眼鏡萌えではないけれど
短編 | 編集

10/1は眼鏡の日。でも更新は2日。

 高校生なんて立場にいるものは誰でもそうだろうが、年に数度どうしても避けて通れない壁を乗り越えなくてはならない──なんて大げさに言う必要もない。つまり、試験なんて物が待ち受けているわけだ。
 ちゃんと勉強して試験の準備をしろ、なんて言う僅か数語のセリフが母親の配慮と言うよりは憂慮であることは俺も解っている。しかしこの県立高校の片隅で、放課後毎に宇宙人の読書姿を眺めながら未来人の入れたお茶を飲みつつ超能力者とゲームに興じ、そして未だ何者だかよくわからない団長のどうせなら思いつかない方が平和であること間違いなしの思いつきを振り回した炭酸飲料の缶を一気に開けたような勢いでぶちまけるのをツッコミを入れつつ聞き続けることが、どうやらこの世界を安定に保つのに重要であるらしい……などと言える訳もなく、まあまだ受験生って肩書きはついてないし何とかなるだろうと高をくくっているわけだ。

「で、あんたは今回の試験どうなのよ」
 試験前のまとめに入っている授業中、せめて今言っている内容くらいは覚えとかなければヤバイかと黒板の内容をせっせとノートに写しているっていうのに、授業内容がどんな物でも関係ないハルヒが俺の背中をシャーペンの先で突いてそんなことを聞いてきた。
「少なくとも今日の試験対策を聞き逃した場合、間違いなくヤバイ」
「そんなこと自信ありげに言ってるんじゃないわよ」
 形の良い眉をひそめて俺を睨む。
 そうは言っても俺の頭は、お前みたいに授業中に寝ていてもいい成績を保てるようなレベルには出来ちゃいないんでね。だからせめて、教師が現在進行形で話している内容くらいは集中して聞かせてもらわないと困るんだが。
「追試や補習なんか許さないからね。SOS団の平常業務に支障をきたすようなヘマは許されないわ」
 宇宙人の読書姿(以下略)って放課後を過ごすことがつまり「平常業務」であって、それが支障をきたしたところで普通なら何も問題なんか起こらないだろうと思うのだが、本当に問題が起こりうることが問題だ。うん、日本語は難しい。
 それに、俺だってわざわざただでさえ憂鬱きわまりない試験時間を延長してまで追試を受けたり、睡眠学習の効果を期待できない時間を余分に過ごすことは出来れば避けたいわけで、つまりだな。
「そう思うなら授業に集中させてくれ。せっかく試験対策なんてやってくれてるんだからありがたく拝聴するに超したことはないだろ」
 そう言って前を向いたのだが、背後で不機嫌オーラを発しているのがわかる。お前が追試や補習を許さないと言ったんだろうが。だったら俺はハルヒの相手をしているよりは授業を聞かざるを得ないわけで、それはハルヒを不機嫌にさせないって結果をもたらしてくれても良さそうなものなのに、世の中上手く行かない。
 そのハルヒは放課後になるや否や、
「あんたも早く来なさいよ!」
 と叫ぶとさっさと教室を飛び出していってしまった。機嫌の上下にかかわらず落ち着きのないヤツだ。

 部室に着いてノックするのもいつも通り、朝比奈さんの「ふぁあい」という極上ボイスが聞こえてきたので安心してドアを開ける。室内にはすでに返事をしてくれた朝比奈さんも定位置で本を広げている長門も、何をするわけでもなく無意味に微笑みをたたえている古泉も、そして、
「こらあ! 来るのが遅い!」
「おいハルヒ、何だそれは」
 どこから調達したのか、何故か眼鏡をかけて指し棒を俺に突きつけながら顔面一杯で嬉しそうに笑っているハルヒも揃っていた。
「何だじゃないでしょ! あんたの試験結果が今から危ぶまれてるから、団長自ら対策してあげようって言うんじゃないの」
 そう言うハルヒの、いつもつけている腕章をよく見ると『団長』ではなく『教官』と書かれていた。どうやらわざわざ俺の臨時家庭教師になってくれるつもりらしい。
 今から必死であがいたところで急激に成績が上がるわけでもないような気がするが、だからと言って長門に何らかの情報操作をお願いするのもどうかと思うし、古泉の『機関』なら試験問題を事前入手するくらい赤子の手をひねるような物であっても、やはりそこに頼るのも学生として終わるような気分になる。せっかくハルヒが教えてくれる気になってるのならそれに俺が乗った方がいいのだろう。
「じゃあお願いしようかね」
「あたしが教えるんだからね! 無様な成績取ったら当然罰ゲームよ!」
 こりゃもしも赤点なんてことになったら、とんでもないことになりそうだ。

 ハルヒがチェックした問題を解いているあいだにも、後ろから覗き込んではやれ間違ってるだのそんな解き方じゃ遠回りだのと屈託のない笑顔でつっこまれるのはこの際我慢しよう。しかし指し棒で頭をぺしぺしと叩くのはやめてくれないか。
「何言ってるのよ。だいたいこの計算法じゃ最終的に『1=2』になるわよ。もっとよく考えなさいよ」
 そうか、とうとう俺はその難問を解決する域に達したのか……ってバカなことを言っている場合ではない。つくづく自分の頭のレベルが悲しくなる。
 そんなこんなで何とか問題を解き終えたのだが、やはり現実は厳しかった。俺に教えたり問題を解かしているあいだはあんなに嬉しそうな笑顔を振りまいていたというのに、今は判決を言い渡す裁判官のような真剣な眼差しで俺のあまりできばえの良くない解答と睨めっこしている。ハルヒが真剣な顔をしているというのは案外めずらしくなく、だいたいハルヒは何をするにつけてもふざけた気持ちでやってるわけではないのだから、時にそんな表情になるのを今までも見てきた。時々眉間に皺を寄せるのはやはりハルヒが思っている以上に俺の頭の出来が悪いからだろうが、そんなハルヒを俺はつくづくと眺めてみる。長い睫毛に縁取られた瞳はいつもより聡明な輝きを宿しているようで、なんで俺は今更そんなことを思うんだろうかといぶかしんでいると、
「……だからここの証明は、って、ちょっとキョン、聞いてるの?」
 ハルヒの解説をすっかり聞いていなかったことに気がついて慌てた。
「もう、ここは絶対試験に出るわよ! さっきも言ったけど、もし赤点なんか取ったら、」
 針でも仕込んでいるような視線で俺を睨む。
「……一生後悔するような罰ゲームさせるわよ」
 声のトーンまで落とすな、マジで怖いから。お前が考える罰ゲームは洒落にならんことが多い上に、何がなんでもやれと言うに決まってるからな。
「あ、いや、すまん」
 とりあえず謝っておこう。
「まったく、せっかく人があんたのためにこうやって教えてあげてるんだから、しっかり聞きなさい!」
 確かに今のは俺が悪いので今度こそ身を入れて聞こうと思うのだが、俺はいつの間にか、再びハルヒの顔を眺めていることに気がついた。
「……キョン」
 ホウ素を2つほどくっつけたマグネシウムを持ってきたら電気抵抗がなくなりそうな温度でもって声をかけられ、背中に汗が流れる。いや、本当に悪いとは思ってるんだが、何故か今日はハルヒの顔が気になって……。
「いや、その、ハルヒ」
「なによ」
「眼鏡、似合うな」
 視界の片隅で、長門がぴくりと動いた気がした。
「はあ?」
 呆れた様な声を出した割には見る間に真っ赤になって行く。て、俺は何を言っているんだ。確かに眼鏡をかけているハルヒを見たことがなかったが、俺には眼鏡属性はないはずだ。長門にそう言ったし、現に長門は眼鏡がない方がいいと思っている。朝比奈さんだってハルヒだって、眼鏡はない方がいいんじゃないのか?
「いきなり何言ってんのよ!」
 反論の余地はない。何言ってんだ、俺。
 ハルヒは怒った様な顔を作ってそっぽを向いた。
「で、でも、あんた、眼鏡萌えだったの?」
 何故かちらちらと長門の方を見ながら聞いてくる疑問に、俺自身が首をかしげざるを得ない。
「いや、俺に眼鏡属性はないはずなんだが……」

「なるほど、つまりこういうことですね」
 それまで黙って詰め将棋をしていた古泉が突然口を出す。いい、お前は黙ってろ、と言う視線を込めて睨んでやると、肩をすくめて口を閉じた。ついでにその意味ありげなニヤケ面も何とかしろって言うんだ。
「何よ、言いかけたなら最後まで言われないと気持ち悪いじゃないの」
 俺のアイコンタクトなんか知ったこっちゃないハルヒが古泉に詰め寄る。やめろ、もの凄く嫌な予感がするからその先を言わすんじゃない!
「涼宮さんがそうおっしゃるなら」
 古泉がハルヒの言ったことに逆らうわけもなく、慇懃な態度で聞きたくもない先を続けやがった。
「つまり、あなたは『眼鏡をかけた涼宮さん』ではなく、『いつもと違う涼宮さん』に魅力を感じたということでしょう」
 まてまて、前提から間違えている。何だその魅力を感じたとか感じないとかいう話は。
「そ、そうなの? そうなんだ、ふーん」
 無関心を装うなら、まずその顔色を何とかしやがれ。まだ夕日に染められましたって言い訳のきく時間じゃないぞ。
「いや、だからそういうわけじゃなくて……」
 俺の言葉を遮るのはたいていハルヒなのだが、今日最後まで言わせてくれなかったのはいつもならおろおろしているばかりの愛らしい先輩であった。
「でもキョンくん、今日はずっと涼宮さんの顔ばかり見てましたよね。せっかくお茶を淹れても気づいてくれなかったし」
 少し拗ねたようにおっしゃるのもとても愛くるしいのですが、なんですと!? 朝比奈さんのお茶に気づかないなんてあり得ねえ!
「……ギャップ萌え」
 長門? それは何か意味が違うんじゃないのか?
「通常と異なる仕草や服装などに萌えること」
 首をかしげて定義らしきものを口にする長門。いや、間違っちゃいないのだが、だから別に俺はギャップだろうが眼鏡だろうがハルヒに萌えているわけじゃない。断じてない!
「……キョン?」
「な、なんだ?」
 どもりながら答えた俺をチラリと見て、少し視線を彷徨わせ、どうやら話しかける相手をカエルの着ぐるみに決定してからようやく話を続けた。
「結局、あんたは眼鏡があるのとないのとどっちがいいのよ」
 ってなんで話がそこに戻るんだよ! だから俺は別に眼鏡萌えって属性はないわけで、そう言う意味ではない方がいいのだが、しかし目の前の眼鏡をかけたハルヒから妙に目をそらせないのも事実なわけで、結局のところ……。
「ハルヒなら、どっちでもいい」
 ってなんでそんな結論が出るんだよ俺!
 俺の言葉に古泉はその微笑みをニヤニヤ笑いに変化させ、朝比奈さんは顔を赤らめてお盆を持ち直し、長門は何故か周りの温度を5度ほど下げたような気がする以外は変化がなく、そしてハルヒは真っ赤だった顔に更に血を上らせて大きな瞳を潤ませながらも見開いていた。
 そんないつもは見せないハルヒの表情に不覚にも鼓動が激しくなったのを感じ────

 ああ、俺は確かにギャップ萌えなのかもしれない、なんて思ったのはここだけの秘密ってことにしておいてくれ。


  おしまいorz


Special thanks: 猪様