涼宮ハルヒの感染 5.選択
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 翌朝、俺は重い足取りで学校に向かっていた。意味もなく早朝登校を続けているので、まだ他の生徒は見あたらない。
 学校を休んでハルヒについてやりたいとも思った。しかし、ハルヒの目覚めに立ち会う勇気がなかった。

 目が覚めたとき、ハルヒは俺をわかってくれるのか?

 それを考えると、とてもハルヒのそばには居られない。前日、古泉と「諦めるわけにはいかない」と話し、家でもずっと考えた。しかし、いい案が浮かぶ訳もなく、良く眠れないまま朝が来てしまった。
 諦めたくはないさ。でも、もうできることなんかないんじゃないか。
 絶望にも似た気持ちで、学校へのハイキングコースを上っていった。

「今なら話を聞いてくれるかしら?」
「消えろ」
 橘京子が再び現れた。俺は目を合わす気すらない。うるせぇ。お前と話すことなんかこれっぽっちもねぇ。
「涼宮さんを助けたいんじゃないんですか?」
「消えろと言っている」
「もうっ 話くらい聞いてくれてもいいじゃないですか!」
 橘は俺の後を追ってくる。うっとうしい。
「わたしは涼宮さんを助ける方法を知っているんです!」
 そのセリフに俺はぶち切れた。

「ふざけんじゃねぇ!! そもそもハルヒが倒れたのはお前らの仕込みだろうが!!!」

 気がつくと橘の襟首を掴んで怒鳴りつけていた。しかし、橘は笑みをたたえたまま、余裕の表情で続けた。
「それは誤解です。私たちは涼宮さんに何もしていません」
「それを俺に信じろと言っても無駄だ」
 どう考えたってこいつらの仕業だ。
「仮にそうだったとしても、今となっては涼宮さんを助ける方法は1つだけです」
「……言ってみろ」
 こいつの言うことを聞くのは癪だった。ハルヒを、俺たちをここまで苦しめやがったこんな奴らの手は借りたくない。
 だが、今はハルヒを助けることが先決だ。どんな借りを作ったとしてもな。

「簡単なことです。涼宮さんの力を使えば助かりますから」

 相変わらずの笑顔でしれっと言う橘を殴ろうとする、俺の右手を必死で押しとどめた。
 ハルヒの力だと? そりゃ、長門をして情報統合思念体を消させるハルヒの力だ、ウイルスレベルの宇宙的存在を消すのは簡単だろう。
 だが、ハルヒ自身がそれを知らない。
 もしかしたら無意識に自分の緊急事態を察して使うかもしれないが、あてにはできない。かといって、自覚させるわけにも行かない。そもそも、誰の声も届いていない今のハルヒに自覚させることすらできないだろう。
「だが、ハルヒは意識的に力を使える訳じゃない」
 そんなことはこいつだってわかっているだろうが。何なんだよ一体。
「ええ、ですから意識的に力を使える人に使ってもらえばいいんです」

 ……機関のような組織の人間は回りくどい表現が好きなのか?
「はっきり言え」
「判ってるんでしょ? 涼宮さんの力を佐々木さんに渡せば、佐々木さんが助けてくれます」
「ふざけるな」
 やはりそれが目的か。畜生、ぶん殴ってやりてぇ。目で殺せるなら殺してやるくらいの憎しみを込めて、橘を睨み付けた。橘は俺の視線を平然と受け止めて言った。
「でも、今となっては他に方法がないですよ。時間もありません」
 悔しいが橘の言うとおりだ。さっき思った通り、ハルヒを助けることが先決だ。ハルヒさえ助かれば……。
「佐々木はこの話を了承しているのか」
 聞くと橘は目を伏せて言った。
「いえ、今回の話を佐々木さんは知りません。でも、言えば了承してくれるはずです。佐々木さんはそういう人。あなたも知ってるでしょ?」
 そうだ、佐々木は人が苦しんでいるのを放っておく奴ではない。だが、以前佐々木はこんな力を持つことは望まないと言っていた。それを押しつけてまで佐々木に頼るわけにもいかない。
 そんな俺の心を見透かしたように橘は続ける。
「佐々木さんが力を持つことを望まないなら、佐々木さんは涼宮さんに力を返すでしょう。 すべてが終わった後にね」
 相変わらずの笑顔で俺を見続けている橘。
 俺は悩んだ。それしかないのか?
 はっきり言って、1から10までこいつに踊らされている気がして癪にさわる。
 だが、俺はハルヒを助けたい。
 佐々木が力を受け取った後にハルヒに返すかどうかはわからんが、それでもいいんじゃないか?
 ハルヒの力がない方が、世界も安定するんじゃないのか?

 ふいにそんな考えまで浮かんできた。

 いや、俺はどうかしてるぞ。それでいいはずがないじゃないか。
 しかし、どうすればいい? 今日にもハルヒは目覚める。目覚めたとき、ハルヒは何者かに変わっているかもしれない。
 俺はどうする? ハルヒに会いたい。
 教えてくれ、ハルヒ。
 俺はどうすればいい?

 心を決められないまま、俺は口を開いた。

「……お前の言うことはわかった。俺は……「ダメですよっ!!!!」
 いつもなら力の抜けるような高い声に、今日は鋭く遮られた。
「朝比奈さん!?」
 いつも間に近くに来たのか、我がエンジェル朝比奈さんが、目にいっぱい涙をためて俺を睨み付けていた。
「ダメです、ダメだったらダメです!!!」
 マンガのように俺をぽかぽか殴りつけてくる。
 俺は状況を理解できなくて戸惑っていた。
「えーと、朝比奈さん、何でこんな早くにここに居るんですか?」
「それは今日この時間に……いえ、何でもないですっ! 禁則事項ですぅ!」
 なるほど、朝比奈さん(大)あたりから指令が来たのだろう。そこまで言えばわかってしまうんですけどね、朝比奈さん。
 俺は苦笑しながらも言った。
「俺はまだ何も言ってないんですが、何がダメなんですか」
 俺が言うと橘が口を出した。
「朝比奈みくるさんは、涼宮さんを助け出す良い案を持っているんですか?」
 相変わらず余裕の笑みだ。むかつくぜ。誘拐犯のくせに。
「そんなのありません! でもダメです!」
 朝比奈さんは必死に言う。いや、だから俺はこれからどうするつもりなのか言ってないんですが。
「キョンくんは橘さんたちに協力するんですか! そんなのダメですっ!」
 ダメの一点張りだ。
「いや、俺はまだ協力するとは言っていませんよ」
 何とかなだめないとな。第一、俺はまだ協力する気にはなっていない。実を言うと、佐々木に会ってみようと思っただけだ。そう言うと、朝比奈さんは激しく首を横に振った。
「だからそれもダメです! キョンくんは涼宮さんのそばに居ないとダメなんですっ!」

 俺は呆気にとられた。ここまで強硬に言い張る朝比奈さんは初めて見た。一体どうしてここまで言い張るんだ?

「あら、それで涼宮ハルヒが乗っ取られるのを黙って見てろって言うんですか?」
 橘がむかつく笑顔で言った。だが、橘の言うとおりだ。黙って見てるだけ何てできない。
「まだ、できることがあるはず。キョンくんならできますっ」
 そう言うと、それまでこらえていたのだろう涙がボロボロとあふれてきた。それは買いかぶりです、朝比奈さん。しかし、何で今日はここまで強情なのだろう? もしかして……
「それは既定事項だからですか?」
 朝比奈さんがここまでこだわるなんて、それ以外に考えられない。だが、それは瞬時に否定された。
「違いますっ! ひっく……も、もし、そうだとしても、わたしには、し、知らされて、ません」
 そうだった。朝比奈さんの持ってる情報なんて、俺と大して変わらない。だが、それなら何故。
「ご、ごめんなさい、わたしのわがままです……」
 まだ泣きながら朝比奈さんはそう言う。
「でも、キョンくんは、ほ、本当に、佐々木さんに、ち、力を移したい、んですか?」

 そのとき、目の端で橘の表情が変わるのを感じた。
 それまで余裕の笑みでいたのに、少し顔をしかめていた。
 ──余計なことを言わないでください。
 その表情はそう語っているように見えた。
 それを見て、急速に俺の頭は回り始めた。

 バカか俺は!! 今まで何をやっていたんだ!!
 最初から橘は俺をはめる気でいたんだ。佐々木に能力を移すために。
 何故かしらんが、それには俺の協力が必要らしい。
 だが、俺はそのままでは協力しないだろうことは奴らにもわかっているはずだ。

 だから、今回の件を仕組んだ。仕組んだのは橘の組織ではなく、天蓋領域かもしれない。少なくとも隕石は、橘の組織では無理だ。でもどっちでも一緒だ。

 ハルヒの力を佐々木に移したいかって? そんなことは決まっている。答えはNOだ。
 そりゃ、ハルヒの変態パワーがなければいいとも思うさ。でも、そうしたらSOS団はどうなる?
 俺以外の3人は、ハルヒの力があるから集まっている。ハルヒの力がなくなれば、去っていく可能性が高い。
 古泉は自分の意志で残ることも可能かもしれないが、長門と朝比奈さんは無理だろう。  そして、それが朝比奈さんをあそこまで強情にさせた理由だ。朝比奈さんはSOS団の一員でいたいんだ。俺と同じように。
 ハルヒもそうだ。SOS団がなくなるなんてことは許さないはずだ。俺の判断でそんなことになったら、一生罰ゲームをやらされるに違いない。
 全財産賭けてもいいね。

 それに、佐々木自身、自覚してそんな力を持つことは辛いんじゃないのか? 世界に対する責任を持たされるも同義だ。まだ10代の、高校生の身で。橘の機関にも、常に監視されることになるだろう。自由もなくなるかもしれない。
 佐々木にそんな思いを味あわせるのも嫌だ。

 ここで橘に協力しないで、ハルヒを助ける方法があるのか? 今はまだわからない。だが、今までにヒントはあった。
 古泉の言葉を思い出して、俺は心を決めた。

 賭けてみるさ。やっと俺にできることが見つかったんだからな。だったら時間がない。さっさと動くとするか。

 ハルヒが助かるのは既定事項に違いない。そうでしょう? 朝比奈さん(大)。やっとわかりましたよ。俺は俺の気持ちに正直に動きます。
 それがハルヒを助ける方法なんでしょう?

「朝比奈さん、すみません、そんなに泣かないでください」
「ほぇ? キョンくん?」
 そんな涙目で見つめられたら抱きしめたくなるじゃないですか。
「俺が悪かったです。本当にすみません」
 良かったら一発殴ってください、と言おうと思ったが、困らせるだけだろう。
 しかし、早朝登校を続けていて良かったぜ。こんな状況を登校中の北高生徒に見せていたら、男子生徒の誰かから殺されるところだ。
「ちょっと、どうする気ですか?」
 心なしか青ざめた橘が俺に問いかけてくる。だが、俺はそれを無視した。
「ちょっと電話かけます」
 朝比奈さんにそう言うと、電話を取り出して古泉を呼び出した。
「ちょっと無視しないでください!」
 何か喚いているやつがいるが知るか。
『もしもし』
 古泉が出た。今は閉鎖空間が出ていないのか。
「朝早くから悪い。頼みがあるんだが」
『なんでしょう?』
「俺を見張っているらしいから、近くに車があるだろう? 俺のとこに回してくれ」
 歩いて行ってもいいんだが、時間が惜しい。
『どちらへ行かれるんですか?』
「お前のところだよ」
『えっ! 何ですか!?』
「じゃあよろしくな」
 本気で驚いている古泉という珍しい物を見たかった、と思いつつ電話を切った。

「朝比奈さん」
「はっはい!?」
「一緒に行きましょう!」
「へっ? え、えーと、どこへですか??」
 まん丸に見開いた目で聞き返してくる。
 そんなの決まってるさ。

「ハルヒのところにですよ!」


 車が現れ、俺たちが乗ろうとするのを橘が腕を引っ張って邪魔をした。
 しかし、運転手の新川さんが下りて行くと、橘は引き下がった。
 森さんもだが、新川さんも相当怖い。こうなると、古泉の本性が気になるところだ。

「古泉のところへ行くと伺っておりますが」
 新川さんが俺に言った。
「ええ、お願いします。古泉に頼むのが一番早いでしょうから」
「かしこまりました。古泉は機関の本部におります。ご案内しましょう」  何を頼むのか、と聞かないのは訓練されているからだろうか。新川さんは何も詮索せずに車を出してくれた。
 しかし、朝比奈さんは当然聞いてきた。
「涼宮さんのところに行くんじゃないんですか?」
 そりゃそうだ。さっき俺は朝比奈さんにそう言った。
「ええ、そうですよ。ただ、ハルヒに声が届きそうなところです」
「えっ? どこですか?」
 頭の上に5個は?マークが飛んでいるだろう。
「今、病院にいるハルヒに話しかけてもまず届かないでしょう。だったら、ハルヒの精神世界に入り込むしかないんです。確証はないですが」
「どういうことですか??」
「閉鎖空間に行くんですよ」
「ええええええ!?」
 俺はあっさりネタ晴らしした。
 確証はない。ただ、古泉はハルヒが俺を呼んでいると言った。そして、それは閉鎖空間に入るとはっきりすると。あそこはハルヒの精神世界の一部でもあるはずだ。

 俺を呼んでいるってのなら行ってやるよ。待ってろ、ハルヒ。