そしてまた繰り返す。
短編 | 編集

エンドレスエイト、とあるシークエンス。考え方によっては微鬱。冒頭は原作そのまんまですwww
キョンと古泉しか出ていない。

「涼宮さんの望みが何かは知りませんが、試しにこうしてみてはどうです? 背後から突然抱きしめて、耳元でアイラブユーとでも囁くんです」
「それを誰がするんだ」
「あなた以外の適役がいますかね」
「拒否権を発動するぜ。パス一だ」
「では、僕がやってみましょうか」
 このとき俺がどんな顔をしていたのか、自分では見るすべがなかった。鏡の持ち合わせがなかったからな。だが、古泉には見えたようで、
「ほんのライトなジョークですよ。僕では役者が不足しています。涼宮さんを余計に混乱させるだけでしょうね」
 と言って、喉の奥で笑う耳障りな音を立てた。

 明らかに面白がっている古泉の横で俺は面白くない気持ちを持て余していた。この非常識な状況の中で諦観なのかそれとも人任せを決め込んでいるのか。古泉がやってハルヒを混乱させるなら、俺がやったって同じだ。それくらい解らないわけではないだろう。
 すでに一万と五千回以上同じことを繰り返している、その記憶を長門以外は持ち合わせていない。だが、すでに俺たちはその事実を事実として知ってしまったわけで、八千回以上解決の糸口を見つけられなかったこと自体に焦燥を感じているのが俺だけじゃないはずだ。なんで古泉はそんなに余裕をかましていられるんだ?
 そんなことが頭の中に波風を立てること数秒、気が付いたら俺はこんなことを口にしていた。
「お前がやればいいじゃねえか」
 直後、俺は何を言っているんだと思ったが、驚きに目を見開くという、ハルヒがSOS団の活動内容を発表して以来見たことがなかった古泉の表情に少々気を持ち直した。
「……ご冗談でしょう」
「冗談じゃねえよ。俺はパスだがお前がやる気ならやればいい。それでこのアホみたいに繰り返している夏休みが終わるならやってみたらどうだ。案外上手く行くかもしれん」
 古泉は少しの間黙って思案しているようだったが、やがて薄く笑った。
「それは僕の独断では実行しかねますね。『機関』のお偉方にお伺いを立ててみないことには」
 さっき俺に呈示した意見も『機関』に伺ったとでも言うのか。もし俺が実行するなんて言い出したらどうする気だ。いや、もちろんあり得ないけどな。
「人には気楽に提案しといてずいぶんと及び腰じゃねえか」
「最初に申し上げたはずです。あなた以外の適役がいますかね、と」
「俺もお前も大差ないと思うぜ」
「そうでしょうか。僕はそう思いません」
 古泉は意味ありげなセリフを吐いて、眠っているハルヒに視線を移す。何をもってそう思わないのか訊きたくなかったので俺も黙ってハルヒを振り返った。相変わらず規則正しい寝息を立てていて、おそらく寝不足であろう朝比奈さんはともかくハルヒはよくこんな堅いコンクリートの上で居眠りできるもんだ。無駄にエネルギーを振りまいている分、どこでも休息を取れるように出来ているのかもしれない。こんな居眠りで十分な休養になるというのは非常に羨ましい。
「でも、あなたがそうおっしゃるなら、僕がやってみましょうか」
 漫然とハルヒを眺めていた俺はとっさに古泉を振り返った。
「正気か?」
「おや、あなたがそうしろとおっしゃったのでは?」
 質問に質問で返すな、と思ったが実際のところ古泉の言うとおりだ。古泉にやれと言ったのは俺だし、それを止めるつもりもない。それで九月が到来する可能性があるのならやるべきだろう。
 なのになんだ? なんで俺はこんな気分になっているんだ? そもそもハルヒに告白なんかしたところで鼻であしらわれて終わりじゃないか。恋愛に興味はないようなことを言ってたじゃねえか。だったら解決に役に立つようなもんでもないよな。
 そうか、無駄なことなのに古泉はおもしろ半分にやろうとしているんじゃないか、心の底でそう考えているからだ。
 だから、俺はこんなに何とも言えない気分が腹の底に溜まってくるんだ、畜生。
「好きにすればいい」
 そう言って、もう一度ハルヒを振り返ってその無防備な寝顔を見た俺は、たった今口から出た言葉を全力で否定したい衝動に駆られた。
「そうですね、では機を見て試してみましょう」
 相変わらずの笑顔を貼り付けたままそういう古泉を、どういうわけかぶん殴りたくもなった。

 結局何もしなかったけどな。


 それから古泉がどうしたのか、本当にハルヒに告白なのか単に驚かせただけの冗談なのか解らない行動をおこしたのか、俺は知らない。
 ハルヒは相変わらず夏の太陽に負けじと熱を放射しているような行動力を維持し続け、古泉はその笑顔に以前と変化は見られない。だからと言って古泉にどうだったかと訊くのもシャクで、第一こいつは聞きたくなくても話して来るやつなのだから訊く必要もないはずだ。

 だが、結局古泉はその件について触れることもなく、俺は腹の底に灰色の気持ちを抱えたまま八月三十一日を迎えた。
 宿題は、手つかず。手に着くわけがない。
 古泉はどうしたんだ? 本当にやったのか? 後ろから抱きしめてアイラブユーなんて冗談にしても笑えない。怒らせただけじゃないのか?
「くそっ」
 ドン、と机に拳をぶつけてみたところでイライラが収まるわけはない。
 なんで俺はこんなにイライラしているんだ。
 なんで俺はこんなに古泉の告白が、その結果が気になってしかたがないんだ。
 なんで俺はこんなにハルヒの笑顔ばかり思い浮かべているんだ。

 時計は十一時五十五分を指していた。後五分で今日が終わる。その後に明日が来るのか来ないのか。来るわけはない。結局俺たちはハルヒの「やり残した何か」が解らなかったのだから。
 だが、もし来たら? もし、明日が来たとしたら、それはやはり…………。
「頼む」
 口から知らずにこぼれた言葉にハッとする。何を頼むんだよ、俺は。明日が来ることをだ、そうだよな。
「いや、違う」
 再び無意識が言葉をこぼす。何が違う、と自身に問うのも誤魔化しだと気付いてはいた。
 そうだ、俺は望んでいるんだ。明日が来ないことを。

 心のどこかで長門と朝比奈さんに謝りながら、俺は時計を見つめていた。
 時計は十一時五十九分を指していた。


  おしまい。