憂鬱な殺人 エピローグ
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 俺は自転車を飛ばしてハルヒの家に向かった。
 用事があるわけでもない。話があるわけでもない。
 ただ、無性にハルヒに会いたかった。

「何の用よ」
 門の前で待っていてくれたハルヒは、何故か俺と視線を合わせないままそう聞いてきた。
 そんなハルヒの態度を気にする余裕もなく、俺は自分の腕の中にハルヒを抱き寄せた。
「え? ちょ、ちょっと、どうしたのよキョン」
 驚いて声を上げたハルヒの疑問には答えられない。俺だって自分がどうしたのか、どうしたいのかはっきり分かっていないんだ。
 心の中で何かが渦巻いていて、それは朝比奈さんのことであったり俺やSOS団の未来のことであったりするのだが、はっきり形にならない。
 ただ、ハルヒに会えばすっきりする気がした。
「ハルヒ」
 形にならない気持ちを言葉には出来ないが、何かを伝えたい。
「SOS団をよろしく頼むぜ」
 これ、前にも言ったな。
「……何かあったの?」
 さすがに俺の態度は変なのだろう。ハルヒは訝しげに俺を見上げている。
「わからん。ただな……」
 何かあったといったら大いにあったのだが、それはすべてなかったことになっているわけだ。ハルヒに説明出来るようなことは何もなく、結果として分からないとしか言いようがない。
「SOS団のこれからを考えていたら、無性にお前に会いたくなっただけだ」
「何よそれ」
 ハルヒは呆れたような声で言った。
「SOS団のこれからなんて、あんたが気にすることないわ! 大丈夫、みんなちゃんと団長たるあたしが幸せにするんだから! あんたはあたしについてくればいいの!」

 まったく、その自信はどこから来るのかね。全員にプロポーズでもする気か。
 しかし、そう言うハルヒの言葉を聞いていると、心の中の靄が晴れて行くような気になる。こいつの根拠のない自信も今の俺には心地よい。

 ハルヒの自信に根拠がないように、ハルヒの言葉であっさり晴れてしまう俺の心にだって根拠なんかありゃしない。だけど、さっきまで考えていたことが、急にバカバカしいことに思えてくるんだから仕方がないだろ。

 結局、未来のことなんか俺には何も分かっちゃいない。
 ハルヒが大丈夫と言えば大丈夫なのさ。それがSOS団の未来、そして俺の未来。
 それでいいんじゃないのか?


 とりあえず、すぐ目の前にある未来として、今年の夏休みの予定を決めるとしますか。
 今年も忙しい夏休みになるだろう。ハルヒは余すところなく予定を詰め込むに違いない。


 それは、間違いなく規定事項ですよね、朝比奈さん。







 さて、ここでこの話は終了である。
 だが、ここまでを読んでくださった方には、一つ解決していない問題があることに気がついた方も多いのではないだろうか。
 そう、「一体過去の俺は何をやらかしたんだ?」という問題である。
 俺自身、実際には経験していないことだったのだから知るよしもない、そう思っていた。ハルヒや他の連中との会話からそのうち分かるさ、と安直に考えていた。

 だから、ハルヒと別れた後に帰ってきた家の前で長門が待っていたことには心底驚いた。

「長門? どうしたんだ、何か問題でもあったのか?」
 せっかく解決したと思ったのに、また何か問題発生したのか。長門が動くということは何かあるはずだ。
 しかし、長門は数mm首を横に振った。問題が発生したわけではない。ということは?
「現在、あなたと涼宮ハルヒとの間に記憶の齟齬が存在する」
 長門は相変わらずの平坦な声で言った。
「このままでは、あなたと涼宮ハルヒとの間に重大な問題が発生する恐れがある」
 なんだそりゃ。記憶の齟齬については分かる。少なくともこの一週間、俺が経験したことはなかったことになってるはずだからな。代わりにどんな一週間を過ごしたのか、俺はまったく知らない。
 だが、それで俺とハルヒの間に何かがあるって、一体どういうことだ?
「この一週間の事象を記憶データとしてあなた脳に直接書き込む。現在の記憶も保持した状態で書き込むので、記憶に一時的な混乱を生じる可能性がある。いい?」
 まあ、その記憶がなきゃハルヒと何かあるっていうのなら、俺に否はない。むしろ、今まであったことを教えてくれるっていうのならありがたい。
「いいぜ、やっちまってくれ」

 俺はあっさり承諾したわけだ。
 よく考えてみればよかった。
 だが、今更遅い。

 …………。

 後悔先に立たず。やっぱり今の記憶を消してくれ。
 いや、消さないでくれ。

 どっちなんだよ!!

「長門」
「なに」
「お前はこの記憶の内容を知っているのか」
「知っている」

 ぐっと言葉が詰まる。ダメージでかい。立ち直れるか、俺……。
 そりゃ、俺に教えられるくらいだから知らないわけはないよな。
 つーか、何やってんだよ俺!!!!
 いや、そんなことを言っても仕方ない、仕方ないんだがなんだこれは。
 確かに記憶として新たに得られた知識は、俺が経験しているわけではないわけで、でもこの一週間で経験したことになるわけでって。
 本当に、どっちなんだよ!!

 すまん、取り乱した俺が何を言っているか分からないだろう。


 それは、あの日ハルヒの家に行った俺が、……わざわざ言うのも恥ずかしいのだが、結果として、まあ、その、ハルヒとそういう関係になったという記憶だった。
 どういう関係かを具体的に言うのは勘弁してくれ。本当に。頼む。


 めちゃくちゃ恥ずかしい。しかも長門が知っているって、俺はどーすりゃいいんだ。いや、長門は心配してくれたんだよな。確かにこの記憶をなかったことにすれば、ハルヒが怒り狂うことは目に見えている。
 それに、だ。さっきのハルヒの態度がようやく納得いった。
 最初、俺と目を合わさなかったハルヒ。視線をそらすなんて、あいつらしくない。あのときは自分のことでいっぱいいっぱいで気にならなかったが、つまり未だにあいつは照れているわけだ。それなのに、俺は平気な顔してあいつに会いに行っちまった。

 ……明日、どんな顔してあいつに会えばいいんだ?


 ふと、朝比奈さん(大)の悪戯っぽい顔を思い出した。
「それは、禁則事項です」と言ったときの顔。
 朝比奈さん(大)も、多分知っている。
 まさか、朝比奈さんが言った「規定事項とはいえない規定事項」って、このことじゃないだろうな。

 いや、まさかな。

 そんなはず、ないよな…………。


 そんなはずは…………。




  憂鬱な殺人 おしまい