鬼ごっこ 後編
中編 | 編集

前編 後編

 いや待て、落ち着け。俺は何を言った? ちょっと待ってくれ? 何を待つ必要があるんだ?
「あ……いや、なんでも」
 ない、と続けようとした俺の両腕を谷口と国木田ががっしりと捉えた。
「そうかそうか、じゃあお前もあっちに出なきゃな」
 おい、だからなんでもないって、気にしないで続けてくれ。
「キョン、そろそろ素直になった方がいいんじゃないかな」
 なんの話だ国木田。俺はいつだってほどほどに素直なつもりだ。
「おいキョン、『待て』と言ったのはお前だろうが。ここに来て今更何も言わないってのはないよな」
 ニヤニヤ笑うな、アホ面に磨きがかかるだけだぞ。
「往生際が悪いよ。言いたいことがあるならため込むと精神に悪いよ」
 どっかの誰かと同じことを言うな。
 などと言っている間にハルヒの前に引きずり出される俺。こういうときムキになって抵抗した方がいいのかも知れないが、なんとなく流されてしまう自分が悲しい。なんだよなんでこんな目にあっているんだよ俺。罰ゲームには俺は関係ないだろ? なんでこんな羞恥プレイをするはめになったんだ? 誰が悪い?
 って、さっき余計な口出しをしてしまった俺が悪いのか。なるほど未来の自分に対する責任は現在の自分が取らなきゃならないよな、長門。お前に教えられた教訓は何一つ生かされてないようだ、すまん。

 ハルヒは決して俺を見ようとしない。完全に横をむいたまま、それでも文句を言うのはハルヒらしいけどな。
「何よ、なんか言いたいことあるわけ」
 言いたいこと? いや、俺にもわからん。なんで俺は「待て」なんて言ったんだろうね。
「いや、別に……」
 何もない、と言いかけた俺に顔を向けるハルヒはさっき見た寂しそうな表情だった。
 おい、なんでそんな顔してるんだ? お前は留守番喰らった子犬かよ。お前らしくないだろ、そんな顔。
 誰がそんな顔させてるんだなんて疑問にわざわざ答えるまでもなく、どうやら俺らしい。だが何故。今俺が自分のしたことを必死に誤魔化そうとしているからか? それで怒るならまだわからんでもないが、寂しがることなんかないはずだろ?

「キョン、女を泣かすのは最低だぞ」
 ハルヒのこの表情を前にして、谷口の言葉を否定しづらい。だけどお前にそんなこと言われる筋合いはねえよ。
「────うるせえ!」
 思わずそう叫んでしまったのは俺のちっぽけな自尊心のせいか。口に出したとたんに後悔したがもう遅い。悪い谷口、お前が言っていること自体は間違いじゃないんだ。
「ほんとにうるせえよお前ら! 余計なお節介ばっかりしやがって!」
 それでも口だけが感情に支配されて言葉が飛び出してくる。もう理性と感情が乖離していて俺にも何がなんだかわからないまま、俺は叫んでいた。
「確かに俺は最低かも知れんがな、だからと言って好きな女を泣かせるほど落ちちゃいないんだよ!」

 ……え?
 俺今なんつった?

 おい谷口、これだけ怒鳴られてるくせに何をニヤニヤ笑ってるんだ? お前はさてはマゾだったのか?
 国木田、何だか笑顔が黒いんだが気のせいか? その笑顔には何故か「してやったり」と書いてあるようにしか見えない。
 というか、クラスの連中はなんでこんなに生暖かい目で俺を見てるんだ? 勝手に1人でキレてるアホだと思われたのか?
 いやいや、違うよな、これはゴマカシだなんてことは解りすぎている。俺はなんと言った? 「好きな女を泣かせるほど落ちちゃいない」? この状況で好きな女って言ったら。
 ……やっぱり誰から見てもバレバレだよな。
 あえて今まで視線を向けなかったハルヒの顔を恐る恐る見てみると、眉を釣り上げ俺を睨み付けていた。
「キョン?」
 何故か恐ろしげなオーラをまといつつ俺に近づいてくるハルヒに思わず後ずさりするが、国木田が俺を捕まえて離さない。おい、この顔はまずいんだよ、まだ死にたくないんだ離してくれ!
「あんた……」
 何をそんなに怒ってるんだと聞きたいがやっぱりあれか。今の俺のセリフに怒ったってことか。しかし拒絶ならわかるが怒るってなんでだよ。
「好きな女!? あんたそんな人間がいたの!? 誰よそれ!」
「は?」
 誰よってこの状況で考えられるのは1人しかいねえだろ、という言葉が頭に浮かんだが口に出さない方がいいような、そうすればこのまま逃げられるかもしれない。
「なるほど、どうりでいつも……」
「お前らいい加減に自覚しろよ……」
 何故か国木田と谷口が同時に呟く。どういう意味だ。
 ハルヒはいつものように俺のネクタイを掴むと無理矢理自分に引き寄せた。あれだけ走り回ったのにこいつの馬鹿力は健在だ。
「いったい誰? やっぱりみくるちゃん? それとも有希? ダメよ、あんたにはもったいないわ!」
 悔しいがそんなことはわかってる。なんで朝比奈さんや長門になるんだ、ってそりゃ俺が親しい女性なんて数が限られてはいるが。
「だいたいあんたなんか相手してくれる女の子がいるわけないでしょ!」
 これにはカチンと来た。そりゃ俺なんかの相手になる子はいくらでもいるなんて思ってはいないが、何故そこまで言われなきゃならん。だいたいいつも傍若無人に暴走しているハルヒの相手しているのは誰だと思ってるんだ。好きでやってるんじゃないのかなんてツッコミはこの際なしだ。これはこれで結構大変なんだぞ、だからといって誰かに譲るつもりはないって俺は何を言っているんだ。
 頭に血を上らせたまま思考を巡らせるもんじゃない。
 おかげで俺は本日2度目の自爆を演じることになってしまったのであった。

「誰がなってくれなくてもな、お前が相手になってくれりゃそれでいいんだよ!」
「────へ?」

 それまでの表情を一変させて目をまん丸くしているハルヒを見て我に返る。頭に登っていた血はそのまま顔面に移動、今なら顔面火炎放射でミクルビームにも勝てそうだ。
 俺はこんな衆人環視の中でさっきから何を言っているんだ。これはもうゴマカシとか言っている場合じゃなくなってきた。
「あ、あ、あんた何言って……」
 ハルヒはみるみるうちに顔の色を赤に変えてわたわたしている。朝比奈さんが乗り移ったのか? 
「バッカじゃないの!? バカキョン!」
 と叫ぶなり回れ右をして走っていってしまった。あれだけ走ったのにまだ走るのか、すごいな。本気で陸上部に入部してみたらどうだ。
 ……しかし俺、もしかしてフラレた?
 ふと見ると、最初にハルヒに告白しようとしていた男子生徒がニヤニヤ笑いながら見ている。おい、何故この状況で笑える? 少なくともお前は邪魔されたわけで、笑える状況じゃないだろ。少しは残念そうな顔をしてみたらどうだ。
 って、

 ま さ か …… 。

「まーキョンじゃこれが限界かもな」
 おい、谷口、どういう意味だ。
「ここまでお膳立てしてもはっきり言えないなんてね」
 国木田、なんだって? お膳立て?
「いやあ、これで少しは進展してくれるなら俺も演技した甲斐があったんだけどな」
 と、告白しようとした男子生徒。演技だと?
 ここまで来たら「まさか」じゃねえ。
「お、お前ら……」
 全員かは知らないが、少なくとも企画に関わった奴らと谷口、国木田はグルだ。それに気がつかずに、俺はやっちまったわけだ。何が悲しくてクラス全員の前で告白もどきの行為をしなくちゃならん。これは誰を恨めばいい?
 ……やっぱり後先考えずに行動した俺か。畜生、10分前の俺をぶん殴りに行きたいと朝比奈さんに頼みに行くか。無理だろうけど。
 今後は長門の教訓を胸に生きていくことを誓おう。
「……はぁ……」
 その場にへたり込んで頭を抱える俺の耳に、この時間が終了する鐘の音が聞こえた。いつまでもグラウンドの真ん中に座り込んでいるわけにも行かないから、やっぱり教室に戻るしかないか。
 どっちを向いてもニヤニヤ笑う顔しか見えないってのも辛いもんだな。イベントには乗り気じゃないくせに、なんでこんなこと考えやがったんだこいつら。
「そりゃ、見ててイライラするからに決まってるだろうが」
 何がイライラするんだよ。
「だってバレバレなのに自分たちだけ自覚がないってのもね。同じクラスにいると、うーん、目障り?」
 何気にひどいことをさらりと言ってないか、国木田。
「だからさっさとくっついちまえって言っただろうが」
 知るか。そんなの俺の自由だろ。だいたい、結局俺はフラレたみたいだしな。
「お前、本気で言ってんのかよ」
 当たり前だろ。「バカ」と言われて逃げられたんだぞ、俺は。
「まあ、涼宮さんの本心がわかってるなら、こんなことしなくてもとっくに進展してただろうしね」
 だから意味がわからん。
 そう言う俺に、国木田は肩をすくめただけであった。


「ちょっとキョン」
 教室に戻ろうと上履きに履き替えた時点で、どこにいたのやらハルヒに捕まった。随分前に戻ったような気がするが、ここで待ってたのか?
「どうでもいいでしょ、そんなこと。いいから来なさい」
 おい、休み時間はすぐに終わっちまうぞ。なんだよ話なら教室ですればいいじゃねえか。
「あんた、本気でバカでしょ」
 なるほどバカを見る目ってのはそう言う目のことを言うのか。反論したいが、今日のことを考えるとそうかもしれないと思わざるを得ない。へーへー、どうせバカですよ、俺は。
 そのまま俺の手首を掴むと、教室とは違う方へと連れて行く。まだこうやって引きずり回されることにホッとしている俺は本当にバカかもしれない。
 もう一生分見たとも思える谷口と国木田のニヤニヤ笑いに見送られて、俺は部室へと引っ張られていった。

 当然誰もいない部室に到着、ハルヒは室内に俺を押し込み鍵をかけた。何であたし連れてこられたんですか、何で、かか鍵を閉めるんですか? いったい何を、と言っている場合ではないな。黙りなさい、と言われるまでもなく俺は黙り込むしかできなかった。ハルヒも、俺を連れてきたはいいが話し出そうとしない。
 沈黙が俺たちを包んだまま、授業開始の鐘がなった。
「……授業始まっちまったんだが」
 まだ何も言わない。
「教室戻ってもいいか?」
 俺もあまり戻りたくはないが、授業をサボるのも問題だしな。
「ダメ」
 ダメなのかよ。何の話かはわかるんだが、何を言うつもりなのかはさっぱりわからん。
「あの、さ」
 後ろで手を組み、斜め下あたりを見ながらそわそわもじもじとしている。ハルヒらしくない動作もまた可愛いってだからもうそういうこと考えるのやめような、俺。
「さっきの話だけど……」
 何だよ、お前の気持ちはもうわかったから今更いい。傷口に塩を塗り込むような真似はしないでくれるとありがたい。
「あ、あんたがどうしてもって言うなら、あたしがその、」
 中途半端なところで言葉を切り、また沈黙。こんな調子で話していたら授業時間なんて終わっちまいそうだ。
「その、なんだ?」
 ちらりと俺を見て、怒ったような顔を作り、また視線を元に戻す。こういう顔をして目を合わせないときって、だいたいが照れ隠しなんだよな。
 って、つまりハルヒは今、照れているわけだ。照れている理由は先ほどの俺の中途半端な告白だろう。怒っているのかと思ったんだが、もしかしてさっき俺に投げつけた「バカ」って言葉も照れ隠しだったのか?
 ってことは、少しは期待してもいいのか?

「ハルヒ」
 俺が呼ぶとビクッと身体を震わせた。だからそんなに緊張してるのもらしくないだろ。
「さっき俺が言ったことは、その、本気だから」
 くそ、やっぱりストレートに言葉に出来ない。
「だから、もし、お前が嫌じゃなかったら────」
「いいわよ」
 横を向いたままハルヒは俺の言葉に被せてきた。
「あんたがどうしてもって言うならいいわよ、付き合ってあげるわよ! 仕方ないでしょ、大勢の前であんなこと言ったらあんただって後に引けないわよね、そこまでSOS団の団員に恥をかかせるわけにはいかないのよ団長として! 団員の面倒を見るのも団長のつとめなんだから、あんただって下っ端で雑用しか取り柄がないとは言え団員には違いないんだから、あたしが面倒見てあげるわよ! だからって雑用係を免除されるとは思わないでよ、むしろもっとこき使ってやるんだから!」
 マシンガントークここに極まれりという勢いでそれだけまくし立てると、踵を返して戸口に走る。自分で鍵をかけたことを忘れたらしく無駄にガチャガチャやっている肩を、後ろから掴んだ。ハルヒが凍り付く。
「ありがとな」
「べべ別にっ! お礼言われることなんか……!」
 それだけ言うと俺の手を払い、今度こそ鍵を開けて部室から飛び出して行ってしまった。さて、教室に帰る気か、それともどこかで時間を潰す気なのか。多分後者だろう。
「……俺も教室には戻れないな」
 さっきからずっと上がりっぱなしの血が顔から引くまでにはまだ時間が掛かりそうな上に、頬の筋肉が勝手に弛んでしまうのを抑えられない。
「ニヤニヤするな、気持ち悪い」
 自分で自分にツッコミを入れても空しいだけだな。

 さて、いつかは教室に戻らなきゃならんのだが、連中になんて説明するべきかね。
 とりあえずは────お礼を言うべきか?
 そんなことを考えながら、先にハルヒを探しに行こうと部室を出た。

 授業をサボるのは成績から考えても心苦しいが、やっぱり俺も、多分ハルヒもまだ無理だろう。
 お互い顔を合わせても赤面しなくなるくらいには慣れないとな。

 この後、すぐに慣れるなんて無理だと心から悟ることになるわけだが、何があったのかは禁則事項ってことにしておいてくれ。


  おしまい。