涼宮ハルヒの戦国時代 三章其の三
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 四日ほど膠着状態が続いた。攻城は時間がかかるのが常であるが、あまり時間をかけたくない俺たちはある程度工作を進めている。それが身を結ぶまでは派手に動かないことにしている上に、時々ある城からの攻撃が短時間の割に打撃を与えるからである。
 この間に実は花熊に毛利が寄せたとの情報が入ったのだが、国木田が宣言通りに追っ払ったそうだ。今回は実はその国木田の活躍でも話そうかとも思ったんだが、まああんまり長くなるのもなんだし俺が直接見た訳でもないしなぁ、ってことでご想像にお任せする。許せ、国木田。お前の犠牲は必ず報われるぞ。
「勝手に殺さないでくれないかなあ。こっちは犠牲出してないんだから」
 冗談だ気にするなって、お前は花熊にいるんだからいきなり出てくるんじゃねえ!

 ふざけた展開はこの辺にして、話を小清水に戻そう。
 この四日間で城内のおおよその様子がわかってきた。まず家老たちは城に籠もることを決定しながらも抗戦する意志があまりない。家老の中にも織田が直接乗り込んで来る前に城主の首を差し出して城を開けてしまおうという意見が出ているに違いない。外にいる俺たちに対応することを優先させずに自分たちの立場や利益ばかり考えている連中が多いのも一因だろうし、こっちの親父殿が多少そうなるようにし向けたってのもある。そしてその城内の意思統一を図るだけの器量が城主にはない。
 そんな空気ではそもそも籠城自体が成り立つ訳がなく、もし春日姫がいなければ二日目で城は落ちていたかもしれない。
 元々古泉家は涼宮家の家臣だったのだから、攻城・籠城双方に顔見知りが多いのは当たり前の話である。場合によっては親戚が敵味方に分かれているなんてことも普通にあり得るのが今の世の中だ。
 ちなみに谷口も城内にいるはずなんだが、未だに一度も顔を見ていないのはどういうことかね。俺がいる陣側は担当していないのか、それとも城に入ること自体を拒んで逃げたか。
 谷口は阿呆だが友人なので出来れば戦いたくないことを思うと顔を見ないことに少しほっとしてはいるが、今は谷口のことはどうでもいい。
「そりゃひでえよ!」
 だからこの場にいない人間は出て来るなって言ってるだろ!
 ええい、話が進まん。

 とにかくそういう知り合い伝手に内応を持ちかけてくる連中がすでに出てきている。籠城始まって四日でこうなるってことは、最初からこの戦に乗り気ではなかったのだろうが、それにしても早すぎないか。
 内応するという連中は譜代の中でも若い奴らであり、やはり涼宮家中でも自分の意見が通りにくいのだろう。
「僕もいい加減に話を聞いてくれないってのには慣れていたんだけどね。やっぱりあまりにも馬耳東風って言うのは気に入らないよなぁ……。それにこれ以上ここにいてもろくな目に遭いそうにないしさ……」
 えーと、どちら様? 台詞で特徴を出すのが難しいんですが。なんか城内で春日姫に無理矢理朝比奈さんの胸を触らされたあげくそれをネタにいろいろこき使われている人のような気がするのだが気のせいだろう。あなたが城から離れたい理由は当主ではなく姫なんじゃないですか。って、もしかして姫に兵を貸しているのはあんたなんじゃないのか?
 というか、いい加減この展開も飽きてきたのでそろそろやめよう、な。誰に言っているのかは俺もよくわからんが。

 実際内応の手はずを取り決めるのは俺の仕事ではないので偉い人に任せるとして、俺や古泉は現場を保持しなければならない。
 四日の間何事もなかったわけではなく、相変わらずの小競り合いが続いていた。特筆すべき点はない……こともないか。

 遊撃隊が一隊しかないことは見当がついていたので当然こちらもそれにあわせた作戦を立てる。まあ誰でも考えつくことなんだが、最初に小手調べに城に寄せる。ここで城外に兵を出すかどうかはそのとき次第なのだが、おびき出すのに成功すればこちらの伏兵を向かわせ、その間に城への寄せ手は引く。一隊しかない遊撃隊は長時間槍をあわせないようにしているらしいので、向こう引いた瞬間をねらってもう一度城に寄せる、という具合だ。
 さてそううまく行くもんかね、と思うところだが、やはりうまく行かなかったんだよな、これが。

 なるほど飛び道具を使ってある程度向こうに被害を与え、遊撃隊をおびき出したまではよかった。伏兵を向かわせるとすぐに引き始めたのも作戦通り、もちろん深追いはしない。
 そこであらかじめ用意していた新たな寄せ手を向かわせた瞬間、再び門が開いた。
 最初遠目だったので気がつかなかった。出てきたのはわずか二騎。一瞬子供かというくらい小柄な姿に見覚えがある、と思った瞬間背筋が寒くなった。
 あいつらか。
 俺は前にも述べたとおり主に銃撃隊と弓隊を任されており、援護射撃が主な仕事である。だから最前線より少し引いた位置にいるのだが、古泉はもう少し前に出ていた。あいつも気がついているかもしれないが、念のためだ。あわてて使番を呼び寄せた。
「古泉に引くように言え! 長門と朝倉だと言えばわかる!」
 使番という連中は言われたことに何故を持ってはいけないことを承知している。俺がそう言うや否や駆けだしていった後ろ姿を見送りながら思わず「間に合えよ」とつぶやかずにはいられなかった。
 たかが二騎。誰だってそう思うだろう。しかも女だ。よっぽど城内は人がいないのかなんて思っている奴らだっているかもしれない。
 一騎当千って言葉が大げさでも何でもない奴らだって知らなければな。
 そして俺もほとんど為す術がない。何せあいては二騎だ。援護射撃しようものならほとんどの弾は味方に当たってしまう。せめて腕のいいものに馬を狙わせようとしてはみたが、動体射撃ってのはかなり熟練した射手でも難しい。
 さてどうしたものか。くそ、何も出来ずに見ているだけってのは苛々するもんだな。かといって俺が一人行ったところで何が出来るわけでもない……。
 焦る気持ちばかりでどうしようもないと思っていたところに思いがけないことが起こり、俺は唖然とした。
 味方の陣から一騎、すごい勢いで駆けだしたかと思うと朝倉に斬りかかる。おい命知らずにもほどがあるぞと思ったが、その一太刀で朝倉の馬を倒すと本人も馬から飛び降りた。朝倉は馬が倒れたくらいで自分まで倒れることはないだろうと思ったがやはり何事もなく着地したんだろう。ただし馬から降りてしまえばこちらからは人波の向こうになってしまって見えはしない。
 ありゃ、いったい誰だ? 自軍に長門や朝倉とまともに戦えそうな相手なんていたっけ?
 その人物が誰かということはその夜に本営に行ったときにようやく知ることが出来た。彼女を殿(しんがり)として寄せ手は無事に引けたそうだ。
「わたしも長門さんと朝倉さんの二人が相手では難しかったのですが、長門さんはこちらに攻撃しようとはしませんでしたから」
 という女性が誰かは俺より読んでいる人の方がすでに見当がついていただろう、菟原の家老殿の奥方、江美里さんとおっしゃるらしいが、とにかくその人だった。あの、まさかと思いますがあなたも……。
「はい、長門さん、朝倉さんとは同郷になります」
 ……あなた方の郷はいったいどういう場所だったんでしょうね。あんまり考えたくないな。

 しかし長門と朝倉を何とかしなければ迂闊に寄せることも出来ず、結局内応を申し出てきた人間と密談のうえ、行動を起こすことになった。
 ところで長門や朝倉の腕を考えると、こんな内応なんかとっくに感づいている気がするんだがどうなんだろうね。


 少し城内の状況を整理しておこう。内応を申し出た武将級の者二名、城を捨て落ちた兵は七百ほど。形勢がさほど不利に感じられるはずがないのにこの数字というのは一見驚異的だが、結局こんな時代は兵も武将も「人に付く」のである。籠城ともなれば最悪の場合城とともに果てる覚悟も必要な訳だが、その覚悟を上に立つ者がさせてくれなきゃ話にならない。だから、もちろん野戦でも同じだが、とにかく上に立つ者はひたすら鼓舞する。形勢が有利なら勝利後の欲をかき立て、不利なら味方が来ての大逆転を必死に説き、戦意を喪失させないように最大限の注意を払う。人数的に有利でも戦意がなくなってしまったら戦は確実に負けるからだ。武将がどれだけ良い策を練っても実際に戦うのは足軽がほとんどだと言うことを現場で上に立つ人間は痛いほどわかっている。
 おそらく、それをやる人間が当主涼宮氏をはじめとして城内に残っていない。いや、唯一やっているのが春日姫なんだろう。そして本気で情勢を憂いている者以外は女の言うことに耳を貸していないに違いない。
 春日姫が指揮しているだろう人間は遊撃隊が五十、守備隊が百ほどの少数であり、ほかに長門と朝倉は完全に別働しているらしいが、とにかく全体から見るとわずかである。守備隊はほかにもいるが、初日に俺たちが行った攻撃を見てもわかる通り、一応守っているという程度の働きしかしていない。むしろ春日姫の部隊が動き出してからはろくに働いていないんじゃないかとも思える。その春日姫はこちらの攻撃を読んで守備隊を移動させているので厄介だ。おそらく内偵しているのは長門と朝倉だろうから裏をかくのも難しい。

 というわけで、今回の内応の件は江美里さんに頼ったわけだが、まあ長門と朝倉の裏をかくのは江美里さんでも難しかったかもしれない。彼女は静かに微笑むだけで裏で何をしているのか言わないんだけどな。しかし菟原殿もとんでもない女性を嫁にもらったもんだ。
 城攻めの内応というと、城主の首を獲って来るってのからただ城門を開くだけというものまで様々だが、今回は門を開けて蜂起という形を取ってもらえるようだ。首を獲らないというのは弱気なのではなく手柄を譲るという意味なので、かえって本気で見限っているのがわかる。

 決行は明日未明。時間がないので速攻だ。
 その夜、翌朝に向けて眠らなければならないっていうのにちっとも眠れなかった。明日のことで気持ちが昂ぶっていると言えば聞こえはいいのだが、どちらかと言うと気持ちは沈んでいると言った方がいい。
 籠城は内応に弱い。門が開かれ外から兵が雪崩れ込めば城内は混乱するし、ただでさえ少ない戦意は一気に喪失するだろう。今はあえて見逃している搦手門をふさげば逃げ場はなくなり混乱した兵は最悪の行動を取りかねない。こうなると、城内のまともな頭を保った人間は元々味方だった者が敵になる。
 俺たち攻撃側は、城内の女性、特に身分が高い者への手出しは禁止される。破れば切腹も許されず、切り捨てられる。だが、城兵は負けると分かれば怖いものなんかなくなるわけで、身分が高かろうが低かろうが関係ない。
 その先は────考えたくない。

 思考が同じところを何度も行ったり来たりしているのに飽き飽きして、俺は仮の寝所を抜け出した。少し頭を冷やしてこよう。だいたいこれから攻め入る城の女のことなんか気にしていたって仕方ないだろうが。いやいやしかし朝比奈さんは本気で心配だ。いつだったか春日姫は「みくるちゃんは戦になんかむかない」と言っていたが俺もそう思う。籠城中はさぞかし忙しいはずなんだが、給仕しようとして膳をひっくり返しているのがオチなんじゃないかって気がするね。まだ洗わなければならない首はないと思うんだが、もしそんな役目を与えられたら卒倒しそうだ、あの方なら。俺が春日姫なら城が囲まれる前にどこかに逃がすな。そうしてくれることを祈る。
 長門と朝倉に関してはあんまり心配しないだろう。一対複数であっても簡単に負けそうにはないからな。返り討ちに遭うのが目に見えている。
 それでは、春日姫は?
 考えがそこに行き着くと何故か俺の思考は停止してしまう。武芸はそこいらの男が敵う相手じゃないだろうが、しかし……。
「くそっ、何なんだってんだよいったい!」
 どうして考えが春日姫に及ぶとこんなに苛々するんだ? いや、苛々と言うよりは焦りに近い。俺の中にある焦燥感の理由が分からずに苛々するんだ。
 いや待てよ俺、少し落ち着け。したって仕方がない心配をするのは良しとしよう。顔見知りの女がそんな目に遭うのは誰だって嫌なもんだろうし、心配するのが当たり前じゃないか。現に朝比奈さんはとても心配だし、長門と朝倉は自分の力で切り抜けてくれることを信じてはいるが心配していない訳じゃない。そう、春日姫のことだって当たり前に心配しているだけなんだからそこで思考停止するのはおかしいじゃないか。だいたいあの春日姫がその辺の雑兵に組み敷かれているところなんて…………。

「…………え?」
 俺、今何を思った?
 何考えてんだよ、おい。
 想像上でしかないんだよ、何で一瞬本気で怒りを覚えてるんだよ! しかも咄嗟にそう言う場面で頭に浮かんだ台詞がよりによって、
「そいつに触るんじゃねえ」
 って何だよ俺!
「……嘘だろ?」
 これじゃまるで、いや、まるでじゃねえな。
 勘弁してくれよ。これから攻め入るってわかってるんだろうが。完全に敵味方じゃねえかよ。今更どうにもならないだろ、俺。

 本当に今更気が付いてもどうしようもない。
 どうしようもないんだが……。

 どうやら俺は春日姫に惹かれていたらしい。

「なんてこった」
 呟いて思わず見上げた空は、誰が染め上げたんだろうか、漆黒に星が綺麗に縫い込まれていた。



 翌朝、夜番の兵にたたき起こされたときにはまだ日が昇っておらず、昨夜いろいろ考えて夜半まで眠れなかった俺は完全に寝不足って状態であったのだが、夜番の「すでに城から火が上がってる」の言葉に瞬時に頭が覚醒した。
 おいおい、気が早すぎるだろ? 動くのはもう少し後なんじゃねえのか?
 あわてて身支度を調えて本陣に参じると、すでに全員そろっていた。別に俺が特に遅かった訳ではなく数人固まっていったんだが、立場上早めに来て待っていた方がいいのはわかってるんだけどな。
 目で「遅いですよ」と言う古泉に俺も軽く頭を下げて詫びを入れ、末席の桟敷に座った。すぐに話は始まったが俺は発言を求められるわけでもない、ただ聞いているだけ……というか、参加しているだけだった。

「状況は」
「城の東側から火の手が上がっています。予定にないのですが」
「気の早い者が功を焦ったのかもしれません」
 そんな言葉が俺の耳を通り過ぎていくのだが、ちっとも頭に入ってこない。今集中すべきは眼前の合戦であって余事に思考を巡らせているのは文字通り命取りになるってわかっているのに、俺は気が付くと全くでもないが別のことを考えちまっているんだから始末に負えない。
 それでも、昨夜自覚しちまった感情から城内のことが気になってしょうがないのは無理ないことと思う。すでに火が上がっているのは起きてすぐわかるほどだったが、消火活動は迅速に行われているのだろうか。行われているとしたらその陣頭指揮も春日姫が執っているのだろうか。
 畜生、考えたって仕方がないんだ。今更何を思ったって、春日姫は俺たちと敵対したまま死ぬ覚悟まで出来ているのはわかっている。だから、今になって俺に出来ることなんて何もない。
 もし春日姫が昔言っていたように未来から誰か来れる奴がいるなら、ついでにもう数日過去に行ってせめてあの会見のときまで連れて行ってくれ。あそこで何か説得出来るとも思えないが、もしかしたら俺自身が後悔せずに済むようなことが言えたかもしれない。
 いや、俺が女に気の利いた台詞が言えるわけもないか。

 時間がないのもあってどうやら軍議はあっという間に終わったようで、親父殿が立ち去るのをほとんど反射的に頭を下げて見送ってから、俺はさて今話していた内容は何だったのかと考えねばならないほどだった。おい、今からどう動くかを聞いてないなんて迂闊どころの騒ぎじゃねーぞ、どうすんだ。
「どうしたんですか、心ここにあらずといった具合に見えますが」
 いつもの笑みが陰を潜めた古泉が話しかけてきた。思った通りこいつには俺が全く集中していないことを見透かされていたようだ。
「すまん、昨夜まったくと言っていいほど眠れなかったからな。ここに来て睡魔と戦わなきゃならなくなった」
 まさか本当のことが言えるはずもなく、かといって咄嗟の嘘もつけなかったので半分くらい本当のことを言っておいた。俺の言葉に古泉は呆れたように笑った。
「まったくあなたという人は。眠れなかったのは理解できますが、この緊張が高まる場面で睡魔が襲ってくるとはたいしたものです」
 そりゃ褒めてるのか貶してるのかどっちなんだ。
「褒め言葉と受け取ってください。しかし本番で同じようでは困ります」
「わかってる。俺だって死にたくないからな」
「ええ、あなたは今の任を外して突撃部隊に編入されていますからね。こちらが有利であっても集中力に欠ければ命を落とす危険もあります」
 俺の役割が変わってるのか。そいつは初耳だ。
「……本当に大丈夫なんでしょうね」
「すまん、大丈夫だ」
「実は誰かのことが気になっているなんてことでは困りますよ」
 お前は実は何もかもわかってるんじゃねえのか、と聞くのはやめておいた。

 すでに火の手が上がっている以上、時をおくわけにも行かない。すぐに自陣に戻るとあらかじめ支度を命じられていた連中はすでに集まっており、即動ける状態になっていた。まったく、足軽からしてやる気があるのにこんなんじゃダメじゃねえか。気合い入れろよ、俺。
 俺が今までの鉄砲隊指揮から外されたのは、飛び道具ではどんな将校を倒しても功績として扱われない場合が多いという配慮であるのだが、正直言って前戦で白兵戦やるより後方支援の方が俺の性格に合っている気がするんだがな。せっかくの配慮を無碍に断るつもりもないので、おとなしく命に従うことにした。

 時をおかずにすぐ決められた配置に付く。
 今回内応した連中は元々西側の大手門から虎口を警護していたので、まずそちらの門は確実に開く。実は軍議の間にも新川さん率いる部隊が西大手前に詰めていたらしい。新川さんがいないことにすら気が付かなかった。
 この後さらに搦手門も開くという話だったので、俺はそちら側から攻め入る部隊に配属された。搦手は本郭(本丸、つまり城の中心部)に近い。つまりそれだけ手柄も立て易いというわけで、俺の周りの連中は皆士気が上がっていた。おそらくすでに大手から入ってきているだろう連中より早く本郭に到達出来るからである。そんな中一人で憂鬱になっている場合じゃねえ。
 ここまで来て後に引くわけにもいかないよな。
 せめて、あいつに笑われないような戦をすることだけを考えろ。

 程なく本当に門が開き、狭い搦手の虎口(こぐち)から突入を開始した。


 予想通り内部は混乱していた。明け方につけられた火は消えるどころか勢いが増しているようで、こちらからはまだ火の手は遠いとは言えそのうち類焼しかねない。おそらく放火されたのは兵糧が備蓄されているあたりだろう。
 古泉は手柄は勝手次第と言った訳ではないが、実際に突入してしまうと太鼓や鉦の音が聞こえない限りはほとんどそうなってしまう。つまりそれぞれが勝手に走っては戦うという個人戦の様相を呈してくる。そしてこういう場合、皆が目指すのは城で一番目立つ場所、つまり天守なわけで、俺も何が目的なのか自分でもわからないまま周りにつられてそこを目指して走っていた。
 本当にそこに行って俺は何をするって言うんだ? せっかく突撃隊に入れてもらったとは言え、自ら城主の首を獲ろうと思えるほど俺は手柄を立てよう何て気にはなっていないんだが。
 それでもやはりそこに走らなければならない気がして、何故か気だけが急いて、俺はひたすら走っていた。


 俺たちが走っている前をさえぎる者はほとんどいなかった。まれにやけくそなのか忠心が残っているのか槍を構えて突進してくる者もいたが、徒党を組んでいる者がいないだけにあっという間に倒されている。途中に首のない死体もいくつか出てきたということは、その首に多少なりとも価値があると見込まれた人間も伐たれ始めたのだろう。城を拠り所とする籠城は、その拠り所が崩れるとこうも脆いものか。
 意外に思うのは、おそらくこの状況で系統立った指揮が出来るのは今までの状況を鑑みても春日姫しかいないはずだが、その春日姫の部隊が一切出てこない。搦手からの攻撃を予測せずに西大手にいるのかもしれないが、長門と朝倉を部隊がいない方に配置するだけでも戦局は(一時的だが)ずいぶん違った物になりそうなものだ。
 最初から命令を出していたかすら疑わしい涼宮家当主は、昨日までの時点では城から出ていない。もしこれから落ちるとしても、さすがに脱出口となりそうなところには人を配置しているから難しいだろうが、さてこの状況になってどうしているのかね。
 兵糧蔵を焼いた火は本郭内にも飛び火していて混乱を極めていた。火と突撃隊を見て狂った連中も多く、指物(どの部隊に所属しているかを表す目印)関係なく同士討ちをしている奴まで見受けられる。逃げようとする奴は俺たちが来た方とは別の虎口から下ろうとしている物も多く、東大手からは攻め入られていないとの情報はここまで届いているのかもしれないが、逃げる奴はともかくやけくそになった人間が炎を背景に狂っている光景というのは凄惨としか言いようがない。戦は何度か経験しているし、死体だって見慣れたもんだと思っていたが、こんな状況を見るのは俺も初めてだった。俺自身に突進してきた人間の狂気の眼を見て背筋に寒い物が走るが、数合やりあった後何とか凌いだ。誰も彼もがこんな状態になったら、逆にこっちが追いつめられそうだ。
 追いつめられた人間の怖さと哀れさを思うと、今自分がやっていることが空しい物だという考えに囚われそうになり、あわてて頭を振る。昨夜から雑念が多すぎだ。ぼーっとしているとここで俺が殺されかねない。なんだかまだやらなきゃならないことがある気がするんだが、そのやらなきゃならないことがいったい何なのかと言われるとまったく見当が付かないんだが。
 とにかく今は目前の天守を目指そうと心に決め直したとき、今更会わなくても良かった奴と顔をあわせてしまった。

「おいおい、久しぶりだってのにその言い方はねえだろ」
「谷口か」
 焦るわけでもないのは、明らかに攻撃意志がないのが表情でわかったからだ。
 そういや谷口は一応涼宮家直属の足軽ってことになっている。変な話、一応小部隊とはいえ指揮出来る身分の俺より、涼宮家中では谷口の方が上だ。陪臣はあくまでも陪臣でしかないってことだ。
 その谷口は指物もつけずに一応槍を持っているだけで俺に声をかけてきたのだった。この状況でゆっくり立ち話が出来る訳がないのだが、谷口はそれがわかっているのか俺にあわせて走りながら話しかけてきた。
「全く今日こうなるって知ってるんだったらあらかじめ報せとけって。今から逃げたって下手すりゃ狩られるだろうが」
 報せるも何も、俺はお前がどこにいるかなんて今初めて知ったんだよ。それにしても逃げる気満々だな。こうも戦おうとする人間が少ないのはどうかと思うぜ。お前も武士の端くれだろうが。
「阿呆か。だいたい涼宮の戦は菟原と花熊がやってる何て言われてるのに、その二家に離反されて誰が戦う気になれるかっての。特に俺たち直属は戦慣れなんて全くしてねえんだよ」
 なるほど、ほとんどの兵は谷口と同じような気持ちなのかもしれない。合戦初日から逃げる兵はいたが、今日まで残っていた谷口を褒めるべきなんだろうか。
「さっさと逃げた奴らの方が賢いだろ。ぐずぐずしていた俺たちは運良く逃げられるかここで死ぬかどっちかだ」
 確かに早めに落ちた奴はまだ落ち武者狩りなどやっていないだろうから、行く宛があればその方が良かったのだろう。今まで残っていたってことは行く宛がないのか。親父さんはどうした。
「親父は相変わらず田舎で百姓やってるよ。逃げ帰るとどやされそうだとぼやぼやしてたらこのざまだ」
 即断出来ないのもこいつらしいと言えばこいつらしい。しかしここで会って、後で伐たれたなんて聞くのも寝覚めの悪い話だ。
「どうせ逃げるんならこれ持って行けよ」
 自分の指物を外して谷口に渡す。谷口は足を止めてぽかんと俺を見つめた。
「阿呆か。それがないと味方に殺されかねないだろ」
 確かにそうなんだが、お前が門にたどり着くまでに誰かに伐たれたなんて後から聞くのも嫌なんでね。いいからさっさと持って行け。少なくともこれつけてりゃ古泉の兵に殺されることはなくなるだろうよ。もし誰かに何か聞かれたら本陣に伝令とでも言っておけ。
 谷口は数瞬悩んだようであったが、結局それを受け取った。
「恩に着るぜ! 生きてたらまた会おうな!」
 そう言って手をあげると踵を返して駆け戻る。やれやれ、無事でいてくれよ。
 ゆっくり見送ってる場合じゃない。谷口が言ったとおり、指物がないとむしろ混乱した涼宮方だと思われかねない。古泉家だって知った顔ばかりじゃないからな。
 誰かに聞かれたらどっかにぶつけて折ったとでも言い訳しようと意味のないことを考えて、再び前に進もうと見上げた俺の目に赤い炎が映った。

 とうとう天守にも火の手が及んだみたいだな。
 いい加減坂道を走って疲れているんだが、それでも足を止める気にはなれない。

 あいつは今、どうしているんだ。