涼宮ハルヒの旗魚 前編
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前編 後編
ハルヒスレその90より
141 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2008/05/21(水) 16:59:25 ID:/OTn4bxR
>>137
GJ。


ちょっと俺も釣りの準備してくるわ。
とりあえず、餌の代わりにキョンにツリバリをつけてくる


 合宿というものは本来目的があってやるもので、行くことそのものが目的の場合は合宿ではなく単なる旅行であると思うわけだが、そんな理論は何故か団長によって「詭弁」と言われて一蹴され、とにかく昨年に引き続き今年もSOS団による合宿のための合宿が決行されることとなった。詭弁じゃねーだろ、という反論は当然受け付けられるわけがない。
 ちなみにこの夏合宿は去年と同じく多丸氏の別荘に行くわけなのだが、同じことの繰り返しを嫌うハルヒは当然別の合宿の予定も組み込んでやがる。今回は関係ないのでそちらの話はまた別に語る機会もあるだろう。
 前置きが長くなってしまったが、とにかくそういうワケで俺たちはまたあの孤島へとやって来ているだけでなく、既に事件に巻き込まれてしまっている。
 我ながらこんなアホな事件に巻き込まれたくなんかないのだが、団長が団長なだけに時々開いた口がふさがらないような事件に遭遇するのももう慣れ……ねーよ、さすがに。

 俺が事件を知ったのは早朝5時という、まだ脳が充分な睡眠だと認識するに足らない時刻に起こしに来た古泉の言葉だった。
「早朝から申し訳ありませんが、起きて頂けますか」
「……んー、なんだ? もう朝飯出来たのか?」
「いえ、まだそんな時刻ではありませんが、少々問題が発生しました。あなたのお力をお借りしたいので起床願いたいのですが」
 おい、こんな時間に起こしてまた『機関』プロデュースの茶番だったらさすがに怒るぞ。
「いえ、それはそれで考えていたのですが、退屈を紛らわして差し上げようとする人物がいなくては意味がありません」
 まだ頭が働いてないんだが、遠回しにえらいこと言わなかったか?
「寝ぼけているとおっしゃりながらさすがですね。お察しの通り、涼宮さんがいなくなりました」
 いつも通りの微笑をたたえながら冷静に放った古泉の言葉は瞬時に俺の頭を覚醒させた。

 なんだって!? ハルヒがいなくなった!?

「落ち着いてください、行き先は長門さんがご存知です。しかし、戻って頂くのが少々困難でして……」
 続くセリフに、先ほど飛び起きた俺は取りあえずベッドに腰掛けた。なんだ、驚かせやがって。長門が分かっているなら大きな問題ではないだろうし、よく考えたらハルヒが本当にいなくなって古泉がこんなに落ち着いていられるはずもないか。
「困難ってどういうことだ。居場所が分かっているなら迎えに行けばいいだけの話じゃないのか」
 俺の問いかけに少し困ったような笑顔を浮かべる。
「そう簡単にいかないのですよ。詳しいことは長門さんから聞きましょう」
 長門が分かっていると言うならその方が話が早い気もするが、長門から聞き出すのはそれなりに時間が掛かるような気もするな。とにかく話を聞いてみるか。


「本日午前4時37分、涼宮ハルヒは自らの構成情報の連結を解除した」
 おいおい、情報連結解除っていうセリフにいい思い出はないのだが、ハルヒが自分で自分を消したってことか? それは大問題じゃないのか?
「情報連結を解除した後、座標を南方へ5.7km移動し再構成している。その際自らの構成情報を著しく変更、現在も移動中」
 何だかよく分からん。この辺にどういう島があるかよく知らないが、こっから南って海しかないような気がするんだが。
「ですから、涼宮さんは海にいるんですよ」
「なんでまた」
 わざわざこんな早朝から遠方の海に出なくても、今日は思う存分泳ぐとか言ってなかったか?
「ええ、涼宮さんは本当に思う存分泳ぎたかったようですね」
「どういうこった」
 俺の質問は長門が引き取った。
「涼宮ハルヒは構成情報をヒトから変更、現在はカジキへと変化している」
「はあ?」
 何だって? カジキ? カジキって魚のカジキか? あの口が尖ってるやつ?
「そう、バショウカジキ」
「芭蕉だか一茶だか知らんが、何でまたカジキマグロなんかになってるんだ」
 まったくもって意味がわからん。何がしたいんだ、あいつは。
「カジキマグロは正確な呼称ではない。カジキとマグロは別の魚」
 どうでもいいんだよ、そんなことは。それよりハルヒはカジキに化けて海を回遊中ってことでいいのか。そこまで泳ぎたかったのかよ、あいつは。
「どうやらそういうことのようですね。カジキは生物の中で一番速く泳げると言われています。その中でもバショウカジキは時速100kmを越えカジキの中でも最速らしいですから、その泳ぎを体験してみたかったのではないでしょうか」
 してみたかったからって本当に体験するんじゃねえ。
「もし覚醒状態ならこのようなことにはならなかったでしょう。時間から考えて、涼宮さんは睡眠中だったと考えるべきです。つまり……」
「あいつは今でも夢を見ているってことか」
「そういうことです」
 何だか寝起きからアホ過ぎて頭が痛くなってくるような話を聞かされたぜ。ハルヒがカジキになった? 何の意味もない。なさ過ぎる。これならまだ世界がどうにかなりそうでそれに振り回されるっていう方がやってることの意味を見出せそうだ。なんせ世界を救うんだからな。
 かといって魚になったハルヒを放置するわけにも行かない。長門が言うには、ハルヒは魚になったくせに涼宮ハルヒとしての自我は保っているらしい。そしてその変態パワーも健在。てことは海の中で気に入らないことがあったらあの灰色空間も発生するってことで、魚のご機嫌取りとは古泉に同情してやらなくもないな。それにしてもカジキとヒトの脳が同じとは思えないんだが、どうやってハルヒは自分を保っているのだろう。
「情報は脳や媒体を必要としない」
 そう言われてもまったく解らんが、説明を求めてもきっと無駄だよな。

「それで、お魚になった涼宮さんはどうすればいいんですかぁ?」
 それまで所在なげに座って話を聞いていた朝比奈さんが初めて口を開いた。所在なげなのは自分が今回の事件にまったく役に立たないことを自覚しているからだろう。役に立たないのは俺も同じなのだが。
「すぐに飽きてくだされば問題ないのですが、今の状況が楽しいと感じているようなので長引きそうですね」
 時速100kmの水中遊泳。決してヒトが体験出来ない領域を実体験しているのだからそりゃ楽しいかもしれない。この際飽きるまで放っておくってのはどうだ?
「飽きてヒトに戻ることを選択してくださればいいのですが、もし海の中が気に入れば、逆に彼女の周りの人間まで魚にしてしまうかもしれません」
 いくら何でもそれはないだろ。ヒトとして生きてきた人間が、生涯魚でいようなんて考えるわけがない。
「もちろん一時的でしょうけどね。僕やあなたが魚になるのも面白いかもしれません」
 これっぽっちも面白くねえよ。そんなこと面白がる奴はハルヒだけで充分だ。
「冗談ですよ。それより、何とか涼宮さんに戻って頂く方法を考えた方が賢明でしょう。情報統合思念体はどう考えているのですか」
「現状維持」
 古泉の問いかけに対して、相変わらず簡潔にして要領を得た答えを返す長門。現状維持ってことは、積極的にハルヒを戻すことはしない、と言うことか。
「今回は緊急事態ではなく、危険も少ないと考えられる。わたしは彼女を観察するだけ」
 長門は以前に比べて積極的に動くようになった気がするが、やはりハルヒに関しては自由が少ないようだ。残念だが、長門に負担をかけたくもないってのもあるしな。今回は休んでいてくれ。
「朝比奈さんは何か聞いていませんか」
 この朝比奈さんが何か知っているとも思えないのだが、一応聞いてみる。何か後々時間に関して問題が出るようなことであれば、事情は分からなくても何かするように指示出ているのかもしれない。
 だが、朝比奈さんは申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。
「ごめんなさい、何も聞いていません……」
 そんなしょげないでください、何故か叱りたくないのにやむを得ず妹を叱っているような気分になりますから。そんな情けなさそうな顔もまた庇護欲をいい感じに刺激してくれるのだが、残念ながら今はそんな場合ではない。
「で、ハルヒに戻ってもらうにはどうすりゃいいんだ。お前は何か案があるのか?」
「案はありますよ」
 事態のバカバカしさからか、古泉はちっとも焦ってもいなければ深刻にもなっていない、楽しげな笑顔を浮かべて言った。
「相手は魚ですからね。釣ればいいでしょう」

 かくしてハルヒカジキの一本釣りが決定されたのであった。
 何度でも言わせてもらおう。
 バカバカしいことこの上ない。


 さて、ここで釣り好きの方にはスポーツフィッシングとしてのカジキ釣りの描写を期待されるかもしれないが、残念ながら相手は単なる魚ではない。ヒト、しかもハルヒとしての自我と知能を持ったカジキが相手では、まともな釣りでかかるわけもないだろう。ルアーに食いつくハルヒというもの想像すると笑えるが、本当にかかったらむしろ笑えないかもな。従ってここでは一般的な釣り具は用意されず、当然IGFAルールなんてものも存在しない。
「て、釣り具なしでどうやって釣るんだよ! よく考えたら釣れるワケないだろ!」
「おそらく釣れますよ」
「どうやって」
「行けば分かります」
 にこやかに言ってのける古泉に一抹の不安を感じながら、俺は『機関』の用意したらしいボートに乗り込んだ。
 て、何で俺が行くんだ? 釣るだけならお前らでやればいいだろ!
「始めにあなたのお力をお借りしたい、と申し上げたはずですが」
 そういや寝起きにそんなことを聞いたような気もする。だが俺は宇宙人でも未来人でも超能力者でもない普通の人間で、貸せる力なんてないはずなんだが。
「お借りしたいのは『鍵』としてのあなたの力ですよ」
「……」
 くそ、またそれか。俺は全くの凡人であるのにも関わらずSOS団にいることとかそもそも何故ハルヒは最初に俺と会話するようになったのかということとか、とにかく何かが起こると走り回らなければならないのは何故かということに対する答えを得ることなんかとっくの昔に諦めているわけで、ここでいちいち『鍵』だの何だの言われても知ったこっちゃねえ。どっちにしても俺に何か出来るなら『鍵』とか関係なく協力せにゃならんのだろう。
「何か出来るから『鍵』だと言えるのですがね。実際、長門さんを除いて今回の件を何とか出来るのはあなたをおいて他にいないでしょう」
 さて、どうかね。海の中を機嫌良く泳ぎ回っているらしいハルヒの邪魔なんか俺だってできっこないと思うがな。

 さて、長門の誘導により俺たちはポイント、と言うのもおかしな話だが、とにかく長門が予測するところのハルヒが釣れそうなポイントに到着した。
「あれ? 長門は協力して大丈夫なのか? 現状維持にならなくなるんじゃないのか?」
「問題ない。涼宮ハルヒに直接干渉することは禁止されたが、それ以外の行動は制限されていない」
 なるほど。長門自身はそれでいいのか。
「いい。古泉一樹の計画にわたしという個体も興味を抱いている」
 計画って何だ。俺はなし崩し的に連れてこられただけで、何も聞いていないぞ。
「すぐに分かる」
 そういって長門は俺に近づくと、いきなり手を取って手首にかじりついた。おい、ナノマシンだか何だか知らないが何か言ってからにしてくれ、びっくりするじゃないか。
「で、今度は何をしたんだ」
「身体表面に酸素-二酸化炭素交換フィールドを展開、同時に浮力も調整」
 なんだそりゃ。光合成でもするのか。浮力ってどういうこった。
「あなたは水に浮かぶことができないが、水中でも呼吸が可能。一定時間の後解除される」
 いきなりカナヅチにされた意味がわからんが、何故そんなことをする必要がある。
 って、それより、お前は何を持っているんだ!?
「縄」
 いや、見れば分かるがそんな答えを期待してるんじゃねえ! そいつをどうする気だ!
「縛る」
 何を。
「あなたを」
 何だ何だ何で長門が俺を縛る? 何の冗談だ、またエラーでも起こして暴走してるんじゃないだろうな。
 かろうじてこれらのことは口には出さなかったが、しかしいったいどうしたって言うんだ。
「おい、長門、止めてくれ! 古泉、笑って見てないでとめろよこの野郎!」
 とは言え俺が長門に敵うわけもなく、ニヤニヤ笑う古泉と目をまん丸にしている朝比奈さんの目の前で、あっという間に縛り上げられちまった。両手は空いているとはいえ、畜生、いったい何のプレイだこれは!
「プレイ?」
 首を傾げる長門。いや、すまん、何でもない、単なる妄言だ。
「ってそうじゃなくて、何のマネだ、これは。俺を縛ってどうする気だ!」
「まだお分かりにならないのですか」
「全然分からん! 俺は縛られて喜ぶ趣味はない!」
「残念ながら僕も人を縛って喜ぶ趣味はありません」
 どうだかな。怪しいもんだ。
「しかし浮力を失ったあなたを命綱なしで沈めるわけにもいきませんから、やむを得ない処置とお考えください」
「何だって?」
 なんつった? 俺を沈める? 
「ええ、つまり」
 古泉はさも面白くてたまらないという笑顔で言ってのけやがった。
「あなたで涼宮さんを釣る、ということですよ」

 まったくもって意味が分からん!

 どうもSOS団の連中というのは俺の意見なんか聞く耳持たないのが既定事項らしい。長門、何か楽しげに見えるのは気のせいか?
「ていうか軽々持ち上げてるんじゃねえ!」
 華奢な女の子にあっさり持ち上げられた情けない男、つまり俺は結局抵抗も出来ないまま海に放り込まれたのであった。朝比奈さんが同情しているような表情をしていなければ完全に挫けていたかもしれない……。