Ad Astra
短編 | 編集

タイトルの意味は文末にて。

 この間までの夏が居座っているかのような暑さが嘘みたいにどっかに行っちまい、今度はいきなり真冬が来たのかと思わせる寒い風があらゆる物を冷却しながらつきまとってきて、俺は思わず首をすくめた。そんな俺とは対照的に、冷たい風などまるで気にしていないようなハルヒは、俺の二歩ほど先を跳ねるように歩いている。この寒いのに元気だな。きっと体内に特殊なエネルギー装置を内蔵しているに違いない。イオン・エンジンとか?
「何言ってんのよ、イオン・エンジンは真空で推進力を得るには効率的だけど、暖まるのには不向きでしょ」
 そうなんですか、そりゃ失礼しました。
 今日は休日であり、SOS団の不思議探索とやらもないはずだったのに、どういうわけかハルヒに呼び出された俺は、買い物を中心とした町歩きに一日中付き合わされ、今は帰る途中だ。最近はほぼ毎週のように休日に付き合わされているのだが、実のところ、まあ、なんだ、俺もいやいや付き合っているわけじゃないってことだ。
 まさかハルヒとこうして出歩くことが当たり前になるなんてね、なんて感慨を吐き出してやろうかとすっかり暗くなった空を見上げると、等間隔に並んだ街灯の間からでも、もう冬が来たことを実感できるような星が輝いていた。
「そんな上ばっかり見て歩いてると転ぶわよ」
 そういうハルヒは俺を振り返って後ろ向きに歩いている。おまえこそ転ぶなよ。
「そんなヘマしないわ……きゃあ!?」
「おい!」
 ヘマをしないと言いかけたそばから転びかけるとは、お約束もいいとこだ。慌てて腕をつかみ、ちょっと悪戯心を出してしまったのだが、そのまま勢いで抱き寄せた。
「ちょっと、どさくさに紛れてなにしてるのよ」
「いや、寒いからな」
 そう、ただ寒いだけだ。他意はない、なんて今更言っても仕方がないか。
「そうね、寒いから、ね」
 悪戯っぽく笑うハルヒの表情が一瞬艶麗に見えてしまうのは、星空の下だからだろうか。
 しかしすぐまたいつものハルヒに戻って、視線を俺から空へと向けた。
「ねえ、どこにいると思う?」
「何がだ。まず主語を言え」
 いや、何となく分かってはいるけどな。
「宇宙人に決まってるじゃないの」
 決まってるって、誰がいつどうやって決めたのか説明して欲しいもんだ。て、ハルヒが今ここで思いつきで決めたのか。
 ハルヒは俺の腕の中からするりと抜けると、横に並んで俺の手首を掴み再び歩き始めた。俺も引っ張られて歩き出さざるをえない。
「これだけ広い宇宙にこれだけ星があるんだから、どっかには絶対いるわよね!」
 どっかも何も、もの凄く身近にいるんだがな。おそらく今は光陽園駅近くのマンションに居るんじゃないか?
「衛星軌道あたりに偵察隊がいてもおかしくはないと思うんだけど」
 どうだろう。長門が言うには、惑星上に生命が誕生するのは珍しくないが、高度な知性を持つのはきわめて珍しいってことだった気がする。それでも、ハルヒが本当に来てほしいと思うならシーナー・フリート・システムズ社製の小型戦闘機だってやってくる可能性はあるんだが。
「だからといって侵略されても敵わんがな」
「あら、友好的な連中かも知れないじゃないの。他の星に行こうなんて冒険心あふれる奴らなんだから、敵対するとは限らないわ」
 宇宙人にも色々いるらしいってことには同意しておこうか。
「まったく、いつになったら会いに来るつもりなのかしら?」
「宇宙人がか?」
「そうよ。ずっと待ってるのに、探してもいるのに、なんでいつまで経っても現れないのかしら」
 だからとっくに現れて……なんてもちろん言えるわけもなく、俺は黙って少し不満を表したハルヒの顔を眺めた。ハルヒがこうやって文句を言うのもいつものことで、だからといって本気で不満に思っているわけではないことも分かっている。ハルヒはハルヒなりに今に満足をしていて、それでも初心を思い出すことがあるのだろう。
 しかし、この星空のせいか、俺はふとあの初めての時間遡航、東中でのことを思い出してしまった。あのときハルヒが書いた謎の記号……「わたしは、ここにいる」と長門が訳してくれたっけ。そう、ハルヒはここにいるから会いに来い、という願いを込めてあれを書いたのだ(実際に書いたのは俺だが)。
 だがな、ハルヒ。
「なによ」
「おまえらしくないじゃないか」
「なにがよ」
 おまえは欲しいものは部室でもそこにいる読書好きな宇宙人も、愛らしい未来人の先輩も、謎の転校生な超能力者も、全部自分から引き込んで来たじゃないか。なのに、なんで今は……。
「だから、待ってるってのがだよ」
「だって、探しに行こうったって無理じゃない」
「そうか? 諦めるには早すぎるんじゃないのか?」
 おまえなら、自分で宇宙船を造って探しに行くくらいしかねないだろ。早すぎるどころかまだなにも始めちゃいない。
「宇宙船って、あんた……」
 ハルヒは一瞬呆れた視線をよこしたが、すぐに満面の笑顔になった。
「そうね、確かに宇宙人を捜すのに地球上だけ探すのはおかしいわね!」
 地球上どころか、まだ市内の一部しか探していない気がするのだが。
「うん、そうね、あんたにしちゃいいこと言うじゃない!」
 ハルヒはもう一度空を見上げると、天に向かって拳を突き上げた。おい、いきなり全宇宙に喧嘩でも売るつもりか?
「今すぐは無理だけど……そうね、10年もすればきっと宇宙にだって出られるわ!」
 10年てまたずいぶん短いな。
「だから、待ってなさいよ! 絶対、どこに隠れてたって探し出してやるんだから!」
 まだ見ぬ宇宙人に高らかに宣言すると、俺に向かって100Wの笑顔を見せてくれる。
「あんたも一緒に行くんだからね、キョン!」
「当たり前だろ」
 発案者は俺なのにおいて行かれちゃたまらん。
「そうね、あたしは公平だからあんたの功労は認めてあげなくもないわ。1階級くらい特進してもいいかしら?」
 公平な扱いされた覚えはほとんどないぜ。それに1階級しか上がらないもんを特進とは言わないだろうが。
「階級なんか要らん」
「なんでよ。人がせっかく……」
「俺は今の立ち位置が気に入ってるんだよ」
 そう、なんだかんだ言いながらハルヒに振り回されてるくらいでちょうどいいのさ。それに、階級なんか関係ない。
「まあ、それでも団長様が褒美をくれると言うなら、別のものがいい」
「自分から指示するなんて生意気じゃないの」
 別に減るもんを要求するつもりはないんだがな。
 俺はハルヒの腕をつかんで歩を止め、その形のいい耳元に口を寄せる。
「……今すぐもらいたいくらいなんだが」
 街灯の明かりでも、頬に朱がさしたのがはっきり見えた。
「な、何が欲しいって言うのよ」
 ハルヒの疑問に答える代わりに、顔を寄せて軽く唇を合わせた。
「わかってるくせにな」
「……エロキョン」
 そっちかよ。いや、そっちもなんだが。

 俺が一番欲しいのは、いつだってこうやってハルヒに触れられる距離にいられるって立場なんだぜ、わかってるんじゃないのか?


  おしまい。……らしい。



タイトルの意味。
直訳すると「天へ(星座へ)」ってことです。
以下、http://www.kitashirakawa.jp/taro/latin21.html より引用というか丸写し。

Per aspera ad astra.
「ペル・アスペラ・アド・アストラ」と発音します。
per(ペル)は対格を支配する前置詞で、「を通って」「貫いて」「を通じて」といった意味をもちます。
aspera は、「困難な」を意味する第三変化形容詞で、中性・複数・対格です。ここでは中性名詞としての意味を持ち、perとあわせて「困難を通じて」と訳します。
ad も対格を支配する前置詞で、「の方へ」の意味を持ちます。
astra は「天、星座」を意味する第二変化名詞 astrum の複数対格です。ad とあわせて「天へ」となります。
全体で、「困難を通じて天へ」と訳します。
「困難を克服して栄光を獲得する」という意味になります。


でも、そんなたいそうな意味なんか持たせてないよな、この話www