私は、ここにいる 前編
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前編 後編
ダメダメな七夕ネタ

 宇宙人・未来人・超能力者なんて肩書きを持つ知り合いがイタイ妄想でもなんでもなく、本当に宇宙人・未来人・超能力者であるという事実を受け入れてから早くも1年が過ぎ、高校生活2度目の夏を迎えようとしていた。
 週明けから始まる期末試験なんて物を思い出すと暗澹たる気分にもなるがだからといってSOS団の活動を休みにする団長ではなく、この週末も恒例不思議探索なんてものがスケジュール帳に書き込まれている。
 いつも通りに自転車で北口駅前に向かい、いつも通りに俺が最後で喫茶店の奢りを命じられる、そんないつも通りの土曜日の朝だった。

 これまた恒例のくじ引きにより決定した探索メンバーは、俺と長門、ハルヒと朝比奈さんに古泉という結果となった。長門と二人となると行くところは決まっている。
 朝から既に充分暑いと文句を言いたくなる日差しを避けるためにも、冷房の効いた図書館で早くのんびりしたいものだ。
「サボるんじゃないわよ! 絶対何か見つけてきなさい!」
 そんなハルヒの声を背後に聞きながら、長門と連れだって歩き出した。

「変わりないか」
「ない」
「そうか」
「そう」
 俺の問いかけに短く答える長門は表情に変化がなく、それは俺にとって大いなる安心材料である。去年の12月以来、長門が長門であるということが俺にとって非常に重要になっていることは言うまでもない。隣を歩く長門は確かにいつもの長門だ、俺はそう思っていた。

「もうすぐ七夕だな。試験も始まるってのにまたなんかやるんだろうな」
「試験中であることが涼宮ハルヒの行動の抑制にはならない」
「まったくだ。こっちの身にも……いや、長門は大丈夫だろうが」
 長門は何も言わずにちらりと視線だけを俺にくれた。
「まあ、また3年前……いや4年前か、に行かされるってことはないだろうけどな」
「4年前?」
 明らかな疑問系。おい、そこで疑問に思うのはおかしいだろ。4年前の七夕にお前は初めて俺に会ったんだろ。俺にとっては初めてじゃないってのがややこしいところだが。
「……何の話?」
 とうとうこんな冗談まで言うようになったのか。随分人間らしくなったじゃないか。でもあの七夕をなかったことにするなんてちょっと趣味が悪いぜ。
「わからない」
 そう言った長門の瞳は嘘をついているように見えない。長門の表情を読むことにかけては第一人者を自負する俺が言うんだから間違いない。長門は本当に俺の言うことに疑問を向けていた。

 7月の熱気とは関係なく、背中に嫌な汗が伝った。

「情報統合思念体によって作られた、えーと……ヒューマノイドインターフェース、だっけか? お前はそうだよな? 宇宙人なんだよな?」
 何も知らない人が聞いたら頭に虫でもわいた奴が言いそうだと思うことを真剣に訊く俺に対して長門は数ミリ首を傾げるのみ。おい、本当にわからないって言うのかよ!
「わたしが宇宙人と呼ばれたのは昨年の映画撮影のときのみ。それは映画の設定であり、現実ではない」
 雷に打たれたことなんてないが、本当に打たれたらこれくらいの衝撃なんじゃないかと思う。長門が自分のプロフィールを否定した。しかしこの長門はあの12月の長門ではなく、俺のよく知るいつもの長門だ。淡々と、しかしはっきりと自分は宇宙人ではないと言った。

 なんだ? 本当に何が起こっていやがる。
 昨日部室ではなんの変化もなかった。いつも通りにハルヒはネットサーフィンをし、長門は読書、朝比奈さんはお茶を淹れ、古泉は俺とゲーム対戦。そのとき古泉は多少ハルヒの能力絡みの話もしていたから、少なくとも昨日の古泉は『機関』所属の超能力者であったことは間違いない。今もそうであるという確証はないが。
 そうこうしているうちに図書館に到着し、長門はもう俺の話なんかより大量の本から発する磁力に引きつけられる釘と化してしまったので話はそれで終わってしまった。俺は本なんか読む気にもなれず、空いた椅子を探してふらふらと座り込んだ。正直貧血でも起こしたように目の前が暗くなっている。
 考えたって答えが出るわけはない。長門が嘘をついていないとなると本当に今までの記憶も書き換えられてただの人間として存在しているようだ。俺に分かるのはそれだけで、いったい何でそうなったのかなんて判断するには情報が少なすぎる。
 古泉や朝比奈さんはどうなんだ?
 早く確認したくて、しかし確認するのが怖くて、イライラしながら集合時間を待った。


 結論から言ってしまおう。
 SOS団の連中は俺のよく知るSOS団の連中であり、それでいてどうやらその異常なプロフィールは何者かによって剥奪されているらしい。昼飯を食っている間にこっそりと訊いた閉鎖空間という言葉を古泉は知らなかったし、TPDDとはなんの略だと言う話題に朝比奈さんは首を傾げるだけで、ハルヒの前だというのにこれっぽっちも焦りはしない。
 ある程度予想していたとは言え、現実を突きつけられた俺はかなりのショックを受けていた。これはいったい何なんだ。あの12月の再来か? また今朝方にでも長門が……いや、長門を疑うつもりはない。もしまたそんなにエラーが蓄積するなら、きっと俺たちに何か相談してくれると信じている。
 しかしそうだとしたら、いったい誰が。

「ちょっとキョン! あんた真っ青じゃないの。ご飯も全然食べてないし、体調悪いのに無理して出てきたんじゃないでしょうね!」
 ショックを受けると血の気が引くってのは本当だったんだな。確かにまだ貧血っぽい感覚が残っているが、そんなに顔に出ていたのか。
「いや、大丈夫だ」
 とは言えどうも目の前の食事を腹に納める気になれず、ぼんやりと眺めるしか出来なかった。
「ああもう、あんた今日おかしいわよ? もう帰りなさい」
「は? なんでだよ」
「いいからもう帰りなさい! どこが悪いのか知らないけどちゃんと家で治して月曜には元気になるのよ! わかった!?」
 どうやら心配してくれているらしい。心配していても命令口調なのがハルヒらしくて、俺は苦笑した。ここで反発したところで、こうと決めたら宅配便で送りつけてでも家に返されそうだ。俺も少し1人で考えたい。
「わかった。気を遣わせて悪いな」
「と、当然でしょ! あたしは団長なんだから、団員の健康管理も仕事のうちよ」
 そうかい、じゃあ団員の能力管理もついでにやって置いて欲しかったぜ。少なくとも古泉に能力を附加したのはお前なんだろ。

 そういやハルヒは? あのトンデモ能力はそのままなのか?
 だが、SOS団の誰もそれを知らない以上、俺は確認すべき手段を持っていない。


 混乱した頭を抱えながら帰路についた。昨日のこと、今朝のことをを何度も頭でなぞって反芻してみるが、おかしな前兆など思い当たらない。そう、俺が長門に七夕の話をふるまではまったくいつも通りの日常だった。
 どこで入れ替わった? 何か、俺に分かるような兆しは本当になかったのか?
 しかしあの12月でさえ、朝倉に会うまでは本気でおかしくなっている何てことに気がつかなかった俺が些細な兆しなど気づけるわけもない。
 どうやって家に辿り着いたのかの記憶もないまま玄関を開け、早く帰ってきたことを疑問に思っている妹を追いやるとそのままベッドに倒れ込んだ。いっそこのまま寝てしまおうか。寝て起きたら今まで通りに戻っているかもしれない。俺は今悪い夢を見ているだけだ、目が覚めたら元通りになっているかもしれない。
 そう思いこみたいくらいだったが、それが現実逃避以外の何物でもないことは俺が一番わかっている。
 それとも今までが夢だったのか? 長門が宇宙人で朝比奈さんが未来人、古泉が超能力者なんてトンデモ設定の夢を見続けていただけなのか?
「いくらなんでもそれはないよな」
 俺は自分がほどほどに正気なことを疑ってはいない。今までの経験は確かに人に言えば頭がおかしいんじゃないかと思われる内容ではあるが、これが夢でも妄想でもなく現実として起こったことだと自信を持って言える。
 だからこそ、今の異常事態も何らかの力が働いているだけであり、これが俺の日常であることを否定できるわけだ。
 しかし、否定できたところでその原因はまったく思い当たらない。
 いや、思い当たるのは1つだけだが、理由がわからん。

 やっぱりお前なのか、ハルヒ。

 俺がハルヒに思い至ったのが最初からわかっていたかのようなタイミングで携帯が鳴った。サブディスプレイに表示された名前はなんとなく予想出来た通り『涼宮ハルヒ』であり、その事実が無意味に俺を安心させる。本当に無意味だ。こんな状況だってのに、なんであいつの名前をみて安心しなきゃならん。
「もしもし」
『あんた具合大丈夫なんでしょうね! ちゃんと月曜は来れる?』
「ああ、大したことはない。心配かけて悪いな」
『別に心配なんかしてないけど! 月曜は七夕なんだから来れないと困るでしょ! 団のイベントは全員でやることに決まってるんだから』
 いつ決めたのか知らんがそんなことを訊いたって無駄だろう。だいたい月曜から試験が始まるわけで、俺にとっちゃ七夕よりそっちの方が重要だ。
「月曜はちゃんと行くさ。本当に大したことはないから」
 そう言ってからふと時計を見て疑問に思う。
「お前、今1人なのか? まだ探索中じゃないのか」
『今日はもう解散したわ。暑いしね』
 こいつが暑いなんて理由で探索を中止するとはね。俺を引っ張り回すときは暑かろうが寒かろうがお構いなしのくせに。
「暑いってんなら夏の間は涼しいところだけで活動して欲しいもんだ」
『何言ってんのよ! 夏だから暑いのは当たり前でしょ! 文句を言う奴にかき氷を食べる資格はないわ!』
 かき氷を食べるのに資格や免許は要らないだろ、というか何故そこでかき氷が出てくるのかというツッコミもきっと無駄なんだろう。
『とにかく月曜は休むんじゃないわよ! わかったわね!』
 こいつはその念を押すためだけに電話をかけてきたのか。
「わかったよ。月曜はちゃんと行くから、心配するな」
『約束だからね!』
 それだけ言うと一方的に電話は切れた。やれやれ、相変わらずだな。
 しかしこの電話で随分気持ちが軽くなっていることに今更気がついた。まったく、我ながら単純だ。

 あのときと違って、ハルヒはちゃんと俺のそばにいる。

 電話のおかげで随分気持ちが落ち着いた。今後の行動予定を立てなければな。高校に入ってからの思い出を捨てて新しくやり直すには、俺は今までの生活に愛着を持ちすぎているんだよ。
 だが、SOS団の連中は頼れない。俺以上に何も出来ないだろう。古泉に事情を話せばあいつなりの推論を訊かせてくれるかもしれない。信じる信じないは別として、あいつはそんなことを考えるのが好きなようだしな。しかしあいつの推論はいくつもの仮定を呈示するだけで、結論を導き出すことを重視しない。しかも俺には理解しがたい理屈を話し始めると来ている。今俺が欲しいのは結論だということを考えると、古泉に相談するのは後回しだ。
 鶴屋さんの顔がふと浮かんだが、その考えも振り払った。そもそも鶴屋さんは全くの部外者だ。凄く勘がいいことは確かだが、だからといってSOS団の正体について確証を持っているわけではないんだろう。
 となると俺は誰に相談すればいいんだろう。

 なんとなく電話のアドレス帳を眺めているうちに、ある名前が目にとまった。
 そうだ、SOS団がただの人間になっちまったならこいつらはどうなんだ?
 思い立ったが吉日、俺はその場で電話をかけた。


 翌日、俺はまた北口駅前まで自転車を飛ばした。昨日俺から呼び出したのだから俺が遅れちゃ悪いと思うんだが、待ち合わせの相手は既に来ている。まだ15分は時間があるんだが、どうしてこう俺の知り合いはどいつもこいつも時間より早く来すぎる傾向があるのかね。まあどっちにしても俺が呼び出したんだから俺が奢るつもりはあるんだが。
「よう、いきなり呼び出したのに待たせて悪いな」
「構わないよ。僕も今来たところだからね」
 佐々木はそう言うと、その顔に独特の笑みを浮かべた。
「それで、どう言った用件なんだい? キミが僕に突然会いたいなんて言ったところで、何か情緒的感情的な心情吐露をするというわけではないだろう。その点については僕は大いに安心できる」
 お前に情緒的な心情吐露をする野郎でも現れたのか。
「まさか。とにかくそんな話をしに来たのではないだろう」
 確かにその通りだ。俺はいつものSOS団御用達の喫茶店に佐々木を連れて行った。こいつとここに来るのも初めてじゃないしな。

「時間がないんで前置きはなしだ。お前の知り合いに橘京子って奴がいるか?」
「橘京子?」
 訊きながら佐々木の表情を伺うが、佐々木は思案げな顔をしているだけで、特にその名前に心当たりがあるようには見えない。
「京子、というからには女性だね。中学までの知人ならキミがわざわざ訊くこともないだろうから、高校に入ってからということになる。いや、知らないな。橘という姓もめずらしい物ではないが、僕には心当たりがない」
 その佐々木は周防九曜と藤原も知らないといった。いや、藤原という知り合いはいるようだが、特徴を聞く限りあの藤原ではない。そいつはもちろん未来人でもないだろう。
「それで、いったいどういう訳なんだい。僕が知らない人間について僕に尋ねるからには、何か理由があるのだろう」
 この佐々木は何も知らない。橘にハルヒの代わりに「神」のような存在になるべきだと祭り上げられて、困惑気味にそれでも多少状況を楽しんでいる佐々木ではない。俺は何を言うべきか。
「4月頃」
「4月?」
「俺はお前に駅前で会ったよな」
「確かにその通りだね。それがどうしたんだい」
 ここまでは俺の記憶と同じらしい。しかしあいつらを知らないということは、その後の記憶はないはずだ。
「その後、そいつらとつるんでるお前を見かけたんだよ。その、上手く言えないがあまり佐々木が付き合うべきじゃない人間じゃないような噂を聞いたんでね」
「へえ、僕が? そんな人たちとね」
「ああ、だが俺の勘違いだったみたいだな。わざわざ呼び出してこんな話をして悪かった」
 俺がそう言うと佐々木はさも愉快そうに喉の奥で笑い声を漏らした。
「さて、キミの歯切れの悪さを僕はどう判断するべきかな。そのような内容なら電話でも済むはずだったし、僕の知っているキミならそうしただろう」
 そうは言われても本当のことを言えるわけがない。
「橘京子さんか。もしかしたらキョン、キミが情熱的に語り合いたいのは彼女なんじゃないのかな」
 さすがにそれはあり得ない、と俺が言うと佐々木はまたくつくつと笑う。お前信じてないだろう。
「話がそれだけなら、僕はもう行かせてもらうよ。日曜だというのに今日も勉強さ。進学校なんて行くもんじゃないね。純粋な思考の楽しみが勉強に凌駕されるのは苦痛以外の何物でもないよ」
 それは佐々木にとってはそうかもしれない。いや、俺にとっては凌駕も何も勉強自体が苦痛なんだが。
 ここの支払いは俺が持つと言った俺に軽く手を振って、佐々木は自分の飲んだコーヒーの代金を置いていった。
 こういうところは誰かさんに見習って欲しい物だ。
 しかし、佐々木もあいつらと知り合っていない。あいつらが佐々木とつるんでいないだけなのか、それともあいつらもそのおかしなプロフィールを失っているのか。

 どちらにしても、たぐり寄せようとした糸はこちら側もぷつりと切れてしまったのだ。
 八方塞がりな気分で、俺は残ったコーヒーを飲み干した。
 やっぱり、冷めていた。


 試験前日だというのにまったく勉強なんか手に付かずに日曜を過ごし、今回の事件も相まって暗澹たるどころかこの世の絶望をすべて背負ったような気分になりながら北高への坂道を登っていた。
 いつもより少し早いのは、学校に着いてからほんの少しでも教科書を開いて最後の悪あがきをしてみようと思っているからであり、そんなことをしたって返ってきた答案用紙の丸の数が少しでも増えるわけもないという気分もあるのだが、いい加減少しはあがかないと本気で予備校に放り込まれそうな気配があるのだから仕方がない。
 少しくらい早く来たところでハルヒの先を越せることもなく、既に窓際の定位置で外を眺めている後ろ姿を見て、俺はまた少しホッとした。そうだ、今回は後ろの席が朝倉になっているなんてこともない。少なくともこいつはここにいるんだ。
「よう」
 自席に鞄を置きながら声をかけると、ハルヒはちらりとこちらを見ただけですぐに視線を窓の外に固定してしまった。なんだ機嫌が悪いのか。
「あんた調子はもういいの」
 外を見たまま聞いてくるハルヒに、土曜に具合が悪いことになっていたことを思い出した。こう言われるまで忘れていたほど、俺は他のことで頭がいっぱいになっていた。
「ああ、もうすっかりいいんだが、おかげでさっぱり勉強出来なかったな」
「赤点なんか取るんじゃないわよ」
「……善処はする」
 自信はないが。
 それにしても外を眺め続けるハルヒの横顔は去年同様憂鬱そうで、こいつは七夕にトラウマでもあるのかと疑ってしまう。いや、そのトラウマは俺が植え付けたのかもしれないが。
 朝比奈さんはおそらく金曜までは未来人だったはずなので、ハルヒがジョン・スミスを知っていることになんの疑問もないが、しかしこうなってみると確認したくなってくる。
 お前はちゃんとジョン・スミスを覚えているのか。
 その疑問を聞く代わりに、俺は1時限目に予定されている試験の教科書を開いて少しでも書いてある内容を記憶に残すことにした。赤点取って追試なんてなったらハルヒに何を言われるか分かったもんじゃない。
「……後12年かぁ」
 背後でハルヒがひとりごちた。
 ……12年だって? 何がだ?

 試験期間中は午前中で終了、午後は家で勉強しろと言う学校側の配慮なんか全力で無視する団長様のせいで、俺は文芸部室へと向かわざるを得ない。ハルヒは部室にいなかったが、その理由は去年と同じだろうとあまり気にはしていなかった。
 部室には既にハルヒと俺以外の3人が揃っている。というより廊下で古泉が待っているということは、朝比奈さんは着替え中なんだろう。
「長門さんもですよ」
「は?」
「涼宮さんの命令でお2人とも着替えるそうです。去年の夏に涼宮さんがおっしゃっていたことを覚えてはいらっしゃいませんか」
 七夕に浴衣を着なかったのは迂闊とか何とか言っていたような気がするな。
「その通りです。今年は覚えていらっしゃったのでしょう」
 なるほどな。
 しかしこうして話しているとやはり古泉はいつもの古泉であり、胡散臭い笑顔もそのままだ。
「なあ古泉」
「なんでしょう」
「お前はどうしてSOS団に入ったんだ?」
 俺の問いかけに古泉は意外そうな顔をした。
「涼宮さんにお誘い頂いたからです。ご存知でしょう」
「誘われたからってこんな変な団にほいほい入るのはどうかしているとは思わなかったのか」
 俺がそう言うと古泉は面白がっているような表情を浮かべた。
「そう言うあなたはどうなんです? だいたい涼宮さんがSOS団を作るきっかけになったのはあなたの発言のようですが、僕に比べたらあなたの方がよっぽど付き合いがいいように見えますね」
「俺のことはどうでもいい」
 そう、今は俺のことなんかどうでもいい。
 しかし少なくとも、古泉がSOS団に入ったことに古泉以外の誰の意志も介在していないようだった。
 あらためて確認するまでもなかったけどな。

 やがてドアが開けられて俺たちを招き入れた朝比奈さんのかわいらしさは筆舌に尽くしがたいほどであった。こんな状況でなければ手放しで修辞句を並べ立てたいところであったが、あいにく俺はそれどころじゃない。この愛らしい元未来人様が、本当に未来人に戻って頂くまでは安心出来ないからな。
 長門は衣装が浴衣に替わったなんてどうでもいいと言わんばかりに本を読んでいた。
 浴衣姿で淹れてくれたお茶はまた格別であったが、ゆっくり味わう暇もなく騒々しい女登場。
「やっほー!」
 いつも通り力一杯ドアが開かた。こいつ1人が来るだけで部室の騒音は少なくとも3倍にはなってるな。
 去年と同じく竹を担いでやって来たところを見ると、また裏の竹林からかっぱらってきたのだろう。2年連続の竹泥棒を咎めたところでよく分からない理屈で返されるだけだろうから、俺はただ黙っていた。
 いつの間に用意していた物か、今年も短冊をどこからともなく出してくると全員に配る。また2枚書けってか?
「そうよ。去年の願い事は後15年後と24年後に叶うはずだから、その翌年に叶えて欲しいことを書くの! こうしておけば、毎年何かしら願いが叶うからお得でしょ!」
 織姫も彦星もそんな毎年暇じゃねーだろ。というより、年に一度の逢瀬に他人の願い事なんか叶えてられないんじゃないだろうか。それを言うと七夕の意義そのものに疑問を持つわけだが、そもそも伝承に由来は求めても意味を求めるのが筋違いか。
 さて、去年は金くれとか一戸建てよこせとか書いて俗物と文句を言われたような気がするが、だからといってハルヒのようなそれが叶ってどうするんだと聞きたくなる願い事なんか書く気にもならない。そのハルヒはというと、すらすら書くもんだと思っていたら意外にも短冊を前に物憂げな顔を浮かべて悩んでいた。
 なんだ、地球の自転を逆回転させた後の願い事が思いつかないのか? そりゃ思いつくわけないよな、それになんの意味もないんだから。
 やがて何かを書き始めたハルヒは、それが気に入らなかったのか短冊をクシャクシャと丸めるとゴミ箱に放り投げた。窓から風が軽く吹き込んでいるにも関わらず見事にストライク。
「何よ、人のことジロジロ見て。あんたはもう書けたの?」
「なんでもねえよ」
 それにまだ書けていない。
「早く書きなさいよ」
 お前だってまだ書いてないくせに文句を言うな、とは言わずに仕方なく願い事を考えることにした。例によって俗な願い事しか思いつかないけどな。まさか3人の能力復活と書くわけにも行くまい。書いたところで最低16年もかかるらしいし、そんなに待ってはいられない。

 各人の願い事は去年と大差ないので割愛する。ハルヒはやはり地球レベルで悪戯をしたいだけとしか思えないことを書き、朝比奈さんも長門も古泉も去年とそう代わりはない。こうしてみると、本当に3人とも俺の知っている3人であり、違いはその異常な肩書きがあるかないかでしかないのだと実感する。俺にとってはその肩書きがあるかないかってことが重大問題なんだが。
 もちろん、何かしらの理由があってこの3人からそれぞれの肩書きが取れる日が来るというならそれは問題ない。だが、今はそれぞれがそれぞれの肩書きがあったということまで忘れているんだ、納得できる物ではない。
 去年同様空を見上げて憂鬱に溜息をついていたハルヒは、まだ時間にならないというのに「帰る」と言ってさっさと出て行ってしまった。「七夕の季節にはちょっと思い出があるのよ」と言ったのを思い出し、俺は苦笑した。あの4年前の七夕は、ハルヒの目にどう映っていたのだろう。
 しかしわざわざ長門と朝比奈さんを浴衣に着替えさせたわりには何もしなかったのが意外だ。写真を撮ろうともしないなんていつものハルヒらしくない。こういう日は退屈なんか天の川の向こう辺りまで吹っ飛んでも良さそうなもんなのにな。
 ハルヒが帰ったので他のメンバーも帰り支度を始めたが、ふと思いついて俺は残ることにした。今回の事件は誰が犯人か知らないが、もしかしたら長門はヒントを残してくれているかもしれない。
 朝比奈さんと長門の着替えを待って部室に戻り、帰る3人を見送ると早速本棚を調べ始めた。最初に見るのはもちろん長門が初めて貸してくれた分厚いSFだが、残念ながらその栞には何も書いていなかった。あまり期待していたわけじゃないが、それでも落胆せざるを得ない。いやいや、ここで諦めるってことはわずかな可能性も消失させるってことだ、そんなことは絶対に出来ない。
 しばらく本を手にとってはパラパラとめくり、栞を探して戻すという単調な作業を繰り返していた。残念ながら何かメッセージのある栞なんて物はなかなか見つからない。だんだん焦ってきた俺は、ふとハルヒがゴミ箱に捨てた短冊を思い出した。何か書きかけて捨てた短冊に、あいつは何を書いたんだ。
 それが何かのヒントになるかはわからんが、この際藁でも捨てられた短冊でもすがれる物はすがりたい。

「……これはどう判断すりゃいいのかね」
 あのとき、長門から受け取った栞はどうしたんだっけかな。確か家に帰って机の引き出しにでも放り込んだままかもしれない。しかしあいつも良く覚えてるもんだ。よっぽど考えた図案だったのか。
 拾った短冊に書かれていたのは、正確に覚えているわけではないが、4年前の七夕にハルヒにこき使われて描いた謎の記号であった。

『私は、ここにいる』
『あたしならここにいるから早く現れなさい』

 長門の翻訳と、ハルヒが込めたという意味。これはヒントなのか、それともハルヒがただ思い出して手遊び代わりに書いただけなのか。
 だが他に手がかりは何もない。俺は数冊出しっぱなしにしていた本を元に戻し、鞄を引っ掴むと部室を飛び出し……戸締まりをするために戻るはめになった。