涼宮ハルヒの誤解:キョンサイド
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ハルヒサイド

「あなたが涼宮ハルヒをどう思っているか聞きたい」
 平坦な声。いつもと変わらぬ無表情で、長門は言った。
 俺は絶句するしかなかった。



 放課後、掃除当番のハルヒを置いて文芸部室に行くと、ハルヒ以外は全員そろっていた。
「よう」
 俺は室内の誰ともなく声をかけ、いつもの席に着く。
「あ、キョンくんこんにちは。お茶飲みます?新しいの買ってきたんですよ」
 すでにメイド服に着替えた朝比奈さんが天使のほほえみで語りかけてくれた。
「いただきます」
 いいね~、その笑顔。 俺がなんだかんだ言って毎日この部室に通うのはこの笑顔に癒されたいからだ。 そうに違いない。
「は~い。ちょっと待っててくださいね」
 ぱたぱたと足音を立てて朝比奈さんはポットに向かった。 長門は相変わらず定位置で読書をしていた。

「一局指しますか?」
 詰め将棋をしていた古泉に声をかけられ、俺は応じた。 ところが意外な所から声がかかった。
「待って」
 感情のない声が遮る。
見ると、長門がいつの間にか読書をやめ、俺の脇に立っていた。 正直ちょっとびびった。足音しなかったぞ? 気配なかったぞ?
「聞きたいことがある」
 何だ? 俺は長門の頼みならたいていのことは聞いてやるつもりだ。 世話になりっぱなしだからな。恩を返せるときを逃したくはないぜ。
 長門に分からないようなことが俺に分かるのかってそんな訳ないと思うんだが。


 そして────冒頭に戻る。

 部室の時間が止まったかと思った。
 顔は見てないが、古泉も朝比奈さんも絶句していたと言うことは相当驚いていたはずだ。
 しばし沈黙の後、ようやく言葉が出てきた。
「えーと、長門?なんだ?俺がハルヒをどう思ってるかって?」
 アホみたいなオウム返しだ。
「そう」
 長門がわずかにうなずく。
「……何でまたそんなこと聞くんだ?情報統合思念体とやらが聞きたいのか?」
「そう」
 っていくら宇宙の超高度知性体だからってそんなこと聞いていいもんじゃないだろ。 プライバシーの侵害も甚だしいぞ。
 だいたい俺がハルヒをどう思ってるかってどうでもいいじゃないか、あいつは俺を無理矢理巻き込んだSOS団の団長だ、いつもこき使いやがって無茶ばかり言いやがって、だいたい俺ばっかり奢ってるしあいつに付き合ってりゃ損ばかりだ、死にそうな目にも遭ったんだぞ、でも結局あの笑顔を見たら言うことを聞かざるを得なくなる、

 ……って何を考えてるんだ俺は。

「何故知りたいんだよ」
 俺は苦々しく言った。長門の頼みは聞いてやりたい。だがこれは答えられないぞ。
「不確定要素の排除」
「不確定要素?」
 またオウム返しだ。思考が停止してるのかよ俺。
「涼宮ハルヒには不確定要素が多すぎる。情報の不足。 獲得できる情報は少しでも得るべきと判断した」
 またもや絶句。てか、何で今聞くんだよ長門。後でもいいじゃねぇか。
「2分34秒前、行動指令があった」
 指令ってなんだ、コマンドでも入力されたか。まあ長門はそうやって動いてもおかしくはないな。即実行することもないだろうが。ハルヒがいたらどうするつもりだったんだ。
「答えて」
 例の液体ヘリウムのような目が俺を見つめていた。

 宇宙人と未来人と超能力者に囲まれて、これなんてプレイ?

「これはこれは……僕としても是非はっきりさせておきたいところですね。ちょうどいい」
 古泉がいつものニヤニヤ顔を2倍くらいにさせて言ってきた。うるせぇ、答えねぇぞ。だいたいお前の頼みならハナから答える気はない。100%だ。長門だから答えてやりたいがやっぱり答えられねぇ。
「はっきり言ってくれるとありがたいのですが。ま、あなたが答えられない時点で答えを聞いたようなものですけどね」
「何でだよ」
 反射的に聞いて即後悔した。何となく古泉が言わんとすることが分かった気がしたからだ。言わなくていいぞ。言うなよ。
「あなたが涼宮さんに対して普通の友情しか抱いていないなら、答えることに躊躇しないでしょう」
 言わなくていいって言ってるだろうが。睨んだだけじゃ通用しないのは分かってたけどな。
「ふふっ」
 明るい笑い声が朝比奈さんから漏れる。何でそんな楽しそうなんですか。
 やっぱり羞恥プレイじゃねえか。
「まあ、あなたは誰にでも優しい。『普通の友情以上の感情』を抱いているのは何も涼宮さんに限ったことではないでしょうね」
「なんだよ、俺をどういう人間だと思ってやがる」
 冷静になれば古泉らしからぬ発言だ。俺を怒らせようとしたに違いないとわかる。分かってれば流せたはずだ。なのに俺はこの挑発にまんまと乗ってしまった。このときはすでにてんぱっていた。完全に頭に血が上った。

「お前にそんな言い方される筋合いは無え。俺はハルヒ以外の女には……!」

 ここで我に返った。おい、俺。何を言おうとした。
 ハルヒ以外の女には? 何だというんだ? いや、何でもねぇぞ。
 俺がとんでもない野郎のような言われ方に腹が立っただけだ。あれだ、そう、売り言葉に買い言葉。そう、だから勢いで言っただけで本意じゃない。うん、そうに決まってる。
 古泉はくっくっと笑っている。笑うなこの野郎。朝比奈さんは顔を真っ赤にして口を押さえている。それじゃあなたが告白されたみたいですよ?
 長門は相変わらず俺を見つめていた。
「続きを」
「へ?」
「発言の続き」
 えーと、長門さん? いや、だからあれはですね、古泉があんなこと言いやがるからですね、って何で俺敬語になってんだ。
「あなたは涼宮ハルヒ以外の女性には」
 畜生、何で俺がこんな目に遭わなきゃならんのだ。これもハルヒのせいか。長門よ、何が何でも聞き出す気か、でもお前には借りが有りすぎるからな、
 どうせ古泉にも朝比奈さんにもバレバレだ畜生もう知るか!

「お…俺は、ハルヒ以外の女には……」
 何とか声を絞り出す。顔に血が上ってるのがはっきり分かる。熱い。

「ハルヒ以外の……女には……興味がねえ!!」
 ……言っちまった。最後には叫んでいた。もう自棄だ。



 ガチャ、とドアノブの回る音に背筋が冷たくなった。瞬時に頭が冷える。
「理解した」
 長門は俺にそういうとドアから入ってきた人物を一瞥し、定位置に戻った。
 俺は頭を抱えて机に突っ伏した。……聞こえたか?
「こんにちは、涼宮さん」
「あ……こ、こここんにちは! おおお茶入れますね……」
 古泉と朝比奈さんはそれぞれ入ってきた人間に挨拶をしている。て、朝比奈さん、動揺しすぎです。お茶をひっくり返さないでくださいよ。
 なんて、人の心配している場合じゃねえな。
「遅れたわね!谷口のバカが掃除さぼるから懲らしめてやってたのよ」
 そりゃ自業自得とはいえ谷口も気の毒に。
 「キョン」
 ……答えられない。今はハルヒの顔をマトモに見る自信がない。
「あんた、バカじゃないの!?」

 キツイ。キツイぞ。やっぱり聞こえてたか。それだけでもすでに首吊りものだ。
 聞こえてて、このセリフか。むちゃくちゃキツイ。
 長門、俺をこのまま宇宙空間に放り出してくれ。いや、それより何か言い訳した方がいいのか。ダメだ、頭がまわらない。古泉フォローしやがれこの野郎。元はと言えばお前のせいだ(八つ当たりだ)。
 顔を上げて古泉を見て──驚いた。
 当然、いつもの倍くらいのニヤニヤ笑いを張り付かせていると思ったのに深刻そうな表情を浮かべている。ふと見ると、長門は本から顔を上げ天井か壁の一点を見つめ、朝比奈さんは左手を耳に当てて止まっている。
 この状況、前に見たな──そうだ、野球大会の時だ。状況を理解したとき、古泉の携帯が鳴った。
「はい……そうですか………わかりました、直ぐ行きます」
 電話を切ると古泉はハルヒに向かって言った。
「すみません、急のバイトが入りまして……お先に失礼します」
「分かったわ」
 誰から見ても不機嫌モードに入ったと分かるな。
「今日は気乗りしないし……もう解散!あんたたちも適当に帰りなさい」
 そういうとハルヒは置いたばかりの鞄を手にしてサッサと出て行ってしまった。

「おかしいですね」
 古泉が言った。
「閉鎖空間か」
 俺の問いに古泉はうなずく。
 てことは……あれか。さっきの俺のこっぱずかしい発言をハルヒが聞いたことは間違いない。で、なんだ? その結果が閉鎖空間?ハルヒのイライラの具現。
 てことはだな……つまり……考えたくない。長門よ、やっぱり俺を宇宙空間に放り出してくれ。
「拒否する」
 ってやっぱりダメか。

「今の状況で涼宮さんが閉鎖空間を発生させる訳はないと思ったんですが。別に原因が有るかもしれませんね」
 古泉が首を振りつつ将棋のコマを片づけている。お前にそんなフォローされたくはない。
「涼宮ハルヒは勘違いしたと思われる」
 長門の声。何だ?お前も俺を慰めてくれるつもりか?
 いや、さっきのは本気じゃないさ。だから慰めなんて必要ないって。
「あなたは、徐々に声量を増やして発言した。扉を介して涼宮ハルヒの鼓膜に十分な振動を与えたのは後半部分のみ」
「後半部分とは?」
 古泉が訪ねた。
「『女には興味がねぇ』の部分」
 体の力が抜けるのを感じた。ホッとしてる? 何だよ、ホッとする必要なんかない。本気の発言じゃないんだ、古泉の挑発に乗っただけだ。別にそれをハルヒが聞いてどう思ったって俺には関係ない。
 いや、それよりも別の問題が浮上したよな。
「女には興味がねぇ」
 この発言を聞いたら人はどう思う?
 答えは1つ。どう考えても、俺はそっちの趣味があると思われるに違いない。 「そっち」意味がわからない奴は察してくれ。
 いや、何かに打ち込んでいるヤツなら女性よりも大事なことがあるってことにもできるが、俺にはどう考えても当てはまらない。
 やっぱり勘違いしたか?ハルヒ。
「すみませんが、あなたには涼宮さんの誤解を解いて頂かないと」
 古泉がニヤケ顔を取り戻して俺に言うと、
「では、行かなければならないので。また明日」
 と出て行った。
 まあ、さすがに俺がそんな趣味だと思われたままってのはいろいろと面白くないので誤解を解くってことには賛成だ。
 ……やれやれ。


 翌日────長い1日だった。


 不機嫌オーラMAXのハルヒは、俺にちょっかいかけるわけでもなく、ずっと肘をついて窓の外を見ている。教科書くらい出せよ。何故教師は注意しない。
 俺も気まずさから声をかけられるはずもなく、おそらくSOS団を結成してから初めて一言も言葉を交わさずに放課後になった。
 ま、静かでいいさ。授業にも身が入るってもんだ。決していつもより落ち着かないとか、授業中も上の空で後ろが気になる何てことはないぞ。昼休みに谷口の「お前らどうした?夫婦喧嘩か?」なんて発言がなけりゃもっと良かったんだが。
 こんな気分なのに、放課後にはしっかり部室に行くのは何でだろうな。本当に習性という物は恐ろしい。もしかしたら、SOS団の連中はここに集まるようにDNAレベルで改変されてるんじゃないだろうな? いや、あり得るぞ。何たってハルヒだからな。長門にDNAがあるかどうかは知らないが。

 しかし、どうやら改変されているのは俺だけだったらしい。ノックをし、ドアを開けるといるのはハルヒだけだった。いつもいる長門もいない。
 気まずい。
「よう。ハルヒだけか」
 何とか平静を保って声をかける。
「悪い?」
 今日始めてハルヒの声を聞いた気がする。そういや授業で当てられてることもなかったな。こんな不機嫌な声でも聞けるだけでマシ……ってまた俺は何を考えているんだ。
「3人とも用事ですって。全くたるんでるわ。でも調度良かったわ。あんたに聞きたいことがあったのよ」
 あー やっぱりな。そう来るか。前置きもほとんどないのはハルヒらしいな。
「あんたがゲイだったなんて知らなかったわ」
 ハルヒ。それは聞きたいことじゃなくて言いたいことじゃないのか。
「いや、あれはだな……」
「古泉くんと近いし怪しいと思ってたのよね。でも団員に手を出すのは男でもダメよ!」
 おい、俺が発言しようとしたのに被せてくるな。古泉になんか頼まれても手をださねぇよ。
「いや、だからあれはお前の誤解だ」
「何がよ」
「だから……」

 続かなかった。何て言えばいい? まさかハルヒ以外の女に興味はねえと言ったんだと言えばいいのか?
 いや、それはダメだ。絶対ダメだ。いくら買い言葉なんだよって言ったって無理だ。
 でも……どうする?
「いや、だから、そうだあれだ。SOS団の活動が大事だから女に興味持ってる暇はないって言う意味だ」
 我ながら嘘臭い。
「ふ~~~~~~ん」
 ジトっとした目で俺を睨む。信じてないな。そりゃそうだ。俺だって信じない。
「あんたみくるちゃんにあれだけデレデレした顔見せてたじゃない?有希のことも気にしてたし。 あれは全部ポーズだったのね。本命は古泉くんか」
 おい、俺の発言を少しでも聞いてたのかよ。お前の中で俺はゲイ決定ですかそうですか。いや、同性愛者を差別する気はないが、俺は断じてその気はない。て、なんでそこに朝比奈さんと長門が出てくる?
「古泉なんかに興味はねぇよ。てか、俺は男に興味はない! 断じてない!」
 この誤解だけは何とか解かなくちゃな。こいつにそう思われてるだけでも……。
 あれ? 別にいいんじゃないのか?こ いつが同性愛者に対して偏見を持っているとも思わない。いや、でもからかわれそうだな。それは嫌だ。うん、だから必至に抗弁してるんだよな俺。
「何?男にも女にも興味が無いってわけ?じゃ、何に興味があんのよ」

 俺は頭に来た。昨日といい今日といい、何で俺の心のうちを暴かれなきゃならないんだ?
 昨日のあれはまあ本音じゃないけどな。悪いな長門。勢いってヤツだ。それに長門は、仕方がない。でかい借りもある。ハルヒがいなかった3日間のことを考えても、できるだけ長門の願いは叶えてやりたい。
 だが、ハルヒにそんなこと聞かれる謂われはねぇよ。

「男だろうが女だろうが、俺が誰に興味があろうがお前には関係ねえだろ!」
 気がつくとハルヒに怒鳴りつけていた。
 やっちまった。昨日から俺はおかしいぞ。何も怒鳴りつけることはないだろうが。
 ハルヒは……

 ! 嘘だろ?

 泣いている? あのハルヒが?
 目に涙を浮かべて俺を睨んでいた。

「何よっ……! そうよ、どうせ私には関係ないわよ! キョンのバカ! あんたなんか知らない!」
 そう言うと部屋を飛び出していった。

 覆水を戻してくれる盆が欲しい。長門なら何とかしてくれそうだ、いやしてください長門様。
 長門に祈ってもしょうがないよな。でもこの後味の悪さは何だ。激しい後悔。自分の短気を呪う。
 いくら聞かれたくないことだからって、もっと言い方があったはずだ。
 怒鳴ったのは映画の時以来だったかな。でも、。怒っていたことには変わらないが。 あのときと今のハルヒは明らかに表情が違った。
 なすすべもなく椅子によろよろと腰掛けると、電話が鳴った。何となく予想していたが、やはり古泉だった。
「あなたは一体何をしたんですか?」
 いきなり責められる。
「昨日は何度も閉鎖空間が現れました。しかし、拡大しなかった。 神人も大人しいものです。涼宮さんは戸惑っていたのでしょう。でも今日は違います」
「先ほど非常に大規模な閉鎖空間が現れました。拡大速度も異常です。昨日までとは明らかに違う」
「……すまん」

 俺は古泉にあらましを話した。心の重荷を少し持って貰いたかったのかもしれない。
「まったく……あなたにも困ったものですね。いい加減に素直になったらどうですか」
 素直ってどういう意味だよ。俺はいつでも素直だよ。
「長門さんの質問に対して答えたじゃないですか。そのまま涼宮さんに伝えてください」
 いや、だからあれは勢いだ。本心じゃない。第一そんなもの伝えられるか。伝えたところで困るのはハルヒだろう。
「本当にそう思うんですか?」

 古泉の言葉は聞いていなかった。

 ……本心じゃない?
 さっきのハルヒの顔が脳裏に浮かぶ。
 見たことのない顔。目にいっぱい涙を浮かべて……俺を睨んでいた。怒っているのに、どこか寂しげな表情。
 あの表情の意味するところは? ただ俺のセリフに腹が立っただけか? だったらもっと怒った顔をするだけだろ。

 畜生、誰だよハルヒにそんな顔をさせるのは。あいつは笑った顔がいいんだよ。笑ってないとダメなんだよ。入学当初の不機嫌面も、今の始めて見た泣いたような顔も見たくない。させたくない。
 あいつは笑ってる顔がいいに決まってる。あんな顔をさせるヤツは俺が許さない。

 でも……あの顔をさせたのは俺だ。
 心の中に苦い思いが広がる。そうだ……俺は……。

「どうしました?」
 電話中だったことも忘れていた。悪いな、古泉。その話じゃ、昨日はほとんど寝てないんだろ。
「それは僕の仕事ですから。でも、できれば涼宮さんのことはあなたにお願いしたい」
「……わかった、何とかする」
「やけに素直になりましたね。何かありました?」
「何でもねぇよ。じゃあな」
 そう言って電話を切った。


 俺はまだしばらく座っていた。覚悟を決めなくてはならないからな。
 あいつは普通の男には興味がないはずだ。畜生、今は古泉の立場がうらやましい。
 場合によってはSOS団退会だな。いや、退団か。次の席替えでは、たぶん席も替わるだろう。
 入学以来、ずっと俺の後ろにいたハルヒ。授業中だろうが構わずちょっかいを出して来たハルヒ。
 SOS団で色々やったな。そのたびにあいつは100Wの笑顔だった。
 そうさ、俺は本当はその顔を見ていたかったんだ。長門風に言えば、それが、俺がここにいる理由。
宇宙人だろうが未来人だろうが超能力者だろうが、それはオプションだ。ハルヒがいなきゃ始まらない。
 そして、失いたくない。

 だが、それ以上にハルヒにあんな顔をして欲しくない。
 あの顔をさせた原因が俺なら、ケリを付けなくちゃな。

 俺は携帯を手にした。ほとんど意識しなくても、ハルヒの番号を呼び出せる。
 ……頼む、出てくれ。

「何よ」
 不機嫌な声が聞こえてきた。挨拶もなしだ。当たり前か。出てくれたことに少しホッとする。
「ハルヒ。話したいことがある」
「あたしには関係ないんでしょ。もう切る……」
「ハルヒ! 頼む!」
 思わず大声を出していた。いつになく真剣な声が出る。切らないでくれ。
「な、何よ、大声を出さないでよ」
「……謝らせてくれ」
沈黙。
「直接会って謝りたい。北口のいつもの場所に…来れるか」
 まだ沈黙。
「俺はまだ学校だから……1時間後、北口で待ってる。頼む」
 頼む。最後の機会でもいい。ちゃんと話がしたい。
「わかったわ。遅刻したら罰金だからね」
 そう言って電話は切れた。セリフはいつも通りだが、勢いがない。らしくないね。

 さて、罰金は関係なく遅刻は絶対にできない。俺は大急ぎで北口に向かった。

「遅い! 罰金!」
 やっぱりハルヒは俺より早く来ていた。電話してから30分しか経ってないんだが。
 出し抜けたのは1度だけだったな……あの閉鎖空間から戻ったとき。何となく懐かしく思い出される。

「で、何よ?」
 相変わらず不機嫌な声だ。俺はどこから切り出せばいいか少し考えて、言った。
「さっきはスマン! あんな言い方をして……怒鳴るつもりなんかなかったんだ」
 頭を下げる。
「ふうん」
 ハルヒは興味のないような顔をして、プイと顔を背けた。
「言いたいことはそれだけ?」
 簡単に許して貰おうとは思ってない。でも辛いぞ。

「全部話すから聞いてくれ」
 と言って一呼吸置く。かなり覚悟がいるな。
「昨日……部室で、あいつらに聞かれたんだ。俺がハルヒをどう思っているか」
「は? 何それ。何でそんなこと聞くの?」
 やっぱりそう来るか。本当のことを言うわけにはいかない。
「俺のハルヒに対する態度が気に入らないらしい。そうだよな。今日もこうやって怒らせた。……いや、傷つけた」
「傷ついてなんかいないわよっ。バカじゃない?」
 お前も素直じゃないよな。あの顔で傷ついていない、と言われて信じられるか。
「俺もそんな質問には直ぐに答えられなかった。でもなんだかんだで誘導尋問されて……結局言っちまったんだ」
 また一呼吸。ちゃんと言えよ、俺。もうごまかすな。

「『俺はハルヒ以外の女には興味がねぇ』、ってな」

 思い切って言った。言って、ハルヒの反応を見守る。
 ハルヒは、ただ大きな目を更に見開いていた。

「じゃあ……え? 女には興味ないって……え?」
 珍しいな、ハルヒが混乱している。
「お前は前半が聞こえなかったんだろう。だけどな、俺もゲイ扱いは勘弁して欲しかった。特に、ハルヒにはな」
 ハルヒは何か言いたそうに口を開けたが、また閉じてしまった。本当に珍しい。いつもは考える前にしゃべってるだろう、お前。
「昨日、3人の前で言わされて、今日またお前に言わされるのかと思ったら頭に血が上った。それであんな怒鳴りつけるような言い方を……本当にスマン!」
 もう一度俺は頭を下げた。

「ねえキョン」
「何だ?」
「どういう意味よ?」
「何が?」
 俺の謝罪の意味は説明したぞ?
「だから……その……私以外の女には……? ってあんた、な、何言ってんのよ!? それをみくるちゃんと有希と古泉くんに言ったの!? な、何考えてんのよバカキョン!」
 ハルヒの顔はみるみるうちに赤くなった。本当に今日は珍しい顔ばかり見てるな。最初のはもう見たくないが。
「スマン」
 さっきとは違う意味で、謝った。
「な、何よ、もう遅いわよ、言っちゃったんでしょ! って何笑ってるのよ、私はまだ怒ってるんだからねっ! そんなへらへら笑って謝られたって、誠意がないわよ誠意が!」
 言いながらますます真っ赤になっている。こんな顔も可愛いな。そう思ったら笑っていたらしい。
「いや、ほんとスマン」
 我に返ってもう一度謝る。そうだ、俺は笑っている余裕はない。これで終わるかもしれないんだ。

「ハルヒ」
「何よっ!!」
「どういう意味かって、1つしかないだろ?」
「1つって……」
 また言葉を失って、視線をそらされた。耳まで赤いぞ、ハルヒ。

 俺は意を決っした。

「俺はハルヒが好きだ」

「キョン……」
 またもや無言。
 そういやこいつは告白は全部受け入れるんだったな。その後必ず振られるらしいが。執行猶予がついたってことか?
 内心冷や冷やしながらハルヒの反応を待って……俺も何も言えなくなった。
 ハルヒが泣いている。さっきの目に涙をためた顔ではなく、本当にボロボロ涙をこぼしている。誰だよハルヒを泣かせたヤツは! 俺か。俺なのか。何やってるんだよ俺。
 言ったことを後悔し始めたとき、
「キョン!」
 弾丸みたいな勢いで、ハルヒは俺の胸に飛び込んできた。
「うぉっ!?」
 情緒も何もないな。びっくりしたんだよ。マジで。おそるおそる、ハルヒのふるえる肩を抱く。

 今度は俺が混乱している。泣いてるよな。じゃあ何で俺に抱きついて来た? 嫌だったのか?嫌じゃないのか?
 しばらくそのままでいたハルヒは、やがて俺を見上げると笑顔で言った。

「あたしも……あたしも、キョンが好き!」

 潤んだ目で俺を見上げるハルヒの笑顔は────綺麗だった。
 お前、こんな柔らかい表情もできたんだな。俺はその顔に吸い込まれるように顔を寄せ、唇を重ねた。
 閉鎖空間を思い出す。あのときも離したくないと思った。今も同じだ。絶対離したくない。離さない。

 顔を離すと、照れくささが一気に吹き出した。夕刻の駅前で、何をやってるんだ俺は!
 今度も気付いたら俺の家────なんてことは有るはずがなく、相変わらず北口の駅前だ。何となく周りの視線が気になる。「若いっていいわね~」なんて声も聞こえたような気がする。

「ハルヒ」
「何?」
「腹が減った。飯喰いに行かないか?」
 とにかくここを離れたい。
「何よ、その誘い方!ムードがないわねえ!」
 ちょっとむくれたような表情をして、それからいつもの笑顔になった。
「いいわよ、もちろんキョンの奢りでね!」


 その後、ファミレスで飯を食って、ハルヒを家まで送ることになった。
「キョン」
「何だ?」
「手」
 少しうつむき気味のまま、俺に手を差し伸べる。暗くても、赤くなってるのがわかる。ヤバイ。可愛い。
「へ?」
 それでも一瞬何のことかわからなかった。手ね、ああ、手をつなぐのか。いつも俺の手首をひっつかんで引っ張っていくハルヒからは想像もつかなかったぜ。
「バカキョン」

 こうやって手をつないでゆっくり歩くなんてな。こんな日が来るとは思わなかった。妙な感慨がこみ上げてきて、俺はぽつりぽつりと話し始めた。
「ハルヒ」
「何よっ」
 ぶっきらぼうな返事。でも顔は赤い。
「俺はお前が楽しんでるのが好きみたいだ。だから、これから楽しいと思ったことをどんどんやってくれ。俺はそんなハルヒと一緒にいたい。SOS団でできること、まだたくさんあるよな」
 あ、また恥ずかしいこと言ったな。まあいいさ。昨日と今日で一生分のくさいセリフだ。
 ハルヒはまた赤い顔でしばし俺を見つめる。そして、あの100Wの笑顔を見せてくれた。

「あったりまえでしょ! これからもめいっぱい楽しむわよ! まずはGWの予定かしらね。古泉くんは合宿場所押さえてくれるかしら?」
 おい。
「GWじゃ海外には短いわね、それじゃ夏休みは海外合宿よ! キョン、あんたパスポートは取ったでしょうね!」
 おいおい。

 俺は1μmほど後悔した。ハルヒをたきつけちまったかな?
「やれやれ」
 もう何度口に出したかわからない言葉をこっそり吐き出す。

「キョン、これから忙しくなるわよ!」
 手を離して、3歩前に出たハルヒは振り向いて、はじけそうな笑顔で言った。

「でも大丈夫よ! あたしとキョンが一緒だったら、SOS団は無敵なんだからね!」



  おしまい。