涼宮ハルヒの感染 4.窮地
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 ハルヒが倒れてから6日が経った。
 長門によると、決戦は明日の13時前後らしい。
「13時5分の前後10分間」
 これが長門の予測だった。長門には本当に頭が上がらないな。これが終わったら図書館&古本屋ツアーだ。ハルヒに文句は言わせん。

 明日にはハルヒに会える。
 俺はそう思っていた。
 世の中上手く行かないもんだ。いや、俺がこいつらの存在を忘れていたのが悪いのかもな。

 今、俺の目の前で、朝比奈さん(みちる)誘拐犯、橘京子が微笑んでいる。

「ああ、早く病院行かなきゃならんな」
 とりあえず何も見なかったことにしよう。
「んもうっ、待ってくださいよ!」
 何か言ってるな。聞こえん。
「涼宮さんのことですよ!」
「……ハルヒだと?」
 佐々木じゃないのか。
「ふぅ、やっと止まってくれた」
 足を止めて橘を見る。正直、関わりたくはない相手だ。
 ハルヒは大丈夫だ、明日には目覚めるさ。そう思っても、こいつがハルヒの名前を口に出すと反応せざるを得ない。信用は絶対にできないが。
「で、ハルヒがどうした。サッサと言え」
「あなたは涼宮さんが明日目覚めると思ってるんでしょう」
 何でこいつがそんなことを知ってるか、何て今更どうでもいい。『機関』と同じような組織だ。調べる伝手なんかいくらでもあるんだろう。しかし、何で今更俺にそんなことを言ってくるんだ?ハルヒがこのまま情報生命素子とやらに乗っ取られるのは、こいつらにとっても不都合なはずだ。こいつらに俺たちを邪魔する理由は思い当たらない。まだ邪魔しに来たと決まったわけではないが。
「それがどうした。お前には関係ない」
「そんな言い方酷い。……まあ、それはいいですけど。それより、涼宮さんは明日になっても目覚めない、と言ったらどうしますか?」
 何を言っているんだこいつは。ハルヒが明日目覚めない? 長門は明日、ハルヒの情報生命素子を消去すると言い切った。こいつと長門、俺がどちらを信じるかなんてことは言うまでもない。
「あ、信じてないでしょう。無理もないかな。今は伝えるだけでいいんです。明日、涼宮さんは目覚めません。手遅れになる前に手を打たないと」
「お前が未来人だとは思わなかった」
 まともに相手してやる気はない。だが、こんな予言めいたことを言う理由は気になる。
「まさか。未来人ならこんなはっきり明日のことは言わないはず」
 それは確かにそうだ。未来のことをはっきり言うのは禁則事項らいしからな。
「まあ、簡単に気が変わるとは思ってなかったけど……」
 簡単でも複雑でも、俺がお前らに協力することはねぇよ。
「いつまでそう言っていられるかしら? まあいいわ、またすぐに会うことになるんだから」
 そう言うと、笑顔のままひらひらと手を振って去っていった。

 何しに来たんだ? 俺を不安に陥れようとしたなら大失敗だぜ。

 しばらく悩んだ俺は、古泉の携帯に電話してみた。あいつらの行動とその目的を機関が把握しているか確認したくなったからだ。
 電話が通じるところにいない可能性が高い。だが、予想に反して携帯は通じた。
『もしもし』
 ……俺は思わず携帯を離してまじまじと見てしまった。かけ間違えたか?
 出たのは女性だった。
『もしもし? 大丈夫です、これは古泉の携帯で間違いありません』
 受話器から聞こえてくる声で俺は冷静になった。驚かせてくれたな、古泉め。
「その声は森さんですか?」
 電話越しでも聞き覚えのある声は、完璧なメイドにして怒らせると恐ろしい機関のエージェント、森さんだった。
『はい、お久しぶりです。古泉が閉鎖空間にいるときと就寝時、機関の人間の内あなた方がご存じの人間がこの携帯を預かることになっています』
 なるほど。いつでも連絡が取れるようにという機関の配慮だろう。
「ああ、すみません、びっくりしてしまって。それで、用件なんですが……」
『橘京子があなたと接触したことですね』
 ……やれやれ、さすがにわかっていたのか。俺は尾行でもされているのか?
『結果的には尾行になりますが、目的はあなたの安全です。今は緊急事態ですから』
 森さんはあっさり認めた。
『それに、橘京子の方にももちろん監視がついています。今回あなたと接触しようとしていることも掴んでいました』
 本当にやれやれだ。そこまでわかっていたなら教えておいてくれてもいいだろうが。機関も未来人同様、秘密主義をモットーとしているのか?
「で、あいつは何で俺のところに来たんですか? ハルヒが目覚めないなんて戯言をほざいていましたが」
『……そんなことを言っていたようですね』
 ん? この言い方だと今の俺たちの会話で初めて知ったようだが? 知らなかったのかよ おい! これが古泉相手なら嫌味の2つや3つ言ってやりたくなるが、相手は森さんなので素直に聞く。
「把握されてなかったんですか」
『申し訳ございません。我々としましても何とか把握したいとは思っていたのですが、不自然な邪魔ばかり入りまして』
 不自然な邪魔?
『ええ、おそらくは人外の、と言っていいと思います』
 人外ってことは……
「宇宙的な力で邪魔されたと言うことですか」
 あっちにも長門たちとは別の宇宙人がいたからな。
『証拠があるわけではありませんが、そのように推測しております』
 そりゃ、普通の人間が太刀打ちはできないよな。
『橘京子の発言について、こちらもこれから検討に入ります。周防九曜は監視をすり抜けて活動しています。何かあるかもしれません。事実だとすると時間がなさ過ぎます。急がないと』
 周防の活動、と聞いて寒気が走った。橘の警告。まさか何かたくらんでやがるのか。
 だが、俺は長門を信じる。古泉がらみで今回は機関も信じてやってもいい。

 絶対に、何とかなる。

──────────

 病院に着くと、ハルヒの母親がいた。初日に会って以来、俺は初めてあった。ほとんど午前中に来ているらしい。1日中ついていると言い張ったらしいが、病院の方でなだめたと聞いた。長門が1日ついていることは隠しているらしい。
「あなたがキョンくんでしょ」  いきなり言われて戸惑った。
「あ、はい、そうですが……」
「いつも娘がお世話になってるみたいね。ありがとう」
「えっ いえ、そんなことは……」
 一体ハルヒは家で俺のことをどういう風に話しているんだろう。
「こんなにお友達が心配しているの1週間も起きないなんて……」
 ハルヒ母は、悲しげな目をハルヒに向けて言った。
 特に異常はないが何故か目覚めない、そう聞かされているはずだ。原因がわからないのでますます不安になるだろう。
「中学のときだったら、お見舞いに来てくれる友達なんていなかったと思うの」
 ハルヒを見つめながら独り言のようにハルヒ母は続ける。
「それが今はずっとついてくれているお友達がこんなにいるものね。この子は幸せ物だわ。──あんまりお友達に心配かけてないで、早く起きなさい、ハルヒ」
 言いながら涙目のハルヒ母を見て、俺は何も言えなかった。
 本当のことを知らされないってのも辛い物だよな。
 ハルヒ、お袋さんも心配してるぜ。頑張ってくれ。

 そのとき、ドアがバタンと大きな音を立てて開いた。おいここは病院だぞ。こんなドアの開け方をする奴はハルヒ1人で十分だ。
「きょ、キョンくん!! た、たた大変です!!!!」
「朝比奈さん!?」
 朝比奈さんがこんなドアの開け方をするなんて珍しい、というかありえねえ。何かあったのは顔を見れば一目瞭然だ。これ以上ないくらい焦っている。
「な、長門さんが、長門さんが……!!!」
 大きな目からボロボロ涙をこぼし始めた朝比奈さんは、それ以上説明できなくなってしまった。
「落ち着いてください、長門がどうしたんですか?」
 聞いても既に号泣してしまっている朝比奈さんは何も説明してくれない。
「長門はどこにいるんですか? とりあえず案内してください」
 そう言うと朝比奈さんは泣きながらうなずいて病室の外に出て行ったので、俺もついていくことにした。
「お騒がせしてすみません、失礼します」
 ハルヒ母に頭を下げると、病室を後にした。

 ここまで来て、長門に何があった!?

「すみません、落ち着いたらでいいから説明してくれると嬉しいんですが」
 泣きじゃくりながら俺を案内する朝比奈さんに聞いてみた。無理っぽいけどな。俺の中の不安がだんだん形になってくる。
『明日、涼宮さんは目覚めません』
 橘の言葉がよみがえってきた。くそっ あいつらが何かしやがったんじゃないだろうな。
「うっ ぐすっ……す、涼宮さんのお母さんが、みえたんです、だから席を外して……」
 泣きじゃくりながら何とか説明をし始めたところで、ハルヒの病室とは少し離れた部屋に着いた。
 ドアを開けると、ベッドに長門が寝ていた。休憩しているのか? いや、そんなわけはない。だったら朝比奈さんが泣き出すわけがない。
「そ、そしたら……ぐすっ……突然、長門さんが……た、倒れて」
 状況は把握した。だが、長門が倒れる?
 過去に長門が倒れたのときには必ず関わってる奴がいやがった。雪山のとき。そして今年の春。
「畜生、あいつか……」
 情報統合思念体が「天蓋領域」と名付けたやつ。いまいち、というか全然何考えてるかわからない存在だ。長門の親玉にすらわからないんだ、俺になんかわかるはずもない。あいつらにも、長門がいないとハルヒを助けられないことくらいはわかってると思うが。
 だったら何故?
「わ、わたし、何もできなくて……ぐすっ 長門さんが、大変なのに……」
 朝比奈さんが泣いている。泣かないでください、俺も同じです。
 何もできねぇよ、畜生!
 何とかしないと……どうする?
 焦って思考がまとまらない。
 長門──情報統合思念体によるインターフェース。
 二度と会いたくないが、朝倉がいたらこの際代わりに頼りたいくらいだ。

 朝倉? そうか!
 俺は携帯を取り出して古泉に電話をかけた。

『もしもし』
 今度は古泉が出た。
「古泉か。長門が倒れた」
 時間があまりない。単刀直入に話す。
『ええ、聞いています。僕も今そちらに向かっているところです』
「原因は天蓋領域か」
『おそらく。周防九曜の動きが全くつかめていません。何かしたのではないかと』
 やはりな。
「そこでだな、今気がついたんだが、喜緑さんに連絡を取れないかと思ったんだが」
 この際喜緑さんじゃなてく、他のインターフェースでもいい。機関は複数のTFEIとコンタクトを取っている、と言っていた。長門以外の宇宙人でも、長門と同じことができるはずだ。
「情報統合思念体の派閥が違っても、ハルヒの今の状態が面白くないのは同じなはずだ。情報生命素子とやらを何とかするのに異論はないはずだろ」
 俺は古泉に言った。
『それに気付くとはさすがですね』
 嫌味かよ。
『いえいえ、純粋に賞賛の言葉ですよ。ですが、残念ながら無理です』
「無理? 何でだよっ!」
 電話越しに突っかかる。目の前にいたら襟首を掴んでいるところだ。
『今朝から、機関が把握しているTFEIと連絡が取れなくなりました。原因は長門さんと同じと思われます』
「なんだって?」
 つまり情報統合思念体製インターフェースは、すべて活動停止に追いやられているってことか。
『そういうことです。長門さんは、最後まで動いていました。状況はわかっているようでしたし、注意する、と言ってくださっていたのですが……』

 なんてこった。長門は気がついていたのか。気がついて、何とかしようと努力してダメだった。まるで1年前のあのときのように。
 また何も言わずに1人で抱えてたのかよ、長門!
『あなたには言うなと言われていましたが、状況が状況ですので。それでは、後ほど』
 電話が切れた。ちょっとショックだった。俺に隠したかったのか?
「違いますよぉ」
 いつの間にか泣きやんでいた朝比奈さんが、まだ涙の浮かぶ目で俺を見て言った。
「長門さんは今のキョンくんに、涼宮さんだけを心配していて欲しかったんです」
 そんなこと言われたって、この状態で長門を心配するなっていうほうが無理だ。
「長門さんはキョンくんに余計な心配かけたくなかっただけなんです」
 言いたいことはわからないでもない。それでも、やはりショックは抜けなかった。そりゃ、俺は何もできないが、少しは頼って欲しかったよ、長門。
「すみません、少し頭冷やしてきます」
 なんと言っていいかわからず、俺は部屋から逃げ出した。

 外に出ると、古泉が到着したところだった。
「どうしたんです? わざわざ出迎えてくれるとは」
 俺を見つけると、古泉が声をかけてきた。
「そんなわけないだろ。頭冷やしに出てきただけだ」
「あなたがショックを受けているのはわかりますよ」
 古泉が真顔で言った。
「僕だってそうですから」
 お前も? 少なくともお前は長門から話を聞いていただろうが。
「いえ、ただ一言『注意する』とだけ。具体的に何が起こっているかは何も聞いていません」
 そうか。やはり1人で何とかしようとしていたのか。
「しかし、今回は正真正銘の緊急事態です。長門さんはこちらの唯一のカードにして切り札だった。それを奪われたわけですからね」
 その通りだ。長門がいなきゃ、ハルヒは助からない。意識が戻っても、既に中身は違う人間だ。実際、どういう人間になるのかもわからない。
 そんなことは絶対に避けなければ駄目だ。
「俺たちはどうすりゃいい?」
 古泉に聞いた。こいつなら、何かいい案を出してくれるかもしれない。だが、古泉は首を横に振った。
「機関の上の方は恐慌状態ですよ。こちらは何の手も打てないのですから」
 そりゃそうだろう。機関と言っても、所詮はただの人間の集まりだ。

「でも、少なくとも僕たちは諦めるわけにはいきません」

 いつになく真剣な目で古泉は俺を見つめた。この『僕たち』というのはSOS団のことだ。
「そうだな、諦めるわけにはいかねぇよな」

 ──俺たちだけは、な。