What a Wonderful World
短編 | 編集

英太郎様より、夕景の写真を頂きました。
挿絵というか挿写真?として使わせていただいています。
ありがとうございました!

何か色々台無し。途中から曲の雰囲気無視してますorz

 ──I see trees of green
 ──red roses, too

 ……歌が聞こえる。聞いたことがあるような、懐かしいような。

 ──I see them bloom
 ──for me and you

 心地良い歌声……だが、何故か違和感もある。
 
 ──And I think to myself
 ──"What a wonderful world !"

 ああそうか、この声でこんな落ち着いた歌なんか聴いたことがないから違和感があるんだ。この声はもっと、こう、賑やかな曲がしっくりくる。

 そこで、俺は目が覚めた。
 歌がぴたりと止むのは、夢だったからか、それとも……?

「あら、やっと起きたの」
 伏せていた机から頭を上げると、何故か団長席ではなく俺の隣に座っているハルヒが声をかけた。あれ、俺いつの間に寝てたんだ?
「ずっと起きないからそろそろ起こそうかと思ってたのよ。下校時刻もとっくに過ぎてるしね」
 上機嫌でも不機嫌でもない、ごく普通の顔をしてそう言うと、勢いよく椅子から立ち上がってまだぼんやりしている俺の顔を覗き込んできた。
「なに黙ってんのよ。まだ寝惚けてんの?」
「あ、いや……」
 と言いつつ、まだ現実に戻ってきていないような感覚がある。せめて視界だけでもはっきりさせようと目をこする。
「もうみんな帰ったのか?」
「だから下校時刻過ぎてるって言ったでしょ。あんた起きないから先に帰ってもらったのよ」
 なるほど、以前にも俺が寝てしまって下校時刻が過ぎたことがあったが、同じようなことを言っていたな。
「悪いな、わざわざ残ってもらって」
「あんたに素直に謝られると気持ち悪いわね」
 気持ち悪いとは心外な。俺はいつだって素直なつもりだ。……たぶん。
「とにかく、早く帰りましょ。日が落ちるのも早くなったし、すぐ暗くなっちゃうわ」
 そう言うと俺が支度する間もなくさっさと部室の電気を消しやがった。ここまで待たせた俺が言うのも何だが、人が支度する時間くらい待てないものかね。


 外はまさに夕暮れ、西に傾いて今にも地面と同化しそうな太陽が、坂から見下ろす限りの街を橙に染めていた。その明るさをいくぶんなくしてしまった、しかし柔らかな光りはハルヒにも降り注ぎ、黒い髪の一本一本を浮き上がらせていた。黒いのにオレンジを反射するってのも不思議だな──なんて思っていると、不意に声をかけられて心臓が跳ね上がる。
「こんな坂の上まで通うのは面倒だと思ったけどさ」
 鞄を振り回す勢いで振り向いて俺を見る。
「こんな景色が見られるなら悪くはないって思えるわね」
 確かに景色だけはいい。毎朝のハイキングにうんざり気味だが、こうやって街全体を朱に染める夕暮れ時や、夜景なんかはこの学校の特権と言ってもいいだろう。
「こうしてみると、この街全体があたしの物みたいじゃない!」
 まったく、ハルヒらしい。
 夕暮れ時に比喩されるような憂愁や悲哀などという物はどうやら無縁のようだ。思い上がって傲慢で、しかしその傲慢さを振り下ろす相手は宇宙人や未来人や超能力者と来ている。
「お前はこの街の支配者にでもなるつもりか」
「それもいいわね。この街だけじゃなくて、世界中をSOS団が支配するのよ!」
 まったく、そのうち学校を総SOS団化する気かと心配していたら世界とは大きくでやがったな。とはいえ、そんな心配などしていないのだが。

 夕暮れの空を見上げながら、ハルヒが小声で歌い出す。それはさっき夢うつつで聴いた曲で、ああ、あれはやっぱり夢じゃなかったのかと俺は思った。

 ──I see skies of blue
 ──clouds of white

「でも青空でも白い雲でもないわね。空も雲もみんなオレンジだわ」
 歌の途中で歌詞にツッコミを入れながら屈託なく笑う姿を、俺は黙って見つめていた。

 ──Bright blessed days
 ──dark sacred nights
 ──And I think to myself
 ──"What a wonderful world !"

「さっき部室でも歌ってたろ」
「なによ、起きてたの?」
「起きる直前、てとこかな。なんて曲なんだ?」
「そのままよ。『What a Wonderful World』。古い曲だけどね」
 そんなに成績の良くない俺でもこの程度の英語ならわかる。『なんて素晴らしい世界なんだろう』ってとこか。
「何でまたその歌が出てきたんだ?」
 素晴らしい世界、ね。入学したての頃のお前にきかせてやりたいもんだ。面白いことなんか何もないと思っていたあの頃のハルヒに。
「別に意味なんかないんだけど。ただあんた寝てるし暇だなって思ったら出てきただけ」
 ハルヒの言うとおり意味なんかないんだろう。何となく浮かんだフレーズを鼻歌にしてみるなんてことは誰でも経験があるはずだ。だが、それでも俺は笑いが浮かんでくるのを禁じ得なかった。
「何ニヤニヤしてんのよ」
「いーや」
 別に、と誤魔化そうと思ったのだが思い直す。
「その『素晴らしい世界』をお前が支配するのか」
「そーよ! 世界はもっと面白くなるわ!」
 そんな俺の揶揄やハルヒの答えもあまり意味はなくて、世界を征服して支配したいと言いだしたって、本当に君臨しようなんて考えちゃいない。本気で願えば叶ってしまうらしいというのがややこしいところではあるが、つまるところ、ハルヒが面白いと感じていることは、自分がすべてを意のままにできることにあるのではなくて、意のままにできると考えられるところにあるのだから。
 自覚していないその誰もが何物なのかすら解らない力を、本当に力として使わずに台風のようにあたり構わず無意味に吹き散らしているのがハルヒのハルヒたる由縁なのだ。
 そうやって嵐の中心のような存在にもかかわらず、実は今この世界にしっかり足を下ろして立っている事実に満足しているってことを、お前は気づいているのだろうか。
「なあハルヒ」
「なに?」
「俺にも手伝わせろ」
 そう、本当に征服なんて考えちゃいないんだ。でも、ハルヒが世界を面白くするって言うのにそばにいないなんて、当たった宝くじを捨てるよりももったいないことだろ?
「当然でしょ、あんたは雑用なんだから、一番働かなきゃダメなの!」
 思った通りの答えに苦笑しつつも、俺も自分が満足していることに気がついている。結局今までもそうだったし、これからもハルヒが何か思いつくたびにややこしい問題を抱えて右往左往することになるだろう。そして、今やそれを俺自身が望んでいるのだろう。
「じゃあ、世界征服を達成するまでは、俺はお前の隣にいてもいいってことだな」
 そう言った瞬間、頬に朱がさしたのは夕日のせいじゃないよな?
「バカ言ってんじゃないわよ! あんたは雑用なんだから三歩下がって歩きなさい! 隣なんて1億年早いわよ!」
「それは断る。俺はお前の隣にいたいんでね」
 さて、それがどういう意味なのか、俺にだってはっきりと解っちゃいないんだが。
 そのうち答えも見つかるだろう。時間はまだまだある。
 なんせ、世界征服を達成するまでは隣にいるつもりだからな。
「何よ、偉そうに」
 唇をとがらして文句を言うハルヒは、それでも俺の隣を歩いていた。
 いつも通りに。


 青かった空も白かった雲もまだ緑を残す木々も、もしかしたら元から赤いバラもすべて赤く染まっていて、────やっぱり世界は素晴らしいなんて柄にもないことを考えてしまうのは、隣にハルヒが居るからかもしれない。
 結局俺にとっての世界なんてものは、どれだけ大きい物であっても、ハルヒを取り巻くこの県立高校の小さな一角しか手が届かないのだから。

 そしてそこが、俺の世界の中心なんだ。





  おしまい。