背中
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 あたしは目の前にある背中を眺めていた。その背中は何か経験を積んだ人間のように独特の雰囲気を発することもなく、ただ自らの平凡さを訴えているのみなのに。
 そう、キョンは平凡よね。
 テストの返却時に教師が言う最高得点に目を見張るけれども、「赤点は補習だからな」と言うセリフには安堵の表情を浮かべる、そんな成績。
 毎日の掃除をさぼることはないけれど、体育の時間に注目を浴びることもなく、美術で絵が表彰されたなんてこともなければ、下駄箱に女の子からの手紙が入っているなんてこともない。
 ゲームの攻略法を聞きに来られることもなければ、特にこれといって音楽にこだわりがあるわけでもなく、だからといってアニメとか漫画に傾倒しているわけでもない。
 背が高くてハンサムだ、というならキョンじゃなくて古泉くんよね。だからといって顔が悪いとか取り立ててチビだってわけじゃないけど。

 そうやってキョンの特徴がないのが特徴なんだと言いたげな部分を心の中であげつらいながら、あたしはなおもキョンの背中を見つめ続ける。
 これだけ取り柄がないのに、それなのに、キョンはわりと好かれている。別に普段からニコニコしているとか、愛想ばかり振りまいているわけではない。むしろ、無愛想なことの方が多いと思う。

 みくるちゃんも有希も、キョンのことが好き。それが恋愛なのかどうか、あたしには分からないけれども、2人ともキョンを信頼して、何かしらの好意を持っている。
 古泉くんもキョンと仲がいい。結構ぞんざいに扱われている気もするけれど、男の子同士ではそんなものなのかもしれない。

 キョンの持つ雰囲気は人を安心させるような。妹がいるから? 面倒見がいい? そうなのかもしれない。
 クラスの女の子に、「キョンくん、ちょっとこれお願いしたいんだけど」なんて言われたら絶対断らないわよね。それは別に下心とかそういうんじゃなく、頼まれたことを相手に罪悪感を持たせることなくすんなり行動に移せちゃう、そんなタイプ。
 頼まれごとにたいして「やれやれ」なんて言うの、あたしにだけじゃない?

 はぁ、とあたしは溜息をついた。
 平凡なんて、あたしの最も嫌うことなのに。人が通る道は避けてきたあたしなのに。
 どういうわけか、この平凡な背中だけは手放したくない、何故かそう思う。

 これは、精神病なのかもしれない。

 やっぱり精神病は厄介だわ、と思いながらあたしはシャーペンでその背中を突いてみた。振り返るキョンに「あっかんべー」と舌を出してみる。
「なんだよ」と文句を言いながら前を向き直ったキョンをまだ見つめながら、この病気の治癒はもう無理かしらね、なんて考えていた。


  おしまい。