錦上添花
短編 | 編集

このSSとは全然関係ない話、9月9日は男色の日です。

 2学期が始まって10日近くが過ぎ、夏の暑さも少しは手加減してやろうという気になったような空気にようやく秋の気配を感じながら、相変わらずSOS団が寄生している文芸部室はしかし季節が変化しようとやっていることは全く変化がないように見えた。
 夏休みが終わったからと言って緊張感を持てと言われても無理な話で、ダラダラと学校生活を過ごしているだけの毎日なのだが、それに早くも退屈し始めたハルヒがまた何かロクでもないことを思いついて俺たちがあっちへこっちへと走り回されることになるんじゃないかと心配になってくる。
 こういうときに退屈しのぎを提供するのは主に古泉の役目で(稀に長門が提供したと思われるものも存在するが)、俺はそもそも提供する何かを持っていないし、その未来人という属性を普段はどこかに置き忘れいている愛くるしい先輩はその自らを犠牲にする以上の退屈しのぎを提供出来ることもない、と思っていた。
 だが、今日に限っては、ハルヒの機嫌を上昇させた殊勲賞は紛れもなく朝比奈さんだろう。

「今日のお茶はちょっと特別なんです」
 にこにこと金平糖のような笑顔を振りまきながら俺の前に差し出された湯飲みには、なぜかお湯が入っておらず、底に丸いものが転がっている。これはお茶の葉なのか?
「ちょっとみくるちゃん、お茶っ葉だけでお湯が入ってないじゃないの! ドジっ子なのはいいけどこれじゃ地味すぎてあまり受けないわよ」
 おい、あまり朝比奈さんにドジっ子属性を押しつけるな。朝比奈さんがドジをやらかすのは半分ハルヒのせいなんじゃないかと密かに疑っているのだが、それは言うわけにはいかない。
「違いますよぉ。これはお湯を入れてから見て楽しむお茶なんです。これからお湯を入れますね」
 そう言ってやかんを持ってそれぞれの湯飲みにお湯を入れ始めた。そこで本当にドジっ子属性を発揮されては大惨事になりかねないので冷や冷やしていたのだが、無事に終わって密かに胸をなでおろす。
 お湯を注ぎながら「見ていてくださいね」と言った朝比奈さんの言葉を忠実に守っていると、最初にお湯を注がれたハルヒが声を上げた。
「うわあ、これ凄い! 花が咲いたわ!」
 お茶に花が咲くとはこれ如何に、などという疑問はすぐに解消された。
 湯飲みの底に沈んでいた丸い固まりのような茶葉がお湯の中で開きだし、その中から白っぽい花が出てきたのだ。
 その花は僅かに揺らめきながら見事に花を咲かせていた。
「きれい」
 呟く声にふと見ると、長門も視線を本から湯飲みに移して眺めている。このお茶は宇宙人制インターフェースの心も動かしたらしい。

「これは工芸茶の一種ですね。菊の花ですか?」
 古泉がすかさず博識ぶりを披露する。工芸茶って何だ。
「うふふ、そうです。『錦上添花』っていう中国のお茶なんです」
 古泉に嬉しそうな笑顔を向けて返事をする朝比奈さん。なんだかいいところを取られたようで悔しい。とはいえ、お茶に関する知識なんかほとんどないので対抗する術もない。
「どうして今日はこのお茶を?」
 代わりにごくごく平凡な質問をするしかなかった。
「そっか! 菊よ! みくるちゃん凄いわ、わかってるじゃないの!」
 おい、俺は朝比奈さんに訊いたんだ。何でお前が答える。しかも意味がわからん。
「なるほど、今日は9月9日でしたね」
 納得顔の古泉。長門は聞かなくてもわかっているだろうし、結局わからないのは俺だけかよ。
「9月9日って何かあったか?」
 いいから誰か説明しやがれと思ったのが伝わったのか、解説係がようやくその任を思い出してくれたようだ。
「9月9日は重陽の節句、別名菊の節句です。五節句の中でも日本では一番なじみがありませんからご存知ないのも無理はありませんね」
 ああ、ご存知なかったさ。行事ごとなんか変わってしまってるんじゃないかと思う時代から来ている朝比奈さんでさえ知っていたのに知らなかったのが少しショックだ。そういや七夕のときはさほど疑問に思っていなかったようだな。あのときはその後に待ちかまえている出来事に気を取られていただけかもしれない。そう言えば五節句は未来にもあるのかね。聞いても禁則事項だろうが。
「そうよ、菊の節句! SOS団として季節ごとの行事を見逃す訳にはいかないもの、でかしたわ! みくるちゃん!」
 そこまで言うなら本当にSOS団は「シーズン毎の(以下略)」にでも改称すればいい。
「なに言ってるのよ、バカキョン。SOS団はあくまでも『世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団』に変わりはないわ。こうやって行事をやるのも世界を大いに盛り上げるために決まってるじゃない!」
 盛り上がってるのはお前だけに見えるがな、それ以前に今の今まで今日が節句だなんてこと忘れていただろうというツッコミはハルヒの笑顔を見ていると入れる気も失せる。入れたところで10倍返しにされそうだしな。

 お茶は思ったよりクセがなく、飲みやすかった。
 普段は一気飲みばかりのハルヒも、これはさすがに少しずつ飲んでおり、また読書に戻りながらも時々お茶をすする長門と、「お代わりをするなら三分の一くらい残してくださいね」といいながら給仕する朝比奈さんを眺めながら飲むのはなかなかリラックス効果がありそうだ。などと暢気にお茶をすすっていると、視界に入らなくていい奴が余計なことを言い出した。
「さて、『錦上花を添う』とは美しい物に更に美しい物を添えるという意味ですが……」
 それくらい知っている。だからどうした。
 古泉は意味ありげに言葉を切ると、女子3人に視線を向け、少し目を細めた。
「おや、あなたも僕と同じことを考えているのかと思いましたが」
 何のことだか解らない。確かにSOS団の女子は谷口的ランクでは上位揃いだが。
「解ってらっしゃるじゃないですか」
 古泉は喉の奥で楽しそうな笑い声を漏らした。
「それで、あなたにとってはどなたが『錦』でどなたが『花』なんでしょう」
「知るか」
 と言いつつ何故か菊の花より南国の派手な花の方が似合いそうな笑顔が浮かぶなんてことは全然ないんだが、誰が錦で誰が花だっていいじゃねえか、錦も花も綺麗でナンボって話だろうが。

「今度は中秋の名月よ! みくるちゃんはまたバニーガールになればいいわ! 月と言えばうさぎでしょ!」
 と叫んで朝比奈さんを困らせている笑顔の持ち主を眺めながら、それでも「やれやれ」と呟くのは心の中だけにしておこう。

 溜息を一つ吐いて、俺もお茶のお代わりを所望することにした。
 この調子で秋が来てもイベント続きなら、きっとその笑顔が退屈で陰るなんてこともないさ。

 って、だから別に誰がどうって話じゃないからな!


   おしまい。オチてないorz



ついでに雑学コーナーwww
「錦上添花」の出典は王安石の七言律詩「即時」。
素晴らしいもてなしを受けて嬉しいよって詩にしか読めないんだが、もしかしたら本当にもてなしのお礼に即席で作った詩なのかもしれん。ソースは調べてないw
「即時」ってタイトルだからまずその場で作ったってことだろうし。
あと「工芸茶ってなんだ?」の答えを誰かに言わせると長くなるので端折ってしまったのですが、
茶葉などを縛って形を作り、お湯を入れたときの見た目を楽しむお茶のことらしいです。
錦上添花は通販で買えるみたいです。