堤中納言物語をハルヒでやってみた ~虫愛づる姫君~
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 何故か時は平安。俺はどういうわけか「貴族」と呼ばれる地位に身を置いており、時代変われど人変わらずという言葉がまた違った意味にとられそうな友人と相変わらずな話を繰り広げている最中なのだ。
「あそこの姫君は凄え可愛らしいって噂だぜ。何でも蝶が好きらしいから、蝶柄の反物でも送ればいい返事が返ってくるかもな」
 ニヤニヤ笑ってこんな話ばかりしているのはどういうわけか俺より官位が上の中将なんて役職にありついている谷口とかいう奴だ。一応友人ってことにしておこうか。
「一応はねえだろ」
 なんで俺が右馬助でお前が中将なのか納得がいかん。
「まあまあキョン、そういう設定なんだから仕方ないじゃん。僕なんか原典にいないのに無理矢理出されているおかげで役職そのものが不明なままなんだから」
 そりゃまた気の毒なこったな、国木田。
「それよりさ、谷口はまたそんなこと言ってるけど、言外に興味ないって返事をもらうのがオチじゃん。何か計画して上手く行ったことあったっけ?」
「うるせえ! 俺だっていつかはなあ……」
 容姿や本人の力量よりも家柄や身分がものを言う時代に、この若さで中将という花形ポストに就きながら失敗ばかり繰り返しているのは最早才能と言って差し支えないだろうな。
「お前、なんか俺に恨みでもあるのか?」
「だからなんで俺が右馬助でお前が……」
「それはもういいって!」
 まあ、身分のことは今更言っても仕方がない。話が進まんことだし、ここは堪えることにしよう。

「そういやさ」
 国木田が突然何かを思いだしたようだ。進まない話を無理矢理進めるためだということはこの際目を瞑ってくれ。
「その姫の近くに、ちょっと変わった姫君が住んでいるって話だけど」
「変わった姫君?」
 俺が聞き返すと、何故か国木田は意味ありげに笑いやがる。お前はどこぞの超能力者か、とツッコミを入れそうになったがここでは関係ないのでやめておいた。
「うん、谷口の言う姫が“蝶愛(め)づる姫君”なら、“虫愛づる姫君”ってとこかな」
「ああ、あいつか」
 国木田の後を引き取って谷口が苦笑する。なんだよ、ずいぶんよく知っているような口ぶりじゃないか。
「よく知ってるも何も、有名人じゃねえか。どっちかというと悪い方でだけどな」
「悪い方ってのは、その“虫愛づる”ってことでか?」
「そうだよ。按察使大納言殿の娘なんだが、姫たちが好きな蝶や花には全く興味を示さず、虫、それも気味の悪い毛虫なんかを好むらしい」
「毛虫だあ?」
「おかげで女房(女中みたいなもの)達は近づかない。それに化粧もろくにしないで、両親の小言も理論的に言い返すらしいぜ。『花よ、蝶よ、なんてもてはやすのはバカみたいじゃない。人には真実を知る力があるのだから、見た目だけじゃなくて物事の本来の姿をしっかり見極めるべきだわ。この毛虫が後に蝶になるのよ!』とか、『人が着る絹だって蚕が吐く糸じゃないの!』なんて言われてみろ、反論できやしねえ」
 そりゃ両親も途方に暮れるだろうな。年頃の姫君がそんなんじゃ、婿も取れないだろうし。
「まあ、それでも全く常識的な部分がないってわけでもなくて、『鬼と女は人に見えない方がいい』なんて言っているらしいけどな」
 毛虫云々を除いても変わったことを言う姫だ。先ほどの親への反論もそうだし、女性が人前に姿を表さないのは当たり前だが、鬼と並べるような表現をする姫はおそらく京中を探してもこの姫くらいだろう。
「それにしても、お前ヤケに詳しいな」
 谷口が噂にするような姫は、それこそ良い意味で評判が立つ姫ばかりだ。こういう変わった姫は眼中にないと思っていたんだが。
「それがさ」
 谷口はニヤリと笑った。
「化粧もしてないくせに、エライ美人らしいんだよ」
 なるほど、そういうことか。
「でもいくら美人でも、噂通りの姫ならちょっとなあ」
 確かに変わり者過ぎだ。本当に美人だというなら、ずいぶんもったいない話だな。
「でも、キョンは気になるんじゃない?」
 それまで黙って聞いていた国木田がまた意味ありげな表情で言った。
「別に気にならん。なんでそう思うんだ」
「だってさ」
 なんとなくこの先言うセリフが予想できるのはなんでだろうね。
「昔からキョンは変な女が好きだからねぇ」
 だから誤解を招くようなことを言うな。それと、俺をキョンて呼ぶな。
「だって右馬助って呼んだって、誰のことかさっぱり解らないじゃん」
 谷口の中将よりはマシだと思うぜ。

「じゃあさ」
 谷口がなんか思いついた、というロクでもない顔をしやがった。嫌な予感なんてもんじゃない、ほぼ既定事項で嫌なことが起こるだろう。
「その姫に文をつけてみろよ。そんな噂が立ってる姫なんだから、文なんか貰ったことないだろ。いい返事がもらえるかもしれないぜ」
 なんで俺が。お前がやれよ。
「俺は例の“蝶愛づる姫君”で手一杯だ。どっちが先に落とすか賭けようぜ。どう考えたって俺が有利だろうけどな」
「ふざけんな」
 なんでお前が有利なんだよ。そんな評判の姫にお前が言い寄ったところで体よく振られるだろ、今までの経験から判断すると。
「ふっ、本気になった俺は違うのさ」
「へえ、今までは本気じゃなかったんだ」
 国木田、笑顔でツッコミいれないでやった方がいいんじゃないのか。
「うっ いや、まあ今までの俺とは違うってところを見せてやるってことだ!」
 なんでそんなにやる気になっているのか知らんが、勝手にやってくれ。俺は興味ない。
 そのときの俺はそう思っていた。



「なあ、キョン聞いたぜ」
 それから数日後、俺が宮中に出仕したとたん、谷口の野郎が訳知り顔で話しかけて来やがった。
「さて、なんのことかね」
 空っとぼけてみたが、谷口が何を言わんとしているかは百も承知だ。くそ、なんで俺は……。
「あのとき興味がないようなそぶりをしていたくせに、やっぱり気になってたんじゃねえのか?」
「お前が考えてるような意味じゃねえよ。変わった姫だって言うんでからかってやれ、くらいに思っただけだ」
 そうだ、別に姫が気になったわけではない。ただ、正直言うと谷口の言った親への反論なんかに興味がわいたってことは否定しない。さて、文を送ったらどんな返事をくれるのかね、なんて考えちまっただけで他意はない。
「それにしても、大納言邸は大騒ぎだったらしいな」
「そこまで噂になってるのかよ」

 そう、俺が送ったのは単なる文ではない。そんな変わった姫なら、ただの文を送っても返事は寄越さないだろうと考えた俺に案を授けたのは、俺に仕える女房(くどいようだが女中のようなもので嫁ではない)の長門であった。
 さて、どういった文にするかと悩んでいる俺をみると、黙って帯の端をいじくり回していたかと思うと、上手く蛇の形を作って、しかもどうやったのか動く仕掛けまでこしらえて、鱗のように見える袋に入れたのだった。
「長門、これどうやったんだ?」
「構成情報を変更した」
「すまんがさっぱりわからん」
 ということで、俺はその蛇のおもちゃに文をつけて例の“虫愛づる姫君”へと贈ってしまったのである。

「さすがの姫君も怖がっていたらしいぜ。それでも『生まれ変わった後の親かもしれないじゃない、騒ぐんじゃないわよ』なんて震える声で言うものだから、女房達の笑いものになってたらしいじゃねえか。お前もなかなかやるな、キョン」
 その話は聞いた。ちょっとやりすぎたかと反省していたところなんだよ、あまり言わないでくれ。
「で、どんな返事が来たんだ?」
 文を受け取ったなら返事を寄越すのがマナーであるのという常識は持ち合わせていたようで、確かに返事は貰った。
「まあ、簡単に言うと来世のご縁に期待しろってことかな」
「そりゃ、そんな騒ぎを起こせばフラれるに決まってるだろ」
「だからそんなつもりだったんじゃねえって」
 姫君からの返事は谷口に言ったとおりだが、これまた変わった文だった。女性の書く文字は平仮名と相場が決まっているのだが、漢字とカタカナだけなのだ。一瞬、男からの文かと思ったぜ。
 そう、変わりすぎているのだ。知識や教養は人並み以上だとみるべきだし、容姿も谷口の言うとおりならやはり人並み以上なのだろうが、しかしなあ。
「まあでも、そんな返事を寄越す姫君がどんな容貌なのか興味があるな。一度くらい見に行ってみようや」
 だから、俺は興味ないって。
「またまたそんなこと言いやがって。お前だって見てみたいだろうが、気取るなよ」
「気取ってねえよ」
「じゃあ決まりだな」
 どうして「じゃあ」ってことになるのか、何が決まったのかさっぱり解らないままに、俺は谷口とともにその姫君を見に行く事になってしまったのだった。



 こちらスネーク、按察使大納言邸に潜入した。姫が住まう部屋の北側にて待機中だ。
 なんて冗談はさておき。
 この時代の若い男が女の家に忍んで行って覗き見るというのは当たり前のことであり、俺と谷口がしている事を恥じる必要はない。もっとも人目に付かないようにするのがマナーではある。
 周辺では身分などないような男の子たちがあちこちの草木で何か眺めたり探したりしていた。一体何をやっているんだ? と思っていたら、1人の男の子が姫がいる部屋に向かって話しかけた。
「この木にはびっしりと這い回っていてなかなか見物です。ご覧下さい」
 這い回ってるってなんだよ、言い回しからして気持ち悪いじゃないか、なんて思うまもなく部屋から返事の声が聞こえてきた。
「ふうん、面白そうじゃない。こっちに持ってきなさい」
 こりゃまたずいぶん姫らしからぬはっきりした声だな。
「いえ、どれを取っていけばいいのかわからないくらいたくさんいますから、やはりこちらに来てください」
 姫に向かってこっちに来いっていうこと自体が間違っているのだが、ここではその常識は通用しないらしい。男の子の言葉を聞いて、その姫君は簾を前に押して身を乗り出し、男の子の指し示す枝を眺め始めた。

「へえ」
 驚きとも感嘆とも付かぬ声を上げたのは谷口である。俺も正直言って意外だった。
 くすんだ色の袿に男が履くような白い袴を身につけてはいるが、化粧をしていないのが信じられないくらいの白い肌、潤を帯びた黒い瞳、手入れはしていないようだがそれでも長く艶やかな黒髪。
 「普通」とは大きく違った感じの気高く華やかな印象で、かえって清々しいくらいだ。
 美人だと聞いていたとはいえ、容姿以外の評判からどうしてもこれほどの美人を想像していなかった俺たちは、度肝を抜かれたのだった。

 俺たちに気付いていない姫君は、更に身を乗り出して虫に見入っていた。
「これは面白いわ。日の光が強いから避けるためにこちら側に集まったってわけね。全部捕まえて寄越しなさい!」
 命じられた男の子は木の枝をゆすって虫を落とし、姫君が差し出した扇に乗せた。
 その扇がまた変わっている。白い扇に男性が書くような黒々とした墨で、漢字の手習いをしてあるのである。平仮名を習う気はないのか?

「確かに噂以上の美人だけどよぉ」
 谷口が小声で話しかけてきた。
「変わり者っぷりも想像以上だ。これほどとはな」
 確かに谷口の言うとおりだ。こんな変な姫は今まで聞いたこともなければもちろん見たこともない。お伽噺の中ですら出てこないぞ。
 などとひそひそやっているうちに、邸の中の様子が変わったのに気が付いた。 簾の奥から女房らしい女性の声が聞こえてくる。
「ひひひ姫さまぁ~、そこの衝立の奥に貴族らしい男の人たちがいらっしゃるってこの子が言ってますよぉ~」
「あら、別に見えたっていいじゃないの」
 どうやら、男の子達の1人が俺たちに気付いたらしい。そういや、女が人前に出るのはよくないって常識は持ち合わせていたんだっけ、それにしちゃおかしな返答だな。
「嘘じゃないです~、早く入ってください……」
 どうやら女房の言うことを信じていないらしい。女房の方は泣きそうな声になっている。
 姫は眉間に皺をよせて考えていたが、やがて男の子の1人を捕まえてこう命じた。
「ちょっとあそこに行って見てらっしゃい」
 もう見つかっているのは解っているので今更隠れ直すつもりはない。命じられた男の子は俺たちが隠れている辺りまでやってきて姿を確認すると駆け戻っていった。
「本当にいらっしゃいました」
 と、どうでもいいように告げたとたんに、姫君は慌てて奥へと引っ込んでしまったのだった。やれやれ、こっちも引き上げるとするか。



「しかしよ、あれほどの美人なら世間一般の姫君みたいにしてりゃ、引く手数多だっただろうにな。残念だなあ」
 確かに残念だが、もしそうだったらお前はいつも通り相手にされないで終わるだろうよ。
「せっかくここまで来たんだし、近いんだから例の“蝶愛づる姫君”も見に行かねえか?」
「遠慮しとく。1人でやってくれ」
「なんだよ、付き合い悪いな」
 心外だ。ここまで付き合ってるだけでも相当心が広いと思うぜ、俺は。
 谷口は俺に手を振ると、本当に“蝶愛づる姫君”の邸へと行ってしまった。やれやれ、気合いだけは認めるが結果が伴うかと聞かれたら否と答えざるを得ないな。
「さて、俺は帰るかね」
 こんなに簡単に見れるとは思ってなかったが、もう用は果たした。これ以上ここにいる理由はない。
 なのに、なんとなく後ろ髪引かれるのは何故だろう。脳裏には日の光に映える姫の白い顔が思い浮かぶ。太陽の下にいる姫君なんてものの存在が不思議でならない。姫君ってものは部屋の奥深くでじっとしているもので、簾の近くに寄ることさえ滅多にないのだから。

 邸の中はいつの間にか静かになっており、そこかしこにいた虫取り役の男の子達もどこかへと去ってしまっていた。いつまでもここにいたって、さっきの出来事の後じゃ姫が出てくるわけもないな、なんて考えていたのだが、また簾の端が少し上がるのに気が付いた。
 まさか俺がまだいるなんて思ってもみなかったのか、その簾から顔を覗かせたのはまたもや姫君であった。普通に考えりゃ、女房達が止めそうな行為なのだが、こんな虫ばかり見ているからだろう、誰も近づきたがらないようなことを谷口が言っていたな。
 辺りには誰もいないし、部屋の中には姫一人らしい、と考えた瞬間、俺は自分でも思っていなかった行動に出ていた。

「よう」
 姫が夢中になっている毛虫がいる木とは反対側からそっと近づき、間近に来たところで声をかけたのである。自分でも思う。何やってんだ、俺。
 俺のかけた声に振り返った姫は、一瞬驚愕の表情を浮かべ、次に部屋へと駆け込もうとした。その行動は最初から予想しているものだったので、逃げられまいとその手を掴む。袿の袖で顔を隠す様子はまるで普通の姫みたいだ。
「別に見られたって構わないんじゃないのか?」
 それとも鬼と女は人に見せるべきじゃないのか。姫の言った鬼とは夜に蠢く魑魅魍魎のことなのか、それとも人の心に住まう鬼なのか、なんて事がふと頭を過ぎる。だが、時には見せたっていいこともあるはずだろ、女も鬼も。
 俺の言葉に観念したのか何かを悟ったのか、姫は隠していた袖を外して正面から俺を睨み付けた。その強気の瞳に吸い込まれそうになる。
「そうよ、構わないわ。どうせたいして面白いことのある世の中でもあるまいし、あれが良いだの悪いだの思ったってしょうがないじゃないの!」
 面白いことがない? そうか、俺にはお前が面白くてしょうがない。
 面白くて、不思議で、変わっていて、そのくせとても綺麗だ。
「そうだな、何が良くて何が悪いなんて、どうでもいい」
 心に鬼が住まうのか、心の隙に魔が差すのか。そんな言い訳も今はどうでもいい。
「あんた、何言ってるのよ」
 大きな目が更に睨み付ける。そんなこともお構いなしに、俺は姫に唇を重ねた。心の片隅で、谷口が聞いたら呆れそうだな、なんて考えていたが、それも今はどうでもいい。

 何が起こっているのかわからなかったのか、わずかな時間、姫はなんの抵抗もしなかった。しかし、俺が掴んでいる手を離して肩に回そうとした瞬間に突き飛ばされた。
「いってぇな」
 細い身体に見合わない力で飛ばされ、無様に尻餅をつく。俺を見下ろす姫の顔は火が出そうになっていた。
「あ、あ、あんたね……」
 上手く言葉が紡げないらしく、それだけ言って魚のように口をぱくぱくさせているのがなんだかおかしい。
「な、何笑ってんのよ! だいたい何するのよ、ふざけんな!」
 さて、俺は何をしたんだろうね。まともに思い出すといつもの俺なら恥ずかしくて死にたくなりそうなもんだが、今は楽しくて仕方がない。
「だいたいあんた何者? 名乗りなさい! 名乗れ!」
「嫌だ。名乗るほどのもんでもないんでね」
 大声で騒いでいるからすぐに人が来るだろう。今日のところは引き上げ時だな。
「じゃあな、また来るぜ」
「二度と来んな!」
 そんな風に思いっきり拒絶されているにもかかわらず、俺はたぶんまたここに来ちまうんだろうと思っていた。そう考えると、声を上げて笑ってしまったのだが、どうやらそれはまた姫君を憤慨させたらしい。
「来んなって言ってるでしょ!」
 俺はもう一度だけ振り返った。
「そう言いながら、お前こそなんで笑っているんだ?」
 再び姫が顔から火を噴いているのを見届けて、今度こそ俺は邸を後にした。

 姫の名が「はるひ」だと俺が知るのは、もう少し後の話になる。


  続きは二の巻に書かれる予定。


  と書きながら本当はおしまい。

ラストの「続きは二の巻に~」と書かれているのに続きがないのは原典通りです。しかし相変わらず原典無視が酷すぎだw