涼宮ハルヒの戦国時代 終章
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 終


 さて、無事に小清水を落とした俺たちではあったが、そのまま花熊に凱旋という訳にはいかなかった。お忘れかもしれないが俺たちは三木城包囲から抜けて小清水攻めを行っており、終わったからには三木に戻らなければならないからだ。
 その三木も、すでに兵糧は尽きつつあり、落城も時間の問題だ。
「この三木攻めが終わったらあなたの祝言を考えなければなりませんね」
 とニヤケ面が余計なことを言ってきた。うるさい、祝言なんか要らん。
「そう言う訳にもいかないでしょう。古泉家として家臣の祝言も取り仕切れないようでは後々まで笑いものです」
 勘弁してくれ、そう言うのは苦手なんだよ。
 春日は今はまだ捕虜扱いと言うことで花熊にいるが、捕虜とはいえ好き勝手出歩いているらしい。留守を預かる国木田に迷惑かけてないだろうな。春日の扱いは三木攻めが終わった時点で決まるが、羽柴がどうするかは親父殿の外交手腕に期待するしかない。
「その点はご心配なく。よくある話ですし、すんなりまとまると思いますよ」
 ああもう、その話はするな。だいたい何をニヤニヤ笑ってやがる。
「僕が笑っているのは癖のようなものですから」
 その癖のような笑顔と違うから言ってるんだよ、お前解ってやってるだろ。
 どうやら古泉はこの陣にいる間は俺をからかうと決めているようで、顔を合わせるたびにこんな話ばかりして来やがる。本当に勘弁してくれ。
「いえ、花熊でも浮いた噂一つなかったあなたがまさか元主家の姫君と思いを通わせるなんて思わなかったものですから、つい……」
 喉の奥で嫌な笑い声を立てながらなおも続けようとする古泉に適当な用事を告げてその場を逃げ出した。これ以上こいつにからかわれ続けるなんて冗談じゃねえ。

 陣から少し離れて一息ついた。古泉の野郎、人で遊びやがって。だからあのとき言いたくなかったんだよ、言えばこうなるって解ってたからな。しかし相手が相手だけに古泉に伝えないわけにはいかなかったし今更なかったことにも出来ないし、いやしたくないし、とにかくもう仕方ないと思うしかないのだろう。
「どうせ三木も落ちるだろうからさっさと帰りたいもんだぜ」
「そう願う」
「!?」
 俺の独り言にいきなり返事をよこされて驚いた目の前に、いつぞやのように長門が立っていた。
「って長門!? お前は一応捕虜として花熊にいるはず……」
「花熊での我々の行動は制限されていない」
 そういや春日も遊び歩いているようなことを聞いたな。お前もか、長門。
 しかしまさかまた三木まで来るとは、花熊で何かあったのか? 以前来たときは涼宮氏の離叛を報せたが、まさか国木田に限ってそんなことはないと思うが。
「こっち」
 長門は書状でも持ってきたのかと思ったら、何故か俺を連れて歩き出した。おい、あんまり陣から離れる訳にもいかないのだが。
「すぐ」
 まあすぐならいいけどよ。何だっていうんだ? いったい。
 不審に思いながらもついて行った俺は、今度こそ心底驚くことになった。

「キョン!」
「はるひ!?」
 俺を見て大輪の花が咲いたような笑顔を見せてくれたのは、間違いなく春日だ。何やってんだ、こんなところで!
「お、お前、花熊にいるんじゃなかったのか? てか一応まだ捕虜なんだからこんなとこまで来るんじゃねえ!」
「花熊にいたってつまんないじゃない。あんたいないし。だいたい三木攻めにいつまでかかってるのよ! さっさと攻め落として戻ってきなさいよ!」
 いや、俺たちだけで戦やってる訳じゃねえし、まさか功を焦って独断専行なんかしたら褒められるどころか懲罰もんだ。終わらせようにも指示があるか敵方が動かなきゃどうにもならん。
「もうじれったいったらないわ。こうなったらあたしが乗り込んで敵の大将首を獲って来てやるわよ!」
 ちょっと待て、落ち着け。だいたい捕虜のお前がこんなところまで来ているってばれたら親父殿がまずい立場になるだろ。いいからおとなしく花熊に帰れ。俺たちもそうかからないうちに戻れるだろうさ。
「嫌よ」
 嫌ってな。
「ただ待ってるだけなんて出来るわけないじゃないの!」
 春日は相変わらず意志の強そうな大きな瞳で俺を睨む。そうは言われても。
「だいたい戦に参加するなんて今までやってきたんだから、このままあたしも陣に残るわよ」
「無茶言うな。とにかく帰れ」
 春日はむぅっとふくれると、突然小さな声になった。
「……せっかく会いに来たのにあんたは嬉しくないの」
 思わずくらりと来たね。何なんだこの態度の変化は。
「あ、いや、そりゃ嬉しいけどな」
 そりゃ本音を言えばまあそうなんだが、しかし陣中に来られても困る。
「あのな、はるひ」
「何よ」
「当たり前だが陣中にいるのは男ばかりだ。お前が来たら目立つだろ」
「別にいいじゃない。前にも古泉くんがやってる合戦に参加してるわけだし、問題ないんじゃない?」
 大ありだっつーの。
「だからな」
「何よ、さっきから歯切れの悪い」
 ああもう、俺は本音を言うのが得意じゃないんだよ。
「……他の男にお前を見せたくないんだよ」
 ヤバイ、顔が一気に熱くなる。
 言われたハルヒも顔を朱に染めてそっぽを向いた。
「すぐに帰るから、頼むから戻っていてくれ」
「わかったわよ」
 まだ不服そうではあるが一応戻ることに同意してくれてホッとする。そしてそうと決めたら行動が早いのが春日である。
「有希! 帰るわよ!」
 いつの間にやら姿を消していた長門が、やはりどこからともなく姿を現した。本当に煙のように消えたり現れたりするんだな。
「気をつけろよ」
 まったくこんな時代に女二人でやってくるとは、いくら長門も春日も手練れだからって心配になってくる。無事に戻ってくれなきゃ俺が困る。
「大丈夫に決まってるでしょ! それよりあんたもぼーっとして殺られるんじゃないわよ! あたしが待ってるんだからね!」
 満面の笑顔でそう言ったかと思うと、長門を伴って木立の奥へと消えてしまった。本当に思い立ったら即行動だよな。勢いだけでここに来て、勢いで帰っちまった。

「これはこれは、仲のよろしいことですね」
「……何でお前がそこにいる」
 なんだよ、何でこいつがここにいるんだよ。陣にいたんじゃねえのかよ。
「長門さんが報せて下さいましたので様子を見に来た次第です」
 なーがーとー?? お前はいったい何てことををしてくれたんだ??
「しかし姫君のためにも早く終わらせた方がいいでしょうね。出丸のいくつかを落とすように筑前殿に進言するよう父に言っておきます。おそらく簡単に落ちるでしょうし、そうなれば一気に攻め入る策を取るでしょうから」
 好きにしてくれ。早く終わることにこしたことはない。
「もちろんあなたはそうでしょう」
 いや、それに春日は関係ないぞ。戦なんかさっさと終わった方がいいに決まっている、それだけだからな!
「僕は姫君について何も言っていませんが?」
 ああもう、うるせえ!

 古泉の言うとおり、程なく三木城に対する攻撃が開始され、結果的に三木城は自ら開城することでこの合戦は終了した。


 それからのことはもういいだろう。戦後処理を終わらせて花熊に戻った俺は、要らないと言うのに無理矢理祝言の席を設けられ、春日は正式に俺の嫁となった。古泉と国木田のからかいようと言ったら、もう思い出したくもない。思い出すのはその夜のことだけでいい、と言ったら春日に殺されそうではあるが。

「浮気したらゆるさないからね」
「俺の身代で側室が持てるとも思えないしな、そりゃ要らん心配だ」
「身代の問題じゃないわよ!」
「解ってる。だから要らん心配だと言ったんだ」
「もししたらあたしの槍が黙ってないわよ」
「そりゃ怖いな」
 はちまきを締めて槍を持ち、家中どころか花熊中を追いかけ回す春日を幻視してうんざりした。想像で疲れてりゃ世話ないが、こいつなら本当にやりかねない。
 新床でこんな会話をしてるってのもどうかと思うんだが、春日らしいと言えば春日らしい。
「別に俺はキリシタンじゃないけどな、お前一人だけだと誓えと言うなら誓うさ」
「当然でしょ!」
 誓うまでもなくお前以外目に入りそうにない、なんて言ってやるもんか。

 その後春日に触れたときに僅かに震えているのに気づいて、これが実は強がりのつもりなんだと知った。
 そんなところも含めて、どうしようもなく愛おしいと思った。




 時代が落ち着くまではもう少しかかる。俺は古泉家の家臣であり、古泉家は羽柴の家臣となった。長門や朝倉はそのまま古泉の忍として仕えており、朝比奈さんも花熊城で働いている。その後しばらくは羽柴が参加する合戦はすべて従軍していたのだが、そのたびに春日の機嫌は悪くなった。
「だいたい一月も二月も留守にするなんてどうなの?」
「仕方ないだろう、俺だって帰りたいさ」
「キョンがいないとつまんない!」
 こういう流れになると必ず「あたしも行く」となって俺を困らせ、それを何とか説得する俺だった。
 俺がいないと花熊城に行って朝比奈さんと遊んでるくせにな。

 やがて数年後、俺が羽柴麾下古泉勢として備中高松にいたとき、京の本能寺において織田信長が明智光秀に討たれ、織田の世は終わる。その後の権力抗争を制したのは、明智を討った羽柴秀吉であった。この権力抗争の際に北近江であった合戦も俺は参加している。
 やがて羽柴秀吉の中央集権制度が確立された頃、俺は古泉に暇を乞うことにした。古泉とは主従と言うよりは友人であり、正直言って悩んだのだが、ここに来てやはり俺は武士にむいていないと思ったからだ。
 古泉は俺を引き留めた。もう少し古泉の下で働いてくれないか、と言われればそうしたい気分にもなるが、結局俺は我が儘を通し、古泉が折れてくれた。
「戦のたびに奥方に寂しがられてはあなたも辛いでしょうからね」
 ってのは違うぞ、勘違いも甚だしいぞ、古泉。


 槍も刀も捨てた俺は、小清水のそばに古くからある大きな神社の門前町で商売を始めることにした。俺が商売にもむいていないんじゃないかなんてことは春日の思いつきの前には意味のない考えらしい。慣れない商売もどうかと思ったが、俺より遙かに商才がある上に看板娘にもなる春日のおかげでそこそこ繁盛しており、俺は堺まで商品を仕入れに行くのが主な仕事で、それなりに忙しい日々を過ごしている。やれやれ、ここに来てやっぱり女にしておくには惜しいって言われるんだな、お前は。
 さて、その店の屋号だが、春日の「千年後まで続けるのよ!」という一声で「鶴屋」とした。
「だったら『亀屋』にして万年後まで、ってしたらいいんじゃないのか?」
「一万年も続けたらさすがに飽きるわよ。千年で充分でしょ!」
 そういうもんかね。

 
 それからどれくらい経ったんだろう。めまぐるしく変わる時代、あっという間だった気がするのは俺が歳を取った証拠かね。人生五十年とすると、俺も春日ももう人生の終盤に来ているのだから、そりゃ歳も取ったというわけだ。
 主に春日が立ち上げ俺が雑用として働いていた店は、戦乱の世にあってそれなりに苦労もしたが、何とか軌道に乗り今は子供が跡を継いでいる。いわゆる隠居の身になった俺たちは、こうやって散歩をしたり友人を訪ねたりして日々を過ごしていた。
「あーあ、結局この川で河童に会うことはなかったわね」
 お前はまだ探していたのか。
「そうよ? どこかにいるかもしれないんだから、ここにいたっていいじゃない」
 俺はふと初めて会ったときのことを思い出した。そうだ、確かこの辺りだったよな。あのとき俺はなんて言ったっけ?
「何でまたそんなことを考えるんだ」
 そう言った俺に真昼の太陽のような笑顔を向け、春日ははっきりと言い放った。

「そっちの方が面白いじゃないの!」


 もしかしたらいつか遠い未来、戦と縁のない時代、やっぱり春日は不思議なことを探しているのかもしれない。そのときはやっぱり俺もそばにいて、長門も朝比奈さんも朝倉も、古泉や谷口や国木田だって近くにいるかもしれない。
 そして、俺たちの子供だか孫だかもっと後の子孫も一緒にいればいいと思う。

 俺たちの子孫が、生まれ変わった春日と俺たちを見守ってくれている。
 なぜか、そんな気がする。



  おしまい。



長々とおつきあいありがとうございました。