欲しければ欲しいほど ~バレンタイン編~ その3
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 いつもの交差点、全員がほぼ別々の方向に別れる交差点で俺は全員に別れを告げた……つもりだった。俺は光陽園駅に自転車を停めているので、いつもここから駅に向かう。長門は自分のマンションの方、古泉も朝比奈さんもそれぞれ別の方角へ行くし、ハルヒは県道を下っていくはずだ。
「おい、お前は家に帰らないのか?」
 なぜか俺と一緒に駅に向かって歩き始めたハルヒに聞いてみる。まれに買い物などで電車に乗るとき、駅まで一緒になることはあるが、たいてい事前に聞いている。
 今日はまだ何も聞いてないぞ。
「ちょっと用事」
 ハルヒはまださっきのメランコリーを引きずっているような表情で、前を見つめている。少し思いつめたような表情をみて、俺は先ほどの朝比奈さんとの会話を思い出していた。
「今年で最後」
 あらためて、この言葉の重さを感じる。2年間、仲間として毎日顔を合わせていた人との別れ。
 今日、こいつがやけにハイテンションだと思ったら、突然メランコリーになった原因はこれじゃないのか?
 そして、今日の一連の事件────ハルヒの幻が次々に現れては消えた、あの現象も、それに起因しているような気がする。
 朝比奈さんの卒業という別れを目前にして、思わず入学したときからのことを振り返りたくなったんじゃないのか。今までのこいつが過去を振り返るとか己を顧みるとか、そういうことをしてきたのかどうかは知らないが、ハルヒだってこの2年間変わらなかった訳がない。
 もしかしたら、今までのことを振り返るなんてことを初めてやったのかもしれない。その影響が、また無意識に奇妙な能力を介して俺に出てしまった。
 なんで俺なのか、ということはまだ考えないことにしておく。
「ねえ、キョン」
 そんなことを考えていると、ハルヒに突然声をかけられて内心驚いた。
「今日、なんとなくって言っていたけど……」
「何の話だ?」
 突然言われたって思い出せないぞ。今日の会話でなんとなく、なんて言ったのはどれだったか。
「忘れるのが早いわよ。入学してたときからのことを思い出してたのか、って言われたことよ」
 ああ、あれか。てか、まさに今考えていたことであって、察せない自分がちょっと嫌だ。
「正直言って、驚いたわ。あたしが考えていたことをキョンに気づかれるなんて思ってもみなかったから」
 いや、気づいたんじゃなくて気づかされたと言った方が正解だな。もちろんそれがなぜかなんてことは言えない。
「去年あれだけ派手にやったんだから、今年はもっと派手にやってやろう、そう思ってたんだけど」
 突然話を変えるな。入学式からのことを振り返っていたって話じゃなかったのかよ。
 しかし、その「派手に」ってのはSOS団の話なのか、去年やったチョコ争奪戦の話なのか。両方かもしれない。
「みくるちゃんがね、頼んで来たのよ。今年は、SOS団のみんなでお茶会みたいなことをさせてくれって。最初はそれよりもっと面白いことあるんじゃないかと思ったんだけど」
 ハルヒは長門が乗り移ったのかと思うほど、表情というものが顔から消えてしまっている。
「でも、『今年で最後になるから』って言われたら、あたしは何も言えなくなったわ。みくるちゃんはもうすぐ卒業するんだって考えたら、あたしは反対出来なくなったの」
 この2年、一番変わったのは誰だろう。
 長門は言うまでもない。
 朝比奈さんも最初の頃とは違う。
 古泉だって随分変わった。
 そして、俺だって変わっているのだろう。
 だが、一番変わったのはハルヒなんじゃないのか。
 昔のハルヒなら、朝比奈さんがなんと言おうと自分の考えたイベントに引きずり込んでいただろう。卒業なんだから尚更今のうちにイベントに参加しなさい! なんて命令していたに違いない。

「あたしは何だかSOS団で過ごす毎日が永遠に続く物だと思っていたの。だから、当たり前なのに、卒業でみくるちゃんがこの学校からいなくなっちゃうんだってあらためて認識させられた」
 ハルヒの独白はまだ続いている。
「これも当たり前なんだけど、あたしたちも来年は卒業よね。みんな離ればなれになっちゃうのかな、って考えたら、なんとなく今までを振り返ってみたくなったのよ。入学してからのこと、SOS団を作ってからのこと。そして、あんたと……」
 なぜかそこで言葉を切ったハルヒは、また黙り込んでしまった。
 昔を振り返るのは歳をとった証拠何じゃないのか、なんて揶揄しようとしたがやめておいた。ハルヒの雰囲気は、そういう冗談を受け付けないような気がしたからだ。
「あんたは普段、とことん鈍いくせに、時々鋭いわよね」
 突然何を言う。さっきから話の順番が支離滅裂だぞ。
 しかし、そうなのか? 俺は自分が鋭敏な人間だ、などと自惚れるつもりはないが、だからといって鈍感だとも思っていないんだが。
「鈍感でしょ。今日だってたぶん……」
 何か言いかけたハルヒはそこで止めてしまった。おい、気になるじゃないか。
「それはいいのよ! それより、鈍感だと思ったらさっきみたいにあたしが考えてること言い当てたりするし」
 いや、何度も言うが、いや言えないが、それはお前が俺に教えたことであってだな、って、これじゃ俺が鈍感だと認めているみたいだな。
 そろそろ駅に着く。ハルヒは用事だと言っていたが、ここから電車に乗るのか?
「どうしようかな、って思ってたんだけど」
「何の話だ。電車に乗らないのか?」
「今日の話よ」
 ますます意味が分からない。長門といい古泉といい、このSOS団の連中には俺に分かりやすく話してくれる奴はいないのか。朝比奈さんはきっと禁則事項がはさまれなければもっと分かりやすく話してくれそうではある。
「今日って……、ああ、ありがとな」
 さっき既に礼は言ったのだが、あらためて言ってもいいだろう。果たしてハルヒが言いたかったのがその話なのかはわからんが、礼くらいは何度言っても罰は当たらないはずだ。
「べ、別にお礼なんかいいわよ! あれはみんなで楽しむためにやったんだから、あたしだって楽しかったんだから!」
 なんでお前は突然思い出したように照れ出すんだ。
「イベントを押さえなきゃ気が済まないのは知ってるさ」
 俺が言ってやると、ハルヒはフンッと鼻を鳴らした。
「そうよ、SOS団団長として、こんなに広まっているイベントが目の前を通り過ぎるのを黙って見てることなんか出来るわけがないじゃない!」
  何か去年も同じようなことを言っていたな。
「そう、あれはSOS団としてのイベントよ。だから変な勘違いするんじゃないわよ!」
してねーから安心しろ。
 そう言った俺をハルヒはじろりと睨むと、突然後ろを向いた。

 何だ? 回れ右して帰るのかと思ったが、その場に立ち止まっている。何鞄の中をごそごそやってるんだよ。財布でも忘れたのか?
「やっぱり鈍いんじゃない、バカキョン」
 だから意味が分からないんだが。
 ハルヒはまた俺に向き直った。
 って、お前、その手に持っているのは何だ?

「今日のあれは、SOS団としてのバレンタインだったから」
 ハルヒの顔はどう見ても怒っている。だが、こいつはたいていどういう態度をとっていいか分からないときは怒って見せるんだよな。
「だから、これは、このあたし、涼宮ハルヒからよ、バカキョン」
 そう言って、怒ったような顔のまま、綺麗にラッピングされた包みを俺の手に押しつけると、そのまま回れ右をして、今度こそ走り去ってしまった。

 俺はと言えば、ぽかんとアホみたいに口を開けたまま、その後ろ姿を見送るしか出来なかった……。


 さて、ここで問題だ。
 ここに、明らかに贈答用にラッピングされた包みがある。これをくれたのは多少性格に問題を抱えているとはいえ、れっきとした女性である。そして、今日の日付はと言えば2月14日である。更に、その女性は、おそらく何よりも大事にしているその所属団体とは関係なく、個人として俺にくれるなどとおっしゃった。
 ええい、まわりくどい言い方をしてごまかしても仕方がない。

 つまりハルヒは今日のイベントとは別に、俺宛にチョコレートを用意していた、ということになる。
 いや、待てよ。思い出せ、今日の放課後、あのラッピングされた箱の中身はなんだったのか。そうだ、箱だけ豪勢に見せかけて中身は紙切れ1枚だったじゃないか。
 これは重量からいって紙切れ1枚ということはないだろうが、それにしても中身がチョコレートだと言う保証は何もない。そうだ、これはきっとドッキリだ。そうに違いない。
 あのハルヒが、「個人として」俺にチョコをくれるなんてありえるわけがない。だから、この包みを開けたとき、中から出てきたのがケーキの形をした油粘土であってもがっかりしてはダメだ。油粘土より小麦粘土の方が色が綺麗で飾り物になりそうだな、はっはっは。
 我ながら面白くない冗談で笑っているが、正直に言おう。かなり動揺している。
 だってそうだろ? 普段のハルヒの行動を考えてみろよ。数々の俺に対する迷惑行為、今日だって思いっきり人権無視発言をかましやがった。あれが好意を持っている人間のすることか? 違うだろ?

 これ以上ここで立ちつくして考え込んでいても埒があかない。とりあえず家に帰ろう。
 さすがにこの包みをここでゴミ箱に突っ込む、なんてことは出来ないからな。家に帰ってありがたく開けることにするさ。そして、中身を見て笑ってから、残念そうに突っ込みの電話をかけてやるさ。
 今頃お前は、それを楽しみに待ってるんだろ? ハルヒ。

 俺の予測はまったく違う方向に裏切られた。
 部屋に帰ってしばし包みとにらめっこして俺に透視能力がないことを再び確認した後、思い切ってその包みを開けてみた。何だって包みを開けるだけなのに俺はこんなに緊張してるんだよ、まったく。
 そして包みの中から匂うカカオの香りに思わず安堵している俺がいる。どうやら間違いなくチョコレートらしい。これ、食っても大丈夫なんだろうな。いや、さすがにそこまで疑っちゃ失礼というもんだろう。

 だが、俺が先ほど考えていた行動予定は大幅な変更を余儀なくされている。
 俺が「やっぱりそうか」と笑った後、一応がっかりしたフリをして抗議の電話をかける、そういうつもりだった。
 だったのに。

 ええと、状況を整理するぞ。これはSOS団団長ではなく、涼宮ハルヒ個人が、バカキョンとか言う俺のために、バレンタインという日のためにくれたチョコレートである。
 いい加減同じ状況説明ばかりでくどいから止めよう。止めたのはいいんだが、俺は、包みの中を見直してとどめを刺されることになった。

 おい、ハルヒ。カードってのはな、食べ物とは別になるように添える物であってだな、チョコレートと一緒に包みの中に放り込むものじゃないぞ。
 そう、包みの中には小さなカードが1枚入っていた。
 それはこういうプレゼントに添えるにはあまりにも自然で、しかし何もココアパウダーだらけになるのが分かっていてチョコと一緒に放り込むには不自然だろ、と突っ込みたくなる代物であった。
 そしてカードには一言だけ。

『いい加減に察しなさいよ!』

 何をだ。
 まったく、初めて会った日から今日に至るまで、あいつのすることはわけがわからん。素直じゃないとかひねくれているとかいうレベルじゃねーぞ、これは。
 やっぱりこれは俺をからかうための罠に違いない。でなきゃいくら何でもわけが分からなすぎるだろ。
もうちょっと分かりやすい意思表示をしてくれなきゃ俺だってどういう態度をとればいいのか分からないじゃないか。

「あれ~? キョンくん、こんな時間にどこに行くの~?」
 なんて文句を呟きながら、なんで俺は上着を着て出かける支度なんてしちまってるんだろうね。
「少し遅くなるかもしれん」
 妹にそう告げて、俺は自分でも理由がよく分からないまま自転車を飛ばしていた。


 で、俺は一体ここに来て何をしようとしているんだ? 勢い余ってハルヒの家まで来ちまって、どうしようって言うんだ。
 俺は久々に緊急脳内会議を開いている。しかし、寒い。この会議は家でするべきだったんだ。ああ、仕方ないだろ。それだけうろたえてるんだよ、俺は。畜生。

 やっぱあのチョコは本命と見るべきだろ。出なきゃわざわざ「涼宮ハルヒから」なんて言葉を添えるわけがない。
 1人が言うと、別の奴はこう言う。相手はあのハルヒだぞ。恋愛なんて精神病だ、なんて言っていたやつが、俺だろうが誰だろうが、本命なんかあり得るわけないだろ。
 続いて別の奴。じゃあ、あのメッセージは何だ? 「察しなさい」って、何を察しろと? ハルヒの気持ちってことじゃないのか?
 って、まとまりゃしねえ。
 いや、脳内会議なんかでごまかしている場合じゃないよな。
 俺はどう思ってるんだよ、実際。
 あれが本命であって欲しいと思ってるのか? 義理だった方が安心するのか?
 どちらでもある、といえる。
 俺はハルヒから本命チョコが欲しいと思っていたのか?
 ……わからん。
 じゃあ、本命だった場合、俺はハルヒにどう言うつもりなんだ?
 ……考えてない。

 本当に埒があかねえな、俺は。

「あんた、そこで何やってんのよ!」

 突然頭上から降ってきた声に、俺は口から心臓が飛び出るかと思った。
 そりゃ、ここはハルヒの家の前なんだから、ハルヒがいてもおかしくはない。つーか、こんなところでぐだぐだ考えていた俺が悪い。
 だが、俺自身、なんでここまで来て、ここで何をするつもりなのかいまいち分かってはいないんだ。
さっきから考えているが、まったく埒があかない。
「いや、その……」
 どう答えていいか分からなくて、言葉を濁す。俺はハルヒに何を言おうとしてるんだ?
 いい加減にしろよ、本当にわからねえのかよ、俺。

 じゃあ聞くがな、俺。なんで俺はここまで来たんだよ。
 ハルヒからのチョコが悪戯じゃないと思って、そしてあのカードの文面を見て、なんでここまでわざわざ来たんだよ。

 ……だから、わからんって。

 嘘つけ。
 俺はあのカードを見て、「とどめを刺された」と表現しただろ。それがどういう意味なのか、自分でわかってないのか。
 俺は、あれを見て、ただハルヒに会いたくなったんだろ。違うか?
 俺はハルヒの察しろ、という気持ちを瞬時に悟ってるんだよ。鈍感を演じるのもいい加減にしたらどうだ。
 そうだよな、俺。

 ……その通りだ。

 ああ、畜生。
 俺は普段あの唯我独尊暴走女に振り回されることにウンザリしているくせに、あのカードを見たらいても立ってもいられなくなったんだよ。
 あんな非常識女のどこがいいんだよ。迷惑かけられてばかりで、財布代わりにもされて、いい加減にしてくれ、そう思ってるさ。
 だけどな。
 それでも、俺はあいつの巻き起こす台風の中に飛び込まずにはいられなくなっているじゃないか。そう、今となっては自ら望んで飛び込んでいるじゃないか。
 それが非常識な非日常でも、非常識な日常でも、非日常な日常であったって変わらない。
 これは中毒と言っていい。
 いつのまにか俺の世界はハルヒを中心に回っていることになっていたんだから。
 その中心で、100Wの笑顔を振りまくハルヒがいないと、俺の世界はまったく色彩を欠いてしまっていたんだから。

 などと考えている場合じゃなかった。ハルヒは俺の言葉を待っているはずだ。

「なあ、ハルヒ」
 窓から顔を覗かせているハルヒに、俺は声をかける。
「お前がどう察しろというつもりかわからんが、俺は俺で勝手に察したつもりだ」
 部屋の明りを背にしているハルヒの表情はよく見えない。
「だから、悪いが、あのチョコの返事を勝手にさせてもらいに来た」

 我ながら急速に答えが固まった、と思う。今日の午後、ハルヒの幻を追いかけていたときも、優雅にお茶会なぞやっていたときにもまったく考えていなかったことだった。
 いや。
 本当はある程度気がついていたんじゃないのか。
 なぜ、ハルヒは隠れる場所にグラウンドを選んだのか。
 なぜ、あの閉鎖空間でのあの場所が幻を追う最後に選ばれたのか。
 あれはいくら鮮明であったとしても、夢であったはずだ。俺にとってはSOS団に深く関わるきっかけになったと言ってもいいが、ハルヒにその自覚はないはずだ。
 それでも、ハルヒは、あの場所を選んだ。
 そうだ、本当ならあそこで気がつくべきだっただろ、俺。
 いや、本当は気がついていたんだろ。
 ハルヒが、あの夢の最後の場所を選んだ意味を。

 だから。

「あのチョコは、ありがたく受け取らせてもらう。お前の気持ちと一緒にな」

 て、かなり照れくさいな。
 ハルヒ、否定するなら今のうちだぞ。でなきゃ俺は都合のいいように勘違いしたままでいるからな。

「俺もお前のことが「スト────ップ!!!」

 ……止められた。もしかして、やっぱり勘違いだったのか?
「って、おい、お前何をやっているんだよ!!」
 ハルヒは窓から出たと思ったら、そのまま軒を伝い、俺のほぼ真上までやってきた。
 おい、危ねえって!
「いいからしっかり受け止めて見せなさい!」
 言うが早いが、俺に向かってダイブしてきやがった!

 俺は何か特別な運動をしているわけでもない。1戸建ての2階というのはたいした高さではないが、それでもかなりの衝撃が来た。
「いってえ……」
 ハルヒを受け止めようとして、無様に尻餅をついちまった。下はアスファルトだ。地味に、なんてもんじゃねえぞ。めちゃくちゃ痛え。尾骨折れるじゃねえかよ。
「しっかり受け止めなさいよ!」
 お前な。いきなり飛んできてそれはねえだろ。
「ご、ごめん……」
 なんとあのハルヒが謝った。
「いや、何とか大丈夫だ」
 何とかカッコつけるために取り繕う。眉間に皺が寄るのは勘弁してくれ。

「まったく、お前の行動はいつも予測できん」
 これくらいの文句は言ってもいいよな。
「予測出来ることなんか面白くも何ともないじゃない」
 平然と言ってのけやがる。いいから俺の上からどけ。
「足が冷たいから嫌」
 っておい。裸足だから当たり前だろ。だったらなんで玄関から出てこないんだよ。それより俺の尻が冷たいんだが。
「早く来ないとキョンが言っちゃうじゃない」
 いや、玄関から出るまで待つくらいは出来るぞって、行っちゃうじゃなくて言っちゃうと書くのか?
「そうよ。その先はまだ言っちゃダメ」
 ……また予測不能なことを言い出しやがった。何がしたいんだろうね、こいつは。
「今日はバレンタインなんだから、返事は1ヶ月後。3月14日に30倍返しで返事を寄越しなさい!」
 返事に何倍ってあるのか。
「お前が1ヶ月も待てるのかよ」
 短気なくせにな。ところで、そろそろどいて欲しいのだが、また言っても無駄か。
 ハルヒは不敵な笑みを浮かべて俺を見下ろしている。
「欲しければ欲しいほど、簡単に手に入った方がつまらないじゃない」
 なるほど。そうかい。その1ヶ月程度で簡単じゃないと抜かすのか。
「それ以上は待てないわよ」
 まったく、短気なのか気が長いのか、どっちなんだよ。
 それでも、こいつがこう言い出したら俺は聞かざるを得ない。
 だけど、せっかくここまで来たのにそれだけじゃ悔しい。
「じゃ、1ヶ月ちゃんと待ってろよ」
 俺はそう言って、出来るかぎりハルヒのようにニヤリと笑ってやる。
「ただし、俺は欲しければ欲しいほど簡単に手に入れたいけどな」
 簡単にってのは語弊がある。労を厭うわけではない。出来るだけ早く、と言い換えた方がいいかもしれないな。
 何よ、と怪訝そうに傾げた頭の後に手を回して引き寄せると、ハルヒの意志なんかお構いなしに唇を合わせた。
「────っ!!」
 何か言いたそうだが知るか。
 俺は欲しい物を目の前にして待てるほど人間が出来ちゃいないんだよ。

「ま、今のは『返事』ではないからいいよな」
「こんの……エロキョン!」
 マウントポジションをとられた相手にちょっかいかけるのも命がけだ。ハルヒは俺を殴り倒すと、そのまま家に駆け込んでしまった。
「だから、痛えって言ってるだろうが」
 冷静になるとちょっと恥ずかしいぞ。住宅地で何をやっていたんだろうね、俺たちは。

 いや、それよりも。ホワイトデーに30倍返しで返事、かよ。

 俺はもう一度ニヤリと笑った。自分でも、すっかりハルヒに染め上げられているのを自覚する。

 面白い。やってやろうじゃねえか。
 楽しみに待ってやがれ、ハルヒ。