憂鬱な殺人 4章 未来に関する考察
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 ハルヒの推理第一声はこうであった。
「恋愛関係のもつれに違いないわ!」
 ちなみにこの時点では古泉情報は何もない。報道では被害者の(偽の)身元が判明した程度である。それなのに何を言っているんだこいつは。
「勘よ、勘。あれだけ美人なんだもの。男が放っておくわけはないわ!」
 たったそれだけの根拠を真顔で言ってのけた。さすがに楽しそうではないが、どういうわけか自分の発言には絶対的な自信を持っているらしい。
 事件発生から一日が経っだけで、ハルヒはハルヒに戻っていた。

「さすが涼宮さんですね」
 古泉がまるで定型句のようになっているおべんちゃらを言った。何がさすがなんだか。だいたい、俺にハルヒの気持ちを落ち着かせて欲しいなんて頼んできやがったが、お前の方がよっぽどその役を引き受けているように見えるがな。わざわざ警察との橋渡し役のようなことまでしやがって。
「実は、警察もそのような見解を示しています。被害者と最後に会った男性と恋人同士であった、という情報もありますし、それ以外にも友人関係以上の男性がいたようです」
 てめえ、朝比奈さん(大)に対してどういう設定を押しつけやがるんだ。未来の朝比奈さん(大)が普段どんな生活をしているか知らないが、そんな人じゃないぞ。ないはずだ。
 俺が古泉を睨み付けると、古泉はいつもの笑顔に少し困ったような表情を混ぜた。仕方ありません、と言いたいのだろう。
 俺はそれに対して発言するわけにもいかず、ハルヒに突っ込みを入れるに留めた。
「たまたま当たったけどな、今のは推理とは言えんだろうが」
 完全に当てずっぽうだ。だが、古泉はハルヒが考えそうなシナリオを用意しているらしいので、この当てずっぽうがどんどん当たりそうで怖い。
 SOS団の名を世に知らしめる、なんて言ってたな。いや、でもハルヒは事件が解決してしまえばそれで満足なはずだ。わざわざ自分か解決した、なんて喧伝することもないだろう。

 事件が起こった翌日から、放課後のSOS団は探偵事務所に変わったらしい。俺はいつもと変わらない気がしたのだが、ハルヒがそう言うのだから仕方がない。
 毎日古泉が持ってきた情報をもとにハルヒがそれらしい推理をし、古泉がそれを持ち上げて俺が突っ込みを入れる、というようなことが続いていた。ちなみに長門は本を読み、朝比奈さんはお茶を入れていた。ハルヒは最初、この二人にも意見を求めていたが、無反応の長門と考えてもまったく答えが出ない朝比奈さんに、諦めることにしたらしい。

「有希だったらきっと解決できるはずなのに、全然興味がないんだもの!」
 何故か俺が家まで送っていくことになっている帰り道、ハルヒはそんな風に不満をぶつけてきた。
「お前は長門に解決して欲しいのか自分で解決したいのかどっちなんだ」
「そりゃ、あたしが解決した方がいいに決まってるけどさ」
 口を水鳥の形にするのは不満の現れだ。
「でも、有希も一緒に解決した方が面白いじゃないの!」
 ハルヒが長門と朝比奈さんを大事に思っているのは解っているが、それじゃ古泉は道に迷った人を案内していて一緒に迷ってしまった人くらい立場がないぞ。 
「何言ってんのよ。古泉くんは最初から関わってるじゃないの」
 そりゃそーだ。関わらしたのは俺だからな。じゃ、朝比奈さんはいいのか。
「みくるちゃんはいくら考えても答えなんか出なさそうだし」
 えらい言われようだが、もっともだ。
 前も言ったが、朝比奈さんにこんな事件は似合わない。

 一番不安だった、朝比奈さん(大)の正体に気付くんじゃないかという懸念も杞憂でしかなかった。ハルヒの勘の良さを考えたら気付きそうなものだ。他人のそら似と言うには似すぎている。だが、ハルヒは何も言わなかった。遺体のことなんか思い出したくないのかもしれない。あれで意外と普通の女の子っぽいところもあるんだよな、ハルヒは。

 それからの数日は、俺にとっては大きな進展はなかった。しかし、ハルヒからしたら充分語るに値する数日であったこともまた間違いない。
 とにかく、朝比奈さん(大)殺人事件は、ハルヒの中ではあっという間に終焉を迎えた。


 ここで古泉シナリオの事件の偽真相やら、ハルヒの探偵ぶりやらを披露してもいいのだが、本来の事件とは何の関わりもないので割愛する。
 とにかく、事件が起こった二日後には容疑者は二人にまで絞り込まれ、しかもその二人が殺人と死体遺棄という別々の犯行をやったという結末が用意されていたのだ。つまり殺人犯が死体遺棄犯の家に死体を捨て(この動機は私怨による犯行のなすりつけ)、それに驚いた遺棄犯はまた別の家(つまりハルヒの家)に死体を捨ててしまった、当時は酔っていて正常な判断ができなかった、というオチである。
 動機はハルヒの推理通り、と言うべきか、恋愛のもつれだ。容疑者は二人とも被害者と付き合っていた。嫉妬深い方が被害者を殺害し、もう一人に罪を着せようとしたわけだ。
 そういや、そのときは聞くのを忘れていたが、ハルヒの家の窓を割ったのはやはり機関の人間らしい。そりゃ、外から死体を遺棄したことにするためには仕方がないのだろうが、ハルヒの両親からすりゃさぞかし迷惑だったに違いない。

 そして、裁判などの手続きまでやっていられないという理由で、殺人犯の自殺、という何とも後味の悪い結末で事件は幕を引いた。
 殺人犯は架空の人間であるが、マスコミの目をごまかせる程度の情報は与えてあるらしい。つくづく機関てのは何でも屋らしいな。
 少し弄れば小説にでも出来そうな話である。古泉は将来、ミステリ作家にでもなる気なのだろうか。
 ハルヒの探偵ぶりは去年の夏の孤島とさほど変わらなかったが(つまり、それなりの推理力を発揮したということだ)、古泉の架空の真実への誘導ぶりはそれなりに賞賛できるものであったと思う。果たしてこれはミスリードなのかそうでないのかは悩むところだが。

 事件が表向きは解決した後、ハルヒはもとの元気さと笑顔を取り戻していた。「SOS団の名を世に知らしめる」なんて言っていたが、最初に俺が思ったとおり解決したことに満足しているらしい。ともかく、ハルヒにとって知らない人が殺されたなんてことでいつまでも悩む問題ではないだろう。俺はハルヒに笑顔が戻ったことには安心した。いつしか、俺はハルヒが笑っていないと落ち着かなくなっているらしい。今更何でだろうね、なんてことは言わないが。
 しかし、実際には解決していない事件に、俺はこの後振り回されることになる。


 話が前後するが、この間に本来の事件に関することがまったく話し合われなかったわけではない。俺と古泉と長門(はいつものことだが)は、昼休みのほとんどを部室で過ごして話し合っていた。

「でもおかしいよな」
 ここんとこ考えいて、俺なりに疑問に思ったことを口に出してみる。
「朝比奈さんが殺されることが規定事項でないなら、朝比奈さんが時間遡行する前に行って、お前は行くなって言ってしまえばそれで良いわけだろ」
 前も思ったが、未来人の行動はいまいち理屈が通っていないような気がする。未来から過去がどのように観測されているのかは知るよしもないが、今回のような規定事項から逸脱しているらしいようなことは、事前に回避することが可能なはずである。まして、被害者自身が未来人なんだ。どうとでもなるような気がするんだが。
「それでは本人に未来を教えてしまうことになってしまいます」
 それにしても、別人にそれとなく指令を出すとか別の任務を与えるとか、本人に知らせなくてもどうとでもなりそうなもんだが。
 そもそも、未来人の指令系統はどうなっているんだ? 朝比奈さん(小)に指令を与えているのはおそらく朝比奈さん(大)だろうが、じゃあ朝比奈さん(大)に指令を与えているのは誰だ? もっと未来の朝比奈さんか? でも、それでは朝比奈さんの人生自体が規定事項をなぞっているだけ、と言うことになってしまう。いくら未来人といえど、個人の人生を縛るほどの規定事項はないと信じたい。

「あくまでも推論ですが、朝比奈さんがご自身から指令を与えられるのは、僕たちのいる時代においてのみだと思いますよ。おっしゃる通り、人生そのものが規定事項では生きている意味すら失いかねませんからね」
 こういう推論を話すときの古泉は生き生きとしている。つくづく推論や解説が性に合っているらしいな。
「しかし、あなたのおっしゃる通り、これが規定事項ではないなら未来人としては何とかしようとするはずだ、ということもまた間違いないでしょう。ところが未来人たちはまだ動いていないようだ。そこからどういうことが推測できるでしょうか」
 だから何でそこで俺にふるんだ。どうせ自分で結論を言うための前ふりでしかないんだろうが、ここで古泉語りに水を差せたら愉快な気分になれるかもしれない。
「俺に分かるわけないだろ」
 無理だった。

 古泉は少し首をかしげるように俺を見た後、結局解説の続きを話し始めた。
「去年の十二月──」
 と言って古泉はこの話題に触れる許しを請うように、長門に向かって軽く頭を下げた。
「改変された時空であなたが過ごした三日間は、その後あなたと長門さんが時間遡行して今の時間に繋がるように再改変された。では、改変されていたはずの時空はどこに行ったのでしょう?」
「それは節分のときに散々聞いた。結局仮説の域を出ないってことだろ」
 長門ならもしかしたら真実を知っているのかもしれない。
「長門は何が起こったか解ってるのか?」
 一応聞いてみた。果たして、答えは予想通りであった。
「理解している。しかし、言語では概念を伝達できない」
 やっぱりそうか。仮に言語で伝達できたとしても俺にはさっぱり解らない概念であることには変わりないだろうな。
「そうです、あの時も言ったように僕にも解るはずがありません。そして、あの時と同じ質問をもう一度しますが、もしあなたが過去に行き、大惨事となるような事件を未然に防ぐことが可能な立場に置かれたら、あなたは手を出しますか?」
 まったく、お前の中で結論が出ているならもったいぶらずに言え。何故俺にそんな質問をする必要がある?
「わかんねえよ。そのときになってみたら勝手に身体が動くさ」
 あのとき思ったことをそのまま答える。
本来ならあり得ないようなこと、しかし可能性として俺にはあり得ることなんざ、目の前に起こってみないと解りようがないだろ。

「ええ、ですが今が“そのとき”だとは思えませんか」
 何だよそれは。確かに以前にも、今回の事件で時間遡行を行うかもしれない、とは話した覚えがあるが。
「つまり、今が一回目ではないか、ということです。朝比奈さんが過去に置いて殺される、ということは彼女の未来において規定事項とすることは到底容認できないでしょう。そうとなれば、この事実は無かったことにされなければならない」
「未来人が何とかして、“今”が上書きされるということか」
 俺が四年前の七夕に行った後に感じたこと──俺が出発したときと帰ってきたときで、は違う世界何じゃないかという疑問。それは、朝比奈さん(みちる)とのお使いごっこのような、未来からの指令をこなしていた後に実感したことでもある。

 時間は上書きされる。今は、なかったことにできる。

「その通りです。そして、おそらく何とかするのはあなたになると僕は思っています」
「何故そうなる」
 未来人のゴタゴタに俺が関わり合いになる理由がないだろ。俺は自分の未来には責任を持たなくてはならないだろうが、世界の未来にまで責任を持つつもりは毛頭ない。
「未来人の情報を伝えるのが朝比奈さんだからですよ。本人に事実が露呈する危険があるわけですから、今回の事件に彼女を関わらせる理由は本来ならありません。彼女が関わる理由は一つだけ、あなたを過去に連れて行って事件を解決することです」

 俺は今まで、自分が過ごしている時間が「上書き」されてしまうことになんとなく恐怖にも似た感情を持っていた。俺が知らない間に、俺が経験したことがなくなって、別の経験をしたことになってしまっている俺。あの、去年の冬の件を考えてみるといい。あのときは改変された世界の記憶もしっかり持っていたが、その記憶がもしなかったら? 当たり前のように、改変された世界なんてなく、俺の経験は階段から転がり落ちて三日間の意識不明ってことが全てだ。実際に俺が必死にハルヒを探した三日間はまったくなかったことになっちまう。
 それが頻繁に起こるとしたら? 結構恐怖だろ?

 しかし、今俺は積極的に“今”を上書きしたいなんて思っちまっている。朝比奈さん(大)が死んでしまった世界。今後、朝比奈さん(小)がいつまでこの時空に留まるかは知らないが、朝比奈さん(小)の顔を見るたびに彼女の未来を思い出してしまうだろう。
 人はいつか死ぬ。それは間違いないことだが、こんな風に自分の時代ですらない場所で他人に命を奪われるなんて最期を容認できるか?
 俺にはできないね。
 とはいえ。
「いったい未来人は俺に何を期待しているっていうんだ」
 何度も言うが俺は凡人だ。宇宙的力もなければ地域限定の超能力もない。
もちろん未来人でないのは未来人自身がよく知っているはずだ。なんで俺に白羽の矢が立つんだ。
「僕から言わせて貰えば、何故あなたがお分かりにならないのか、と思っていますが。もちろんこの事件に涼宮さんが関わっているからですよ」
 古泉はニヤニヤしながら言った。
 やれやれ、俺は未来人にまでハルヒのスポークスマンか何かだと思われているらしい。


 また別の日のことだ。

 昼休みの古泉との話し合いは、事件の解決というよりは未来に関する考察会の様相を呈してきた。いや、それが事件の解決に繋がると思ってはいないのだが、どうしても考えざるを得ない。長門もいるんだが、こっちから話を振らない限りほとんど意見を言わないし、振っても大半が「言語では伝達できない」と言われてしまう。未来的なことは長門にとっても禁則なのかもしれない。

 朝比奈さん(小)からは、あれから何も言ってこない。てことは、この事件が規定事項ではない、ってことしか伝える気はなかったのか、未来人は。
「どうやらそのようですね。むしろ、規定事項ではないと伝えてくれただけありがたいと思うべきなのかもしれません」
 なぜそう思う。
「規定事項である、というのは文字通り既に起こってしまった事項についてですから、伝えるのに問題はないでしょう。しかし、規定事項ではない、と伝えるのはおそらく禁則事項であるはずです。起こらないはずのことを過去の人間に言うわけですからね。それをわざわざ伝えてくれたわけです」
 規定事項やら禁則事項やら、ワケが分からなくなってきた。

「なあ、古泉、未来って一つだと思うか?」
 ワケの分からないついでに聞いてみる。以前から何度も考えたことだ。朝比奈さんのいる未来と、あの名前は忘れたがいけ好かない野郎のいる未来。これらは同じものなのか? それとも、何かの都合で別に分岐した未来でもあるのか?
 朝比奈さんがこの時代にいるのは未来の固定のため、と長門は言っていた。では、固定されないままの未来とはどうなっているんだ?
「それは僕にもわかりません。でも、以前にも言ったように、未来は変えることができると思っています。現在から見た未来はあやふやなものでなければならない。それこそ僕たちの人生は規定事項をなぞるだけになってしまいかねません。例え、それを自覚していないとしても」
 人生が一本のレールでしかないとすると、ただ人生が終わるまでその上を走るだけか。自分で何かを選択したつもりで、実はその選択すら最初から決められていた、ということになってしまう。さすがにそんなことはないと思いたい。
 だったら、未来から来ている人間たちはどうなっているんだ? 実際に彼らがいる未来が存在しているにもかかわらず、その未来は固定されていない。そんな曖昧な場所から来ているのか?

 もっと大きな疑問がある。過去から見た現在は、固定されているのか? 一年前から見たら、俺のいる今は未来なはずである。今俺のいる時空は曖昧であやふやな物でしかないのか?
 そこまで考えて、俺は“今”を上書きしたいと思っていることに気が付いた。
 確かに、曖昧であやふやな物であるのかもしれない。
 では、“固定”されるのはいつなんだろう。
「さっぱりわからん」
 俺は考えることを放棄した。結局俺は未来人ではないし、今現在しか生きれない人間だ。……たまに、何を間違ってか、タイムトラベルをするはめになったことはあるが。とにかく、あんまり考えないで今を生きていくしかないのだろう。それが未来に繋がっていると信じたいね。

「我思うゆえに我あり、ということではないですか」
 またお得意の禅問答かよ。デカルトだか何だか知らないが、相変わらずお前の言うことはワケがわからん。わざと難しく言っているような気もするが。
「無矛盾な公理的集合論は自己そのものの無矛盾性を証明することができない、ですよね」
 古泉が長門に向かって言った。いつかのタイムトラベルから三年眠って帰ってきた俺に、長門が言った言葉だ。ますますわからん。デカルトの命題と不完全性定理との間に関連性があるなら俺にわかるように教えてくれ。
「そう」
 長門は一言で古泉に答えた。長門としてはそれで充分なんだろうが、誰か俺にもわかるように説明しやがれ。
 いや、やっぱりいい。これ以上頭を使うとどうにかなりそうだ。

 だいたい、こうやって集まって禅問答だか哲学的な命題だかについて話あっていて、解決に繋がるのだろうか。
 この事件を根本から解決するためには、こんな議論をするのではなく、実際に過去に行くことが必要なんじゃないのか?


 俺のそんな思いが現実になるのは、事件が表向きの解決を見た翌日だった。事件発生から七日が経っていた。
 一週間で事件が解決してしまったのは早いというべきか。これが本当の事件なら、主な推理はハルヒがしたことになっているわけで(それを警察の知り合いに伝えたのは古泉ということになっている)、ハルヒに感状の一つも寄越すべきなのかもしれない。
 もちろん、そんな物を授与するなんて話が出るはずもなく、この事件は解決とともに話題に出なくなり、学校は落ち着きを取り戻した。SOS団も表向きはおかしな日常を取り戻しつつあった。

「あのぅ、一緒に行って欲しいところがあるんですけど……」
 まるでいつかの焼き直しといったセリフを朝比奈さん(小)から聞かされたとき、正直某インターネットの掲示板のように、キタ────!! と思ったのはお許し願いたい。悪いインターネットに毒されちゃいかんな(注:作者は悪い(ryとか思ってませんから!)。
 しかし、朝比奈さんからのこの「お誘い」を心の底から待ちわびていたわけで、俺のテンションが上がってしまったのも無理はないだろ?

「あの事件があった日に行くんでしょう?」
 俺の問いに、朝比奈さん(小)はうなずいた。
「ええ、あの日の夜に、です」


 ようやく、事件が動き出した。