憂鬱な殺人 5章 事件当日
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 さて、SOS団にはどうやらタイムトラベルに憧れていたらしい超能力者がいたわけで、今回もなぜか目を輝かせて俺に頼みに来た。
 ちなみに放課後の部室でのことだ。いつものメンバー……と言いたいところだが、岡部に呼び出されたハルヒはまだ部室に来ていない。
「今度は僕も連れて行って下さいませんか」
 だから小腹の空いたシャミセンのような目をするのは止めろ。そういう目は朝比奈さんこそ似合うわけだし、長門のそんな表情も見てみたい気もする。ハルヒは……まあ、たまにはそんな顔もすることがあるのを知っているが、それはおいといて、とにかくお前がやったって薄ら寒い気分が味わえるだけで嬉しくも何ともない。
「朝比奈さん次第だろ」
 俺にそんな権限はない。俺自身がTPDDを使えるわけでもない。
「そうですか。あなたに全権委任されているとも思ったのですが」
 そんなわけないだろうが。前の改変世界を戻しに行ったときとはワケが違う。
 まあ、でも朝比奈さん(小)に聞いてみるくらいはしてやるか。

「そ、そんなの無理ですぅ」
 やっぱりというべきか意外というべきか、朝比奈さん(小)は困惑を顔いっぱいに浮かべて否定した。
「許可が出てるのはキョンくんだけなんです……ごめんなさい」
 朝比奈さんは上目遣いに涙目、というサービス付きで古泉に断りを入れていた。そんなサービス要らないですよ、古泉には勿体ない。いや、もちろん朝比奈さんにはサービスなんて意識は毛頭ないのだろうが。
「申し訳ありません」
 古泉はいつもの如才ない笑顔で言った。
「そんなに困らせるつもりはなかったんですよ。ちょっと言ってみただけですから、どうぞお気になさらないで下さい」
 嘘つけ、と言ってやりたかったがやめてやった。朝比奈さんはにっこり微笑んで古泉を見上げている。なーんとなくその視線は気に入らないぞ。
「それでは、お気……」
「やっほー!! みんな揃ってるわねー!!」
 何か言いかけた古泉は勢いよく開けられたドアによって遮られ、奴は俺に向かって肩をすくめた。けたたましい音とともに乱入してきた人物は、岡部に呼び出されたなんてろくな話じゃなかったんだろうに、おくびにも出さずにいやがる。よっぽど早く部活もどきを始めたかったのか。
 その人物……、いや、もういいな、つまりハルヒは団長席に飛び乗ると、人差し指で天を指して宣言した。
「夏休みの計画、本格的に行くわよ!!」
 この事件でうやむやになっていた夏休みの行動計画表を早速作り出すつもりらしい。


 これはとっとと事件を解決しないと、大変な夏休みになりそうだ。


 話を戻そう。途中で超能力野郎が割り込んできたおかげで話が変わってしまったが、朝比奈さん(小)が俺を事件当日に連れて行く、ということになったわけだ。
 いつもの部活が終わり、一旦別れてから再度駅前公園に集まる。例の変な属性を持った人御用達の公園だ。
 で、一体俺は過去に行って何をすればいいんだろう?
「そ、それが、キョンくんに任せるという指令が……」
 なんですと? 俺に任せる? ホワイ? なぜ?
 今まで俺が関与していた時間遡行は、この朝比奈さん(小)がわかっていなくても朝比奈さん(大)が指示をくれた。あるいは、俺がある程度やることがわかっていたってこともあった。
 だが、今回は別だ。まず、朝比奈さん(大)が助けに来てくれるわけがない。助けに来れるくらいなら自分で何とかしてしまうだろう。そして、俺はこの事件に関する知識なんてほとんど持っていない。しかも古泉説では、この事件を“なかったこと”にすることによって規定事項をクリアすることになるんじゃないのか? だったら未来人が何とかすりゃいいんだ。そもそも俺が行く必要すらないんじゃないのか?
 こんなこと考えても堂々巡りで何の解決にもなりゃしない。
 未来人が俺に何かしろって言うならしてやるさ。別に何でも唯々諾々と受け入れるワケじゃあない。今回は朝比奈さん(大)を救うという緊急プロジェクトだ。だから俺も出血大サービスってことだ。

 ともあれ、俺は朝比奈さん(小)の「それでは行きますから目を閉じて下さい」という、既にお決まりになってきた感のある言葉とともに過去へと旅だった。
 ああ、しまった。また酔い止めを飲んでおくのを忘れたぜ。


 既に何度か味わい、もうこれは嫌だと思ったあの浮遊して振り回されているような、頭の中で光がチカチカ点滅しているような、とにかく不快な感覚を経てようやく俺は平衡感覚を取り戻した。

「ここは……?」
 まずは現在地の確認だ。見覚えのある公園。携帯で時間を確認しようとして、それが意味のない行動であると気がついた。
「涼宮さんのおうちのすぐ近くにある公園です。時刻は二三時ちょうどです。ここから涼宮さんのおうちに、キョンくん一人で行ってください」
「俺一人で??」
 朝比奈さん(小)は軽く目を伏せた。
「ごめんなさい。そういう指示なんです。わたしが同行することは厳禁、と言われちゃいました……」
 いつぞやの憂鬱がまた襲ったような表情で朝比奈さん(小)は言った。何かしらの罪悪感が俺を襲う。
 いや、何かしらじゃないな。俺だって分かっている。
 また、朝比奈さん(小)は何も知らない。今回の事件が規定事項ではないと知らされていても、何故未来人ではなく俺主導なのかもまったく知らされていないのだろう。俺だって一番知りたいことではある。
 いつも朝比奈さん(小)の扱いに含むところの大ありな俺だが、今回ばかりはさすがに本人に事実を突きつけるわけにはいかないって事情が分かるので、何も言うわけには行かなかった。
 だが、俺の方が多少なりとも事情が分かっているってのが何とも歯がゆい。すべて話してしまいたい衝動に駆られる。
 この罪悪感はそこから来るものだ。

 何とか慰める言葉はないものかと考えたが、時間が差し迫っていることに気がついた。長門が言うには最初の時間訪問者は後三十分もしないでやってくる。
 最初にやってくるのが朝比奈さん(大)なのか、それとも犯人なのかは分からないが、とにかく行けば何とかなると思いたい。さすがに俺の目の前で殺人をしようとは思わないだろう。

 いや。

 俺じゃダメかもしれない。だいたい、俺が未来的な何かに対向出来るはずもないし、最初に来たのが朝比奈さん(大)だったらすぐ帰れと警告出来るかもしれないが、犯人だったら? 何の作戦もないぞ、おい。どーすりゃいいんだ。

 そもそもどうやってハルヒの家に入るんだ? 当たり前だが合い鍵なんかありゃしねーぞ。ハルヒに開けて貰う? それでいいのか?

 そうか。俺ならダメでもハルヒならいいかもしれない。
 少なくとも未来人はハルヒに何かしらの手出しをしたいと思ってはいないようだ。多分としか言いようがないが、ハルヒを見かけたら何も出来ないのではないか。
 ハルヒが未来人の出現を目の当たりにする恐れもあるが。
 ……そのときは全力で俺は何も見ていないと言うだけさ。それで何とかなるかはわからんが、きっと何とかなるような気がする。理由なんかないけどな。

 こんないい加減な作戦でいいのか分からないが、俺の頭で考えつくことなんかこの程度だとしか言いようがない。開き直ってるわけでもなく、出来ることを考えた結果だ。
 無理言って古泉を連れてくればもっといい案が出たかもしれない。こんなときにあいつを頼るのは納得いかないけど。

 さて、こんな時間にハルヒの家を訪問する言い訳を考えつかないまま、玄関まであと十歩という地点まで来たとき────


 ──奴がいやがった。


「やっぱりお前か」
 俺の想像通りの奴が、ハルヒの家の前に現れた。そいつは相も変わらず上から見下ろすような視線で俺を見ていた。
「ご苦労なことだ。自分に関係のない事件のためにわざわざこんなところまで来るとは」
 少し目を細めて、しかし睨んでいるとは違う表情をしているそいつは、以前に出会った未来人に間違いなかった。名前は……なんだっけか。
「わざわざ人を殺しに時間を超えてくる奴に言われたくはない」
 そう言ってやると、そいつは少し顔をしかめた。
「ふん……こんなやり方は僕だって趣味じゃない。だが、仕方なかったんだ」
「仕方ない? 仕方ないから人を殺す? 未来ではそんな理由で殺人が認められているのかよ!」
 ふざけるのも大概にしやがれ。本当に未来ではそんな理由で殺人が認められるっていうのなら、俺はそんな未来は絶対に認めねえ。
「お前は最初から気に食わない奴だったがな。まさか人を……朝比奈さんを殺すなんて非道いことをするようには見えなかった」
 俺も人を見る目がないってことだ。朝比奈さん自身も、悪い人には見えないと言っていたな。くえねえ野郎だ。
「あれは僕じゃない……なんて言っても無駄か」
「無駄だな。お前のお仲間に代わりはないんだろ」
 なるほどな。やはり大それたことが出来るタイプじゃなかったか。おおかた、暴走している仲間を止めることが出来なかったってとこだろう。
 ああ、関係ないが名前を思い出した。確か藤原とか言ったな。
「だいたい、誘拐だけでは飽きたらずに殺しまでするって、お前らにとって朝比奈さんはそんなに脅威なのか?」
「ふん、禁則だ」
 答えてもらえるとは思っていなかったが、やはり禁則事項だった。

「なるほどな。今はどうでもいい話だ。そこをどけ」
 こいつと話している時間はない。今、この時はまだ殺されていないはずの朝比奈さんを助けなければならない。
「どけと言われて素直にどくわけにも行かないんでね」
 そりゃ、それで素直に道を譲るくらいなら始めから登場していないだろう。

 俺は無視して藤原の脇をすり抜けようとした。





「……ん……、…ンくん……」
 誰かの声が聞こえる。
 何だ? 妹か? まだ目覚ましは鳴っていないぞ。
「…ョンくん、キョンくん!」
 顔に何か水滴が落ちてきた。冷たいな。何だ?
「キョンくん、大丈夫ですか? 起きてください、キョンくん!」
 朝比奈さんの声……?

「朝比奈さん!?」
 俺はようやく目が覚めた。思わずキョロキョロと辺りを見回してみる。
 確か俺は、ハルヒの家に行こうとして……?
「ああ、良かったぁ。全然目を覚まさないから、どうしようかと思いましたぁ」
 朝比奈さんはもったいないことに両目から涙を流して俺を見下ろしていた。
 あなたを泣かすなんて俺はなんて罪な男なんでしょう、などとおどけている場合ではない。
俺はもう一度現状把握に努めた。
 相変わらずハルヒの家から数m離れた路地だ。この反対側少し先に、朝比奈さんと時間遡行してきた公園がある。
 俺はそこから一人でハルヒの家まで行こうとして、あの藤原とかいう未来人に邪魔されて…………それからどうした?

「畜生!」
 やられた。俺は確か、藤原の横を通ろうとしたんだ。その後、まったく記憶がない。
 間違いなく何かされたんだろう。
 朝比奈さん(大)が朝比奈さん(小)の意識を易々と奪っているところを、俺は何度か目にしている。
あれと同じことが藤原に出来てもまったく不思議ではない。
 突然俺が毒づいたことに驚いている朝比奈さんに、今何時か聞いてみた。

「ええと、十二時……三分前ですね」
「……そうですか」
 やはり、遅かったか。
 長門の話から考えて、十一時半までに事件は起こっている。
「すみません。どうやら既に事件が起きた後のようです」
 努めて冷静を装って、朝比奈さんに伝えた。朝比奈さんはわずかに目を伏せた。
「そうですよね……。わたし、何も出来なくて……。キョンくん遅いなあと思っていたら、あの、前にあった人……わたしもよく知らないけど未来から来た人、あの人が、涼宮さんの家に行ってみろって言うから、来てみたんです。そしたらキョンくんが……」
 なんと、朝比奈さんをここに寄越したのは藤原だったのか。どういう配慮かしらないが、敵に塩を送られた気分だ。確かにいつまでもこんなところで寝ているわけにも行かないし、こんな時間に朝比奈さんを一人公園で待たせるわけにも行かなかったのだが、それにしても余計なことをしやがる。いや、本当は助かったと言うべきかもしれないが認めたくはない。

 そんなことより、これからどうするってことだ。
 確実に、朝比奈さん(大)はもう…………。
「くそっ」
 再び悪態をつく。俺は一体何のためにここまでやってきたんだ?
「ご、ごめんなさい……」
 俺のセリフに朝比奈さんはビクッと反応し、おそるおそる謝った。その言葉にハッとする。
「あ、いや、すみません」
 俺は慌てて言った。
「朝比奈さんは何も悪くないですよ。むしろここまで連れてきて頂いて感謝してるくらいです。ただ、俺の不甲斐なさに腹が立っただけですから」
 まったく、不甲斐ない。朝比奈さんをビビらしてどうするんだよ。さっき俺のために涙を流してくれた朝比奈さんは、まだ潤ませた魅惑的な瞳で俺を見つめている。
 朝比奈さんは何も知らない。知らないからこそ、俺が倒れているのを見つけて泣いてくれたのだろう。
 俺が何とかしなければ。だが、どうやって? そんなもん、知るかと言いたくなる。
 もう一度、事件が起こる前に行ったら今度は成功するだろうか?
 否、そう上手くはいかないだろ。
 藤原は明らかに俺を待ち伏せしていた。どういう理屈か分からないが、俺が時間遡行をして、この事件を何とかしようとしていることを分かって邪魔をしたのだろう。とすると、邪魔をするのが奴らの規定事項と言うことになる。
 もし、もう一度時間遡行をして事件発生前に行ったとしても、また別の時間軸から来た藤原か、藤原の仲間の未来人に邪魔されるだけじゃないのか?

「朝比奈さん」
「はい?」
「時間遡行っていうのは、何度でも出来るんですか?」
 一応何故か俺の判断に任されているらしいから、俺がもう一度時間遡行をしたいと言えば出来るのかもしれない。
「確認してみないとわかりません。でも、同じ時間平面に行くなら、許可されても後2回程度だと思います」
 回数制限があるとは初めて知った。何でまた?
「えーと、詳しくは禁則事項なんですけど……。前に、わたしはパラパラ漫画に描かれた余分な絵のような物、ってお話したことがあるでしょ? 今のわたしとキョンくんは確かに余分な絵で、時間平面に対してわずかに負荷をかけているの。同じ構造情報を持つ人が同じ時間平面にいると、かける負荷は指数関数的に増加する。だから、同じ時間平面に行く回数は制限されています」
 すみません、禁則であろうがなかろうが、それ以上詳しく説明されなくてもさっぱりわかりません。とにかく、長門が言うところの異時間同位体が何人もいるって状況は良くないってことらしい。
「あ、あの、一体何があったんですか?」
 そう聞かれて、俺は朝比奈さんに何の説明もしていないことに気がついた。



 俺は朝比奈さんにあらましを説明した。
 別の未来人から邪魔をされたことを話すと、朝比奈さんは目を見張って驚いていた。
「え、でも……だとしたら……そんなはずは……」
 などとブツブツ言っているのは、何かまずいことでもあったのだろうか。
 俺がそんなふうに規定事項がどう、禁則事項がこうと1人で言っている朝比奈さんを眺めていると、自分が考え事に没頭していたことに気がついたらしく、慌てて謝ってくれた。
「ご、ごめんなさい! 今のキョンくんのお話がちょっと気になっちゃって……」
 慌てふためく朝比奈さんというのは本当に小動物のようで可愛らしい。和んでいる場合じゃないんだが、つい和んでしまう。
「それより、これからどうしたらいいんですか?」
 小首を傾げて俺に聞く朝比奈さんに、俺はもう一度時間遡行出来るか聞いて欲しいと頼んでみた。
 とにかく、このままにしておくことは出来ないからな。

 もう一度時間遡行をすること自体は許可が出た。だが、このままもう一度事件発生前に行って、本当に解決するのか? また邪魔が入って終わり、ってことになったら洒落にならん。回数制限があるということは、万全を期さなければならないってことだ。
 SOS団で万全を期す、となるとあいつに頼るしかない。
 正直、あいつに負担をかけたくはないのだが、今はそんなことを言ってられない。後で出来る限りのフォローはしてやる。
 そう決意すると、俺は朝比奈さんに言った。
「時間はもう少し早めて10時くらいで……。長門のマンションの近くに行けますか?」
「長門さんのマンションですか?」
 朝比奈さんは驚いたように聞いたが、すぐに納得したような顔になった。
「わかりました。それでは行きますね。目を閉じてください」
 いつものように、俺の手を取る。

 またあの酷く酔う感覚を味わいながら、俺は今度こそうまくやらなきゃな、と考えていた。