キョンとハルヒの七夕説話
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 むかしむかしあるところに、ひとりの機織り娘がおりました。機織り娘は実はこの天を支配する天帝の娘なのですが、その織る布があまりにも見事なので、天界に住まう人々の着物を作る仕事を一手に引き受けています。
 機織り娘の名前はハルヒと言いましたが、一般的には織姫と呼ばれていました。
 しかし、毎日毎日織機に向かって布を織り出す日々。いくら自分の織る布が褒められようと、できあがった衣服が見事であろうと、自分の生活が変わるはずはありません。
 機織り娘は同じことの繰り返しばかりの日々に飽き飽きしていました。
「あーもう、退屈だったらありゃしない! 何か面白いことが起こらないものかしら?」
 ハルヒは機を織る手を休めて窓の外を眺めました。物心付いた頃から織り始めた布は、最初の頃こそ賞賛の的でそれが嬉しくて織り続けていたけれど、今ではハルヒの織る布は上等で当然と思われています。気が付いたら全然外にも出ずに今まで来てしまったことを、ハルヒは後悔していました。

 同じ頃、やはり天界の偉い人が乗る車を引く牛を世話する男がいました。名前は今では知られていないのですが、牽牛のキョンと呼ばれていたようです。彼はまじめに牛の世話をしていて、育てた牛は立派なものでした。
 そんなキョンの元にある日、天帝が自ら訪ねてきました。
「いつもあなたが一生懸命牛の世話をしてくださるおかげで、我々も安心して車に乗れるというわけです。どうです、ここは感謝の意を込めてあなたに奥方を斡旋したいと思うのですが」
「断る」
「即答ですか。少しは考えてくださってもよろしいかと」
「お前が持ってくる話は胡散臭いんだよ。だから断る」
 どっちが偉いんだかわからないような態度でけんもほろろに断るキョンに、天帝は少し困ったような笑顔を浮かべました。
「実はあなたと娶せたいと思っている女性は僕の娘なのですが」
「ちょっと待て」
 キョンは眉間に皺を寄せたまま天帝を見つめました。
「お前は俺と同じ歳だろうが。何で俺と結婚できるような年齢の娘がいるんだ」
「そこは物語ですので深く考えられても困ります。スルーしてください」
 なんだかよくわからない会話の後、天帝はなおも続けます。
「ええ、それで僕の娘なんですが、織姫と呼ばれる機織り娘です」
「前から思ってたんだが、何で天界で一番エライお前の娘が機織りなんかやってるんだよ。お姫様なんじゃねえのか?」
 どうやらキョンは疑問に思ったことにツッコミを入れるのが性分なようですが、このままでは話が進まないので無視することにします。
「とにかくお姫様だろうが機織り娘だろうが断る。俺は今そんな気はねえよ」
 これ以上話をしても無駄だとばかりに牛の世話に戻るキョンに、天帝もあきらめるしかありませんでした。

 自分の住まいに戻った天帝は悩みました。娘もお年頃、そろそろいいお婿さんを見つけてもいい頃と思って、まじめな仕事ぶりで有名な牽牛のキョンに目星をつけたのですが、断られてしまいました。それに娘のハルヒはいつまでもおとなしく機を織っていられる性格ではないとよくわかっています。今はまだ我慢をして機織りをしているようですが、いつ爆発するかわかりません。まじめに仕事をする男と結婚すれば少しは落ち着くかもしれないという期待もありました。
「仕方ありません。もう少し様子を見ることとしましょう」
 そう思ったとき、誰かがあわてて天帝の住まいに駆け込んで来ました。
「たたたた大変ですぅ~!!」
 天帝は偉い人ですからそうそう誰かが勝手に入ってくるわけがありません。驚いた天帝の目に入ったのは、見目麗しい、しかし幼い顔立ちとその割に豊かな胸を持った女性でした。
「これは西王母様、どうされましたか」
 西王母と呼ばれた女性は一度部屋の入り口でつまずき、「わひゃぁ!」などという声を上げた後に恥ずかしそうに立ち上がると、天帝に話し始めました。
「そ、それが、今度の宴で着る服を新調しようと思って織姫さんのおうちに行ったんです」
 何故西王母ともあろう人が使いも出さずに自らハルヒの家に行ったんでしょうね。というツッコミは誰かに任せるとして、たぶん天帝の姫という身分に敬意を表したと言うことにでもしておいてください。
「そそそそしたら、誰もいないんです! 織りかけの布があるだけで、織姫さんがいないんです!」
「なんですって?」
 どうやら天帝の心配は的中してしまいました。織姫ハルヒは退屈のあまり爆発して出奔してしまったのです。
 天帝はあわててハルヒの捜索を部下に命じました。

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 天帝が帰った後、キョンは考えていました。
「何だってこいず……じゃなかった、天帝は俺と娘を結婚させようなんて思ったんだ?」
 織姫と言えば天界でも有名な機織りの名人で、かつとても美人だとの噂です。正直言って気にならない訳ではなかったのですが、うまい話には裏があるような気がして断ってしまったのです。
「ま、断っちまったしな。知ったこっちゃねーや」
 そう言っていつもの仕事に戻ろうとしたとき、外から声がかかりました。
「ごめんくださーい!」
 同時にドンドンと扉をたたく大きな音に顔をしかめながら出ると、そこにいたのはとんでもない美少女でした。
「ねえ、お腹空いちゃったから何か食べさせてよ。それから、あんた牛飼ってるのね! あたしこれから旅に出るから乗るのにちょうどいいわ。1頭頂戴!」
 美少女のあまりにも無遠慮な発言にしばし呆然としていたキョンに、少女は目の前で手をひらひらと動かします。
「ちょっと、何ぼーっとしてんのよ。大丈夫? ここんとこ暑いから熱気にやられちゃった?」
 我に返ったキョンは反論しました。
「いきなり人の家にやってきて飯を食わせろと言ったあげくに牛をよこせだと? アホか、断る。俺はそんなお人好しじゃねーんだよ」
 そんなキョンの襟をつかんでぐいと引き寄せると、少女は猪を見つけた狩人のような目で言いました。
「いいから、四の五の言わずに1頭よこせ」
「あのな、ここにいる牛は天界の要人の車を牽く大事な牛なんだ。よこせと言われて……」
 再び反論するキョンが言葉を切ったのは、そのとき少女のお腹が激しく鳴ったからです。その音に頬を赤らめた少女を見て、キョンは続きを言う気がなくなってしまいました。
「……まあ牛はともかく、腹が減ってるなら飯くらいは食わしてやる。入れよ」
 そう言って身体を引くと全く無遠慮にずかずかと入ってくる少女。キョンは「やれやれ」とつぶやきながら、ふと思い出して聞いてみました。
「お前、名前は? 旅に出るってどういうことだ?」
 少女は太陽も敵わないようなまぶしい笑顔で答えました。
「あたしはハルヒ! もう同じような毎日に飽き飽きして、何か面白いことがないか探しに行くことにしたのよ!」
 そう、キョンのところに来た少女こそ織姫ハルヒなのでした。
 それからハルヒは悪戯を思いついた笑顔に変えると
「ちょうどいいわ。あんたをあたしの部下にしてあげるから、一緒に付いてきなさい!」
「はあ? 無茶言うな!」
「それから人に名前を聞くときは自分から名乗りなさいよ」
「ああ、それはすまん……」
 それからキョンは自分の名前と通名を言ったのですが、結局ハルヒも「キョン」と呼ぶことにしたようです。
 キョンはハルヒについて行くことはもちろん断ったのですが、結局ハルヒの強引さに敵わずに渋々ついて行くことになりました。
 渋々と本人は思っていますが、実はキョンも牛の世話ばかりを毎日繰り返すことに飽き飽きしていたのです。ハルヒの言う“面白いことを探しに行く”ことに少なからず心惹かれているのでした。

 こうして2人は旅に出ることになりました。

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 しかし、天帝が『機関』……いえ、なんでもありません、とにかく持てる総力を挙げて捜索をしているのですから2人の旅も長くは続きませんでした。旅を初めて3日目の朝、2人は天帝の捜索隊に捕らえられてしまいました。
「こらー! 離せー!」
 ひたすら暴れるハルヒに対して、
「やれやれ、だから無茶だと言ったんだ」
 もはや諦観気味のキョン。
 天帝は自分の話を断ったキョンがハルヒとともに出奔したことに驚きました。気持ちとしては2人を赦して結婚させたかったのですが、天界の衣服と移動手段をまかなっている2人に何の罰もないのは示しが付きません。
 仕方がないので、2人はそれぞれの家に戻り仕事に励むこと、2人が再び出会わないようにお互いの家の間に大きな河を流すことにしました。
 西王母がかんざしで地に線を引くと、それが河となり2人を隔てることになってしまったのです。

「もう、みくるちゃんったら!」
 みくるちゃんとは西王母のことのようです。
「何も本当に河を作ってしまうことないじゃないの!」
「すすすみませぇん……」
 河が出来てから1年が経ちました。目の前を流れる大きな河を睨んで文句を言っているのはもちろんハルヒです。河の流れは激しく、とても泳いで渡れるような幅ではありません。謝る西王母を無視して独り言を続けています。
「あーあ、短い間だったけど楽しかったな」
 ハルヒは1年前のことが忘れられません。キョンは機を織り続けて来ただけのハルヒに出来た初めての友人でした。それだけではなく、口ではなんだかんだ文句を言うのですが、ハルヒの「面白いことと出会いたい」という希望をよく理解してくれる人でもありました。それだけでもハルヒにはとても嬉しかったのです。そのキョンを相手に思いついたことを話聞かせるのは、とても楽しい時間でした。また同じように機を織り続ける日々が繰り返される今、2日あまりという短い時間、キョンと過ごしたことがかけがえのないことのように感じられました。
「あの~、それで、わたしの新しい衣装は……」
 時間を空けておそるおそる聞く西王母に、ハルヒは不機嫌この上ないといった声で答えました。
「みくるちゃんの服は当分作らないって言ったでしょ!」
「そ、そんなぁ~」
 ハルヒは1年前から西王母の服を作ることを拒否しています。まだ怒っているのです。おかげで西王母は新しい衣装がなくて困っていましたが、どうしようもありませんでした。河を作ってしまうほどの力を持っているくせに、西王母はハルヒに敵わないようです。泣きながら西の方へと帰って行きました。
 西王母がいなくなると、ハルヒはまた河を眺めました。仕事に励むようにと言われても、また機を織る気にはなれません。考えるのはキョンと過ごした日々のことばかり。
「もう、何でキョンのことなんか……」
 力なく呟いて小石を河に投げました。

「彼に会いたい?」
 先ほどまで誰もいなかったのに、突然話しかけられてハルヒは驚きました。
「誰!?」
 振り返ると、そこには小柄な女性が何の感情も示さないような表情で立っていました。
「わたしは嫦娥。彼に会いたいなら協力する」
「嫦娥? 有希じゃなくて?」
「どちらでもいい」
 嫦娥と名乗った女性は名前などどうでもいいようですので有希と呼ばせてもらいます。
「でも、何で? あたしは罰としてキョンに会わないんだから、あたしに協力するのはまずいんじゃないの?」
「年に1度だけなら2人を会わせても良いと許可が出た」
 有希はそれだけ言うと、最初の問いをもう一度口にした。
「彼に会いたい?」
 ハルヒはしばらく有希を眺めていましたが、決心したように頷きました。それを見た有希は一言「わかった」と返事すると、月に手をかざします。月は見る間におりて来たかと思うと、それは優雅な船へと形を変えて河に浮かびました。
「乗って」
 ハルヒは躊躇することなく船に乗り、有希も乗ると櫂を手に取り漕ぎ出しました。

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 キョンは目の前の河をぼんやりと眺めていました。最初は戻ってきて、やれやれ、やっとこのわがまま女から解放されるなんて思っていましたが、いざひとりに戻るとやけに寂しい気持ちになりました。
「あれだけ賑やかな奴がいなくなったからだろうな」
 そう思って見ても、寂しさが紛れる訳ではありません。どういう訳か思い浮かべるのはハルヒの笑顔ばかりで、牛の世話もおろそかになってしまいます。
「何か面白いこと、か」
 キョンにとってはハルヒ自身が面白いことだと言ってもいいでしょう。自分でも気が付かないまま待ち望んでいた“面白いこと”がやってきたかと思うと、あっという間に離れていってしまったのです。恋しく思わない訳はありません。

「いつまでも河を眺めていたって仕方がないか」
 対岸などほとんど米粒のようにしか見えない大河です。もちろんハルヒの様子がわかるわけもありません。あきらめて牛の世話に戻ろうとしたキョンの目に、一艘の優美な船が目に入りました。
 いえ、船の形状など目に入っていませんでした。その船に乗っている人物に釘付けになってしまったのです。
「……ハルヒ?」
 1年ぶりに見るハルヒの笑顔。この1年、ずっとこの笑顔ばかり思い出していることにキョンは気づきました。
「キョン!!」
 やがて船が着くや否や飛び降りたハルヒは、そのままキョンに抱きつきました。一瞬驚いたキョンも、すぐにハルヒを抱きしめます。1年という時間離れていた2人は、自分の気持ちに素直になることに躊躇しませんでした。
「すっごく会いたかったんだから!」
「ああ、俺もだ」

 それから2人はキョンの家で楽しい時間を過ごしました。たくさん話し、笑い、とても幸せでした。しかし2人が会えるのは年に1度だけ。お別れの時間が迫っています。
「織姫、もう帰らなければならない」
 有希が迎えに来ました。
「待ってくれ」
 キョンはハルヒを抱き寄せると、有希に言います。
「俺はもうこいつを離したくない。またあんな1年を過ごす何てこりごりだ」
「拒否する」
 即答する有希。有希にはこの2人をどうこうする権限がありません。
「しかしこの1年、俺は全然仕事が手につかなかった。もしこいつと一緒に暮らせるなら、絶対仕事に励むと誓う」
「あたしも!」
 キョンの決意を聞いてハルヒも言います。
「キョンと暮らせるなら機織りくらいいくらでもしてやるわよ! みくるちゃんの衣装だって山ほど織ってあげるわ! だから……」

「その言葉に偽りはありませんね」
 突然天帝が2人の前に現れました。
「ほんとに衣装を作ってくれるんですかぁ~?」
 西王母も一緒にいます。
「ああ、絶対だ」
「あったりまえでしょ!」
 キョンとハルヒにはもう迷いがありませんでした。2人で暮らせるなら、2人が出会う前よりもいい仕事をしてみせると本気で思えるのです。
「わかりました。ですが、もしまた仕事を怠るようなことがあれば、今度は本当に二度と会うことが出来なくなると思ってください」
 天帝はそう言うと、何故か有希を振り返りました。
「長……じゃなかった、嫦娥さん、お願いします」
 お願いされた有希は、何か高速で呪文のような言葉を呟くと、なんとハルヒの織機がキョンの家に現れました。天界で一番偉く、力も持っているはずの天帝は何故自分ではなく有希に頼んだのか、それはわかりませんが気にしてはいけません。

「ハルヒ、後からになってしまってすまん。好きだ、俺と一緒にいてくれ」
「もちろんよ! もう嫌だって言われたって一緒にいてやるんだから!」

 こうして一緒に暮らし始めた2人は、その言葉通り仕事に励み、時々の休暇には“面白いことを捜す”と称して天帝や西王母、嫦娥も巻き込んで遊びに行くという毎日を楽しく過ごしました。

 そしていつまでも幸せに暮らしました。

 めでたしめでたし。


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「なんだこれは」
「今度の文芸部の機関誌用に書いた童話ですが。どうです、なかなかのものでしょう」
「何で織女や牽牛にわざわざ名前を付ける必要がある? しかも何でハルヒと俺なんだよ!」
「その方がより場面を想像できて面白いと思ったものですから」
「とにかくこれは却下だ。ハルヒが認めるとも思えん。せめて名前は変えろ」
「どうでしょうか。涼宮さんはこれでいいとおっしゃるかもしれませんね」
「例えハルヒが許可しても俺が却下だ! ふざけんな!」

 そのハルヒがこれを読んで顔を真っ赤にしたくせに、このまま掲載するなんて言い出したのを止めるのに苦労したことも付け加えておこう。何とか名前だけ変えることに成功したんだが、ハルヒ、
「あんたも1年くらい会えなかったら言ってくれるのかしらね」
 ってどういう意味だ? さっぱりわからねーよ、ああ、わかってなんかやるもんか。


  おしまい。