目隠し
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「だーれだっ!」
 放課後、いつも通りに部室へと足を運んでいた俺の視界が突然何かに遮られるとともにそんな風に声をかけられる。誰だって、声ですぐわかるんだけどな。
「鶴屋さんでしょう」
「あははっ やっぱりバレちゃうねっ! さっすがキョンくん!」
 さすがも何も、その底抜けに明るい声を聞き間違えるとしたら相当なもんだ。鶴屋さんは俺に目隠ししていた手を外し、俺は振り返った。
「どうしたんですか、鶴屋さん」
「別に、たまたま通りかかっただけさっ! そうしたら見覚えのある後ろ姿があったから────あ!」
 あ? 突然言葉を切ってしまった鶴屋さんの視線を追って見ると、そこにいたのはハルヒであった。
「やあハルにゃん! 元気かいっ!?」
「えっ、あ、鶴屋さん」
 フルパワーで声をかける鶴屋さんにハルヒはうろたえたような声を上げた。おい、どうした? 何か変だぞ。
「べ、別に何でもないわよ! あんたもさぼってないで早く来なさいよ!」
 さぼるつもりはないんだが。だいたい今まさに部室に向かっていたところだ、なんて反論をする前にハルヒは走って行ってしまった。何なんだ、いったい。
「あちゃー。悪いことしちゃったかなっ!」
 別に悪いこと何かしていないでしょう。むしろせっかく挨拶してくれた先輩に対してのハルヒの態度の方が問題です。
「そうじゃなくて! もう、キョンくんはほんっとうにわかってないのかな?」
 鶴屋さんは悪戯っぽい笑顔を浮かべて俺の顔を覗き込む。
「自分で自分に目隠ししてると大事なことも見逃しちゃうよっ! “目の前にかざした手が大いなる山を隠すように、この地上のちっぽけな生命は世界を満たす計り知れぬほどの光と神秘を自ら隠してしまう”ってね!」
 すみません、意味がわかりません。
「それとも目隠ししたふりをしてるだけかな?」
 そう言ってケラケラと笑うと、手を振って「じゃ、またねっ!」と走り去ってしまった。相変わらず元気な先輩だ。
 しかし鶴屋さんはなんて言った? “世界を満たす計り知れぬほどの光と神秘”?やれやれ、何の引用だか知らんがやっぱりあの人は何もかも解ってるんじゃないかと疑いたくなるね。
 目隠ししているつもりはないさ。あいつを見ていてやらなきゃどう暴走するかわからんしな。ただ、世界から見てどうかは知らんが、俺から見るとあいつの持つ“光”は眩しすぎて視線をそらしたくなるってのは勘弁してくれ。
 
 って、俺はいったい何を言っているんだろうね?


 ハルヒが走り去った後を追うように部室にたどり着き、ドアを開こうとしたところで俺の視界は再び遮られた。
「……」
 こういうときに言うはずのお約束の台詞は聞こえて来ない。長門が乗り移ったのかよ、まったく。
「二番煎じは頂けないな、ハルヒ」
 さっき鶴屋さんにやられたところを見ていたはずだが、だからといって同じことやられても面白くも何ともないぞ。
「何であたしだってわかったのよ!」
 視界が解放されたので振り向くと、少し拗ねたような表情のハルヒが立っている。
そういえばこいつは何も言わなかったんだっけ。さて、何でわかったんだろうね?
「そりゃさっきの見てたのがお前だから、じゃないか?」
「何で疑問系なのよ」
 あんまり気にするな。俺にもいまいちわからんってことだ。
「さっさとドア開けなさいよ。そんなところに立っていたらあたしが入れないじゃないの」
 ドアを開けようとしたらお前が邪魔したんだろうが、勝手なことを言うな。

 部室に入るとハルヒはさっさと団長席に座り、すでに着替え終わった朝比奈さんがすぐに出してくれたお茶を一気飲みする。
やっぱり味わってないだろう、お前。なんともったいない。
朝比奈さんは気にする様子もなく、俺にもお茶を出してくれた。
「今日は涼しいから熱いお茶にしたんですけど」
 そのお気遣いも素晴らしいですが、とにかく朝比奈さんが淹れてくださったお茶なら熱くても冷たくても俺の舌を喜ばすに決まってますよ。
 長門はやはり定位置に座っていて、定期的にページを繰る以外は置物のように動かない。

「少し遅れてしまいました」
 まだ来ていなかった古泉が登場し、いつも通りの時間が流れ始めたが、ハルヒはパソコンを触りつつも難しい顔をしたままだ。
また機嫌が悪くなったんじゃないだろうな。俺、何かしたか?
「少なくとも閉鎖空間を発生させるほど機嫌が悪い訳ではないようですね」
 古泉はそう言いつつも、やはりハルヒの感情の動きは気になるようだ。
「何かあったんですか?」
「別に何もないと思うが」
 そう言いつつ、何となく先ほどの出来事を古泉に話してみた。鶴屋さんの言った言葉の元ネタをこいつなら知ってるんじゃないかと思ったしな。
 俺の話を聞く古泉はそのニヤケ度合いを増していき、終いにはおもしろがっているとしか思えない表情になった。
「なるほど、よくわかりました」
 一人で納得するなよ、俺はよくわからんのだが。
「少なくとも涼宮さんは見かけほど機嫌が悪いわけではないはずですよ。おわかりになりませんか」
 さっぱりわからん。何でそう断言できる、と聞く俺に苦笑ともとれる笑顔を向けたのみであった。いいから説明しろよこの野郎。
「それから鶴屋さんの言葉ですが、続きがあるのをご存じですか」
 もともと知らないんだから続きだって知るわけないだろう。だいたい何の引用なんだ。
「ユダヤ教のラビ・ナフマン・ブラツラフの言葉です。宗教的な言葉ですが宗教を超えて引用されることが多いようですね」
 鶴屋さんがご存じなのは何となく納得できるんだが、そんな言葉を何で古泉が知ってるんだ。お前は本当に高校生か。
「“だから、目の前から手をとりさることができるものは、手をはずしさえすれば、内なる世界の大いなる輝きを見るのである”」
 俺のツッコミなど無視して引用の続きを言う古泉はまた面白そうな表情を浮かべた。何となくむかつく。
「さて、あなたが“手をはずすこと”が出来たら、いったい何が見えるのでしょうね」
 何が言いたい。さっぱりわからんね。
「それでは今はそういうことにしておきましょうか」
 含んだ言い方が忌々しい。だから目隠しなんかしてねーんだよ、俺は。


 ハルヒに対する自分の気持ちなんかとっくに気づいている、なんてことはお前には絶対教えてやらん。


  おしまい。