり、あの空間に大量の情報が流入し、構成情報を保っていられなくなった。それで朝倉とあの化け物は消し飛んだ、とのことだった。
「実際あの空間自体、長門さん──というより情報統合思念体が何とか保持してくれていたから保ったようなものです。すぐに一緒に消し飛んでもおかしくはなかった」
 言ってる内容の割にまったく緊張感のない顔をしているな、古泉は。
「実際助けに行くまではこちらもかなり焦っていたのですが、いざ行ってみたらあの状況ですからね」
 わかった、俺が悪かった。それ以上言うな。

「ごめんなさい。わたしのせい」
 いや、長門が謝る必要はない。だいたい、この計画に反対してくれていたんだろ?
「わたしが反対しなければ、あなたを危険に晒すこともなかった」
 だからと言って長門が殺されるとこを大人しく見てるなんて、俺もハルヒも出来るわけないだろ。だいたい、俺であろうが長門であろうが、ハルヒにとっては変わらない。
 長門でも古泉でも朝比奈さんでも俺でも、ハルヒは自分の前からいなくなることを許すわけがない。こんな無茶な計画をして、下手すりゃ世界改変どころか思念体ごと消し飛ばしかねないぞ、あいつは。
「自分が消えたくなかったら自重しろってお前の親玉に伝えてくれ」
 俺が長門に言うと、長門は驚いたことにほんのわずかに微笑んでこういった。
「既に伝えてある」




 やがて目を覚ましたハルヒは、しばらく呆然としていた。無理もないか。
 もうこの展開は二番煎じなのだが、またもや夢オチだ。ハルヒは転んだ際に頭を打って意識が飛んでしまった。その間にどんな体験をしていようが、それはその間に見た悪夢だろ。
「うそ、だってキョンは……」
 ハルヒはそれだけ言うと黙りこんでしまった。その頬はなぜか少し赤い。
 ってちょっと待て。なぜか、じゃねえだろ。
 あの世界での出来事がすべて夢オチってことは、さっきのあれも夢オチなわけだ。
 なんなんだよ。俺は2度目のキスもなかったことにされちまったわけかよ。
「何であんたが落ち込んでんのよ」
 うるせえ、落ち込んでねえよ。
「ふうん? 誰かとキスする夢でも見たんじゃないの?」
 ……。そりゃお前だろ、とは言えない。
 時々思うが、こいつは何もかも分かってるんじゃないだろうな。
「な、んなわけねえだろ」
 慌てて否定する俺の顔をまじまじと見つめると、
「あっそ」
 と横を向いてしまった。お前の方こそ落ち込んでるように見えるがな。

「さあ、こんなところで余計な時間くってるわけに行かないわ! まだ先は長いのよ!」
 ハルヒが号令をかけ、俺たちは元の山道に戻った。
 まだ残りの道のりは30kmくらいあるはずだ。今日中に着けるのかね。
「バカキョン、どんな状況だって諦めるなんて団員としてあるまじき行為よ!」
 どっかで聞いたセリフだな、そりゃ。
 だが、なかったことになっている時間、俺は散々走り回ったわけで、正直もう疲れ気味だ。
 テンション下がるのはそれだけが理由じゃないけどな。

 1度目は俺自身がなかったことにしたくなった。
 それは今思うと誤魔化しだったのかもしれないが、とにかくなかったことになってホッとしている自分がいた。
 2度目は正直がっかりしている。俺は自分の気持ちを自覚しただけではなく、ハルヒと思いが通じたと思っている。それ自体がうやむやになってしまった。仕方がないとは言え、やはり悔しい。
「ま、3度目の正直って言葉もあるしな」
 思わずこぼした言葉を耳ざとく拾った古泉は、ニヤケ面でこんなことを言いやがる。
「2度あることは3度ある、とも言いますよ。何なら次の機会は我々『機関』が斡旋しましょうか」
 要らねえよ、お前はいい、黙ってろ。

 苦笑する古泉を一睨みすると、俺は先を歩く団長様の後を追うために少し歩を早めた。

 どうやらこれからも天気は快晴、登山日和のようだ。
 中止にはなりそうにないな。……やれやれ、だ。


  おしまい。



実は最初は長門が反発したという計画そのものを書こうとしていました。
長門食われてるよおいorz
いや、何でこんなグロ路線に走ったのか自分でも謎だw

それと朝倉ファンの人すみません。
敵キャラはいつも悩みます。