憂鬱な殺人 プロローグ
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原作の主要登場人物が死ぬ描写があります。苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。
別に鬱ネタではないつもりですが。

 ある家のリビング。普通の家の、よくあるリビングだ。電気はついていないので薄暗いが、階段から明りが漏れ、わずかに中の様子が見える。ソファとテーブルがあり、ソファと向かい合うようにテレビが置いてある。そのリビングに、何の前触れもなく、忽然と女が現れた。どこからか入って来たのでも、物陰から現れたのでもない。ただ、ある時間から突然そこに存在したのだ。

 彼女は辺りを見回すと、ソファのサイドテーブルにおいてあるリモコンを手に取った。それでテレビをつける。チャンネルを回し、あるテレビ局で固定すると、直ぐにテレビを消した。少し、耳を澄ますようにそのままじっと佇む。

 やがて、満足そうに微笑むと、女はリモコンを元に戻した。


 そして────



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 夜中にあたしは目が覚めた。時計を見る──夜中の0時半を少し過ぎたところだった。いつも就寝は夜11時くらい。思ったより時間が経っていないんだな、とぼんやりする頭で考えてみる。
 別に胸騒ぎがするとか、そう言う気分だった訳じゃないわ。ただ、やけに蒸し暑くて、喉が渇いただけ。気怠い気持ちでベッドから起き、階下へ飲み物を取りに行った。
 今夜は両親がいない。父は出張、母は親戚の家に用事があると言っていた。1人で家にいることは、あたしにとって珍しいことではない。

 今日もいつも通りの1人の夜を明かすだけだと思っていた。

 階下に降りて冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中を見てちょっとの間考えた。
「何がいいかしらね。ジュース……より、喉が渇いているから麦茶かな」
 ジュースは却下して、コップに麦茶を入れて一気に飲み干す。渇いていた喉が潤い、あたしは少しホッとした気分になる。
「なんか、目が覚めたわね……」

 一瞬、キョンに電話かけようかと思ったけれどやめておこう。さすがにこの時間じゃ、いくらキョンでも怒るわね。こういうとき、考えが自然とアイツのことになるのは、もう仕方がないのかもしれない。最初はあたしも何でアイツのことなんか……って考えたけど、もう開き直ったわ。一応付き合ってることになってるはずなのよね。
 少なくともあたしはキョンが好きだ。これは、もう誤魔化しようがない。キョンもたぶん、あたしが好きで付き合ってるんだろうけど、最近の態度を見てるとどうかしら、と思うわ。
 いや、態度は前からよね。最初から、キョンは全然変わっていない。
 変わったのはあたし?

 今日両親がいないの、なんて言ったらキョンはどうするかしら? いや、やっぱりあたしもそんな勇気はないわね。

 もう一度寝直そうとも思ったけど、ベッドに戻っても眠れない気がして、リビングでテレビでも見ることにした。どうせ眠れないなら同じよね。少しくらい夜更かししたって構わない。

 あたしは飲み物が欲しかったから、階下に降りるとまっすぐに冷蔵庫に行った。冷蔵庫からリビングは、あまり見えない位置関係になっていて、あたしはテレビをつけに居間に行くまで“それ”に気がつかなかった。テレビをつけようとリモコンを手に取り、ソファに腰掛けようとしたとき、“それ”が目に入った。

 リビングの窓際、ソファを回らないと、テーブルの影になって見えない場所。そこにあるべきでないものが横たわっていた。


「!!!!」


 とっさに声が出なかった。

「……っ……ひっ……あっ……」
 叫び声をあげたかったのかもしれない。自分でもどうしたいのかは解らない。ただ喘ぐだけで、声が喉にひっかかって上手く出ない。身体がガタガタ震えている。


 不自然な形に下り曲がった身体。
 見開いた目は、既に何も映すことはできないのが、一目で解った。
 青白い、血の気の失せた顔に浮かんでいる表情は恐怖か驚愕か──。


 孤島の合宿で見た偽物なんかとは違う、本物が持つ禍々しい雰囲気。


 そこにあったのは、知らない女の人の紛れもない“死体”だった。


「いやあああああああああ!!!!」

 始めてまともに出た声は、悲鳴となって家中に響いた。だが、家には誰もいない。助けてくれる人は誰もいない。あたしは恐怖と混乱で取り乱して、部屋に駆け戻った。

 本来なら直ぐに警察に連絡するべきだったのだろう。だけど、あたしは怖かった。誰に助けて欲しかった。

 気がつくと、携帯を手に取り、一番かけ慣れた番号を呼び出していた。


『なんだ、こんな時間に』
 しばらく呼び出した後、少し不機嫌そうな声が聞こえてきた。あたしは聞き慣れたその声にすがりついた。
「キョン……キョン、助けて……!」
『どうした!? 何があった!?』
 あたしの様子がおかしいと直ぐに感じてくれたのでしょうね。声から不機嫌さが消えて代わりに真剣味が加わった。
「あ、あたしの家で……」
 上手く言葉が継げないあたしは、唾を飲み込んでから続けた。
「誰かが死んでる! 知らない人が死んでる!!!」
『何だって!?』
「家には誰もいないの! お願い、家に来て!!」
 1人でいるのが怖かった。誰かに──キョンに、そばに居て欲しかった。
『わかった。直ぐ行くから待ってろ』
 キョンはそう言って電話を切った。

 キョンが来てくれると思うと少し落ち着いた。“あれ”について、少し考える余裕ができた。見たのはわずかな時間だったけど、目に焼き付いている。顔は青ざめていたし、表情も普通じゃなかったけど──知らない人だわ。あたしには見覚えがない。誰かに似ている気もする──誰?

 夜、寝る前には確かにそんな物はなかった。あたしは寝る前までテレビを見ていたんだもの。あんな物があったら気がつかないわけがない。だったら、あれはあたしが寝た11時から起きた0時半までに、あそこに来たことになる。

 誰かがこの家にあの女の人を連れてきて──
 そこまで考えてあたしは身震いした。誰かがあたしの家で人を殺したってこと!?

 あたしは家にいるのが怖くなって外に出た。祈りにも似た気持ちで、門の前でキョンを待つ。


 キョン、早く来て!