憂鬱な殺人 6章 規定事項への反抗
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「理解した」
 言うまでもなく、ここは長門のマンションである。
 あれから長門のマンション近くに出現するように時間遡行した俺と朝比奈さん(小)は、そのまま長門に説明するために、マンションに入れてもらった。
 俺の要領を得ない説明でも、長門は特に質問を挟むことなく理解してくれた。殺されるのが朝比奈さん(大)であることは、目の前に朝比奈さん(小)がいるので言うことが出来ない。だが、この殺人事件が規定事項ではなく、いろいろとまずいことがあるので協力して欲しいという趣旨は伝わったと思う。
「そういうわけだから、一緒に来てくれないか。事件後のお前の話では、最初にハルヒの家に誰かが現れるのは十一時二十三分だったはずだ。それまでにハルヒの家に行きたい」
 朝比奈さん(小)は、緊張している面持ちで、長門を見つめている。相変わらず、長門の前ではびくびくしているのだが、そういや朝比奈さん(大)もそうだったな。
「わ、わたしからも、お願いします」
 それでも、朝比奈さん(小)はそう言った。長門はそんな朝比奈さん(小)をじっと見つめ、それから俺を見つめると、ミリ単位で首を縦に動かした。
「了解した」
 朝比奈さん(小)はわずかに緊張を解き、俺も思わずホッとした。長門が断るわけはない、そう信じていても、もし長門に断られたら俺たちにはなすすべが思いつかない。
「いつも迷惑ばかりかけてすまん。この埋め合わせは必ずするからな」
「構わない」
 それじゃ、行きますかと2人を促して、長門のマンションを後にする。
 今度こそうまく行くだろう。あの藤原とかいう奴が束になってかかってきても、長門に敵うわけはない。

 今度こそ、朝比奈さん(大)は助かるよな。



 長門の話では、最初に俺が藤原と会って気を失わされる時まで待った方がいい、とのことだった。前にも言われた気がするが、そういうことになっているからそうしなければならないそうだ。俺にはさっぱりわけが分からない。ただ、あの長門が時空を改変したときのように、俺が長門に助けを求めに行く歴史を生み出さなければならない、ということらしい。
 やっぱり理解も納得もできない。
 第一、俺はこの歴史自体を変えたいと思っているはずなんだが。

 藤原の邪魔を出来るだけなくすために、最初からハルヒの家の前で待つことにした。しかし、ここでは身を隠す場所がないので、長門が遮蔽フィールドを展開してくれている。よく考えたら、最初から長門も一緒に来てもらえば良かった。そうすれば藤原の邪魔が入ることもなく、あっさり任務終了、となっただろうに。
 更に言うなら、今も長門について来てもらわなくても、いつぞやのように噛みついてもらって遮蔽フィールドとやらを展開してもらえればそれですんだのではないのか?
 だが、思いつかなかったんだから仕方がない。
 俺に先見の明なんかありゃしないのは分かってたことだ。
「来た」
 長門が短い一言を発した。
 『俺』が、向こうの方から歩いてくるのが見えた。
 何か変な気分だ。今まで何度か時間遡行して『俺』自身を見かけているのだが、やはり自分がもう一人いて、何かをしているという場面は何度見ても慣れない。
 『俺』が歩いていると、不意にあの藤原が登場した。どこかに隠れていた風でもない、ということは、ここまで時間移動で来たのかもしれない。
 『俺』と藤原は、何か話しているのだが、長門のフィールドのせいか声はまったく聞こえない。そういや俺は殺されたのが朝比奈さんだとしゃべっちまってたような気がする。良かった、朝比奈さん(小)にも聞こえていない。聞こえていたとしたら冷や汗ものだぜ。

 やがて、この上なく仏頂面をした『俺』が藤原の横を通り過ぎようとしたとき、藤原が『俺』の首筋にすっと手を当てた。
 次の瞬間、『俺』はくたりとその場に倒れ込んだ。
「ひえっ キョンくん!?」
 朝比奈さん(小)が小さな悲鳴を上げた。大丈夫です、俺はここにいますから。
 今でも覚えているが、痛みなどはまったく感じなかった。何かをされたという自覚すらなかったのだから。一体どういう理論でこうも簡単に人の意識を奪えるんだろうね。誰でも出来るとしたら、結構怖いことだぞ、これ。
 さて、『俺』見物はもういいだろう。俺はハルヒの家に行かないとな。

 回れ右をしてハルヒの家の玄関に向かおうとして、俺は息を飲んだ。

「な……」
 咄嗟に言葉が出ない。藤原は先ほどの『俺』以外にも、俺が来ることに気がついていたと言うのか。
「周防九曜……?」
 天蓋領域と名付けた、と長門は言った。
 あの、雪山で俺たちを閉じこめた、情報統合思念体とは別の広域宇宙的存在。
 その概念不明な宇宙知性体製インターフェースが、玄関の前に影のように立っていた。
 咄嗟に長門を振り返る。長門も意外だったらしく、2ミクロンほど目を見張っているような気がした。朝比奈さん(小)? 言うまでもなく、まん丸に目を見開いて九曜を見つめていらっしゃる。
「何故ここに?」
 聞いたって答えるわけがないのは分かっていたが、それでもつい言葉が出てしまった。まるで気配なんか感じなかったし、長門の様子を見るとまったく気がついていなかったに違いない。
「時空────興味深い……このまま────観測する」
 俺の質問に対する返答としたら、いや、そうでなくてもまったく意味が分からない。天蓋領域とかいう奴は、もっと地球人のことを研究してからインターフェースなるものを作るべきだと訴えたい。
「──退屈────時の流れ…………変化」
 長門が平坦な声だと言うなら、これをなんと表現すればいいのか。起伏がない声なのは変わらないのだが、何とも重たい、死人のような声だ。
しかも、何を言っているのかまったく解らない。暑い夜だというのに、俺は凍り付いたような感覚に襲われる。
「……そこをどいてくれ」
 何となく冷たい物が背筋に走るのを感じながら、俺は何とか声を絞り出した。
 すっと俺の隣に小柄な人影が移動してきた。九曜に負けず劣らず気配を感じさせない動きだ。
 その長門は、無言で九曜を見つめている。
 いつか長門と九曜が出会った時のように、無言で何も起こっていないはずなのに、強烈なプレッシャーが放出されているのを感じる。俺に、いや、人間には分からない何らかのエネルギーがぶつかり合って奔流を形作っているような、そんな感じだ。もしかしたら本当に人類には計り知れないエネルギーがぶつかっているのかもしれない。
 そして、長門は前回の邂逅と同様、その瞳には何の感情も感じられない。
 間違いなく、何かしらの情報戦が二人の間で行われているのだろう。
 そういうとき、長門は感情が失われるのか。
 そうは思いたくない。インターフェースという機能を優先して、内なる感情が表に出てくることを拒んでいる、そんな気がする。今、これほど感情がないように見える長門の瞳は、それでも俺の見えないところで怒りの色を宿しているのではないか。
 それは俺の願望かもしれない。

 そこまで考えて、俺は現実を取り戻した。
 長門と九曜を眺めている場合ではない。九曜はどういう理由かわからないが、藤原に協力しているようだ。まさかあの烏合の衆だと思っていた橘京子のお仲間が結託するとはね。何らかの利害が一致したのだろうが、それにしても甚だしく意外だ。
 九曜は長門に気を取られているし、ハルヒの家に行くなら今のうちじゃないのか。って、九曜が玄関前に立ちふさがってるじゃねえか!
 どうする? なんて考えている暇はねえ。時間はもうあまり残されていないはずだ。
「朝比奈さん、ちょっとここで待っていて下さい」
 俺はそう言って、ハルヒの家の横手に回った。九曜は長門が止めてくれているのか、付いてはこない。長門もこちらに来れないのは仕方がないのだろう。
 正確にどこか聞いたわけではない。だが、ハルヒは居間の窓が割れていた、と言った。犯人は機関である。俺ではないのは古泉に確認済みだ。だが、これくらいの改変は許されるよな?窓が割れていたって結果だけがあって、誰が割ったかは重要じゃない。俺はそう考えたわけだ。

 しかし、結局俺が窓を割らないことは規定事項だったらしい。
 そこが居間であるはずの窓の前に来て、さてどうやって窓を割ろうかねと思案していたはずの俺は、いつの間にか意識を喪失していたのだから。

 遠くで朝比奈さんの「長門さん……!」という悲痛な声を聞いたような気がした。




「……?」
 今度は誰かに起こされたわけではない。おそらく、気を失ってからそんなに時間が経ってはいないだろう。俺はすぐに状況を把握した。
 畜生、またやられた!
「そうだ、長門と朝比奈さんは?」
 気を失う前に、朝比奈さんの声を聞いたような気がしたのだが、どうなったのだろう。九曜とまだにらめっこしているのか?
 俺が玄関前に戻ると、そこには相変わらず無表情の長門と、半べそをかいている朝比奈さんの姿があった。九曜はいない。
「何があったんですか?」
 俺の質問に、朝比奈さんはただおろおろしているだけだった。
「不覚」
 長門が短く言った。
「九曜に何かされたのか。……今は何時だ? 間に合わなかったのか?」
「午後十一時三十八分。周防九曜はわたしに負荷をかけ、行動と情報操作を阻害した」
 つまり、間に合わなかったわけだ。九曜が来たってことは、最初から藤原も九曜も俺たちが来ることがお見通しだったってわけか。
「そう推測される」
「あ、あの……」
 まだおろおろしている朝比奈さんが、おそるおそる口を出した。
「いつまでもここにいるのは良くないです……」
 そういや、まだ道ばたで寝ている『俺』がいる。十二時前に、朝比奈さんが起こしに来てくれるはずだが、鉢合わせるのは良くないということか。
 とりあえず、移動しなくては。


 再び長門のマンションに邪魔させてもらうことになった。とりあえず早急に決めなくてはならないことがある。
 これからどうしよう? ということだ。
 二度目の時間遡行も不本意な結果に終わった。朝比奈さんの話だと、後一回しか時間移動は認められないだろう、とのことだった。
「どうすりゃいい?」
 思わず声を出してしまう。
「再度同じ時間平面へ遡行しても、同様の結果になる確率が高い」
 長門が淡々と言った。いや、その顔はほんの少し落ち込んだ色が混ざっている。
「わたしはまた行動を封じられる可能性が高い」
 長門自身、役に立てないと後悔しているようだ。ほとんど変わらない顔色でも、俺にははっきりとわかる。
 今回ばかりは俺もなんと言っていいか分からず、無言でその顔を見つめるしかなかった。気にしないでくれ、と言っても気休めにもならないだろう。
 しかし、長門を頼れないとなると八方塞がりだ。藤原が俺を気絶させる手段はわからないが、それに対向する手段はないのか。
「ある」
 あるのかよ! 先に言えよ!
「ごめんなさい」
 あ、いや、すまん。俺だって思いつかなかったのに長門を責める筋合いはない。
「ただし、その手段を彼らから奪っても、あなたは涼宮ハルヒの家にたどり着けない可能性が高い」
 長門は続けた。
「あなたに邪魔をさせないために、彼らは他の手段を選ぶだろう。すべての手段がわからない以上、対抗措置を取ることは不可能」
 そうだった。そもそも、本来起こらなかった歴史を作り出そうとしているらしいんだ。俺が邪魔しに行こうとすれば、殴ってでも俺を止めるだろう。果たして藤原と殴り合って、俺が勝てるかどうかなんて分からない。俺はそういうことに慣れていないし、向こうはどうだか知らないが、一応何らかの訓練を積んでいる可能性があると見るべきだ。
 ふと、今自分が考えたことがひっかかる。「本来起こらなかった歴史を作る」?
「朝比奈さん」
「ふぁ、はい?」
「結局、規定事項って何なんです? 今、ハルヒの家にあ……いえ、死体があるっていう状況が規定事項じゃないっていうなら、未来では今の歴史はどう見えているんですか?」
「え……?」
 俺がそんなことを急に聞いた理由が分からないのか、朝比奈さんはきょとんとした顔で俺を見つめたが、やがて何かを言おうと口を開いた。
「え、えーと…………あ、あれ……」
 何度か口をぱくぱくさせた後、申し訳なさそうな顔をして朝比奈さんは謝った。
「ごめんなさい、言えません……禁則事項みたいです」
 やっぱりそうか。そうだとは思ったけどな。

 しかし、と俺は考える。今まで俺は、朝比奈さんと規定事項を守ることばかり考えていた。実際、起こったことすべてを保全するのが未来人の役目だと思いこんでいた。ところが今はどうだ。起こるはずのないことを起こした未来人と、既に起こってしまった出来事をなかったことにしようとする未来人がいる。
 どちらも、既にあったことが規定事項だと言うなら、規定事項に反する行為だということになってしまう。
 だとしたら。
 俺だって、自分が経験したことにとらわれる訳にはいかないんじゃないのか?
 今、既に朝比奈さん(大)が死んでしまったと言う事実があるとして、その先に起こることはどうやら奴らに読まれているような気がする。つまり、俺が一週間後から来るという事実だ。規定事項という言葉の使い方ははっきりしないが、朝比奈さん(大)が死んでしまった場合、俺が来ること自体が規定事項だと考えてもいいんじゃないのか。
 逆に考えてみろ。
 朝比奈さん(大)が死なない場合。俺が一週間前に経験したことと違うことになるんじゃないか。だとすれば、俺の行動だって俺が覚えている物とは変わってくるはずだ。
 もう一つ。
 以前、そう、バレンタインの前だ。
 俺が朝比奈さん(みちる)と一緒にお使いごっこをやらされていたとき、最後の方で朝比奈さん(みちる)誘拐事件があった。そのとき、その時空に本来いる朝比奈さんは何故ノーマークだった? 未来から見れば、そのとき朝比奈さんが二人いるっていうことを確認出来るはずじゃなかったのか?
 理屈は分からない。
 だが、もう他にかける可能性は思いつかない。

 一週間前、今の俺にある記憶通りの行動を取ったのが、朝比奈さん(大)が死んでしまうという場合の規定事項。
 だったら、今この時空に本来いるはずの『俺』はノーマークなんじゃないのか?
 あの時、本来の朝比奈さんが手を出されなかったように。

 だとしたら、俺は『俺』の規定事項を変えてやる。
 もしかしたら、それが朝比奈さん(大)を救うことになるかもしれない。

「朝比奈さん、最後の時間遡行をお願いします」

 俺の提案に朝比奈さんはわけの分からない、という顔をし、長門は感情のない目で俺を見つめていた。




 俺がお願いした場所と時間を聞いて、朝比奈さんは驚いたようだ。
「え? でも、どうして??」
 頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる様が見えますよ。
「この俺が行ったって、また邪魔されるだけじゃないですか。だから、もう一人の『俺』に頑張ってもらおうと思ったんですよ」
「えっ でも、この時間平面にいるキョンくんは何も知らないはずじゃ……」
 そりゃそうなんだが、朝比奈さん(大)が死ぬこと自体が規定事項じゃないなら、この一週間俺が経験したことだって規定事項じゃないはずだ。だったら、俺に何かさせるのは許されるはずじゃないのか?
「とにかく、確認してみてください。もしこれが規定事項じゃないなら、一週間前の俺に少々何かやらせたって問題はないでしょう?」
 我ながら少し強引な理論かもしれない。それでも、朝比奈さんは律儀に確認をしてくれているようだ。
「……信じられない。許可が下りました。あ、でも、この事件に関しての情報を伝えることは禁則事項です」
「充分ですよ」
 そりゃ、詳細を伝えるのが禁則なのは分かっている。だが、あの時、ハルヒが世界を変えようとした時に朝比奈さん(大)がヒントをくれたように、何かヒントをやるくらいは許されるはずだろ?
 もっとも、ヒントなんかやるつもりで行くんじゃないんだがな。
「じゃ、行きましょうか。……長門、色々ありがとな」
「いい」
 そう言う長門に見送られて、俺と朝比奈さんは長門のマンションを後にした。


 次に俺たちが来たのは、昼間の学校だった。俺が頼んだとおりである。
「えっと、これからどうするんですか?」
「とりあえず、部室に行きましょう」
 後五分で昼休みだ。部室には鍵がかかっているだろうが、間違いなく長門は来るだろう。

 部室棟に行く渡り廊下は教室から丸見えで、窓際の俺やハルヒから見えるんじゃないかと心配した俺は、わざわざ遠回りして入ったおかげで部室に着く頃には昼休みになっていた。既に鍵は開いており、中にはいつも通り長門が窓際に腰掛けて本を広げていた。
「よう」
 俺が声をかけると長門は顔を上げて俺と朝比奈さんを見た。
「俺がどうしてここにいるかわかるか?」
 長門はわずかに首を傾げた。
 そういや俺がここに来たのはこの日の夜からであって、まだこの長門は何も知らないはずだな。
「異時間同位体」
 一言、それだけ言って俺を見つめる。少なくとも、別時空から来たこと自体は分かるらしい。
「ちょっとゴタゴタしててな。悪いんだが、『俺』を連れてきてくれないか。まさか俺が行くわけにも行かないんでな」
 朝比奈さんも、下手にウロウロするとどこでこの時間の朝比奈さんに出くわすかわからない。ここは長門に頼むしかないだろう。
 長門はわずかにうなずくと、音もなく立ち上がり、部室を後にした。
 さて、俺は『俺』にどう話そうか。
 俺自身、未来の俺に呼び出された記憶なんかない。この日の昼休みはいつも通りに過ぎていったはずで、長門に呼ばれた記憶もなければ部室に来た記憶もない。
 この時点で過去を改変しているわけで、さて、これはどう影響が出るのだろう。

 やがて、長門に連れられて『俺』がやってきた。

「な……!?」
 入った瞬間、俺を凝視して絶句しやがる。無理もないな。俺は苦笑した。
「よう。ちょっと訳ありでな。お前の協力が必要なんだ」
 どうせこういうことには慣れているのだから、すぐ立ち直るだろ。前置きはいいから単刀直入に言わせてもらうぜ。
「どういうことだ?」
 思った通り、『俺』はすぐに自分を取り戻した。こんなことに慣れるってのを喜んでいいのか悲しんでいいのか。
「詳しいことは残念ながら禁則事項だ。だが、大事なことだから聞いてくれ」
 さて、俺が今から言おうということを聞かされたら、俺はどういう反応を示すだろう。
「何だ? 一体」
 『俺』は朝比奈さんと俺を交互に見ながら、訝しげな顔をしている。
「今日、夜十一時から十一時半まで、ハルヒの家にいてくれ。出来れば居間に」
「はあ!?」
 『俺』は呆れたような顔で俺を見つめた。そりゃそうだろ。俺だって同じ反応するさ。って、俺なんだから当たり前か。ええい、ややこしい。
「まあ、どう言ってハルヒの家に行くかは悪いが自分で考えてくれ。大丈夫、何とかなるさ」
 すまん、これについてはアドバイスできん。俺がハルヒの家に行くのは事件が起こった後なんだから。
「……つまり、お前もそうだったってことか」
 『俺』がそう聞いてくる。そう思うのも当たり前だ。これが規定事項、そう思うだろ。普通。
「いや、そうじゃないんだ」
 俺のセリフに『俺』は目を見張った。
「お前は未来から誰かが来た場合、規定事項のためだと思いこんでいるだろ。それは間違いじゃないんだが、規定事項じゃない場合だってあるんだよ」
 さて、どこまでしゃべっていいのかが分からない。事件そのものはもちろん言ってはいけないのだが、規定事項については話してもいいのか?
 俺が朝比奈さんを見ると、朝比奈さんは俺を見て首を横に振った。
「ごめんなさい、それ以上は……ダメです、禁則事項です」
 やっぱりそうか。
「まったく……またハルヒが何かしやがったのか」
 『俺』が嘆息しているのを見て、俺はまた苦笑してしまう。今回はハルヒじゃないからな。まだハルヒが起こす事件の方がマシだったと思えるくらいだぜ。
「悪いな、禁則事項だ」
「やれやれ、お前だって俺なんだから、俺にもう少し優しくしてくれたっていいんじゃないか?」
「そう言いながら、お前はもう諦めてるんだろ」
 俺はそう言ってやった。
「よくわかったな」
「当たり前だろ。考えることは同じだ」
 お前は俺なんだからな。

 さて、言うべきことは言ったか。後は『俺』に期待するしかないだろう。念のため、もう一度あの時間に行く必要があるのかな、と考えていると、朝比奈さんがめずらしく緊迫した声で言った。
「帰還命令が出ています。最優先コードで!」
「なんですって?」
 帰還ってことは、一週間後に戻れということなんだろう。
 どういうことだ? 俺はまだ『俺』がうまくやったか確認出来ていない。
「とにかく、命令が出た以上帰還します」
 いつになくキビキビした声でいう朝比奈さんに戸惑ったが、俺はもう一度『俺』を見て念を押すことは忘れなかった。
「十一時から十一時半だぞ。忘れないでくれ」
「わかったよ。……やれやれ」
 そういや、長門以外の人間の前で時間移動するのは初めてじゃないのか、と思いながら俺は目を閉じた。

 また、あの不愉快としか言いようがない眩暈と吐き気に襲われながら、俺は元いた時間へと強制的に連れて行かれた。