欲しければ欲しいほど ~バレンタイン編~ その2
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 古泉、長門と別れた俺は、一旦1年5組の教室に戻った。
 それにしても、長門がああもはっきり意思表示をするとはね。初めて文芸部室を不本意ながらハルヒとともに奇襲して乗っ取ったときから考えると、随分変わったもんだ。そして、それはとてもいい傾向だよな。
 俺はこの2年近くの間に長門に現れた変化を思い出して思わず笑みを浮かべた。
 ……ん? 思い出す?
 もしかして、ハルヒは入学したときからの思い出でもたどっているのか?
 それが正しいのかどうかはわからんが、他に思い当たることもない。とりあえず、ハルヒが現れた順番は、入学式の座席→席替え後の座席、であったことは間違いない。だとすると、次に現れるのはどこか。
 俺はいつもは半分眠っている海馬をたたき起こして、高校入学以来の記憶を総ざらいすることになってしまった。

 なんてな。
 ハルヒの起こす型破りな事件のおかげで、ハルヒ関連の記憶はいちいち呼び起こさなくても簡単に思い出せる。
 入学式の途方もない自己紹介。
 髪型七変化。
 何となく会話するようになったGW明け。
 そして、SOS団結成を思いついて、俺の後頭部に損傷を負わせたわけだ。
 この辺までが、教室でのことか。だったら、次はなんだ? 言うまでもなく、SOS団結成だろう。
 俺の次の行き先は、文芸部室ということになった。
 しかし、これはどこまで続くんだ? まさかこの2年間にあったことをすべてトレースしなければならないのか? いくら今日が短縮だったからってそんなことをしていたら下校時刻まで間に合いそうにないぞ。それに、いくらハルヒやSOS団についてはよく覚えていると言っても限度がある。すべてを覚えているわけでもない。
「俺が最後までたどり着かなきゃどうなるんだろうな」
 あまり考えたくない。どうもニヤケ面がしかめっ面に変わったハンサム顔が思い浮かぶ。止めてくれ。お前の顔なんかわざわざ思い出したくないんだよ。どうせなら朝比奈さんのエンジェルスマイルを思い浮かべたい。
 いや、まあ今は関係ないのだが。……何も考えないことにしよう。

 出だしからいきなりしくじった。文芸部室を一応ノックしてドアを開けると、そこには定位置で読書している長門だけしかいないようだ。
「よう」
 声をかけて部室に入ったが、やはり俺の目に映る人物はあくまで長門だけであった。俺は一応、団長机まで行ってパソコンを起動したりしたのだが、ハルヒの幻覚は現れない。
「ここじゃなかったのか?」
 首を傾げてみる。教室でSOS団の結成を思いついて、文芸部室を強奪したんだと思ったんだがな。その間に何かイベントがあったか?
「長門はなんでハルヒがこんなことをやっているのかは分かるのか?」
 いくら考えても埒があかないので、そこにいる長門に聞いてみる。長門は本から顔を上げ、俺をしばらく見つめていた。
「不明。推測は可能」
「どういうことだ?」
「教えない」
 おい。推測はしているんだろうが。なんで教えてくれないんだよ。
「いやだから」
 それだけを言うと、また本に目を落としてしまった。さっき教室で思い出していた長門の変化を、あらためて感じてしまう。こう言っている長門から無理に聞き出す気もないし、聞き出すことなど不可能だろう。
 仕方がない、もう一度考え直すとするか。

 そもそも、思い出をたどるって前提が間違っているってことはないか? でも、それ以外に幻ハルヒの出現ポイントの理由に意味が見いだせない。てことは、俺が何かイベントを見逃しているワケであって……。
 思い出した。やっぱり俺は海馬をたたき起こす必要があったみたいだな。
 SOS団の結成を思いついたハルヒは、俺を引きずって屋上に出るとこまで連れて行ったんだっけ。
「協力しなさい」
 俺のネクタイを掴んでそう言ったハルヒを思い出した。って、さっきそこ行ったじゃねーか!
「やっぱり順番通りに行かなきゃならんのか」
 いや、それより、また階段を下りて渡り廊下を渡り、本館の最上階まで登らなきゃならんのか。
 終わるまで体力持つかな、俺。

 そこからも順調だったわけではない。屋上へ出る踊り場から、今度こそ文芸部室だろうと当たりをつけたのは正解だったのだが、その次がまさか2年2組の教室だと思いつくまでにあちこち行くハメになってしまった。
 俺は自分の記憶からハルヒの行動をたどっているわけだが、ハルヒは当たり前だが自身の記憶を元にしているわけで、朝比奈さん拉致というイベントが2年2組の教室で起こったのはハルヒからしたら当たり前のことなのだろう。
 ……だんだん自信がなくなってきたぞ。これ、本当に終わるのか?
 それからコンピ研の部室へ行ったり校門まで足を運んだり、1年9組の教室に行ったりしているうちに、俺の記憶もずいぶんと鮮明になってきた。
 それにしても、我ながらよくこの無茶苦茶な団体に付き合っていたもんだよな。無茶をするにもほどがあるぞ、ハルヒ。
 いつの間にか睨むような顔から笑顔に変わっているハルヒの幻覚に向かって、俺は文句を言ってやった。

 ところで俺はハルヒの行動をある程度なぞっているわけで、ハルヒは当たり前のように同じところに何度も出現しやがる。文芸部室と1年5組にはもう何度も足を運ばされ、いい加減嫌になってきた。
なんせ、どちらも本館と部室棟の最上階である。どんだけ階段を上ったり降りたりしなきゃならんのだ。足も痛くなってきた。
 一体、いつまでこんなことをやっていればいいんだ?
 ただでさえ低気圧が近づいて湿ってくる空気のように重たくなってきた俺の気分を更に盛り下げることに、古泉から連絡が入ってきた。
『朝比奈さんを見つけましたよ。後は涼宮さんのみです』
 畜生。出来ることならハルヒじゃなくて朝比奈さんを追いかけたかったぜ。
「どこにいたんだ?」
 一応聞いてみる。
『それは言ってはいけないそうです。3人揃ったら教えるということでした』
 なんだ? 長門が図書室にいたことはあっさり教えた癖に?
『それは後で分かりますよ。とにかく、あなたは涼宮さんを見つけてください』
 もう10人くらい見つけてるよ。
『そうですか。おそらく、もうそんなには掛からないと思いますよ』
 なぜそう言える。
『お昼を随分回っているからです。誰もお昼を食べていないそうですから。僕も正直言って、お腹が空きましたね』
 そういやそうだった。短縮授業で昼前に終わったんだからな。ハルヒも相当腹を減らしているんだろう。
 俺も腹減ったな、畜生。

 腹が減っては戦など出来ない。って俺がやっているのは戦でも何でもなく、ただ哀れな男がチョコを貰うために奔走しているだけなのだが。何か自分でやってることが凄く情けないことに感じてくるな。
 とにかく、いい加減終わりにしたいと思ったのだが、ぷつりとハルヒの足取りが追えなくなってしまった。
 どうすればいいか分からないときは部室か教室に行く、と相場が決まってきていたので、俺が最後に向かったのは部室であった。
 確かにそこにハルヒがいた。
 だが、それまで100Wの笑顔を向けていたハルヒはそれまでと打って変わって不機嫌な顔をしている。これはいつのハルヒだ?
 だんだん、俺も何がどういう順番だったかを思い出せなくなってきていた。
 とにかく、今のところあの部室で見たのが最後の幻覚だ。その後、教室、屋上の前、その他SOS団に関わりそうな心当たりを片っ端から探したのだが、どこにも幻は現れない。
 他にどっか行ったっけか?
 まさか朝倉が消えたときの長門のマンション……とも思ったが、ハルヒ自身が学校の敷地内、と言ったルールを破るとは思えない。そういうところはやけにきっちりしたがる奴だからな。
 ってことは?

 …………俺は軽く頭を振った。ダメだ、思いつかねえ。心当たりはもうないんだ。
 とりあえず校舎内から出てみるか。元気に走り回っているハルヒを思い出して、そんなことを考えてみた。それとも、そろそろしびれを切らしたハルヒが幻覚ゲームを終わらせてくれるかもしれない。
 別に大きな理由があったわけでもないが、冷たい空気で頭を冷やしたいのもあって、俺は校舎から外に出た。

 ……いた。

「なんでまたこんなところにいるんだ」
 思わず呟くが、その声はやはり届いていない。
 はて、SOS団関連でこんなところで何かやったっけか?
 そこは、下駄箱から校門に続く石畳の通路である。
 確かに毎朝通っている道ではあるが、なんでわざわざこんなことろに────
「やっぱ、あれか」
 いや、理由は分かっている。
 分かっているが、納得は出来ない。
「あれは、お前にとって夢なんじゃなかったのか?」
 そう、この場所は間違いない。
 あの5月、俺がハルヒと2人きりで閉じこめられた閉鎖空間で、俺が起こされた場所であった。て、ここでも俺、後頭部強打させられたんだっけな。
「閉鎖空間ね……。てことは、あの時の足取りを追えってことか」
 この夢の最後を極力思い出さないようにしながら、俺は校門に向かって歩き出した。
 校門から裏門へ、そして職員室へ。あの夢は、夢だというのに未だに鮮明に覚えているわけで、その後の足取りを追うのに苦労はしないはずだった。ハルヒは俺が思い当たる場所に現れては消えていく。
 これでは、俺がハルヒに導かれているのか、俺がハルヒを追いかけているのか分からなくなってくる。だが、部室で俺の思考は止まってしまった。
 長門がいない。朝比奈さんを見つけた古泉と、見付かった朝比奈さんもいない。
 どこへ行ったんだ?
 まさか、またいるのに見えなくさせられているなんてことはないよな!
 俺は焦って携帯を取り出した。
 どうやら、それは杞憂に終わったらしい。

『どうかなさいましたか?』
 相変わらずの声が聞こえてきて、俺はホッとした。
「部室にいねえからな。どこに行ったんだよ」
 見付かったら部室に戻るのがルールじゃなかったのか?
『涼宮さんから指示があったそうです。移動するように、と。ああ、ご心配なく。もう一度かくれんぼをするわけではありませんから』
 また勝手なルール変更かよ、あの団長様は。さっき、俺がゲームのルールは守りたがる方だと思ったのは勘違いらしいな。いや、これはゲームの進行上問題ない部分のルールだからだろうことは俺にも分かっているのだが。
「どこにいるかは教えて貰えないのか」
『ええ、ダメだそうです』
「じゃあなんでお前はそこにいるんだよ」
『長門さんと朝比奈さんを見つけたのが僕だったからですよ。1人くらいは見つけなさい、と伝えるように言われました』
 ったく、見つけたくても見つけられないようにしているのはお前だろうが。
『頑張ってください』
 くそ、いまいましい。
 部室から廊下に出ると、そこにもハルヒが立っていた。ってことは、こっから先はあの《神人》が現れてからのイベントか。だんだん思い出したくない最後が近づいてきている気がするが……逃れられないのか、畜生。
 次に階段、中庭、と現れては消えるハルヒを追いかけながら、果たして俺はあそこで何をするべきなのかと考えずにはいられなかった。
 そして、グラウンドへ出た。

 校舎をウロウロしている間に既に気がついていたのだが、俺のような無意味な団体に所属している人間ではなく、青春に汗水たらしている連中がグラウンドを占領している。さて、ここにも幻覚が現れているのか? と見回したが、ハルヒの幻覚は現れる気配がなかった。
 そう、幻覚は。

 それまで何度もグラウンドを見ていても、まったく目に入らなかったやつが、俺の目に真っ先に飛び込んできた。どうやら、幻覚ごっこは終わりらしい。それまでの微動だにしないあいつとは違って、こいつは生き生きと動いてやがる。ただし、ジャージ姿で。
「何やってんだ???」
 あいつ、人にこれだけ苦労させておいて、一体何がやりたいんだよ。
 一部の方には期待させたかもしれないが、残念ながらあのいまいましい閉鎖空間での出来事をここで再現する必要はなさそうだ。
 グラウンドの中程で、ラクロス部が練習している。その中に、元気にラケットを振り回している我らが団長様が笑顔でラクロス部の連中をしごいていた。
 お前はラクロス部の臨時キャプテンにでもなってるのかよ。見つかりにくいようにするためだろう、わざわざトレードマークの黄色いカチューシャもはずしてやがる。
 俺は苦笑すると、そっちの方に歩いていった。
「おい、何やってんだよ」
「遅い! 罰金!!」
 俺とハルヒが互いに声をかけたのは同時だった。遅いって、期限は下校時刻までじゃなかったのかよ。
「文句言わない! こんなに待たされるなんて思ってなかったのよ! もうお腹ぺこぺこじゃない!」
 腹ぺこなのは俺も同じだ。だいたい誰のせいでこんな苦労をしていると思ってるんだ。
 ハルヒは不敵にニヤリと笑った。
「あら、欲しければ欲しいほど、簡単に手に入った方がつまらないじゃない。それに、お腹空いた方が都合がいいのよ」
 俺は欲しければ欲しいほど簡単に手に入れたいけどな。後、都合がいいって何がだ。
「それじゃ、ありがたみが半減でしょ!」
 そう言いながら、ハルヒはラクロスのラケットをその辺にいた部員に押しつけると、俺の手首を掴んで走り出した。だから都合がいいって何なんだよ。
「ほら、早く行きましょ! 行けば分かるわよ。きっと有希もみくるちゃんも古泉くんも、お腹空かせて待ちくたびれてるわよ!」
 なぜかラクロス部の連中に生暖かい目で見送られながら、もう今日何度目になるのか数えたくもない、部室へと向かうことになった。
 さて、ハルヒが隠れ場所として、あえてグラウンドの真ん中なんて場所を選んだのが故意か偶然か。今日のゲームはかくれんぼじゃなくて鬼ごっこに近い物ではあったが、それにしても最終ゴール地点がグラウンドだという点は変わらない。
 そして、その場所でSOS団が何かした覚えはなく、唯一記憶に残っているのは…………。
 俺はそこで考えることを放棄した。

「そういや他のやつらはどこに行ったんだ?」
 俺たち以外無人の部室を不思議に思って聞くと、ハルヒはニヤリと笑って答えた。
「調理室よ」
「調理室?」
 何だか知らんが、今年のイベントはこの部室でやるんじゃないのか。なんでわざわざ調理室に行くんだ?
「……みくるちゃんの希望よ」
 なぜかそれまでの上機嫌が突然影を潜め、微妙な表情になったハルヒは一旦口をつぐんでしまった。
「それより、着替えるんだけど」
 その話はもういい、と言わんばかりだ。
「昔は男がいようが平気で着替えてたくせに」
 部室を出ながらそう言ってやると、鞄が飛んできた。間一髪、俺がドアを閉める方が早かったぜ。ざまみろ。
「このエロキョン!!」
 さすがのドアも罵声までは遮ることができなかったか。
 で、調理室で何があるって言うんだ? 朝比奈さんの希望?

 廊下を歩きながらも、疑問が膨らむ。俺だって調理室が何の目的で作られているのか分からないわけがない。つまり、そこで何らかの料理が行われている、あるいは行われていた。
 それが今日の日付と重なって、膨らんだ疑問はどうしても大きな期待へと変化してしまう。
「お待たせ────! お腹空いたわね! キョンが遅すぎるからいけないのよ。後でみんなで罰金請求していいわよ!」
相 変わらず俺の人権を無視したハルヒがそう言いながら調理室のドアを開けた。あいにくだな。罰金を請求する奴なんかハルヒだけだ。

「へえ」
 ハルヒの人権無視など彼方に吹っ飛ばすくらいの光景に、俺は思わず感嘆の声を上げた。残念ながら俺はあまり知識がないのだが、これはイギリス式のティータイムってやつじゃないのか?
 皿の上に綺麗に盛りつけられた大量のサンドイッチ、別の皿には小さめのチョコレートケーキが数種類、それもたくさんの数がところ狭しと並んでいる。そして、完璧なメイドさんによってオーブンから取り出されて湯気を立てているのは、確か「スコーン」とか言うイギリス菓子だってことくらいは俺も知っている。
 てことは、朝比奈さんは最初からここにいたのか。ここにいて、俺と古泉が走り回っている間、ずっと準備してくれていたのか。
「ケーキは昨日、長門さんの家でみんなで作ったんですよ。サンドイッチの下ごしらえもしてありましたから、あたしは特に何もしてません」
 いえいえ、それでもこれだけ準備するのは大変だったでしょう。しかも、この準備が俺と古泉のためだと言うのだから、もうありがたいと言う以外に何を言えというんだ。
 そういや、朝比奈さんの希望だって聞きましたけど。
「ええ、一度こうやってお茶会みたいなことをしてみたいな、と思っていたんです。せっかくの機会だから、一生懸命準備しちゃいました。どうですか?」
「お心遣い、本当に感謝します。ありがとうございます」
 畜生、去年に続いてまた古泉に先を越された。あれだ、俺は感激のあまり言葉が出なかったってことにしてくれ。

「みんなお腹ぺこぺこでしょ! じゃんじゃん食べるわよ!」
 先ほど部室で見せた微妙な表情は消え失せ、元の真冬を吹っ飛ばしそうな笑顔を取り戻した団長様の宣言により、お茶会は開始された。
 腹ぺこだったってことを差し引いても、用意された菓子もお茶もとても旨かったし、かいがいしく給仕してくれる朝比奈さんは眼福であった。その一方で、やはりもてなしてくれるはずのハルヒと長門は、俺たちより食っていた気がするけどな。
 それもいつものSOS団であって、俺はかえって安心する。
「それにしても」
 俺は小声で古泉に聞いた。
「結局、ハルヒは何がやりたかったんだ?」
 なんで俺がハルヒの幻を追いかけなければならなくなったのか。ハルヒが自覚してやっていないのはもちろんだが、それでも何らかの理由があるはずだ。
「1つは、すぐに見付かりたくないという不安でしょう。さっさと見付かっては、準備が間に合わなくなる、と思ったに違いありません」
 それはそうだな。いくら下準備をしていたからと言っても、これだけを準備するのは大変だろうことは想像出来る。古泉は解説魔には違いないが、こういうときは役に立つと言ってやってもいいな。
 ただし、たいていこの後余計な解説が続くんだが。
「もう1つは、おそらくですが、あなたと共有している思い出を確認したくなったんじゃないですか。あなたがちゃんと覚えているかテストしていた、と言い換えてもいいでしょう」
 アホか。なんでわざわざあいつが俺に対してそんなこと確認する必要がある。そんなわけねえだろ、と反論しようとした俺の声はハルヒの大声にかき消された。
「こらぁ! 何コソコソしゃべってるの! ちゃんと味わってありがたく食べなさい!」
 言われなくても味わってるさ。がっついているお前よりはな。
「それと、ホワイトデーの企画なら、あたしたちのいないところでやりなさいよ!」
 おい、それは大きな勘違いだ。って、それを考えなきゃならないんだったな。
 確か30倍返しだったか。これの30倍??
 ……やれやれ。

 そんなこんなで和やかにお茶会は終わった。ハルヒは終始上機嫌だったし、長門は終始食べ続け、朝比奈さんは終始極上の微笑みで俺たちの飲み物を世話してくれていた。そして、後かたづけについては手伝わされたというのも、まあSOS団にとっては規定事項みたいなもんだろ。
「なあ、何でまたラクロス部に紛れ込もうなんて考えついたんだよ」
 後かたづけをしながら、何となくハルヒに聞いてみた。確かにまさか他の部活に紛れ込んでいるなんて考えつかなかったかもしれないが、それでも場所としてはかなり目立つ。
 って、なんでお前は顔を背けるんだ。
「別に、グラウンドを眺めていたら考えついただけよ。あの中にいたら気づかれにくいんじゃないかって」
 なんでグラウンド? と聞いた俺をハルヒは睨み付けた。鬼ごっこと会わせて考えたら俺でも答えが出てきそうではある。だが、今は考えてはいけないような気がする。
「何だよ」
「何でもない」
 なんだよ、さっきまでご機嫌にサンドイッチやらケーキやらをパクついていた癖に、なんでそこで不機嫌になるんだ。
「それよりお前」
 もう1つ疑問に思ってたことを聞いてやる。
「何よ」
「もしかして、ラクロス部に紛れながら、入学してからのことを思い出してたんじゃないのか?」
 俺の質問に、ハルヒは動きを止めた。
「……なんで分かったの?」
 いや、何でと言われても、お前が無理矢理俺にそれを思い出させていたんだが。自覚がないってのは厄介だな。自分から話をふっておいて何だが、どう説明すればいいのか困る。
「……なんとなくだ」
「ふうん」
 それ以来、ハルヒは無口になってしまった。せっかく機嫌がよかったのに何をわざわざメランコリーにしちまってるんだろうね、俺は。

 ハルヒの機嫌が浮き沈みする理由なんか、すぐに思い当たってもよかったはずなんだが、俺はその日の出来事に浮かれていた。前半が大変だっただけに、尚更、な。
 だから、帰り道にあらためて朝比奈さんにお礼を言ったとき、俺が多少自己嫌悪に陥ってしまったのも仕方がない。
「今日は本当にありがとうございました」
 SOS団専属メイドさんは、俺がそう言うと嬉しそうな顔をしてくださった。
「いえ、わたしは今年で最後だから。本当は、涼宮さんは去年みたいにイベントをやりたかったみたいなんですけど、無理を言ってこんな形にしてもらったんです」
 そう言えば、去年は巫女さんの格好をさせられて、チョコ争奪戦の景品扱いだったっけな。その後時間がなくて大変だった。

 それよりも。
 気がついていなかったわけじゃないが、今日は色々あって忘れていた。
「今年で最後」、朝比奈さんはそう言った。
 そうだ、朝比奈さんは本当はこんなこと準備している場合じゃないほど受験まっただ中だ。月末には卒業式も控えている。
「大変な時期だったのに、すみません……」
 俺は言いかけて、朝比奈さんの発言が更に重大な意味を帯びている可能性に気がついた。
「朝比奈さん、今年で最後ってことは……」
 朝比奈さんは俺の言わんとするところをすぐに察してくれた。
「あ、いえ、そう言う意味じゃないんです! 純粋に、わたしは卒業だからという意味です」
 慌てたように手をぱたつかせている。何か小動物みたいだ。
「その先のことは、まだ禁則事項です……ごめんなさい」
 悄然としてしまった朝比奈さんに、今度も俺が謝る番だった。
「いえ、こちらこそ変な心配させてしまってすみません」
 何をお互いに謝りあっているのか。思わず顔を見合わせて笑ってしまった。