| 嫉妬心 | |||||
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ハルヒ、と呼ぶ声が妙に遠くに聞こえた。いつも学校で聞く声より、ほんの少しだけ柔らかい声。その声を無視して先に行こうとするあたしの肩に、キョンが手を置いた。 触るな、あたしに。そう言いそうになって言葉を飲み込む。わかってる、キョンは悪くない。 キョンと付き合いだしてから数ヶ月になる。きっかけはあたしだった。 恋愛なんて精神病と言い訳して向き合うことを避けていたその感情は、いくら顔を背けても無視できないくらいに大きくなっていて、とうとうキョンの前で爆発した。あたしの感情を滅茶苦茶にぶつけるだけの支離滅裂な告白を、キョンは少し呆れたような笑顔で受け入れてくれた。 SOS団の活動を優先させたいあたしはあまり2人の時間を取ってはいないけど、それでも上手くやっているんじゃないかと思う。キョンは相変わらずあたしの言動に眉をひそめたりするけど。 5人で活動してることが多いとはいえ、こうやって2人で出かけたりすることはたまにある。別にデートってわけじゃないけど、まああいつが一緒に出かけたいって言うし仕方ないじゃない? そういうときに着ていく服とかメイクとか髪型とかにいちいち悩みながらも励起状態になった電子みたいに落ち着かない気持ちになる辺りは本当に精神病だわ、と自分で呆れるばかりだわ。 今日もそうやって何故かそわそわしながら、いつも通りキョンより早く待ち合わせ場所に着いた。まったく、デートなんだから男の方が早く来なさいって思うけど、遅いのもあいつらしい……ってだからデートなんかじゃないけど! ただ一緒に出かけてるだけなんだから! とにかくそうやってあたしが先に待っていると、少ししてからキョンが歩いてくるのが見えた。 ただし、1人じゃない。 「……佐々木さん?」 キョンは何やら楽しげに談笑しながらこちらに向かい、やがて駅に渡る横断歩道で佐々木さんに軽く手を振って別れてからようやくあたしの存在に気がついた。 「よう、相変わらず早いな」 「……あんたが遅いんでしょ」 あれ? あたしなんでこんな落ち込んでんのよ。どうせたまたま会っただけでしょ、その証拠に佐々木さんは駅の方に行っちゃったじゃない。たまたま知り合いと同じ方向に行くのにわざわざ別行動するのはおかしい、キョンならそう思って当たり前。 「なんだ、元気ないな」 あたしの中にもやもやと拡がる灰色の感情を見透かされた気がして、あたしはキョンを見ずに先に歩き出した。今の顔を見られたくない。 そして、冒頭に戻る。肩に置かれたキョンの手を振り払うことも出来ず、だからといってキョンの方を向くことも出来ずに固まったあたしにキョンは更に声をかける。 「なんかあったなら言えよ。1人でため込むのはハルヒらしくない」 なんでこういうときに限って勘がいいのよあんたは! 言えるわけないじゃない、あたしが……佐々木さんを気にしてるなんて。 「なんでもないわよっ!」 「なんでもないようには見えないぜ」 「う、うるさい!」 キョンはやれやれと溜息をつくと、一呼吸置いてから図星をさすようなことを言ってのけた。 「まさかと思うけどな、俺が佐々木と来たことを気にしてんのか?」 だからなんであんたはこういうときに限って……。しかも「まさかと思うけど」ってあんたそっちは鈍感なわけ? だいたい一応付き合ってるんだから他の女の子のこと気にしないわけないでしょ? なんて正直に言えるわけがない、悔しいけどわかって欲しい、などという感情がしばらく争った結果、結局わかって欲しい気持ちに軍配があがった。 「……悪い?」 それだけ言うのが精一杯だけど。 「……いや、その、すまん」 少し焦った声で謝ると、キョンは肩に置いていた手をあたしの前に回して抱きしめた。 「ちょっとこら、なにしてんのよ!」 こんな人通りの多いところで誰かに見られたらどうすんのよ! 「でも言わせてもらうけどな、俺の場合お前の中学時代に妬いてたら身がもたん」 中学時代? 確かに告白されたら取りあえずは付き合った……っていうのかしら? 「バカね、手も繋いでないわよ」 「わかってるけどな」 そう言いながらも抱きしめる腕に力を込めるキョンに、なんと言っていいか分からなくなってしばらくそのままでいるしかないのだった。 その後熱中症になりかけたのはまた別の話↓ そう、わかっているんだ。こいつの中学時代は谷口にも聞いているし、何より中一のこいつと直接会っている。だから、わかっているんだ。 中学時代に告白して断らなかったとはいえ、おそらくハルヒの中では「付き合った」なんて意識はほとんどないだろう。今ハルヒが言った通り手も繋いでない、その言葉に疑いはない。 それでもやっぱりそれだけの男に言い寄られたこと、それを断らなかったことに対してどうしても、いわゆる嫉妬という感情を抑えきれないでいる。 過去に妬いたってなんの意味もない。 みっともない独占欲そのままに後ろから抱きしめた、そのハルヒも黙って立ちつくしたままだ。人通りのあるところでこういうことをすると「知り合いに見られたら嫌」と言って抵抗するのが常なのだが、今日に限ってはその気配もない。 これ幸いとばかりに腕に力を込めた俺に、ハルヒはくたりともたれかかってきた。 って、足に力が入ってねえ! 「おい、ハルヒ!?」 そのままくたくたと座り込んだハルヒの顔が真っ赤なのは照れてるからとは言えないらしい。 「…………あれ、目が回る……?」 いつもの大声がどこへ行ったのか、そう呟くだけで元気がないどころじゃない。 そう言えば俺はハルヒより遅く来たわけで、ハルヒは俺より長くこの炎天下で待っていたわけで……。 「日射病!?」 慌ててハルヒを抱え木陰のベンチに移動、そこに横たわらせて休ませつつすぐそばの自販機でポカリを買うとハルヒに渡した。 「おい、大丈夫か? これ飲めるか?」 蓋を開けて渡したペットボトルを力のこもらない手で何とか受けとると、上半身を起こして口に運ぶ。 「……上手く飲めないわ」 「気持ち悪いのか? 病院に行くか?」 吐き気なんかがあると上手く飲めないと聞いたことがある。水分補給は絶対必要だから、病院に行って輸液してもらわなければならないかもしれない。 「吐き気はないわ、大丈夫。でも、キョンが飲ませてよ」 「え?」 飲ませてって……。えーと、飲ませて? 飲ませるってあれか? まさかあれか? いや待て、ここは人も行き交う駅前の公園、そんなことして知り合いにでも見られたら明日から何を言われるか分かったもんじゃない。 とは言え一刻も早く水分を補給しないと重症化するかもしれない。悩んでいる暇はない。 ええい、ままよ! 俺はポカリを口に含むと、そのままハルヒの唇に自分のそれをあわせた。 「…………んっ」 身体を強張らせたハルヒがそれでも喉を鳴らして飲み込んだのを確認してから唇を離すと、ハルヒはさっきよりも更に顔を赤くして俺を睨んでいた。 「……バカぁ、誰が口移しで飲ませろって言ったのよ……」 まだ調子が悪いらしく、力のない言葉で俺を責めるハルヒ。あれ、でも飲ませろって……。 「あんたがペットボトル持てばいいでしょ」 …………。 確かにその通りです。 もしかしなくても、やっちまった? 「後で覚えてなさいよ……」 具合が悪くても罰ゲームは忘れそうにないハルヒにそう宣告され、暑いってのに背筋に寒いものを感じながら残りのポカリを今度は普通にハルヒに飲ませた。 水分補給して木陰で休んでいると随分具合は良くなったらしく、俺はホッと胸をなで下ろした。 「ま、まあさっきのことは不問にしてあげるわ。あんたも焦ったみたいだし、あたしも嫌じゃな……じゃなくて、とにかく何か飲まなきゃダメだったでしょうし」 なんて俺から視線をそらしたまま言うハルヒを見ていると、さっきの嫉妬心も馬鹿馬鹿しくなってくる。中学時代の誰も、こんなハルヒを見たことないだろ? ハルヒがこんな態度を見せるのは俺だけだって自惚れてもいいよな。 そんな充足した独占欲から、今度は本当にキスをしようとして殴られたってのはまた別の話……ってまたこのオチかよ! おしまい。
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