涼宮ハルヒの戦国時代 一章其の二
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ハルヒに対する呼び名について。
原作の呼び名を踏襲したいところなんだが、さすがに「涼宮さん」「涼宮ハルヒ」というのは無理がありすぎるので止めた。
この話の中で原作通りにハルヒを呼ぶ人間はほとんどいないのだがご了承願いたい。
まあハルヒが古泉を「古泉くん」と呼んでいるのも違和感ありすぎなんだけどなw
まだ「古泉」と呼び捨てにした方がマシだ。

 何だか余計な事柄が乱入してきたおかげで慌ただしくなっちまったが、何とか事前準備を確認して俺は城内で一応自分に割り当てられている部屋で具足の確認をしていた。しかしやはり落ち着かない気分になって外の空気を吸いに出る。
 何度でも言うが、初陣より怖い。
 一応足軽ではなく給料(扶持)をもらっている武士の端くれとして小部隊を指揮するのが初めてというわけではないのだが、今回は俺に指示してくれる人間がいない。つまり今までは俺が指揮する部隊自体が別の人間の手駒だったわけだ。
 今回は違う。第一、本隊と切り離されて行動するわけで何か不測の事態が起こっても判断を仰ぐ相手がいない。すべて俺の判断に任されるというのは初めてだ。不安になったってしょうがないのだが、なるなというのも無理な話だ。
「こうなった以上、やるべきことはきっちりやるだけだよ」
 なんてさらりと言った国木田は多分俺より怖がってはいないんだろうな。でも国木田の言うとおり、やるべきことをきっちりやるしかない。後は自分を信じるしかない。

 夜襲ということで決行は闇夜だ。今日の月もおそらく細く乏しい明かりにしかならないだろうが、丑三つ時も過ぎてから出るであろう月の姿は残念ながら確認できない。代わりに冬が到来することを告げる明るい星が夜空に輝いていた。
 合戦前のなんとなく気が立った城内で夜にうろついていると歩哨の奴らに要らん仕事を増やしそうだと思った俺は、縁に腰掛けて夜空を見上げるだけに留めておく。
 もう冬になることを実感させる冷たい空気のせいでいい感じに頭が冷えてきた。ついでに身体も冷えそうだなこりゃ。
 寒いしそろそろ戻ろうかと考え始めたとき、誰かが縁の角を曲がって近づいてきた。その人物は縁に腰掛けている俺を見つけたのか一瞬足を止めたが、すぐに近づいてくる。暗いとはいえ、わりと近くに火が焚いてある。俺の顔は多分すぐに分かったのだろうが、俺からは光が届く範囲に来るまでそれが誰か分からなかった。しかも小袖に袴、という男の略装だったので誰か分からないのもなおさらだ。
「あんた何してんのよ、こんなところで」
 何と言われてもな。さて、何をしているんだろう。
「外の空気を吸いに出ていました。もう戻りますから邪魔は致しません」
 俺だって一応口の利き方くらいは知っている。昼間のあれは腹が立ったからついやっちまったっていうのもあるし、なんとなくこいつには敬語を使いたくないという気持ちもあったからだ。何で敬語を使いたくないなんて思ったのかは自分でもわからん。多分初対面で普通に口をきいてしまったからだろう。
「別にいいわよ。あんたが先にいたんだから」
 そう言って隣に腰を下ろした。なんとなく落ち着かない。っていうか、こんなところ誰かに見られたらあらぬ誤解を受けないか? いや、そんなことよりこいつは昼間のことを怒っていないのか。
「あんた、いつもあんな風なの」
「あんな風?」
「偉そうに誰彼構わず意見するのかってことよ。古泉くんにも偉そうじゃない」
 古泉は鼻水たらしているころからの知り合いだからで、しかもどっちかというと俺がこういう態度を取ることをあいつ自身が望んでいるフシがある。今さら丁寧な態度を取られても気持ち悪いとでも思っているんだろう。他の人間には一応立場をわきまえた態度を示しているつもりはあるんだが。
「そんなことはありません。昼間は申し訳ありませんでした」
 頭に血が上ったというほどでもなかったんだがな。確かに普通に考えておかしかったよな、俺の態度は。
 しかしこういう堅苦しい口調になるととたんに何を話していいか分からなくなる。慣れないせいなのか、それともこの言葉遣いは相手との距離を開けてしまうのか。古泉が俺に今まで通りの態度を望むのも、それが理由かもしれないな。
 春日姫は何を考えているのか真剣な顔でまじまじと俺の顔を見つめてきた。昼間にやった睨み合いと違ってその顔に怒りはないのだが、しかしただ見つめられているって言うのは気まずい。
「あの、何か……」
 あまり見つめられて穴が空いても困る。
「いいわよ、もう」
「は?」
「無理して敬語使わなくても! このあたしにあんな口きいたのもあんたが初めてだしね。面白いじゃないの」
 初対面からそうだったが、こいつの判断基準は面白いかどうかがすべてのようだ。しかし何が面白いのかね。むしろ腹が立つだけなんじゃねえのか。
「お怒りではないのですか」
 お許しが出たからといっていきなり口調を変えるのも何だかやりにくい。
「だからもうそれはいいってば!」
 しつこく敬語を使う俺をふざけているとでも思ったのかジロリと睨むと、不意に顔を背けて言った。
「それに、あたしが言ったことを『面白い』って言ったのもあんたが初めてだったのよ」
 一瞬何のことか分からずにポカンとしているうちに、春日姫は立ち上がると
「もう寝るわ!」と言って駆けて行ってしまった。足早いな、おい。
 しかし「面白い」なんて言ったっけか、俺。

 言ったかどうかはいまいち覚えてない。変な女だが……確かに面白い女、いや姫だな、あいつは。



 星明かり、なんて言葉は後々死語になるのかもしれないが、今夜の空を見上げればまさにその言葉がぴったり当てはまる。闇夜、月明かりはないにも関わらず闇に慣れれば充分に目が利くほどの星明かり。足下には星が形作る影ができるほどで、これほど星が明るくなるのはやはり冬が来て大気が冴えている証拠だろう。
 そんな満天の星空の下を、俺たちは横尾氏の山頂にある砦に忍び寄っていた。夕刻から近くに潜んでいたのだが、その間はとにかく大変だった。

 戦において何刻も待機するなんてことは普通にある。大規模な戦だって陣だけ構えてなかなか双方動かないということも多々あるわけで、その間下っ端の兵は割に暇である。だからといって暇だと騒ぐ奴なんかいない。
 いてはいけない。
 だから、頼むからお前は騒ぐな。
「いつになったら動くのよ」
 待機することにかけては長門と春日姫は対照的だった。さすがに忍、長門は生きているのかと聞きたくなるくらいにじっとしているのに対し、春日姫はあちこちうろうろと歩き回り、その辺の茂みを突き回し、挙げ句に退屈だから早く行くと言い出す始末だ。
 こいつは今まで参加してきた合戦でいったいどうやって待機時間を過ごしてきたんだろうね。まさか一騎駆けで敵陣に切り込んでいったわけでもあるまい。
 他の連中に悪影響を及ぼしかねないからいい加減にして欲しいのだが、どうもこの隊は見目のいい女が二人もいるってだけで少々浮かれているようだ。文句が出ないのはありがたいが、こいつの落ち着きのなさに一番参ってるのは俺かもしれない。
「あのな。ここは既に敵地なんだからじっとしててくれ。そんなにうろうろしてたら敵に見つかりかねない」
「あら、そんなわけないでしょ。誰かが近づいてきたら、向こうより早く有希が気付くわよ」
 どうやら長門に絶大な信頼を寄せているらしい。そう言えば初めて会ったときこいつは長門の名を口にしたような気がする。有希、という名を聞いたことがある気がしたのはそれだな。確か「いきなり現れたのに、有希が何も言わないなんて」とかそんな感じだ。つまりあの場に長門もいたのだろう。どこかに隠れていたに違いない。
 もし、あのとき俺が何らかの下心を生じたとしたら。あの人気のない場所に女と二人きりという状況だ、もっと俺の血の気が多かったら何かしないとも限らなかったな。しかし先日の長門の腕前から察するに、俺が襲おうとでもした瞬間には俺の命はなかっただろう。
 ぞっとするね。俺は思わず自分の冷静さに感謝した。そういう機会に妙に冷静になってしまう自分を、普段は疎ましくも思っているのだが。
「こんなことならみくるちゃんも連れてこれば良かったわ! みくるちゃんで遊んでれば時間なんかあっという間に経つのに」
 みくるちゃんて誰だ。これ以上合戦に参加する女を増やさないでくれ。隊の士気……は揚がるかもしれないが、緊張感はどんどんなくなるだろ。
「みくるちゃんには戦なんて無理よ。最初に殺られるに決まってるじゃないの」
 だったら最初から連れてくるなんて言うな。
「分かってるわよ。でも、つまんない」
 つまらなくて結構。そもそも合戦が面白いと思うのは大きな隊を指揮できる武将級の人間何じゃないのか。俺程度の取りあえず武士、という階級の人間はただそこで命のやりとりをするだけだ。そこには狂気じみた高揚感はあるのかもしれないが、面白味なんて物はない。終わってみて手柄を立てた者だけは多少面白かったと思えるのかもしれない。
 春日姫はようやく騒ぐのにも飽きたのか、大人しく座って前方を眺めるだけになり、俺はまだ始まってもいないのに肩の荷が下りた気になった。まったくとんでもないじゃじゃ馬を押しつけやがったな、古泉の奴。
 そんな本来なら退屈で緊張しっぱなしのはずの時間をどうも妙な疲労を感じながら過ごし、ようやく古泉からの使い番が走ってきて、俺たちは動き始めた。

 それまでの緊張感のなさが嘘のように、全員が強張っているのが伝わる。いや、二名はあまり緊張していないようだな。特に長門は緊張という言葉を知っているのだろうか。
 砦に忍び寄り、塀を乗り越える配置につく。門の外に人気がないのはこちらを攻められるとは思っていないのか。
 いよいよだ、と思うと自然と身体が震えてくる。俺は自分が剛胆だとか勇気があるとは思っていない。怖いものは怖い。それでも、今までやるべきことはやって来たという事実が何とか俺を支える。ここに来ても同じだ。やるべきことをやるだけだ。
 少人数なので特に伝令も必要はない。
「────かかれ!」
 深夜の静寂を破って出した号令に兵たちも呼応して塀に取り付いた。腹から出した声が身体の震えを止めるのは、俺も他の兵たちも変わらない。
 ほとんど一瞬で塀の中に消えた長門の姿を追うように俺も中に入る。長門の役割は砦に火を放つこと。火を放てばこの砦の連中は確実に士気を奪われるだけでなく、主戦場である館の人間も砦が落とされたと分かるだろう。ここに火がつくことを合図に主力が動くことになっている。

 俺が砦に侵入したときにはすでに長門の姿は見当たらなく、代わりに二つほど人間だったものが転がっていた。手際の良さに舌を巻くしかない。これならこの程度の砦なら長門一人で落とせたんじゃないか?
 長門は問題ないだろうと思った俺は春日姫の姿を探した。自ら参加すると言ったとはいえ、ここで命を落としたとあっては俺も古泉も非常にまずい立場になることは明白だ。
 その春日姫は砦の中心にある建物に向かって突進中で、慌てて後を追う。
「あの馬鹿、少しは大人しくしてろ!」
 戦場で大人しくもしていられないだろうが、しかし何で一番の危険地帯に突っ込んでいくのかね。
 俺が追いついたときには既に数人の敵に囲まれそうになっており、しかもそのうちの一人を槍で殴り倒していたところだった。長門ほどではないのだろうが、かなりの腕前だと見える。こいつと試合しても俺は負けるかもな、などと言っている場合ではない。
 既にこの場は数人の敵味方が槍を交えているわけで、俺は俺で自分の身を守らなければならない状況だ。こんなときに冷静でいられるわけがない。冷静なまま人に槍を突き立てられるわけがない。戦場では狂気に支配されなければならない。そう、冷静な判断なんて後だ。取りあえず今の優先事項は自分が死なないこと、それと忌々しいが春日姫を死なせないこと、この二点につきる。
 俺が何とか一人目の敵を倒したときには、春日姫は三人目の敵に槍を突き立てていた。その顔は怒っているようにも無表情のようにも見えた。

 敵も味方も人数は少ない。長門が首尾良く砦に火を放った頃には、既に決着は着いていた。

 おそらく最初からこの砦にいた人間で、今生きている者はいないだろう。
 焼け落ちる砦と転がる敵だったものを眺めながら、春日姫がぽつりと呟いた。
「ほんっと、つまんない」

 まだ主力の勝敗が決まったわけではないが、この砦に関しては小規模戦とはいえ一応勝ち戦と言っていい。自分が指揮した部隊の勝利で多少高揚していた俺は冷や水を浴びせられた気分になった。春日姫は言葉に違わず退屈そうな表情をしており、こいつは戦に勝とうが負けようが実は興味がないんじゃないかと思わせる。だが、戦に参加したのはこれが初めてじゃないはずで、面白いもんでもないなんて分かっているはずだ。
 こいつはいったい何のために合戦に出ようなんて思ったんだ?
 今回に限って言えば、長門が行くからか?
「お前は何故戦なんかに出ようと思ったんだ」
 疑問を素直に口に出すと、春日姫はジロリと俺を睨んだ。
「何であんたにそんなこと言わなきゃならないのよ」
「いや、別に」
 特に意味はない。純然たる疑問だ。
「あんたはどうなのよ」
「どうって?」
「なんで武士なんかやってんの。武家の出だから? あんたも天下狙ってるとでも言うの?」
 さて、俺は何故武士なんかやってるんだろうね。武家の出でないのは前述の通りで、古泉に誘われなきゃ俺は一応まだ実家のものである田んぼを耕していたかもしれない。古泉に誘われるがまま武士になったのは俺に野心なんてものがあったからか。それともただ単に昔なじみの力になれるならとでも思ったのか。だいたいこの申し出に乗り気だったのは俺より親父の方だった。古泉がそう言うなら是非連れて行ってくれと諸手を挙げて賛成していたわけで、俺の意見がそこにあったのかと言われると甚だ疑問だ。
 それに天下、などと言われてもいまいち実感がわかない。確かに近年合戦の規模が大きくなり、この乱世を支配する力が台頭してくるのではないかと思わせる空気がはっきりと出てきたが、さてこんな摂州のすみっこで小競り合い規模の戦をやりながら天下に思いを馳せるなんて馬鹿馬鹿しいような気もする。俺が天下を取るにはまず古泉を焚き付けて涼宮氏を乗っ取り、ついで摂津統一を図る必要がある。その後古泉を倒すか古泉を立てての天下統一を目指すかはそのとき次第だが……こんな考えは夢想であり、現実的ではない。第一考えるだけで面倒だ。天下は誰かに任せたいという気分になる。
 俺が思考に没頭して沈黙したのを肯定と取ったのか、春日姫は一言呟いた。
「ほんと、男って馬鹿」
 この馬鹿ってのはどういう意味だろうね。俺に言わせりゃ女の考えることはさっぱりわからん。

 砦は横尾館を見下ろせる位置に建てられている。砦を落とした後、俺たちのやることは今のところない。主力が失敗して横尾勢がこちらに攻め上がってきたときにはこの少人数で迎え撃たなければならないし、優勢であってもやはり落ちのびてこようとするかもしれない。そのどちらの可能性もあるが、人数の上では明らかに不利な古泉と国木田を実を言うとあまり心配していなかった。何度も視察したときに見た横尾という人物は明らかに小物であり、また今回に限らず攻め入られることを想定した守備も固めていない。よく言えばおおらかなのだろうが、人の土地に勝手に入り込んできた割には暢気なもんだと思う。
 俺の予想通り、砦を落としてから四半刻ほどしか経たないのに、横尾館から火の手が上がったのを確認した。
 程なく古泉から使い番がやって来て、横尾氏の首を上げたことを聞かされた。
 首を取ったのはやはりと言うべきか意外と言うべきか、国木田だったことを付け加えておこう。


 戦というものは勝敗がついてハイお終い、というわけにはいかないものだ。俺も自分の隊を指揮していったん火をつけた砦の消火活動をし、焼け残りからめぼしい物は持って帰らなければならない。消火活動と言っても勢いよく燃えてしまうと手がつけられないので、類焼しないようにして後は焼け尽くすのを待つだけなんだが。砦の本館に当たる建物に火を放ち、倉として使っているらしい方には火をつけなかったのはそう言う理由である。泥棒とか言うな、この時代では当たり前のことだ。
 そうやって忙しく働いている俺の前に無言で長門が立ちはだかった。て、お前今まで視界にいなかったんだがどっから出てきたんだ。
「……」
 無言のまま両手に抱えている物を俺に差し出す。
「火縄銃か」
 これは大きな戦利品だが、さてどうしようか。火縄銃はまだまだ高価だ。それがなんでこんな一豪族の小さな砦にあったのかはわからんが、横尾氏という人物、案外野心家だったようだな。しかし見つけたのは長門で、今回参戦したのが長門だけならあまり考えずに持って帰るのだが、今回はとにかく春日姫がいる。やはり確認した方がいいだろう。
「小清水に持って帰るのか」
 長門はわずかに首を横に振った。
「春日姫はなんて?」
「何も」
 何もって、何も言わなかったってことかそれとも長門が何も聞かなかったのか、忙しいんだから分かるように説明してくれよという言葉を飲み込み、そこにおいといてくれと頼んで俺は春日姫を捜した。
「なによ」
 交戦中の無表情から一転して何故か楽しそうに戦利品を物色していた春日姫は俺を見ると元の仏頂面を取り戻した。なんだよ、俺が何かしたか。
「長門が火縄銃を持ってきたんだが、お前が持って帰るのか」
「要らないわよ。好きにすれば」
 あっさりそう言うと、また戦利品を見回している。鑑定でもするつもりか。
「なんか面白いものでもあったのか」
「ないわね、何も」
 そりゃそうだ。こんな砦にあるのは武器と兵糧くらいなもんで、それだって小清水城内の方がよっぽど多量にあるに決まっている。
「それにしちゃ楽しそうだな」
「こういう倉から何か面白い物が出てくるかもしれないじゃない」
 面白い物ってなんだ。館の方ならともかくこんな砦に面白い物を隠している奴もいないだろう。
「んー 切ったら子供が出てくる竹筒とか、妖怪がつまったつづらがあるとか」
 それなんて御伽噺だ。かぐや姫だか舌切り雀だか知らんがこんなところにあるわけないだろうが。
 なんかこいつと話していると戦が終わったばかりの緊張感も全部ふっとんじまう。まだまだ忙しいというのにこんな馬鹿話にかまけている暇もない。
「好きなだけ探せよ。俺は仕事に戻る」
「手伝ってくれてもいいじゃない」
「知るか。俺は忙しい」
 頼むから他の連中の邪魔はしないでくれよ。

 ようやく荷物もまとまって山を下りる頃には、東の空が白み始めていた。
 館の方でも皆忙しく働いていることだろう。しかも本当に忙しくなるのはこれからだ。
 人数が少ないので、俺が徒頭(部隊長)をやっているからと言って俺だけ荷物を持たないわけにもいかない。華奢な長門に持たせるのはどうかと思ったが、何も言わずに自分から荷物を背負った。驚いたことに春日姫も文句も言わずに荷物を持っている。さすがに一応姫様にそんなことさせていいのか気にして声をかけたが、
「少しでも持って帰る物が多い方がいいでしょ」
 と一蹴された。自分の家の物になるわけでもないのに、本当に何を考えているのかさっぱり分からない。
「うるさいわね、あんたの指揮下に入れってあんたが言ったんでしょうが。今さら特別扱いしたってしょうがないでしょ」
 意外に常識的な意見も言えるんだな。だからといって変な女という認識を変える気はないが。
「そういや……」
「なに?」
「昨夜お前は『天下を狙ってるか』とか聞いて来たけどな」
「それがどうしたのよ」
「正直言うと、あまり興味はない」
 春日姫は少し驚いた顔をして、それから────笑った。



 横尾館は戦の後処理でごった返していた。取りあえず隊に荷を下ろさせて休憩させている間に俺は古泉を捜す。まあだいたいのことは聞いているだろうが、一応報告はしておかないとな。
「キョン、お手柄だったみたいじゃないか」
「嫌味か」
 古泉を見つける前に国木田に見つかったらしい。お手柄なんて言いやがるが、今回一番の手柄を立てたのはどう考えてもお前だろうが。
「運が良かっただけだよ。たまたま僕が一番近かっただけ」
 なーにが運が良かっただ。しかしこいつは例え狙っていたとしても絶対そう言わないだろうな。それに俺の方といえば、一番の手柄はおそらく長門だろう。もっとも長門は借りてきているだけだから報償があるとすれば涼宮氏からになるだろうが、長門が何かもらえることを期待している姿というのはどうにも想像できないな。
「古泉はどこだ」
「向こうで新川さんと話してるよ」
「もう到着したのか」
 新川さんは古泉家が台頭する前からの家臣であり、古泉の武術指南役でもある。今回の戦は若手だけでやっているので、もちろん参加はしていない。じゃあなんでいるのかというと、単なる後詰めとして来てもらっている。戦が終わった後、逃げた奴らや地侍が徒党を組んで逆襲してこないとも限らない。戦後の混乱をつくというのは誰でも考えつくことだ。そんな気を起こさせないために、古泉の親父殿は新川さんに命じてそこそこの人数を用意してくれていた。

「在所の代表者を集めますか」
「ええ、触れの人数は用意しておりますから」
 少々面倒であるが、一応自分の主である人間と明らかに目上の人間が話している間、俺はそばに控えていることしかできない。
 どうやら二人は今後為すべきことを相談しているようだが、しかし古泉家中の人間ってのはどうしてどいつもこいつもやたら丁寧な言葉遣いで話したがるんだ。主家の姫にまで普通に話している俺が何だか場違いな気分になってくるじゃないか。
 ようやく話が一段落ついたらしく、古泉は新川さんから離れて俺の方にやって来た。目があった新川さんには頭を下げるだけに留めておく。正直目上の人間と話すのは緊張するから苦手だ。

「ご苦労様でした」
 古泉がにこやかに声をかける。その涼しげな声とは裏腹に随分薄汚れているが、これについては俺も人のことは言えない。ああ、と返事だけして俺は戦利品を書き連ねた紙を古泉に渡した。おそらくこの館にあった武器の類も量こそ違うが同じような物だろう。そして古泉も俺と同じことを考えているに違いない。
「……砦もですか。この規模の勢力としては随分武器を集めた物ですね」
「ああ、しかしその割には警護が手薄だったけどな」
「気取られないようにあえて門を固めなかった、と見るべきでしょうか。今日明日に蜂起するというわけではなかったようですから」
「しかしこれは一歩間違えるとこっちが危なかったんじゃないのか。武器買い付けに関する情報は誰も得てなかったのか」
「いいえ、父は知っていたようです。新川さんが言っていましたから。」
「まじかよ」
 横尾氏が腹に野心を抱えているという俺の見解は正しかったらしい。この規模の館としては随分多くの武器と押領した在所からの年貢も蓄えていた。その事実を知っていたからこそ今叩くべきだと判断したらしいが、しかしそれを息子に任せるってのが信じられん。
「父は横尾氏という人物をよく見極めていたようですね。こんな時代に腹に一物持っていない方がおかしいですし、実際行動に移そうとする輩もいるでしょう。しかし、野心があるからと言って頭もあるとは限らない」
 そりゃまた横尾氏も酷評されたもんだ。野心はあるが馬鹿だと言いたいわけだな。
「頭のいい人物なら、武具を集めている以上警戒は怠らないはずです。例え欺くために門を開いて寝たとしても、いざ夜襲をかけられたら返り討ちにするくらいでないと」
 そう言って笑った古泉を見て俺は思った。お前ならそれくらいやりかねん。

「ところで姫君はどうされましたか」
 突然春日姫の名前を出されて何故か焦った。頭に先ほど見た笑顔が蘇り……って、なんでそんな絵が流れるんだ、それよりどこ行ったんだっけあいつ。
「さあな。こっちに到着したら長門とともにどっか行っちまったんだが」
 そう言いながらもまた倉を物色してるんじゃないかと見当をつけてはいる。どう考えても砦より面白い物がありそうだからな。実際にはないと思うが。
「困りましたね。これから先は姫君には退屈で煩雑なことしか残っていませんから、ご本人が希望するなら先にお引き取り願おうかと思っていたのですが」
 探して伝えるよ、と言うとそのまま俺の隊が姫君の警護をしろと命じられた。どこまでいってもあのじゃじゃ馬姫のお守りかよ、俺は。長門がいれば問題ないんじゃないかと思いつつ、俺はいったん待たせている自分の部下に他の連中の手伝いを命じてから春日姫を捜しにいった。また誰かの邪魔をしていないといいが。

 案の定、春日姫は武器庫の辺りをうろうろしていやがった。だからその辺は大勢が出入りしてるから邪魔なんだよ、隅っこで大人しくしとけよ。
「何してるんだ」
 聞くだけ無駄のような気がしたが一応尋ねてみる。どうせまた何やら不可思議な物でもないかと探しているんだろうと思ったんだが、どうやら違ったらしい。
「……随分武器が多いわね」
 眉間に皺をよせて眺めている春日姫を見て意外に思う。そんなこと気にしないと思っていたんだが。女のくせに、というのはいい言い方ではないが、やはり女が武器や武装について勘が働くというのは聞いたことがない。昨夜の戦いぶりを見てもそうだが、こいつは男だったらいい武将にでもなりそうだな。嫡男だったら涼宮家も安泰だったろうに。
「まあ、多いな」
 それについての意見は避けようと思ったのだが、それをこいつは許さない。
「どう思う?」
「どうって」
「なんでこの程度の人間がこんなに武器を集めているかってことよ」
 そりゃ俺の意見を聞くまでもなく答えなんか出てるだろうに、なんでわざわざ聞くのかね。
「まあ、近々武装蜂起する予定だったんだろうな。早めに叩いておいて正解だ」
 ここで蜂起するってことはまず八部を制圧、将来的には摂津西部を支配している涼宮家に挑むつもりだったと考えていい。八部西部だけでも抑えれば西国街道に関所を設けて通行税を取ることもできるから、軍備の増強も楽になるというわけで、この土地に目をつけたのは分かる気がする。
 春日姫はまだ難しい顔をして庫内を眺めていた。そうだ、古泉の伝言を伝えなければ。
「もうここですることはないだろ。事後処理に残っていても面白くもないはずだ。帰るか?」
「あんたはまだ居るんでしょ」
 こいつはまだ俺の配下のつもりか。だったら勝手にうろうろしないで欲しいんだが。
「お前が帰るなら警護しろってさ」
「ふうん?」
 首を傾げてまじまじと俺の顔を見る。
「あんただけ? 役に立つのかしら?」
「俺一人でもいないよりはましかもしれんが、行くのは砦攻略に当たった全員だ」
「そう」
 お前は長門か、と言いたくなるような返事をするとついで一言。
「帰るわ」
 こいつは普段はこんなに不機嫌そうなのが基本なのか。初めて会ったときと今朝方、まともに笑った顔を見たのは二度だけだな。

 その後古泉に春日姫が戻ることを伝え、何やら古泉が自ら送っていけないことを詫びたりするという形式上の挨拶が行われ、俺たちは一足先に花熊へ戻ることになった。
 花熊からはおそらく古泉の親父殿が小清水へ送り届けるのだろう。
 ようやくこの我が儘姫から解放されるというのに、しかも勝ち戦後だというのに、俺の心はもやもやとした物が拡がっていた。

 なんだって言うんだろうね、いったい。