涼宮ハルヒの戦国時代 二章其の二
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戦国時代は1日2食が一般的だったということをふまえてお読み下さい

 食事は寺だけに精進料理であるが、それでも普段食っているものよりましかもしれない。しかし俺は朝飯は食ったのだが、時間的に夕飯には早い。これはいったい何飯だと言えばいいのかね。出陣中ならともかく、普段昼頃に飯を食う習慣なんかないぞ。とは言えせっかく支度してくださったのにそんなことを考えても仕方がないので黙々と箸を動かすことにした。
 どうやら風呂で、春日姫は朝倉と長門の関係やどうして流れてきたのかなどを聞き出していたらしい。後で聞いたことをまとめると、つまりは同郷ってだけの話だ。長門の生まれ故郷は戦乱と内乱で壊滅、今では住む人もいないそうだ。朝倉は長門同様その腕を買われてとある武家に仕えていたらしいのだが、そこも最近になって戦に負けて家ごとなくなってしまったらしい。行く当てもあまりなかったらしいが、長門を頼ろうと思ってここまで来たとのことだった。頼ろうと思ったのに斬りつけるか、普通。
 朝倉涼子の処遇については問題ないと春日姫は請け負った。さっきまでどちらかというと敵視しているようにしか見えなかったのに、風呂でそんなにうち解けたのかお前ら。
「だって有希が大丈夫って言うんだから大丈夫なの!」
 その長門への信頼はどこから来るんだろうね。家臣が主を裏切るのが当たり前の時代だと言うのに。かと言って俺もなんとなく長門が裏切るってのが想像し難いとも思っているんだけどな。何故と聞かれても困る。一応ともに戦った身としての勘だとしか言い様がない。アテにならんけど。
 ついでに食事の最中に判明したことは、なんと朝比奈みくるさんは年上らしい。絶対に年下だと思っていたのに。何というか、その幼顔とそれに見合わない身体は反則です。

 中途半端な時間に飯を食った後はまた不思議を探すとか言いながらよく分からない散歩を続けるあいだに日も傾き始めた。完全に日が暮れてしまうと真っ暗になってしまう。そろそろ戻った方がいいんじゃないのか? 俺も古泉が気になるし。
「結局何も見つからないじゃない! あんたちゃんと探してたの?」
 探してなかったけどな。どう探せばいいかも分からないものを探すという能力は俺にはない。
「今まで探してても見つからなかったんだろ。俺が加わっただけで簡単に見つかるならもうとっくにお前が見つけてるに違いないさ」
 と適当なことを言ってお茶を濁しておこう。
「それはそうだけどさ……」
 納得いかないようだ。
「そもそも不思議なものを見つけてどうするんだ? 妖怪なんか見つけちまった日には後が大変だぞ」
 御伽噺はあれこれあるが、あまり人に親切な妖怪ってのは多くないと思う。春日姫は赤く染まった空を仰いだ。その目は真剣で、ふざけてこんなことをしているわけではないということが俺にも分かる。
「妖怪でも月の世界の住人でもいいわ。もし、あたしの前に現れてくれたら……」
 そこで言葉を切ると、不意に歩いている方向を変えた。
「帰るわ」
 一言だけいい、俺たちが後ろからついてくることを確認もせずに早足で歩き出した。慌てて後を追う。
 結局春日姫は振り返りもせずに城まで戻ってきた。
 評定はまだ終わっていないらしい、主の出待ちをしている侍たちがそこかしこに立ったり座り込んだりしていた。一日ここで待って過ごすくらいなら春日姫に付き合って歩き回っている方が気は紛れて良かったのかもしれないな。
 振り返りもせず城内に戻っていく春日姫の後ろ姿を眺めながら、俺はそんなことを考えていた。


 さて、肝心の評定であるが、春日姫の読み通り夜までかかった。
 古泉は疲れ切った顔をして出てきた。評定に参加したとは言えまだ若輩、おそらく発言権はほとんどないまま家老衆が言い合っているのを見ているだけだったのだろう。想像通り、涼宮家は古くから仕える譜代を中心に毛利よりであった。
 理由の一つに摂津は室町幕府の天領であったことがあげられる。もちろん室町末期には有名無実と化していたのだが、本来摂津を預かる涼宮氏他の大名はもともと幕府の城代であったわけだ。その室町幕府は滅びた。今更将軍にへつらう必要なんかないのだが、最後の将軍となった足利義昭は今安芸の毛利の元にいる。将軍がそこにいるのなら、毛利につくべきだと主張する声が多かったのもわからないでもない。
 だが、馬鹿馬鹿しい。室町幕府はもうない。いくら“元”将軍だとはいえ、もう時勢に押し流されていった人物に過ぎない。そして毛利家は将軍を受け入れはしたが、彼のために京を奪還する気は全くないらしい。今の領地を大事にして、大きな物を望まない、それが毛利家の家風なのだろう。
 となると、もしここで毛利につけば、ここが対織田勢力の最前線ということになってしまう。そしてこれは俺や古泉の勘だが、もし織田がこの辺りを潰しに来ても、毛利は兵を出してくれはしないだろう。

 これらのことを説いたのはやはり古泉の親父殿であったらしい。そもそも播州情勢からして今は織田よりに見えるのに、毛利については織田と播州の挟み撃ちだ、という俺にだって分かりすぎることをわざわざ説き伏せたらしい。
 いやもう、ほんとうにご苦労なこった、としか言うべき言葉が思い浮かばない。

 この評定はしかし、これからの涼宮家の命運を決定づけたのかもしれない。
 織田だ毛利だという以上に、涼宮家は時代の流れに押し流され始め、舵を取ることが難しくなってきたようだ。

 当然、春日姫もその流れに巻き込まれずにはいられない。


 涼宮家の命運、と言った。しかしもっと翻弄されたのは古泉家であり、古泉に仕える俺であると言うべきだったのかもしれない。
 いったん織田につくと決めた涼宮家だったが、当主の態度は曖昧であまり織田を心良く思っていないらしい。しかも播州入りするのは羽柴筑前守秀吉である。
 もともとは尾張の百姓か何かだったらしいが、今では織田家の侍大将にまでなった人物で、出自が変わらない俺としては多少興味がある。って言っても秀吉のようになりたくもないしなれるわけもないけどな。
 とにかくその“下賤のもの”を要職につけている織田家をあまり信用したくない、という態度をありありと出している証拠に、播州入りする秀吉の接待を古泉家に丸投げしてきたのであった。麾下に入るということは例え相手の出自が低くともこちらから出向いて挨拶をするべきであるのに、涼宮弥三郎はそれをしようとしない。
 この点について、古泉父子はかなり頭を痛めていたが、結局播州に下る秀吉の軍勢を花熊にて接待したときも、当主は現れなかった。
 秋も深まる十月下旬、何やら不穏な空気に包まれたまま、秀吉の軍勢は花熊を立ち姫路へと下向していった。

 涼宮家の当主が来なかったという面目の立たない結果を気にしたわけではないのだろうが、入れ替わるようにひょっこりとやって来たのはまたもや春日姫であった。二人しか供をつけずに馬を城の前まで乗り付け、古泉父子を大いに慌てさせた。ってその供は長門と朝倉かよ。なんとなく予想はしていたが。朝比奈さんは来ないのかね。あのお方が馬を操れるとも思えない。「ひええええええ」という悲鳴とともに馬ごとどこかに走り去っている姿を想像して思わず苦笑した。うん、絶対無理そうだ。
「何ニヤニヤしてんのよ、やらしいわね」
 ニヤニヤって、苦笑していただけなんだが。
「みくるちゃんのことでも考えてたんじゃないの」
 ってお前は人の心が読めるのかよ。前も言ったが俺にとっちゃお前が一番不思議だね。わざわざ探しに行くほどのこともない。そういや長門や朝倉もある意味不思議だが。たぶん、俺が忍ってものに詳しくないだけなんだろう。うん、そう思うことにしよう。
 そんなことより何でお前はこんな城の外れにいるんだ。古泉父子と話していたんじゃないのか。第一何しに来た。
「一度にあれこれ聞くんじゃないわよ。何しに来たはご挨拶ね。馬鹿親父の不始末を詫びに来たんじゃないの」
 不始末って言うべきかは分からないが、今回の羽柴勢への接待に当主が来なかったってことを気にしているらしい。ってことは先ほどの俺の予測は外れていたってことか。こいつは意外にも家のことや自分の立場をわきまえているようだな。
「てことは父親の名代なのか?」
「違うわよ。今回の接待に顔を出さないどころかびた一文出してないでしょ、あのくそ親父。名代を立てる何てことも考えてないわよ」
 くそとか言うな。
「一応織田につくという結果になったんだったら徹底しろっていうのよ。いつまでもどっちつかずだとそのうち滅ぼされるわよ。織田の不興はもう買ってるかもしれないわ」
 おそらく、秀吉は不審がっているだろう。だが古泉から聞いた限りでは終始鷹揚な態度であったそうで、気にしていないのか、それとも気にしていることを気取られないようにしているのか。おそらく後者だろう。百姓からここまでのし上がって来るような人間だ、人の心の動きを読むことにも長けているはずだ。
「つまりお前の父親は毛利に色気があるってことだろ」
 思わず言ってしまってからさすがに言い過ぎかと思った。父親の所行を不愉快に思っているらしい春日姫に言うべき言葉ではないよな。
 ギュッと唇をかんだ様子を見て、俺は密かに後悔した。
「……織田につくと言いながら、寝返るかもしれないわ。そうしたら古泉くんはどうするかしら?」
 おい、俺ふぜいにそんな重大な機密を漏らしていいのか。
 しかしそうだな、どうも世情は不安定だ。今回の秀吉播州入りで播州が織田方に落ち着いてくれれば、こっちのこともあまり心配しなくて済むだろうが、果たして秀吉は播州の人心を掌握出来るだろうか。古泉父子は秀吉という人間を気に入っているようだ。反面律儀なところがあって、謀反など当たり前なこの時代に涼宮家を裏切るなんてことを考えるなんてとても出来ないような気もする。
「古泉家は筆頭家老だし、もし古泉家がうちに叛旗を翻したら譜代以外の臣下はおそらく古泉家に付くわ。そしてうちの譜代はあまり役に立ちそうにもないし」
 俺は意外の感に打たれてつくづくと春日姫を眺めてしまった。家のことをわきまえているどころか、情勢を冷静に見つめて心配するところまで来ている。この間の評定のときの無関心さから考えるとここまで考えているとは思わなかった。
「涼宮の家が心配か」
「心配なんかしていないわ。どうせこのままじゃ滅びるもの。だからあたしは……」
 そう言って空を仰ぐ春日姫に、俺はなんといっていいのかまったく解らなかった。

「あんたってさ、変な奴よね」
 先ほどまでの深刻な顔はどうしたのやら、今度はいきなり人を変な奴扱いかよ。お前にだけは言われたくないって言葉知ってるか?
「だいたいちっとも武士らしくないわよ。そんなんで戦出てちゃんと生き延びれるのかしら?」
 そりゃ俺はもともと武士じゃないからな。武士になろうと思っていたわけでもない。
「生き延びるかどうかなんて運でしかないだろ、こんな時代。死ぬときはただ歩いているだけでも流れ弾に当たって死ぬかもしれない」
「何でそんな達観してるのよ、もうちょっと気概って物を……」
 叱りつけるように言ったかと思うと突然言葉を切ってまた俺の顔を覗き込む。
「……あんたは天下を望まないって言ったわよね。じゃあ、古泉くんが天下を取ると言い出したら?」
 古泉? そもそもあいつがそんな物望んでいない気がするんだが。それでも自分の才を試してみたいとは思っているかもしれないが、しかしあいつやあいつの父親が天下に覇を為さんなんて考えているならとっくに謀叛を起こしている。俺が見る限り統治も武も古泉家の方が上だと思うからな。涼宮家は名門にありがちだが、土台が腐りつつある状態に見える。
 とはさすがに口に出来ないので、お茶を濁しておこう。
「俺は古泉の家来だからな。あいつがそう言うなら手伝うだけだ」
「ふうん。興味がなくても?」
「俺には『天下』なんて物はでかすぎる。弄るだけの才もない。だがもし古泉が今の乱世を平定するって言うのなら手伝うさ。天下に興味はなくても、いい加減こんな時代は終わらせたいからな」
 もしあいつが(想像しがたいのだが)天下取りなんて物に色気を出すなら俺は確かに従うだろう。だが(これも想像を絶するのだが)もし成功したとしても、多分その後は俺は隠居だな。剃髪する気には今のところなれないが、どこかで安閑と過ごしたい。
 もちろん今の時代にこんなことを考えるのは夢のまた夢だ。
「あんたはこの時代を終わらせたいんだ」
 そりゃそうだろ。無駄に人が死んでいくところばかり見ている。死体なんか見慣れたもんだが、やっぱり何かおかしいんじゃないか、心のどこかでそんなことを考えてしまう自分がいる。誰も戦わずに済む時代が来るならそれに越したことはないさ。
「そっかあ」
 なんとなく納得したような顔をして、春日姫は少し微笑んだ。こいつはこいつで何が望みなのかいまいちわからん、と思った俺の心を読んだように、ぽつりと呟いた。

「あたしが男だったら、こんな世の中変えてやるのに」

 驚きというよりはやっぱりな、という気分の方が強かった。なんとなくどこかで感じていたのだろう。男勝りの武芸、そして少ししか知らないが、おそらくこいつの政治感覚はそこらの男より鋭敏な部分がありそうだ。前にも思ったが、男だったらいい跡継ぎになっただろうにな。
「もしかしてお前は妖怪でも探して自分を男に変えてもらおうとでも思ってたのか」
 俺の言葉に春日姫は目を見張る。適当に言ったんだが、もしかして図星?
「それもあるけど……それよりあたしの配下にするのよ! 妖怪でも何でも、人外の力を以てすれば男も女もないじゃない? そしたらあたしが世の中を平定してやるの!」
 女がまったく活躍出来ないというわけではないが、女であること自体が春日姫の枷になっている。実際女性が政治を動かしていた場合もあるが、特例と言っていいだろう。だからこいつは男が文句を言えないような力を欲しがったのか。神仏に祈らないところはなんとなくらしいと思ってしまう。
「ちょっと、何笑ってるのよ。馬鹿にしてんの?」
「いーや」
 確かに非現実的ではあるが、こいつの真剣さは覗えるからには馬鹿にはできない。
「そうなったらお前の配下になるのも面白そうだと思っただけだ」
 妖怪変化の武士団ね。あり得ないけどあったら最強かもしれないな。織田も毛利も裸足で逃げ出すだろ。
 一瞬嬉しそうな顔をした春日姫だが、また少し目を伏せた。現実が厳しいってことを思い出したらしい。
「でも結局何も見つからない。ほんとに、あたしが男だったら……」
 伏せる目を縁取る長い睫毛。憂いを帯びた表情はさまになっていて、黙っていればこいつは評判の姫だったに違いないと思える。
「確かに女にしとくにはもったいないけどな」
「なによ」
「男にするのはもっともったいないと思うけどな」

 って、俺はいったい何を言っているんだろうね? 


「キョン、ここにいたんだ」
「えっ? あ? く、国木田?」
 焦った、びっくりした。って別に焦る必要なんかないよな。何もやましいことをしていたわけではない、そうだろ?
「あれ、春日姫、こちらにいらしたんですか」
 軽く黙礼すると、何故かにっこりと笑って俺に向かう。
「もしかしてお邪魔だった?」
「何の話だ」
 お邪魔ってなんだよ、お前は何を勘違いしている。主家の姫さんの気まぐれに付き合ってるだけだろ、どう見ても。
「それより何の用だ? 何かあったのか」
「いや、後でいいよ。春日姫、失礼致しました」
「いいわよ、あたしはもう行くから」
 何故か怒ったような顔をしてそう一言、踵を返してその場を離れてしまった。少し顔が赤いような気がしたのは気のせいか。
「怒らせちゃったかな」
「そもそもあいつが用もなく城内うろうろしてるんだから気にすることないだろ。それより何だって?」
 この間の接待で、近隣農家への手当について手違いがあったと国木田は話し始めた。

 いまいち話が頭に入ってこなかったけどな。


 播州と秀吉を取り巻く不穏な空気はそのまま播州に滞り、翌年三月に一気に爆発することになった。
 播州勢のほとんどがいきなり織田に反旗を翻して播州三木城に籠城してしまったのである。

 青天の霹靂、というわけではなかった。播州は保守的な土地柄で、織田のような今までの中世的なものとは全然違うやり方を好む輩とは相容れないのではないか、そう考えていたからだ。しかしそれでも驚くに値する事実であり、しかも古泉はめずらしく苦々しい表情を浮かべてさえいた。
「これでお屋形様の気が変わらないといいのですが」
 残念ながら杞憂では終わってくれなかった。
 親父殿が急遽小清水に出向いて説得に当たり、取りあえずは様子を静観させることに成功したらしい。だが、やはり心の内は既に毛利側に寝返っていることは薄々感じられたようだ。
 さて、涼宮家はどう舵を切ることになるのかね。「どうせ馬鹿な方向に舵を切るに決まってるわ」と言った奴がいたことを思い出す。春日姫は今どう思っているのか、なんとなくそんなことを思った。

 俺の身辺も何やら騒がしくなってきた。足繁く小清水に通う親父殿は日に日に焦燥からやつれているように見えるし、普段無意味に笑っている古泉も難しい顔をしていることが多くなっていた。どうも情勢は古泉に取って面白くない方向に進んでいるようだ。

「しかし何でそんなに毛利方につきたがるのかね」
「織田はそれまでのやり方が苛烈すぎましたからね。織田に味方して不興を買ったら最後、どうなるかわからないという不安があるようです」
 まあ比叡山やら伊勢長島の一向宗やら、千から万単位で焼き殺してるからな。降伏を容れなかったとも伝え聞くし、確かに怒らすと怖いかもしれない。
 だがしかし、毛利だってだな。
「三木が籠城してるってのに、播州に兵を出そうとはまったくしてないじゃねえか。備前との国境あたりの城を落としただけですぐ安芸に引き返しちまったし」
 三木の籠城勢は毛利の後詰めを期待しているはずなのだが、肝心の毛利はちっとも出てこようとしない。それをいいことに秀吉勢はあちらこちらの支城を落として兵糧の補給を断絶させることに成功している。
 逆に怒らせなければ織田の方が待遇はいいと思うのだが。
 ちなみにこの合戦に対する陣ぶれ(出陣要請)はもちろん涼宮氏にも届いているのだが、何だかんだと理由をつけて参陣していないのも古泉が頭を抱える理由の一つである。
「人質を出しているわけでもないし、既に不興を買ってそうではあるよな」
「不吉なことを言わないでください」
 などと暢気に話しているのが悪かったのかもしれない。
 まさか本当に不興を買ってしまうとは、俺も古泉も予測していなかったのだから。

 いい加減陣ぶれに応じない状況に業を煮やした古泉家は、自分の手勢だけでも率いて三木に行くことを当主に認めさせたのだった。
 そしてこの出陣が、古泉家と涼宮家、そして俺の運命を決定づけることになる。


 三木に籠城する播州勢は七千五百、対して包囲する秀吉軍は八千。一般的に攻城戦は籠城側に対して三倍の人数が必要とされているので、数の上でも秀吉側が不利なだけではなく、実を言うと尾張の武士と言うのはそんなに強くはない。まともにぶつかりあえば負けることがわかっている秀吉は、遠巻きに三木城を取り囲み、城内の兵糧が尽きるのを待つという作戦に出た。

 さて籠城戦といわれると、籠城側はずっと城に籠もりっきりだと思われる人もいるかもしれないが、実際には機を見て城から打って出ることも多い。もちろん城外に本陣を構えて大がかりに戦うわけではなく、小勢の遊撃隊が隙をつくのだが、この小勢がなかなか強く、戦略的に優勢な羽柴勢は実際に槍をあわせては負けているという有様であった。
 それでも兵糧の補給をかなり断ち、次第に戦闘意欲を失わせるという作戦であるので、羽柴方に焦りはない。しかし、面白くないのも事実であり、少しくらいは華々しく勝ちたい物だと秀吉は思っていたに違いない。

「どうすればいいと思いますか」
 羽柴方の包囲陣の片隅に加えられた“涼宮衆”とは名ばかりの、実際は古泉衆がいる丘の上から三木城を眺めつつ、古泉が俺にいきなり問いかけた。どうすれば、とはここ数日の負け戦を何とか出来ないかということだろう。
 俺は古泉の視線を追う。古泉が眺めているのは、いつも三木方の遊撃隊が突出してきては羽柴方に痛烈な打撃を与えているあたりであった。こいつはいつもそうなのだが、頭には構想があるくせに、自分ではそれを言わずに俺に言わせようとする癖がある。考えがあるなら自分から言えばいいじゃねえか。
「あの場所ににある程度おとりの人数を置いて、その向こうに伏兵を置けばいいんじゃないのか。おとりは城方が出てきたら逃げて、追ってくる城方を伏兵に追わす。向こうにもう一隊伏兵を置いておけば挟み撃ちが成功する、お前はそう考えてるんじゃないのか?」
 俺の意見に古泉は喉を鳴らして笑った。何がそんなに楽しいんだ。
「さすがですね。ではそのように手配しましょうか」
「だからお前は俺に聞くまでもなくそう考えていたんだろうが」
「さて、どうでしょうね」
「どっちにしてもうちの手勢だけじゃ人数が足りないだろ」
「そうですね、他の方々と連携しなければ。そこは父に任せましょう」
 あくまでも白を切り通す古泉が立ち去る後ろ姿を眺めつつ、俺は溜息混じりに呟いた。
「やれやれ」

 この日の戦闘はめずらしく勝利を得ることになった。

 羽柴秀吉という人間は侍大将としては妙に腰の軽い人間で、本陣の床机に座り込むなんてことはせず、あちこちの陣営に顔を出しては鼓舞したり戦局を自ら尋ねたりするのだが、俺たちのいる陣営にも時々顔を出していて、遠目で見る機会は何度かあった。もちろん俺のような身分の者が直に話が出来るわけもない。
 だが、今回の勝利の立案が俺だと伝えられたらしく(だから違うっての)、一度だけ比較的近くで見る機会を得た。

 ……とはいえ、俺は平伏していただけなんでほとんど顔なんか見えなかったけどな。俺の生涯で世に名を轟かすような武将と相見えるなんてのは、これが最初で最後だった。

 そもそも、この陣営から撤退せざるを得ない状況に追い込まれてしまったのだから。