キョンがハルヒを脱がすSS 2nd Sequence ~蜂は蜂でも蜂蜜は採れない~
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このネタも猪様提供です。
いつもありがとうございます。
タイトルは不採用ですんません。

 去年もやたらと暑かったが、それに輪をかけるように暑い日が続く7月だった。期末テストも終わり、返却されたテストの点数に暑さも吹っ飛びそうかとも思ったのだが、あいにく冷や汗なのか暑さで出た汗なのか解らないくらい暑いってのは……。
 ……?
 何かおかしい。こんなモノローグを以前にした覚えがあるんだが。いやしかし、そんなわけはないし、よく考えようにも記憶を探ろうとしたとたんに蜃気楼のように消えてしまったからどうしようもない。やっぱり気のせいか。
 まあとにかく、そんな暑い部室の中で朝比奈さんの淹れてくれた水出しというお茶を飲みながら、古泉相手に白と黒の返し合いゲームを繰り広げているといういつも通りの無意味で怠惰な放課後であった。
 相変わらずエアコンなんてものが装備されているわけもない古ぼけた部室内でいったい何回首を振ったか解らない扇風機がわずかに音を立てている。それに加えて時折ハルヒがマウスをクリックする音が響く以外は遠くでどっかの部活がもっと有意義な時間を過ごしているらしき声が聞こえてくるだけで、静寂とは無縁の静けさが漂っていた。
 その静けさを破ったのは、聞き覚えのある嫌な音と、朝比奈さんのかわいらしい声だった。
「ひぇっ?」
 その声に俺と古泉はオセロの手を止めて朝比奈さんを見る。ハルヒもモニタから視線を動かして宙を睨んでいた。
「蜂さんですぅ」
 首を竦めるようにしながら怯えた表情で宙を見つめる朝比奈さんの視線を俺も追う。すでに耳はその存在を捉えていたが、すぐにその音の発生源が視界に入った。
 スズメバチ。昆虫に詳しかった子供の頃の記憶を辿れば、おそらくキイロスズメバチだろう。
 この学校は山が近いのでやたらと虫に遭遇する。山に生息するオオスズメバチじゃなかっただけマシ……とも言ってられないな。キイロだからと言って安全なわけではない。刺されると十分にやっかいな相手だ。
 部室内に緊張が走る。
 長門以外の全員が蜂の動きに警戒している間も、長門は1人静かに本を読んでいた。そりゃ長門は蜂に刺される前にどうにでも出来そうだし、刺されたからといって症状が出るのかどうかも怪しいもんだ。
 俺が頼めば一瞬で駆除してくれそうなもんだが、こんなことでいちいち長門の手を煩わせるのもどうかと思うし、第一ハルヒの目の前だ。宇宙的能力を使わせるわけにはいかない。
 だからといって俺だって刺されるのは嫌だ。さて、どうする?
 蜂の奴は我が物顔で部室内を悠々と飛び回っている。こんなところにお前の好物はないぞ? 早く出て行ったらどうだ?
「ちょっとキョン、さっさと何とかしなさいよ!」
 どうやって追い出そうかと考えあぐねていた俺に、ハルヒが命令した。蜂の駆除も雑用の役目ってか? と思ったが、ハルヒの偉そうなセリフにわずかに不安の感情が入り交じっていることに気付いていた。
「お前でも蜂が怖いのか?」
 俺の問いかけに、強がる余裕もないらしいハルヒは正直に答える。
「……子供の頃刺されたのよ」
「いけませんね」
 トレードマークのようにもなっているスマイルを消した古泉は、眉間にしわをよせた。
「一度刺された人は、二度目にショック症状を起こすこともあります。涼宮さん、気をつけてください」
 まるでその台詞を待っていたかのように、蜂はハルヒの方へと飛んでいく。ハルヒは明らかに焦りを顔に出して騒ぎ始めた。
「やっ ちょっと、やだ! こっち来んな!」
 不安だったり怖かったりしてもあくまでも偉そうなハルヒは、しかし多分俺は初めて見たのだが、本気で怖そうな顔をしていた。こりゃ珍しいもの見たな、なんてのんきなことを考えているのが悪かったのだろう。闇雲に払おうと振り回した手をかわして、蜂はハルヒの背後に回り、

「いった────い!!」

 ────全世界が停止したかと思われた。

 何が起こったか理解するのにおそらく数秒かかったのだろう。しかし顔をしかめてうずくまったハルヒを見て、ようやく頭が回り始める。
 さっき古泉は何て言った? 一度刺された人は、二度目にショック症状を起こすこともある、だよな。俺も聞いたことがある。アナフィラキシーショックを起こすこともあり、蜂の被害で年間20~30人亡くなっているとか。
 ……亡くなっているって?
 ヤバイだろ?
 そんな考えが頭の中を巡り、しかしそれはコンマ何秒の間で、次の瞬間俺と古泉が同時に叫んでいた。
「ハルヒ!」
「涼宮さん!」
 まさか、このハルヒが死ぬわけなんかない、どこかで楽観している俺がいる。その一方で、蜂の毒は結構シャレにならないだろ! と焦るのも当然なわけで、俺は気がつくとハルヒに駆け寄り、うずくまるハルヒに抱きかかえるように手を回した。
「ハルヒ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよっ」
 苦痛に顔を歪めながら、ハルヒはそれでも気丈に振る舞ってはいる。額には汗が浮かび、わずかに息が荒い。顔も赤くなっているような気がする。早く何とかしないと、本当にヤバイかもしれない。
「どこを刺された? 背中か?」
 俺の問いかけに、わずかに頷いたのを見て……俺はてんぱっていたのを素直に認めよう。心神耗弱状態だったと言ってもいい。以下の行動をした俺は俺じゃない、俺としての自我など一時的にどこかへと去ってしまっていたのだ。
 そうとでも言わないと、説明がつけられないような行動を俺はとっちまったのだ。

「きょ、キョンくん!?」
 朝比奈さんは何故そんな驚いた声を上げるんだろうといぶかしく思いながら、俺はハルヒのセーラ服をまくり上げ、背中の傷を確認していた。
「あ、あの……」
 なおも焦った声で話しかけようとする朝比奈さんだが、ちょっと黙っててください、今はハルヒに何らかの処置をする方が先決です。
 刺された場所は赤く腫れ上がっていて、見た目にも凄く痛そうだ。
 古泉は傷の確認はしないまま、部室のドアに手をかけた。
「薬を手配してきます。念のため、救急車も」
 救急車は大げさかとも思ったが、念には念を入れたい古泉の気持ちは分かる。おそらく機関が手配するのだろうから、ここは任せよう。
 しかし、古泉が薬を用意するまでの間でも、応急処置は出来ないものか。
 俺の考えを読んだように、いや、本当に読んだのかもしれないが、いつの間にか長門が俺とハルヒの傍らに立って傷を覗き込んできた。
「朝比奈みくる。お茶はある?」
「ふぇ? お、お茶ですか? はい、今すぐ!」
 珍しく疑問系で朝比奈さんに問いかける長門に、朝比奈さんは何故を問わずにすぐにお茶を用意し始めた。誰かに淹れようとしたのだろう、待つこともなく湯飲みにお茶を淹れてくれる。
「タンニンは生体高分子の塩基性官能基に結合し凝集させる性質を持つ」
 俺にはまったく解らない単語を並べながらお茶で傷を洗う長門に、こぼれたお茶をぬぐうためにタオルを用意する朝比奈さん。俺だけ何も出来ないのが妙に悔しい。
 その間も、ハルヒは半ば俺にしがみつきながら、苦痛に顔を歪めていた。普段あれだけ騒ぐ奴がこれだけおとなしいってことに不安が増す。
 傷を洗い終えると、長門は顔を上げて俺を見た。
「毒は可能な限り吸引する」
 吸引? 蛇の毒もそうするとか聞いたことがあるが、蜂もそうなのか。
「吸い出せばいいのか?」
「そう。でも、あなたはダメ」
「なんでだよ」
「口腔内に傷がある場合、そこから毒素が進入する可能性がある」
 そういやほとんど治りかけだが、口内炎が出来てたな。もう痛くないから意識してはいなかったが……。
 そうやって別のことを考えたせいだろうか、俺はようやく冷静になってきた。
 ふと見ると、ハルヒの白い背中のほとんどが見えるくらいまでセーラ服をまくり上げ、しかもそれがずり落ちないように押さえてるわけで、いくら処置のためとはいえ何をやってるんだ俺は!
 今更だが、慌ててハルヒの白い肌から視線をそらした。さっき朝比奈さんが焦った声を出したのはこのせいか、いやでも本当に緊急事態だと思ったんだ。けしてやましい気持ちからじゃない!
 今考えれば長門か朝比奈さんに頼むべきだったと思うが、そんなこと考える余裕もなかった。
「あ、ああ、じゃ、じゃあ、長門、頼む」
 焦って頼む俺に長門はわずかに首肯すると、ハルヒの傷口に唇を近付け……、って、長門さん? 吸い出すと言うよりは歯を立てていませんか?
 ああそうか、歯を立てているってことは多分、長門なりの処置をしているんだろう。
「ちょっと、有希、痛いわよ!」
 傷口に触れられて、しかも歯を立てられているのだから痛くないわけがない。それまで黙っていたハルヒだが、耐えきれなくなったのか、悲痛な声を上げる。
「少し我慢しろ」
 気の毒だが、そう言うしかない。大丈夫だ、長門の処置ならすぐに痛みも引くはずだ。
 そう、もう大丈夫だよな、俺はすでに安心していた。
 確かに大丈夫には違いなかっただろう。しかし、ハルヒは相当参っていたわけなのだから、大丈夫どころの騒ぎじゃないってことに気付かなかった。
 このとき、俺はもう少し何とか言ってやればよかったんだ。

 なぜなら、
 この時点で、
 世界は回り始め…………

「ああもう、こんな痛いのはもう嫌!!」
 ハルヒの叫び声。

「リセット開始」
 長門の平坦な声。

 それらもすべてが混じり合うような感覚に目が回って…………。



 ────reboot.