七夕の日は憂鬱に 前編
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前編後編
未推敲。タイトル適当。てか、本気でつまらないです、ごめんなさいorz

 棚機、と書くのがもとの意味では正しいのだろう7月7日、機織り女が牛飼い男と年に一度の逢瀬が叶うかどうかは天気次第だが、そんなことは正直言ってどうでもいい話だ。笹の葉に折り紙で作った稚拙な飾りを嬉々として付けていたのは幼稚園の頃であり、商業施設で見かける同様に短冊をつるすサービスも、こんなところで願い事を晒し者にしたって叶うわけでもないと冷めた目で見ていた俺であったが、まさか高校生にもなってまたその短冊を書くことになるとは思ってもみなかったのが去年の七夕であった。

 思ってもみなかったといえば、その七夕が記念すべき俺の第一回時間旅行でもあったわけで、俺としてはそっちの印象の方が強い。その後半年も経たない間にまた時間旅行を経験したわけだが、珍しい経験とは言えそう何度もするのは困った事態が起きている証拠なので、これからは勘弁願いたい。
 今年も短冊に何か書くのであれば、平穏無事とでもしておくかね、と俺はなんとなく考えていた。実際16年後もこんなどたばたに巻き込まれていたら体力が保たないんじゃないかと心配にもなるしな。


 七夕と言えば7月であり、夏休み前恒例の期末試験とやらが目前に迫っているわけで、ハルヒとは違う意味で俺も憂鬱だ。ハルヒがなんとなくメランコリーな原因は聞いた訳じゃないが、去年の言葉を借りれば「思いだし憂鬱」なのであろう。と言うわけで、何事もなく授業を終えた放課後、特に用事もないので結局俺はハルヒと並んでSOS団の根城と化して久しい文芸部室へと足を運んでいる間、俺もハルヒもやたらと無口であった。

 長門と違ってハルヒの沈黙という状態が不気味でしかなく、俺はとりあえず話題を探してみた。
「今年は笹を切りに行かないのか?」
 七夕といえば結局この話題になっちまうんだがな。
 ハルヒは不機嫌そうな顔のままちらりと俺を見た。
「それも考えたんだけど、結局叶うのは16年後じゃない。去年の勝負がまだついてないのに今年やるのもね……」
 語尾を濁す歯切れの悪さもまったくハルヒらしくない。
「お前なら、朝比奈さんを浴衣姿に着替えさせて、中庭辺りで七夕イベントなんかおっぱじめると思ったんだがな」
 実際、去年浴衣を買ったときに七夕に着せなかったことを後悔しているようだったじゃないか。
 俺の言葉にハルヒはそれまでの不機嫌な表情を吹き飛ばして、俺が頭を抱えたくなるような笑顔になりやがった。
「何よキョン! そんないいアイデアを持っているんならもっと早くいいなさいよ!」
 朝比奈さん、すみません、余計なことを言いました。ハルヒが無体を強いないことを祈ります。
「あ、でも浴衣なんて持ってきてないわ。迂闊だわ、七夕と言えば浴衣じゃない! 去年も忘れていたのに2年連続なんて失策もいいとこだわ!」
 眉間に皺を寄せてぶつぶつと考え始めた表情は、しかし先ほどまでの憂いを抱えた物とは明らかに違っていて、俺は安心した。ハルヒが大人しいと俺が余計なことを考えちまってかえって落ち着かないって図式が成り立っているのも困りものだが、この際事実だから仕方ないと諦めることにする。
「うーん、やっぱり巫女で妥協するしかないかしら?」
 笹の葉に巫女ってのも案外変じゃないか、なんて考えが一瞬頭をよぎった瞬間、ハルヒが言った。
「マヌケ面」
 おい、そりゃどういうことだ。
「今みくるちゃんのコスプレ想像したでしょ。鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ、エロキョン」
 ……お前は人の思考が読めるのかよ。
 いきなり図星を指されてとっさに反論が思いつかない俺は、憮然とした表情を作るしかなかった。


 そんなマヌケな会話をしながら文芸部室に到着、相変わらず壊れそうな勢いでドアを蹴り開けた。
「やっほー! お待たせ……って、あれ?」
 いつもならそのままずかずかと部室に入り込むハルヒは、何かを目に留めてそのまま入り口で足を止めてしまった。何かあるのかとハルヒの後ろから部室を覗き込んだ俺の目に入ってきたのは、去年ハルヒが持ってきたような、青々とした葉がまだ切ってから間もないことを示す1本の竹であった。
「あれ? あたし、今年は取りに行ってないわよ?」
 取りにじゃなくて盗りにだ。2年連続竹泥棒しなかったことを褒めてやるべきかどうか悩むところだな。
 部室にはいつも早い長門すら来ていなかった。そういや6組はホームルームが長引いていたようだ。
 しかし竹ね。おおかた七夕だと気を回した古泉あたりが用意したんじゃないのか? だとすると浴衣も準備してそうだな。それをハルヒに知らせていないのが解せないが、いずれどういうつもりなのか解るだろう。
 ハルヒは気を取り直したように部室の中へと歩を進め、青竹の立て掛けてある団長席へと向かった。後から続いた俺はいつもの席へと腰を落ち着けた。
「あれ? 何よこれ、短冊?」
 俺は気が付かなかったのだが、飾り気のないと思っていた青竹には1枚だけ短冊が吊されていたらしい。何故1枚? と一瞬頭をよぎった疑問は、その短冊を見つめるハルヒの表情を見て吹っ飛んでしまった。
「おい、ハルヒ?」
 ハルヒは今まで見たことがないほど茫然としていて、俺の声は届いていないようだった。短冊に伸ばそうとした片手を宙に止め、その視線は短冊に固定されながら、何か違う物を見ているようでもあった。
「どうした?」
 そんな普段は絶対見せないようなハルヒの様子に俺は戸惑った。いや、こんなハルヒを一度見たことがある気がする。いつだっけ────?
 ハルヒに近づいて俺もその短冊を覗き込もうとした瞬間にハルヒは我に返った。途中で止まっていた手を短冊に伸ばしたかと思うと、それをこよりから引きちぎる。
「おい?」
「あ、あたし、今日は帰る」
 ちぎった短冊を握りしめると、ハルヒは早口でそう言って、
「今日は休みでいいわ! あ、あとはよろしく!」
 と叫ぶと部室を飛び出して行ってしまった。
「なんだ? いったい」
 今度は俺が茫然とする番だ。なんだって突然帰るなんて言いだしたんだ? イベントごとはちゃんとやる主義じゃなかったのか? いったい、あの短冊にはなんて書いてあったんだ?
 頭の中のクエスチョンマークは当然解決できるわけもなく、俺は窓からの風でさらさらと音を立てる青竹とともにその場に立ちつくしていたのだった。


「おや、どうしました? そんなところで」
 5分くらいは経ってからようやく古泉がやってきた。俺が青竹の脇で思案しているのをいぶかしく思ったらしい。
「この竹は古泉が用意したのか?」
「いいえ、違います。涼宮さんではないのですか?」
「どうも違うらしい。なんだか変な様子だったんだが……」
 ことのあらましを説明しようとしたところで、長門が音もなく入ってきた。
「おそくなりましたぁ~」
 続いて朝比奈さんも登場。別に遅くなっていませんよ、大丈夫です。
「あれ、今年も短冊飾るんですか? 涼宮さんは?」
 鞄を置きながら当然の疑問を浮かべる朝比奈さん、青竹には全く興味を示さずに本棚から1冊本を取って定位置に着く長門、それに俺の向かいに腰を下ろした古泉に、俺は先ほどの短冊について説明をした。

「なるほど、では涼宮さんはその短冊を見たとたんに気が変わってしまった、と言うことですか」
 まとめるとそう言うことになるな。あの短冊を見れなかったのはとても残念だ。確実にヒントがあったに違いない。
「で、誰もこの竹を持ってきたわけではないんだよな?」
 俺の問いに全員がそれぞれの仕草で首を横に振った。SOS団の誰でもない? 鶴屋さんってセンもあるが、鶴屋さんが犯人ならハルヒが一人で帰ってしまう理由にはならない。何が書いてあったにせよ、全員を巻き込んでイベントにするに決まっている。
「長門は誰がこれを持ってきたのか解らないのか」
 長門は2秒ほど瞬きもせずに俺を見つめ、次に朝比奈さんに視線を移したような気がした。
「わからない」
「そうか」
 答えるまでに微妙な間があったような気がするが、気のせいか? とは言え、長門がわからないと言った以上はわからないんだろうからこれ以上質問を重ねても仕方がない。
 この暑いのに部室に留まる必要もないわけで、今日は解散とするか。
「そうですね。それとも、せっかく笹があるのですから、僕たちだけでも短冊を吊しますか?」
 遠慮するぜ。お前だけ好きなだけ書いていろ。
「冗談ですよ」
 と言いつつ肩を竦めると、古泉は鞄を片手に立ち上がった。
「それではお先に失礼させて頂きます。涼宮さんの動向も気になりますので」
 意味深な言葉を残すとヤケに様になる仕草で片手を上げ、古泉は部室を後にした。
「俺たちも帰りますか」
 初めてクルミを見たリスのように青竹を眺めて小首をかしげている朝比奈さんに声をかける。今日は遅く来たおかげで着替える手間が省けたのは良かったかもしれないが、朝比奈印のお茶が飲めないのが少々残念だ。
「あ、そうですね。えーっと、長門さんも……?」
 俺が質問したとき以外は相変わらず本に目を落としていた長門は、朝比奈さんの言葉にぱたんと本を閉じると立ち上がった。

 こうしていつもならイベントごとは欠かさず行うなんて宣言する団長様のおかげで嫌でも季節の行事に奔走していた俺たちは、今日に限って何のスケジュールをこなすわけでもなく七夕という日を終える────はずだった。


 家に帰ってからもそんなもやもやを解消できず、せっかく早く帰ったんだからテスト勉強でもしようかという気にも当然のようになれるわけもなく、俺はただごろりと横になって考え込んでいるだけだった。
 部室にいてもすることがなかったとは言え、あの短冊が気にならないわけではない。一体何が書いてあったんだ。あの笹は誰が用意したんだ。そして、何故ハルヒは短冊を見たときにあんな妙な態度を見せたんだ。ハルヒが俺たちと行事を楽しむよりも優先させるほどのことって、一体なんだ?

 こんなことが頭の中をぐるぐると回転木馬のように回っていたわけだが、結局俺自身がこの疑問の解答を提出しなければならなくなるなんてことは、まだこの時点では知る由もなかった。


 そうやってすることもなしにベッドに寝転がってあれこれ考えていると、携帯電話が着信を告げる無機質な音を鳴らした。横になったままストラップを引っ張って引き寄せて、画面に表示された名前を確認する。
「古泉?」
 学校ではハルヒの次くらいによく話しているのではないかと思うが、電話はそれほど頻繁ではない。学校以外の場所で話があれば待ち伏せをするというのがこいつの、と言うよりもしかしたら『機関』のやりかたである。
 俺が自宅にいるのに待ち伏せするわけにもいかないか。
『どうも、古泉です』
 名乗らんでも解ってる。
「何の用だ? わざわざ電話してくるってことはハルヒ絡みか」
『ご明察の通りです。さすがですね』
「お前が他に電話してくるような用件を思いつかないだけだ」
 古泉は電話の向こうで含んだような笑いを漏らした。笑うな。
「で、なんだ? また例の灰色空間でも出たっていうのか。悪いが俺に心当たりはないぜ」
『いえ、そうではありません。涼宮さんは確かに何かに動揺して多少不安定ではあったようですが、閉鎖空間を発生させるような精神状態ではありません。どちらかと言うと、昂揚している、と言った方が適切でしょう』
 昂揚している? ハルヒが?
「それは、あの短冊のせいなのか?」
『おそらくそうでしょう。他に原因は考えられませんから』
 じゃあ何で古泉は電話してきたんだ。確かにハルヒが元気過ぎるとそれはそれで問題が起こることも多いんだが。
『それも違います。涼宮さんは、この世を揺るがすようなことは考えていらっしゃらないようです』
「じゃあ、なんだよ!」
 相変わらず用件を率直に言わない奴だ。何でお前は電話してきたんだ。
『涼宮さんの動向をお知らせした方がいいと思いまして』
「動向?」
『ええ。涼宮さんが今なにをなさっているかご存知ですか』
 知るわけないだろう。学校で先に帰ってから会ってもいないのに。
『気になりませんか』
 一瞬、短冊を見たときに浮かべたハルヒの驚愕の表情が頭をよぎった。
「別に」
 だから、笑うな。
『もちろん僕がお伝えしたことであなたに何かして欲しいというわけではありません。あなたが動く必要もないことですから』
「まどろっこしい。だから何が言いたいのかはっきり言え」
『すみません、どうもこういう話し方は僕の悪い癖ですね』
 まったくだ。
『涼宮さんは、現在北高にいます。グラウンドで何かしているようです』
「北高? こんな時間にか?」
 下校時間はとっくに過ぎているどころか、まだ夏至からそう経っていこの時期、ようやく暗くなったところだ。一体何を────。
『今日の日付を考えれば、あなたには心当たりがあるでしょう』
 今日の日付? 7月7日、七夕だ。そしてグラウンドで何かしている……って、まさか!
「あいつ、何考えているんだ?」
『さあ、僕にもそこまではわかりません。まだ描き始めたばかりですが、以前と違う図案のようですよ、おそらくは……』

 ハルヒが何のつもりなのかさっぱりわからん。あいつが一人で行動しているところに俺が行ったってどうしようもないだろう。放っておけばいいさ。
『グラウンドを使い物に出来なくなるようなことしたら悪けりゃ停学くらいにはなるぜ』
 唐突に、SOS団勃興期に谷口が言ったセリフが思い出される。ハルヒが一人でやるんであれば俺はそこまで面倒見きれないわけだし、何より古泉が事態を把握しているなら裏で色々手を回すに違いない。ハルヒが不愉快な思いをすることはできるだけ避けたいと思っているはずだからな。
 だから、放っておけばいいのさ、明日になれば生徒も教師も驚くだろうが、犯人は丸わかりだろうから一通り話題になってお終いだ。
 
 そんなことを考えているくせに、俺は古泉との電話を終えると支度もそこそこに家を飛び出したのだった。
 理由? そんなもん、俺にだってわからん。