指輪
短編 | 編集

「なあ、あれやっぱりキョンがあげたのかよ」
「何の話だ」
 ニヤニヤ笑いながら話しかけてきた谷口の質問の意図がわからずに聞き返すが、こいつはニヤケ面を変化させずに思わせぶりなことを言うだけである。
「まあそう照れるな。いつかはこうなるんじゃないかと思ったんだけどよ、指輪とはお前もやるな」
 だから本当になんの話だ。思わせぶりなニヤケ面って知り合いは二人も要らん。しかもどう考えてもむこうは様になってるがお前はなっとらんぞ。
 なんて会話は休み時間が終了するとともに終わり、座席に戻ってきたハルヒの指に輝くそれに、俺も今始めて気がついた。
 確かに指輪だな。しかも立て爪に本物かどうかは知らないがダイヤ? それを、左手の、薬指に……。

 我に返ると授業が終わろうとしていた。1時間何をやっていたのかまったく記憶にない。
 あれ? なんでいきなり記憶喪失? もしかして俺はUFOにさらわれて脳を弄られたりしたのか? やったなハルヒ、団員その1が不思議に遭遇したぞ!
 ……空しい。
 いや、わかってるさ。ほぼ記憶がないとは言え、俺は呆然としたまま1時間を過ごしたんだって自覚はある。何故そんなに呆然としていたのかと言えば……。
 やっぱあれか。ハルヒの左手の薬指に輝く指輪。アクセサリーのことなんか詳しくはないが、ファッションリングとは違うだろうことくらいは想像がつく。どう見たってあれは、エンゲージリングに使われるに相応しい……。
 ダメだ、何でかわからんが考えてると妙に気分が沈むうえにムカムカしてさえ来る。なんで落ち込んでるんだ? なんで腹が立つんだ?

 結局俺は放課後まで授業に集中出来なかったくせに、ハルヒに聞くことも出来ないまま苛々とした時間を過ごすのみだった。

「念のために確認しますが、あの指輪はあなたがプレゼントなさったわけではないのですか」
「俺は知らん。だいたいなんで俺がハルヒに指輪をくれてやらなきゃならん」
 そう言うと古泉はやれやれと言わんばかりに首を振った。なんかむかつく。
「しかし我々も彼女にあのような指輪をプレゼントする人物に心当たりがありません。いったいどうされたのでしょう」
「涼宮さん、すごく嬉しそうです~。やっぱり女の子ですもんね、指輪もらえて嬉しいんでしょうか。でも……」
 お茶を淹れてくださった朝比奈さんが不思議そうな顔をして言った。でも、で言葉を切ったのは、古泉同様心当たりがないからかもしれない。
 しかしハルヒに指輪をやった奴は何者かね。北高生なら間違いなくSOS団に入っているはずだから、他校かもしかしたら年上なのかもしれない。あれが本物なら高校生に買える代物じゃないからな。長門は知っているんだろうか。しかし今は聞けない。
「とにかくあれを涼宮さんにプレゼントされた人物はいずれわかるでしょう。しかし意外ですね、僕はてっきり……」
 思わせぶりにそこで言葉を切る古泉。先は言わなくていいぞ、聞きたくもない。

 やがて長門が本を閉じる音とともに今日の活動も終了となった。
「キョン、帰りちょっと付き合いなさい!」
 帰り道に長門と朝比奈さんをハルヒが占領しているせいで長門に指輪についてのコメントを聞けなかった俺は、長門に電話するか引き返してマンションを訪ねるか、そんなことをしたって無駄なような気がしてモヤモヤした気持ちを抱えていたのだが、
そんな俺の気なんか知ったこっちゃないハルヒは俺の右手を掴むとぐいぐい引っ張って歩き出す。俺の手を掴んだ左手の指輪を見るとまたイライラしてきて、俺は思わずその手を振りほどいてしまった。
「キョン?」
 驚いた顔をして俺を見るハルヒから思わず顔をそらす。ムカムカする、なんなんだよ一体。
「……その指輪をくれた奴を誘えばいいだろ」
 って俺は何を言ってるんだろうね。これじゃまるで指輪を気にしていますと宣言したようなもんじゃないか。いや、気にならないと言えば嘘になるが、そりゃハルヒがどんな男を選んだか興味がないわけがない。だけどそれじゃこのむかつきの理由を説明できない。
「え? 指輪をくれた?」
 一瞬きょとんとしたハルヒは、自分の手を見て、そして笑い出した。
「これ? 違うわよ、もらったんじゃないわよ」
 へ? もらったんじゃないって、そんな指輪をわざわざ自分で買ったというのか?
「買ってもいないわよ。とにかく付いて来なさい! 歩きながら説明するから」

 歩きながらと言いつつ俺が自転車置き場に寄るや否や「後ろに乗せなさい」と命令してちゃっかり荷台に収まったハルヒが言うには、どうやら今日は両親の結婚記念日らしい。
「この指輪のエピソードを話しているうちにね、母さんが『あんたに貸してあげるから付けて見たら?』なんて言うからつい借りちゃったのよ」
 しかしなんでまた自分の結婚記念日にわざわざ娘にエンゲージリングを貸すかね。
「……あたしが知るわけないでしょっ」
 ハルヒは何故か突然怒った口調でバシバシ後ろから殴りつける。痛みに顔をしかめながらも、俺はさっきまでのイライラがすっかり治まっていることに気がついていた。
 なんだろうね、なんて自問自答するにはその理由がはっきりし過ぎていて、結局俺はいつもの口癖を呟くしかできなかったのであった。

「……やれやれ」

 ついでに言うならハルヒ、お前の両親の結婚記念日だろ? なんで俺も一緒にプレゼントを選ばねばならんのだ?

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「ただいまー!」
「お帰りハルヒ、どう? 上手く行った?」
 帰って来るなり結果を聞きたがるなんてせっかちね。「それ付けていって気になる子がどう反応するか見てみたら?」なんて悪戯っぽくいった母さんの言葉を真に受けて実行したあたしもどうかしてるけど。
「分かんないわ。気にはしてたみたいだけど」
 そう、確かに気にはしていた。「その指輪をくれた奴を誘えばいいだろ」と言ったキョンは少しバツの悪そうな顔をしてあたしから視線をそらしていた。でも、その理由はどうなのかしら? ただ単に、そういう相手がいるのに自分を誘うなって思っただけかもしれない。
「気にしてるなら脈アリってことよ! 頑張りなさい!」
「べ、別にそんなんじゃないけどね。まあちょっと気にさせたら面白いと思っただけだから!」
「ふふふ、あんたも素直じゃないわよね」
「うるさい!」

 ……いつかあたしもあいつから指輪をもらえるかしら? ってあたしってば何考えてんのよ!
 もう母さんのバカ! ニヤニヤ笑って見てるんじゃないわよ!
 これもキョンのせいなんだからね! キョンのバカぁ!!!!


  八つ当たり気味におしまい。