目覚まし時計 ハルヒサイド
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キョンサイドの裏。ハルヒサイド。ある意味完全版。

「おい、ハルヒ起きろ。次移動だぞ」
 知ってるわ。でももう少し。
「やれやれ、よく寝てるみたいだな……。ハルヒ。起きろって。ハルヒ!」
 そろそろ起きてあげた方がいいかしらね。……上手くいったかしら?
 あたしは手に持っていた携帯を握りしめると、ゆっくりと身体を起こした。

──────────

 授業なんて本当に退屈。だいたいたいていの教師は、5分で説明がつくような話を延々30分もかけるような授業をしているんだから、時間の無駄以外の何ものでもないわ。
 数学の授業が始まって5分で、あたしはもう寝て過ごすことを決定した。今日から新しいところに入るとはいえ、教科書をざっとさらえば問題はないわ。
 って思ってたのに!
 あたしの前に座っているマヌケ面をした男は、あたしより早く授業に見切りをつけてしまった。こいつがそれでも授業を理解するって言うのなら問題はない。
 でもね、こいつの成績ははっきり言って全然よくない。だいたい数学は苦手なんて言っていたくせに、寝て過ごすなんて余裕ないはずじゃない? 今日から入る単元は、絶対に受験でも出そうなところ。ちゃんと理解してないと、きっと後で後悔するわ。
 あたしは溜息をついて寝ているキョンの後ろ姿を睨み付けた。あたしも寝ようと思ったのに。
 仕方ないわね! この代償は高くつくわよ!

 家に帰ってから、あたしは鞄の中を探して舌打ちをした。今日の数学で出た課題をさっさと片づけようと思ったのに、ノートがない。授業の後、キョンにノートを渡して写させてやってそのままだったわ。まったく、せっかく人が親切心を出したってのに、あいつは何をやってるのかしら? どうせ休み時間じゃ足りなくって、後で写そうなんて思って忘れてるんだわ! この恩知らず!
 あたしは携帯をひっつかんで一番よくかけている番号を呼び出した。言うことは決まっている。
「あたしのノート返しなさいよ! 30秒以内!」
 持ってくるのは当たり前よ、勝手に持って帰ったあいつが悪いんだから。
 なのに、あたしの手は通話ボタンを押す直前で止まってしまった。脳裏にキョンの疲れた顔が浮かんだから。
 今日はちょっとした思いつきで、キョンを駅前まで買い物に行かせた。雑用なんだから当たり前なのに、散々悪態をついて、ようやく買い物に出たキョンは、マヌケなことにあたしの言った物と違う物を買ってきた。
「もうそれでいいだろ。だいたい欲しけりゃ自分で買いに行けよ」
 なんて生意気言うキョンをあたしは部室から蹴り出してやったわ!
「つべこべ言わずにもう1回行って来なさい!」
 2度目の買い物から帰ってきたキョンは、凄く不機嫌で疲れた顔をしていた。そりゃ、あたしも少しは反省したわよ。絶対に本人には言えないけど! でもそれであたしの家まで来いなんて言ったらますます不機嫌になるかしら。
 って、何であたしがキョンの機嫌を気にしなきゃなんないわけ? だいたい、あいつがちゃんとノート取ってればこんなことにならないんだし、今日の買い物だって間違えなければ1回で済んだのよ! どう考えたってキョンが悪いじゃない!
 そう思いながら、そう思っているのに、何故かあたしは電話をかけることを止めて出かける支度を始めていた。

「何しに来た」

 呼び鈴を鳴らして出てきたキョンは、眉間に皺を寄せてそんなことを言った。ちょっと、わざわざ来てあげたって言うのに開口一番それってどういうことよ! せっかくノート取りに来てあげたあたしに向かってそんなことよく言えたもんだわ。キョンは今日は2往復もさせられて疲れたなんて情けない言い訳をしつつ、
「で、何の用だ?」なんて聞いてきたわ。
 ノート持って帰ったことなんてすっかり忘れてるみたいね。
「あんた、あたしの数学のノート持って帰ったでしょ!」
「数学のノート?」
 一瞬きょとんとした顔をしたキョンは、すぐに思い当たったらしく、罰の悪そうな顔になった。
「スマン。すっかり忘れてた。電話くれればこっちから持って行くのに悪いな」
「べ、別にいいわよ。どうせ暇だったし……」
 そうよ、単なる暇つぶし。まあ、たまには雑用係に気遣いを見せてあげてもいいなんて思ったのも、あたしの気まぐれ。
「だって、あんた、まだ写し終わってないでしょ」
 キョンはあからさまに驚いていた。何よ、あたしが気遣いを見せるのってそんなにびっくりするようなことなの?
「ああ、じゃあ10分で終わらすから上がって待っててくれ」
 寒いからさっさと家に入れなさいと言おうと思ったとき、キョンはそういってあたしを家に入れた。相変わらず素直で可愛い妹ちゃんと、何か含んだような笑顔を見せるキョンのお母さんに迎えられて、あたしは何度か来たことがあるキョンの部屋へと向かった。

「ハルにゃん、あそぼー」
「もちろんいいわよ!」
 キョンのお母さんに言われたのか、妹ちゃんがジュースを持ってきてくれた。キョンは自分の机に向かってあたしのノートを写している。そんなキョンをちらりと見ると、妹ちゃんはあたしに小声で囁いた。
「あのねぇ、キョンくんの目覚まし時計、ハルにゃんの声なんだよ」
「へ?」
 妹ちゃんの言葉の意味が分からず、変な声を出してしまった。目覚ましがあたしの声?
「うん! そうだよ! ちょっと待ってね」
 そういうと、妹ちゃんは手を伸ばしてベッドの脇から目覚まし時計を取ると、なにやら操作を始めた。まさか、と思っていたあたしは流れてきた声と言葉を聞いて思考が停止してしまった。

『キョン!! 早くしなさいよ!!   キョ』

 次の瞬間、キョンが妹ちゃんの手から目覚ましを奪い取っていた。キョンはさっきまで机に向かっていたはずで、本当に瞬間移動でもしたのかしら?
 それより、この目覚ましが、何で? あたしの声? いつ録音したの? キョンは毎朝あたしの声で起きているわけで……
 しばらくはその意味を掴みかねていた。
 妹ちゃんは、いつの間にかいなくなってるわ。出て行ったことにも気がつかないなんて、あたしも相当どうかしてたみたいね。
 って、今はそんなこと考えてる場合じゃないの!
「何であたしの声が目覚ましに入ってるのよ!」
 これは由々しき問題だわ。神聖にして不可侵なるSOS団団長の声を勝手に使用するなんて、ヒラの団員にはあるまじき行為よ! べ、別に恥ずかしくはないけど、誰だって勝手に使われるのは嫌じゃない?
「いや、それはだな……」
 キョンは明らかに目が泳いでいる。なんて言い訳しようか考えてるのは放火犯が現場に現れるより確実だわ。さあ、言ってみなさい? 一応聞いてあげなくもないわ。
「さっさと言いなさい! 勝手に団長の声を使うなんて、罰が必要ね。どんな罰にしようかしら?」
 うん、罰ゲームを考えるのは楽しいわ。あたしは自分が怒ってるのか楽しんでいるのかどっちなんだろう、なんて考えが頭のどこかをよぎったとき、思いもよらない言葉が耳に入ってきた。
「いや、だから、寝起きの悪い俺にとって、起こされるのはお前の声が一番良かったからだな……」
「えっ」
 キョンはさっきからあたしの思考を停止させるのが得意みたい。たった今まで考えていたこと、感じていたことは瞬時にあたしの中から消えてしまった。代わりにこみ上げてきたのは……
「ど、どういう意味よ」
 ちょ、ちょっと、恥ずかしいじゃない。朝、あたしの声で起こされるのが一番いいって……あたしの声で起きたいってことじゃない? キョンが? どうして?
「どういう意味って、言葉通りの意味だが」
 な、な、何言ってんのよあんたは! どうしていつもはヘタレで鈍感であたしのことなんか何も考えてないくせに、こう言うときに限ってそういうことがサラッと言えるのよ!
 言葉通りの意味って、キョンが?
 だめ、これ以上キョンの顔を見てられないわ。あたしは自分でなんと言ったかもわからないまま、「じゃ、また明日!」と言って部屋を飛び出していた。
 混乱した頭を抱えたまま、あたしは家まで走って帰った。


──────────


 家に帰ったからと言って、頭の整理が出来たわけではなかった。だから、もう少し落ち着くだけの時間が欲しいと思ってたのに!
「な、何で部屋に入ってくるのよ!」

 家に帰って10分もしないうちに呼び鈴が鳴ったかと思ったら、キョンが案内されてあたしの部屋にまでやってきた。ばつの悪そうな顔をしているキョンを尻目に、ニヤニヤ笑っているお母さんは
「せっかく来てくれたんだからいいじゃないの」なんて言っているわ。
 悔しいんだけど、いつもお母さんには敵わない。反論してもどういうわけかいつの間にかやりこめられているなんて、そんなところキョンには見せられるわけないじゃない!
 ニヤニヤしながら何か言っているお母さんにはあえて反論せず、さっさと部屋を出て行ってもらうことにした。
「あー、ノート忘れていっただろ」
 相変わらず気まずそうな顔のキョンは、そういいながらノートを差し出してきた。あたしとしたことがすっかり忘れてたわ。
「悪かったな、本当に。助かったぜ」
 だいたいキョンの家にはこのノートを取りに行ったのに、何をやっているのかしら。結局また、キョンに余計な苦労をかけてしまったじゃないの。本当は素直に謝った方がいいのかもしれないけど、やっぱりあたしは素直じゃないわね。
 こっちこそ悪かったわね、わざわざ持ってこさせて。そう言いたいのに言葉が出てこない。
 気まずい空気が流れる中、お母さんの声が階下から響いた。
「ハルヒー! 飲み物用意したから取りにいらっしゃい!」
「いや、俺もう帰ろうかと思ったんだが……」
 慌てた顔をしたキョンが即座に断る。無駄よ。お母さんがああ言ったら、あんたはありがたく飲むまで絶対帰らせてもらえないわ。
「あーもう、せっかく用意してくれたんだから飲んでいきなさい! そしたらさっさと帰りなさい!」
 何だかいろいろ気まずくて部屋にいられない気分になってたから助かったわ。階下に飲み物を取りに行くと、お母さんにつかまった。
「あの子が『キョン』くんね。なかなか礼儀正しい子じゃない。お母さんにちゃんと紹介して欲しいわ」
「紹介するほどの奴じゃないわよっ!」
「まあ、今はそう言うことにしておこうかな」
「うるさいっ!」
「照れない照れない」
 これ以上からかわれたらたまんないわ。あたしはコーヒーとお菓子の乗ったお盆を持つと、部屋へと逃げ戻った。
 ドアの前で一旦お盆を持ち直し、ノブに手をかけたときだった。

『ハルヒ。起きろって。ハルヒ!』

 数秒凍り付いたあたしは、その後考える暇もなくドアを蹴り開けていた。

「ちょっとあんた、勝手に何やってんのよ!!!」
「いや、その……」
「あ、あんた何で勝手に人の目覚まし触ってんのよ!」
 聞かれたわ。もうごまかしようもないくらい、はっきり分かったはず。
 エロキョンが変な勘違いしたらどうしよう? するに決まってるわ!
「もう、信じられない!  何よ、もう、だって単なる電子音じゃつまんないじゃない!」
 そうよ、別に他意があったわけじゃないのよ。ただ、普通の目覚ましの音に飽きただけ、それだけよ。
「何か面白い声でも録音してやろうと思ったけどあんたのマヌケ声しかとれなかったのよ! あんたの声じゃつまらなさすぎるけど仕方がないから使ってやってるのよ! 感謝して欲しいくらいだわ!」
 キョンは何も言わず黙って聞いている。
「だいたい、あんただってあたしの声勝手に使ってるじゃないの!!」
 そう言うとキョンは少し顔を赤めて視線をそらした。って何今更恥ずかしがってるのよ! キョンの家ではあんなこと平気な顔して言っていたくせに!
「いや、まあ、俺のことはおいといて」
 おいといてとはいい根性してるわね。
「お前が俺の声を使っているのは驚いたが、つまらないなら変えたらどうだ」
「え……」
 あたしは鏡を見ていたわけではないから、そのとき自分がどんな表情をしていたかは分からない。それでもあたしの顔を見たキョンは、少し驚いていた。驚いたから言ったのか、それとも別の理由なのか、キョンは突然こんなことを言い出した。
 「いや、まあ俺は器用な声優でもないから俺の声しか出せないんだが、セリフくらいならリクエストに応えてやるが」
 へえ? 何か面白いことを言ってくれるわけ? あんたが?
 キョンが自分からそんなことを言ってくれた、それがあたしには凄く嬉しい。それがどうしてなのか、本当は分かっているけれど。

「そうね、自分から言うなんてあんたもだんだん分かってきたじゃない!」
「あんまり変なセリフ言わすなよ」
「今更遅いわよ! 覚悟しなさい!」

 キョンはあたし考案の「面白いセリフ」を何とか目覚ましに録音してくれた。
 あの棒読みは何とかならないかしらね。何度もリテイクしてやったのに、一向に直らないんだもの。でも、
「おい、これがお前にとって『面白いセリフ』なのか?」
 なんて聞いてきたあいつの赤い顔に免じて許してあげたわ。

 え? そのセリフ? ダメよ、教えてあげないわ。あたしとキョンだけの秘密なんだから!


 おしまい。