6月の夜のこと
短編 | 編集

筒うらら様よりイラストを頂きました!
本当にありがとうございます。本文中に挿絵として使わせて頂いております。

  6月の夜のこと


 梅雨到来。本格的な夏が来る前の通過儀礼として、なくてもいいのに律儀に毎年やって来ては憂鬱な雨の日ばかりにしやがるが、なければないで深刻な問題を起こしかねないので来るなとも言えない。
 本気で来るなと思えばなくすことができそうな奴を1人知っているが、そいつはそいつでそれなりの常識を持ち合わせているらしく、今年も梅雨が消えることはなかった。
 ただし、そいつは不機嫌ではある。ここ2回連続週末が雨続きで、SOS団恒例週末不思議探索が流れてしまっているからだ。
 最初の頃は雨でも行っていたのだが、どうも女ってのは雨にたいする不快指数が男より高いのではないかと思う。やれ髪が乱れる服が濡れると文句を言う回数が多いので、なら雨天中止にすればいいだろ、と言ったところ「あんたに何が分かるのよバカキョン!」と言うわけの解らないセリフとともに本当に雨天中止となったわけだ。俺のせいじゃないよな?
 そう言うわけで今日も探索はなし、財布には優しいが暇な土曜日を過ごしていた。降り続ける雨と灰色の空にウンザリしていたのだが、その雨は夕方には上がり、西の空が赤く染まっているのに気がついた。この分だと明日は晴れるか。となれば、今日流れた探索を明日やると言い出しかねないな、と思ったら携帯が鳴った。俺は予知能力でもついたのかと思ってしまうタイミングだ。

『やっほー! あんたどうせ暇でしょ? 今すぐあたしの家まで来なさい! 5分でね!』
「おいちょっと待て、もう夕方だぞ! 5分て無理!」
 思わず反論したにもかかわらず、相変わらず言いたいことだけ言って切りやがる。たまには人の話も聞け。とは言っても晩飯も食い終わって暇ではある。後は風呂に入って勉強はやる気がないから寝るしかない。

 どこに行くのかという母親と妹の詮索を適当にかわして自転車を引っ張り出し……。あれ、そういやいつもの北口駅前じゃなくてハルヒの家なんだな。家の近所にワームホールでも見つけたのかね、なんて冗談みたいなのに冗談にならないようなことを考えながらハルヒの家に向かった。

「遅刻! 罰金!」
 いや、もう分かってるから。お前の時間指定に俺が間に合わないのはもう既定事項で俺は必ず最後か遅刻になることはもう運命か宿命なのか、逃れられないらしいからな。だがこれだけは言わせてくれ。
 俺の家からここまで5分で来るのは無理! できるのは長門くらいだから!
 ハルヒは家の前で門柱を背にして待っていた。本当に電話をしてから5分後には表に出ていたとすると、それなりに待たせたことになる。だけど俺のせいじゃないからな。
「で、どこに行くんだよ。他の連中は?」
 家まで来いといわれた時点でもしかしたら俺しか呼び出されていないんじゃないかと思ったのだが、どうやらその通りらしい。ハルヒはあっさり「あんたしか呼んでないわよ」と言うと、自転車の荷台に収まった。おい、どこに行く気だ。
「河川敷の公園よ! ほらさっさと漕ぐ!」
 河川敷の公園とはいつか朝比奈さんが自分の正体を俺に告白したあの場所である。っておい、そこならさっき通過してきたぞ。最初からそこを待ち合わせにすりゃ俺は余計な労力を使わずに済んだんじゃないか。
「もう夜になるのに女の子を1人で歩かす気?」
 お前なら変な野郎が寄ってきても撃退でき……痛え、後ろから殴るんじゃねえよ! 危ないだろ!
「うるさい! バカキョン!」
 こんな時間に呼び出されて自転車の後ろを占拠された上バカキョン呼ばわりとは、本当に俺は雑用としか思われていないんだな。始めからわかっていることとはいえ何だか空しくなってくる。何で俺は律儀にハルヒの言うまま迎えに来たりしてるんだろうね。
 そんな自分でも答えのわからん疑問を持ちつつ結局ハルヒの言うがまま、河川敷公園へと自転車を走らす俺であった。


 ハルヒの指示通りに自転車を停め、すでに暗くなった公園内へと足を踏み入れると、随分人が多いことに気がついた。桜の季節ならともかく、こんな梅雨時の夜に人が多いのは不思議である。って、まさか本当に“不思議”なことが起きたんじゃないだろうな。
 という俺の予想は全くの杞憂であり、反面当たってもいたのであった。

 俺の手首を掴んで前を歩くハルヒに仕方なくついて行く。いったいここに何があるのだろうといぶかしんでいた俺を出迎えたのは、何とも幻想的な光景であった。
「……蛍?」
 淡い光があちらこちらに舞っている。それは人工ではとても作れないような雰囲気を漂わせていて、自然の作った1つの芸術作品であることを感じさせる。しばらくの間、俺もハルヒも何も言わず、その天然のイルミネーションを忘我の境地で眺めていた。
 ときおりこちらに近づいてきて明滅しながら舞っている光を目で追いながら、やがてハルヒが囁いた。
「綺麗よね」
「ああ」
「最近になってからこの辺で見られるようになったらしいわよ。不思議じゃない?」
「そうだな、不思議だな」
 だがこんな不思議なら大歓迎だ。ハルヒが改変したわけではあるまい。宇宙人も未来人も超能力者も関与していないだろう。
 この川の上流域にはまだわずかに蛍がいると聞いたことがある。おそらく下流に流れてきて、どう条件が良かったのかはわからないがここで繁殖したに違いない。
「……あんたに見せたかったのよ」
 ぽつりと呟いた言葉に驚いてハルヒを見るが、暗くてその表情は窺えない。何故俺に?
 なーんて考えるのは無駄なのかもしれない。ここに、昔はたくさんいただろう蛍が今になって戻ってきた不思議を団員の誰かに知らせたかっただけなのか、だったら何故他の団員を呼ばないのか、なんて疑問は気にしない方がいいような気がする。
「ありがとな、いいもの見せてもらったよ」
 俺の礼をそっぽを向いたまま受けるハルヒ。顔は見えないが、どうせ怒ったような顔をしているんだろ。そしてそんな顔を作るのはハルヒの照れ隠しだってことを俺は既に知っている。
 相変わらず人の都合を考えない奴ではあるが、結局ハルヒは俺にこれを見せたいという気持ちを持ったからこそ突然呼び出したわけだし、それはハルヒにとっては厚意に違いない。まったく、最初からそういえば俺も文句なんか言わずに行ってやるっていうのに。

 しばらく黙っていたハルヒは気を取り直したのか、また話しかけてきた。
「ねえ、蛍はどうして光るか知ってる?」
「詳しくは知らんが、求愛行動なんじゃないのか」
 一応子供の頃は昆虫博士の異名を取った経歴を持っている俺だ、蛍について詳しくなくても推測くらいはできる。
「そうよ、良く知ってるじゃない。オスの蛍が光ながらメスに近づいて、メスはそれに答えて強く光るの」
 よく知ってるな。わざわざ調べたのかね。
「単なる本能に基づく求愛行動なのに、こんなに人を感動させるなんてね」
 なんだよ、それも不思議だって言いたいのかよ。
「違うわよバカ」
 まあ確かにバカなことを言ったかもしれん。素直に認めよう。
「……そう考えたら、恋愛も悪くはないのかもしれないわよね」
 ほとんど口の中で呟いた独り言のようなセリフに俺は目を見張った。恋愛は気の迷いで精神病、と言っていた同じ口から出た言葉とは思えない。

 そもそも昆虫の求愛行動と人間の恋愛は全然違う物だろ、というツッコミが頭に浮かんだが口に出さないことにする。その方が俺にとって都合がいいなんて考えちまったのは、それこそ気の迷いを生じただけかもしれないが。

筒うらら様ありがとうございます


「そろそろ帰るわ」
「ああ、また俺が送るんだろ」
「いいわよもう。あんたも直接帰った方が近いんでしょ」
 そりゃそうなんだが、何でお前はさっきと言うことが変わるんだ。
「こんな時間に女の子を1人で歩かすわけにもいかないんだろ」
 それだけ言うと反論を待たずにハルヒの手を取って歩き出した。
「何よバカキョン。さっきは文句言っていた癖に」
 それでもハルヒは手を振りほどこうとはしなかった。

 帰りの2人乗りの自転車、俺の腰に腕を回すハルヒを妙に意識してしまったのはまだ秘密にしておこう。
 そうだな、蛍の季節が終わって梅雨も明け────本格的な夏が来たら、今度は俺から誘ってみてもいいかもしれない。

 不思議な風景を探しに、一緒に行こうか。


  おしまい。