憂鬱な殺人 2章 事件の続き
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 その後、警察なのか機関なのか分からん連中が来て色々調べたり尋問の真似事をされたりしたのだが、非常につまらない時間だったので割愛する。俺は刑事ドラマの真似事が茶番であることが分かっていたし、何を調べても何も出てこないだろうことも分かっていたので、最初から飽き飽きしていた。

 しかし、ハルヒの反応には驚いた。確かにこの状況は楽しめないが、それにしても事件への多少の興味や、解決してやろうという意志は出てくるものだと思っていた。
 ところが、その眼には輝きはもちろん、いつもある意志の強さも影って見える。
「部屋に戻るわ」
 ハルヒは俺の手を引いて階段に向かった。って何で俺も連れて行くんだよ。
「いいからあんたも来なさい!」
「こちらはお任せください。どうぞごゆっくり」
 古泉が余計な事を言ってきた。谷口じゃあるまいし、何がごゆっくりだ。

 ハルヒは部屋に戻るとベッドにごろんと横になった。おい、深夜に無防備だな。
「は? あんた状況わかって言ってんの?」
「いや、つまらん冗談だ」
 わかってるさ。こっちはお前とは比べものにならないくらい深刻なんだぜ。冗談でも言ってなきゃやりきれん。
「あーもう、何でこんなことが起きちゃったのかしら」
 俺も何だかんだで付き合いが長くなってきたので、こいつが言わんとすることはよく解る。いくら不思議ごとや驚きな体験を求めているハルヒとはいえ、人が死ぬことなんか蟻が流す涙の量ほども望んじゃいない。それは去年の夏の合宿でやった茶番劇の時点でもはっきりしていたことではある。ハルヒが求めるのはもっと楽しいことだ。
 やはり、こいつはまだショックから抜け出せていないのだろう。先ほどの捜査を冷めた目で見ていたのも、たぶんそのせいだ。どういう態度を取っていいか決めかねているようでもあった。

 だからこそ、俺もこの事件はハルヒの変態パワーによるものではないと断言できる。だが、ハルヒ自身が何らかの目的になっている事もほぼ間違いないだろう。でなければ、朝比奈さん(大)を殺してしまうなんて許し難いことを考えた糞野郎は、わざわざハルヒの家に遺体を転がしておくなんて事をするはずがない。する必要もない。何か目的があったはずだ。

 俺が黙って考え込んでいたのを不審に思ったのか、ハルヒがいきなり俺をポカリとなぐった。
「あんた何考えこんでんのよ」
「いてーな。……この状況で色々考えるなってほうが無理だ」
「あんたが考えたって事件の真相なんか解りっこないわよ」
 言ってくれるなこいつ。本当のことだがな。これが普通の犯罪だったとしてもだ。
「悪かったな」
 反論する気も起こらないが、多少不機嫌そうに俺がそう言うと、ハルヒは俺の顔を覗き込んできた。顔が近いぞ。
「あんた、あの……死体を見てからちょっとおかしいわよ」
 “死体”という言葉を口にするのを少しためらったように言った。どうおかしい、と聞こうと思ったがやめておく。おかしくないわけがない。
「そりゃ、こんなことが起こるなんて思ってもみないからな。でもおかしいと言うならお前だっておかしいぜ」
 いつになく気弱だ、と続けようとしたが殴られそうなのでやめておいた。
「だって、まさかあたしの家でだなんて……。また古泉くんのサプライズでした、なんてオチにはなりそうにないじゃない。あの女の人が何であたしの家で死んでなきゃならないの? 全然知らない人なのに!」
 眉間に皺を寄せて考え込んでいるハルヒに、俺は心の中だけで言った。
 全然知らない人じゃないぜ。むしろ毎日会うくらいによく知っている人だ。ただし、その人の大人版だけどな。
 もちろん口に出して言うわけにもいかず、俺は代わりに別なことを口にした。
「とにかくお前は少し寝てろ。夜中にこんな事件に遭遇すりゃ興奮もするだろうが、だからこそ休んだ方がいいだろ」
「あんたはどうすんのよ」
 さて、どうしようかね。このままハルヒを放って帰るのも気が引ける。しかしまさか一晩いるのもどうかと思う。古泉がいるなら大丈夫か。
「お前が寝るまでここにいるさ」
 そう言うとハルヒは少し赤くなった気がした。
「変なことするんじゃないわよ」
「しねーよ、バカ」
 枕が俺の顔にヒットした。どっちなんだよ、まったく。
 それでも、少しは気が紛れたようだな。俺は安堵から深く息をついた。
 そして俺も、ハルヒと話していると気が紛れる。あんな死体なんかなかったんじゃないかと思うくらいに。

 すぐには眠れないんじゃないかと思ったが、ハルヒはまもなく寝息を立て始めた。さすがに疲れたのだろう。俺も多少の疲労を感じてはいたが、どのみち眠れそうにはない。しばらく寝顔を眺めていたい気分にもなったが、現実を思い出して俺はリビングに戻った。ハルヒのおかげで紛れていた気分が一気に下降する。

 警察もどきはすでに撤収したらしく、古泉が1人で考え込んでいた。
「おや、涼宮さんについていなくていいのですか?」
 俺が入ってから思い出したようにわざとらしい笑顔を作りやがった。さすがに笑っていられないってとこか。
「ハルヒはもう寝た。お前はどうするんだ」
「僕ももう帰らせて頂きます。あなたはまだいらっしゃるんでしょう」
「おい……。お前が帰るなら俺も帰るぜ。さすがにマズイだろ」
 高校生の男女が2人きりで朝まで過ごすってのが容認されるわけもない。いくら今が非常事態だと言ってもだ。
「あなたが今帰られると、涼宮さんが起きたときにたいそうお怒りになるかと思うのですが」
 知ったこっちゃねえ、と言いたかった。常識的に考えてマズイだろ。しかし、俺の脳裏に、俺を呼び出した電話でのやりとりが浮かんできた。ハルヒらしからぬ、弱々しい声。そして、俺が到着するのを外に出てまで待っていて、俺に縋り付いてきたハルヒ。
 ああ、畜生。
「わかったよ、残りゃいいんだろうが」
 お願いします、と腹の立つような笑顔で言って古泉は玄関に向かった。

 古泉を見送った俺はハルヒの部屋に戻った。別にハルヒの部屋じゃなくてもいいんじゃないかとも思うんだが、よそ様の家で勝手に他の部屋をウロウロするわけにも行くまい。
 ハルヒのベッドの脇に座り込むと、俺はあらためて今回の事件を考えてみた。ハルヒの言うとおり、俺なんかが考えても答えが出るわけもない。結局、同じ疑問がぐるぐる回っているだけだった。

 何故、朝比奈さん(大)が殺された? 何故、ハルヒの家で?

 朝比奈さん(大)がここに来たのは、何かしらの規定事項のため、と考えられる。この時代の規定事項は、たいてい朝比奈さん(小)が、というかむしろ俺がすることになっていたと思うのだが、何かしらの理由があったのか、それともハルヒの家ですることなので万全を期したのか。
 とすると、当然朝比奈さん(大)を殺したのは、その規定事項を覆したいと考える勢力と考えるのが妥当だ。
 俺が思い当たるのは1つしかない。
 あの、朝比奈さん(みちる)と未来からのよく解らない指令をこなしていたときに現れた、別の未来人。古泉の機関のような別の組織と結託をしてまで朝比奈さんを誘拐しようとした。よく考えれば、奴らにとって朝比奈さんが邪魔である、ということは間違いない。
 だが、何故殺すまでしなければならなかった?
 何故、こんな風に朝比奈さんの未来をつみ取ってしまわなければならない?
「冗談じゃねえぞ……」
 思わず呟く。
 朝比奈さん(大)に対して思うところは色々あるが、だからといって殺されるなんて問題外だ。絶対にこんなことが許されるわけはない。
「まさか、これが規定事項だなんて言うんじゃないですよね、朝比奈さん……」
 不安がよぎる。それだけはやめてくれ。

 うーん、と声がして、ハルヒが寝返りを打った。事件があったなんて嘘みたいに穏やかな顔をして寝ている。それを見て思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「まったく、人の気も知らないでな」
 もちろんハルヒが知るわけもないし、知られても困るのだが。
 今くらいは頭を悩ませずにハルヒの寝顔を眺めていてもいいか。それはそれで、別の意味で悩むことになりそうだが。
『変なことするんじゃないわよ』
 あれは本音なんだろうな。畜生、こいつはやっぱり人の気も知らないってわけか。それとも知っていて釘を刺したのか。

 結局、俺はいろんな意味で一睡も出来ないまま朝を迎えた。


 翌朝、俺はハルヒが起きるのを待って自宅に戻ることにした。
「何もしてないでしょうね」
 こんなときにアホなことを聞くな。何もしてねえっつーの。だいたいお前が俺を部屋まで連れて行ったんだろ。信用してるんじゃねえのかよ。やっぱり人の気も知らない奴だ。

 アホな会話はおいといて、俺は学校に行く準備もあるのでやはり早く帰らなければならない。そう思ってふと窓の外を見て驚いた。
 どうやら報道関係者らしき人間がハルヒの自宅周辺をウロウロしている。この状態でハルヒの家から出たら本気でヤバイだろ? どうするんだよ!
「裏口から出て塀を乗り越えればいいんじゃない?」
 いや、お前、道路側はどっちも人がいるし、そうじゃなきゃお隣さんの敷地に不法侵入だぞ。
「別にいいじゃない。ちょっと通らしてもらって、何でもない顔をして出ればわかりゃしないわよ」
 それでお隣さんに見つかったらどうするんだよ!
  しかし、堂々と出て報道関係者に顔をさらすような度胸はあいにく持ち合わせていない。
 結局、俺は外から見えない位置を選んで塀を乗り越え、見つからないようにコソコソと、ハルヒの家と背中合わせに隣接するお宅から出させてもらうことにした。
 まったく、これじゃまるで俺が犯罪者だぜ。
 あ、しかも自転車持って出られねえ。

 くそ、いまいましい。

 自宅に戻った俺を母親が待ちかまえていた。一応、夜中にメールを入れておいたのだが、朝のニュースですでに遺体発見の報道があったらしい。警察発表でもあったのか。ニュースなんかにして大丈夫なのか? 後で古泉に詳しく聞いてみよう。
 母親が好奇心むき出しで事件の事を聞いてくるのには閉口した。それより夜中に女の子の家に1人で行ったことはお咎めなしか?
「あんたがこんなときに頼られるなんて、意外よね」
 我が母親ながらアホかもしれない。

 時間がギリギリだったので、母親の質問攻撃をかわしつつ身支度を調え、さっさと家を出ることにした。昨日からほとんど寝ていないのが今更ながら堪える。

 ああ、学校行きたくない……。