Happy End! 第2話 その1
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第1話/第2話 その1 その2 その3 その4おまけ

2.イベントってのは準備しているときが一番楽しい、なんて言ってられるか!

 さて、諸君。人が結婚する、と決めたとき、まず最初にするのは何であろう。
 両親への報告? それとも職場か友人への報告? 情報を集めて式場などを先に押さえるって奴もいるかもしれない。
 そんな「普通で当たり前」の反応を嫌う奴を生涯の伴侶に選んでしまった俺なのだが、ハルヒが最初にしようとしたことはそれでも予想の範囲内だった。

 とことん鈍い俺に業を煮やして俺に結婚の判決を下したハルヒが最初に俺を引きずって行った場所は、ブライダル関係の貸衣装屋だ。
 もうお分かりだろう。俺たちが結婚すると決めて最初にしたこと──それは、「ウエディングドレスの試着」であった。自分がやりたいことから始めるのはハルヒらしいので、俺は意外には思わなかったがな。
 だけどな、何か色々順番すっ飛ばしてないか? おい。
「うるさいわね、時間がないからちゃっちゃとやるわよ!」
 時間がないも何も、いつ結婚するかなんて話はまだ1度もしたことがない。一体何の時間がないんだ?
「善は急げ、って言うでしょ! 開いてる式場見つけたらすぐ結婚式よ!!」
 待て待て待て!
 俺は結婚準備なんて物がどれくらい時間がかかる物なのかは知らないが、それなりにあれこれやらなきゃならないんじゃないのか?
 それに、招待される側の身にもなってみろ! いきなり今日、1週間後結婚しますなんて招待状が届いても、予定が明けられるか分からないだろ!
 俺は必死で説得した。こいつにかかれば、明日にでも挙式可能な式場を見つけかねない。そして、一旦決めたらこいつは周りがなんと言おうと突っ走るだろう。高校のときから、こいつの暴走を止めるのは俺の役目と決まっている。上手く止められないことの方が多いが、今回ばかりは成功させなければならない。
 俺の意見に耳を貸す割合なんて、今も昔も5%程度だとは思っているのだが、それでもハルヒは渋々俺の言うことを聞いてくれた。
「そうね……どうせなら、色々準備したいし」
 納得したかと思ったら何やら思案顔でそんなことを言い出したハルヒに一抹の不安を感じながらも、とりあえずはい、来週結婚式! なんて結果にはならなかったようで安堵する。
 しかし、ハルヒが関わることで完全に安心出来る事柄なんてそうそうないんだ、という事実をあらためて知ることになるのではあったが。
 いい加減、学習しろよな、俺。

 で、ハルヒ。お前は色々準備したいと言いながら、一体何件の貸衣装屋を梯子する気なんだ? もっと他に決めるべきことがあるんじゃないのか?
「うっさいわね! どうせなら色々試したいじゃないの!」
 それからしばらく、俺はハルヒに連れ回されて、ドレスの試着に付き合いまくることになった。
まじまじと見るのも恥ずかしいってのに、写真係にも任命されているので、すべて付き合わないわけにもいかない。いかないのだが、嬉々としてドレスを選んでいるハルヒを眺めながらも、俺は居心地が悪い。そりゃ、俺も関わりのあるイベントなのは分かっているが、それにしても明らかに女性専用! といった雰囲気の中で何をどうすればいいのか分からないだろ。
 まあ、ハルヒが喜んでいるならいいか。きっと女にとってはこのドレス選びってやつがこの上なく楽しいことなのだろう。
 ハルヒも目の輝きが3割増しだぜ、可愛いじゃねえか畜生。

 周りを見ると、同じようにドレスを選んでいるカップルが何組かいて、男性陣は俺と同じように所在なげにしている奴、積極的にドレス選びに参加している奴、と様々だ。
 ハルヒが試着したドレスは正直どれも似合っていた。悪いが、他に来ているカップルのどの女性よりもハルヒが一番似合ってるからな。
 だから、ハルヒに「どれがいい?」なんて聞かれても返答に困る。それでも「どれでもいい」なんて言おうものなら絶対に罰ゲームが待っているわけだ。
「ごちゃごちゃ言ってないでちゃんと質問に答えなさいよ!」
 とか考えている間にハルヒは早くも短気を起こし始めている。ヤバイ、罰ゲームが近づくじゃないか。今回は結婚式が関わっているわけで、俺は人生の一大イベントに怪しげな格好をして「緑の火星人が追いかけてくる」とか言いながら走り回る、なんてことは絶対にやりたくない!
 だが、なんて言えばいいんだろうね。
「いや、その、どれも似合ってるから1つに決めるなんて俺には無理だ」
 って、結局本音言ってどうすんだよ!
「バ、バカ、何言ってんのよ」
 と赤くなって顔をそらすハルヒと、どうしていいか分からず立ちつくす俺を生暖かい微笑みで見守る店員たち。すみません、恥ずかしいんですけど。
 ところでだな、ハルヒ。
「何よ?」
 結婚すること、親には言ったのか?
「まだ言ってないわよ。後でいいじゃないの、そんなの」
 いいわけねえだろ!!!!
「冗談じゃないわよ。絶対出しゃばって来るに決まってるんだから、うちの親。全部決めてから報告するわよ」
 俺はハルヒと同棲を始めるとき、けじめだと思って双方の親に挨拶に行っている。だから知っているのだが、確かにハルヒの親はノリノリだろう。何度か会うたびに、ああ、ハルヒの親なんだな……と実感させられたのを思い出す。下手すりゃ俺の妹とともに結婚式をジャックされそうだ。
 人の結婚式をジャックして何をするのかはわからんが。
「ぜっっったい! 言うんじゃないわよ! 団長命令!!!」
 俺の親にも言うと伝わる可能性がある、ってことで言うのは禁止だと。
 親父、お袋、こんな親不孝な息子ですまん。だが、諦めてくれ……。

 団長命令により、本来なら両家の顔合わせやら挨拶やらから始まる(らしい)結婚準備は、いきなり会場探しからと相成った。俺もハルヒもこのころには仕事を始めていたのだが、平日は慣れない仕事、休日は会場巡りで俺の体力ゲージはそろそろレッドゾーンに突入しそうだ。
「情けないこと言ってんじゃないわよ!」
 ハルヒは相変わらず元気であった。
 それにしても、結婚式場の予約がこんなに大変な物だとは思わなかったぜ。半年~1年前から予約? そんな先のことイメージも沸かない。人気のある式場の大安だと、1年前でも予約が取れなかったりするらしい。んな前から予約とって大丈夫なのか?
 まあ、ここで結婚準備に関わるあれやこれやを話してもいいんだが、はっきり言ってバタバタしていただけで面白くも何ともないので割愛する。
 披露宴会場はハルヒの「どうせなら美味しい物が食べたい」という一声でいわゆるレストランウエディングとなったことだけは言っておこうか。
 結婚式は半年後、10月半ばに決定してしまった。今更逃げる気はないのだが、なぜか逃げられない気分になるのはなんでかね。世の既婚者男性諸君、同じような気持ちにならなかったか?
 とにかく、結婚準備でやら新社会人生活やらでただでさえ忙しい俺の身に、とんでもない事件が降りかかってきやがった。


──────────

 最初の異変に気がついたのは、と言ってもそのときは気のせいだと思っていたのだが、例のドレス試着写真とハルヒがにらめっこをしているときだった。
「これだけたくさんあると、本当にどれにするか悩むわよね」
 食卓の上に写真を拡げて考え込んでいるハルヒは、めずらしく俺に意見を求めてきた。
「あんたはどれがいいの? 言っておくけど、どれでもいいって言うのは無しよ!」
 げ、最初に釘を刺されちまった。だから、前も言ったとおりどれも似合ってるわけで、どれか1つを選べなんて難しすぎる。
 てか、お前一体何着ドレス試着したんだよ!
「だって見てたら着たくなるんだから仕方ないじゃない」
 ハルヒもこういうところは普通の女だったってことか。
いや、それより選ばなきゃならんのか。女の服はよく解らないんだが。
 ハルヒの差し出した写真をあらためて眺める。やっぱモデルがいいと衣装も映えるんだな。
「エロキョン。ニヤニヤしてるわよ」
 色々写真を見比べている俺にいきなりそんなことを言う。誰がニヤニヤしてるって?
 ……俺か。すまん。いや、自覚はしてるんだ、本当は。だってこれだけの美人がウエディングドレスを着て微笑んでる姿を見てニヤニヤせずにいられるか? しかも、俺の結婚相手なんだぜ?
 いや、すまん、これは惚気だ。気にするな。
「本当にエロキョンよね。さっきからビスチェタイプのドレスに反応してるわよ」
「ビスチェタイプ?」
「そう、肩ひももないやつ。露出度が高い方がいいんでしょ」
「そういうわけじゃねーよ」
 そうだったのか? 別に露出度が高いから気に入ったわけじゃないんだが、確かによく似合ってるような……?

『……ド……レス……?』

「ん? 何か言ったか?」
「え? 何も言ってないわよ?」
 今、何か聞こえた気がしたんだが。気のせいか。
「ま、あんたの意見も参考にしてあげるわよ」
 ハルヒはニヤニヤ笑って写真を片づけると、晩飯の支度をするために台所に向かった。
「あんたも手伝いなさいよ!」
 へーへー。今行きますよ。

 しかし、さっき声が聞こえた気がしたんだが。疲れが溜まってんのかな。
 このときはまだそう思っていた。

──────────

 ハルヒのやることにいちいち度肝を抜かれていたんでは、これから先結婚生活に支障を来しそうな物ではあるのだが、これだけ付き合いが長くなっているにも関わらずこいつのやることは時々予測不能である。
 ある日、めずらしく俺より遅くなっているな、と思って家で晩飯の支度をしながら待っていると、ハルヒが大荷物を抱えて帰ってきた。
 ああ、ちなみにこの家の家事は当番制でもなんでもなく、早く帰ってきた方、手が空いている方がやる、というルールが出来上がっている。必然的にハルヒがやる機会が多くなるのだが、ハルヒは特に不満はないらしい。
「あんたがやるより早いじゃない」
 などと言われると反論のしようがないのだが、俺だって多少のことは出来ることをたまには訴えてみたい。まあ、俺が作った飯はダメだしされることの方が多いんだけどな。

「なんだそりゃ?」
 ハルヒの抱えてる荷物を見て、俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。また何かイベントでも考えているのか? 出来ればこれからやる予定の人生の一大イベントを済ましてからにして欲しいんだが。
「バカ、何言ってんのよ。まさにそのイベントに使う物じゃないの!」
 そう言って袋から取り出されたのは、大量の白い布であった。なんだこりゃ。シーツ作る内職でも始めるのか。
 などと言った俺に、ハルヒは白い目を向けてきた。
「バッカじゃないの? こんな布でシーツなんか縫うわけないでしょ! ウエディングドレスを作るに決まってるでしょ!」
「すまん、なんだって?」
「だーかーらー! ドレスを縫うのよ! あたしが、自分で!」
 また何か思いつきやがったらしい。ウエディングドレスを作る? 俺に裁縫のことは何も分からんが、そんな簡単にできるもんなのか?
 ま、今回の思いつきは人に迷惑をかけるもんでもなさそうだ。それなら好きにやらすか。
 と思っていた俺が甘かった。


 それからハルヒは、空き部屋(と言うより荷物部屋と化していたのだが)を占領すると、そこを作業部屋として意欲的にドレス制作を始めた。
 ハルヒが服を作っているところなんか見たことはないのだが、そこはマルチユーティリティープレーヤーとして名を馳せたハルヒのことである。特に苦労せずにドレスを仕上げてしまうに違いない。
 それは全然心配していない。していないのだが、俺としては少し困ったことになった。
 ハルヒはドレス制作に夢中である。いくら器用なハルヒでも、仕事をして帰ってきてから作業を始めるわけで、一朝一夕にドレスが仕上がるわけもない。
 たいてい俺が帰ってくると、作業部屋に閉じこもって何やらやっている、というのが毎日のことになってしまった。あのな、飯食いたいんだが……。
 俺だってハルヒとは7年以上の付き合いになるわけで、言っても無駄なのは嫌と言うほど分かっている。家事をやるのが嫌なわけでもない。ハルヒがドレス作りに夢中になっているのなら、飯くらい作ってやるさ。
 だけどな。
 正直に言おう。
 結構寂しいぞ、おい。
 ハルヒはずっと部屋に籠もってしまっているし、俺が行っても邪魔になりそうであまりそちらには行けない。明らかに顔を合わす時間が減っているし、当然それによって会話も減っている。それどころか、かなり夜遅くまで作業しているらしく、俺に先に寝ろ、と言う。俺が眠ってからベッドに潜り込んでくるわけで、つまり、まあ、そっちの方もご無沙汰になってしまっている、ということだ。
 畜生。寂しいなあ、おい。
 それでも、ドレスが完成するまでの間の我慢だろ、と自分に言い聞かせることにしたさ。とことん俺はハルヒに甘いような気がするな。

 そんな感じで1ヶ月ほどが過ぎた日のことだった。
「ハルヒはまだ帰ってきてないのか」
 仕事的に俺の方が忙しくなっているので、ハルヒが遅いことの方がめずらしい。もしかして、また作業に没頭してるのか? と思った俺は、ハルヒが作業用に乗っ取っている部屋を覗いてみた。
 ハルヒはやはりいなかった。
 そう、確かにハルヒはいなかった。
 だが、その部屋は無人ではない。
「な……な…………なんだ!?」
 これまで異常現象に散々付き合っていたことに感謝したい! でなきゃ今俺の目の前で起こっている現象に、俺は腰を抜かすとか気絶するとかしかできなかっただろう。

 女が1人、作りかけのドレスの前に佇んでいた。それも、床から1mほど浮いたところに。
 その女は、まるで映画やアニメに出てくるホログラフのように透けてみえる。
『…………あなた……』
 俺に気がついたのか、女はゆっくりと俺を振り返った。その瞳にはまったく生気がなく、顔は青白いというよりは青すぎてどす黒いと言った方が近い。
 あなたって誰だ。俺? って、俺しかいないよな。なんで俺に話しかけるんだ。そこで何をしているんだ。なんで浮いてるんだよ。
 服の中で嫌な汗が伝うのを感じながら、それでも俺はそいつに話しかけた。
「何もんだお前は」
 声がうわずる。
 何者、とは我ながらアホな質問をしたもんだ。古来この国でこういう姿がイメージされる物と言えば1つしかない。
 つまり、幽霊だ。俺はとうとう宇宙人や未来人や超能力者だけではなく、幽霊とまで邂逅を果たしてしまった。そういや幽霊といってイメージするのは女ばかりだな。女しか幽霊になれないのか? いや、しかし菅原道真公は祭られる前に日本最初の霊として暴れたんじゃなかったっけか。そうするとこの国最古の幽霊は男だって言うことになる。どうせ現れるなら学生時代の俺の前に道真公が現れてくれりゃ良かったんだよ。そうすりゃ、俺の成績をもっと何とかしてくれと言えたのに。いるかどうか分からない神社にお参りしたって叶えられるかどうかなんてわかりゃしないが、目の前に現れたならきっと叶えてくれるってもんだろ。頼むぜ、学問の神様。
 いや、そんなことより、世界広しと言えど、こんなにうさんくさい連中ばかり知り合いにいる一般人ってのは俺だけ何じゃないのか? すげーな、俺。そのうちギネスにでも載るかもしれない。ただし、あいつらの正体がばれたなら、だけどな。
 はい、お分かりかと思うが絶賛現実逃避中である。目の前に幽霊らしき物を見て、冷静になれる奴なんかいるか? そんなことが出来るのは長門くらいしか思い当たらないぞ。
『……忘れたの……? わたしのことを、忘れたの……?』
 幽霊は悲しそうな顔をしてそんなことを言った。
 忘れたも何も今日初めて会ったのですが。前世で会ったんでもなければ初対面の相手を覚えているも忘れるもないんじゃないのか? てか、普通前世だって覚えてるわけねーだろ!
「いや、忘れたも何も、俺はお前を知らないんだが」
 って、何幽霊相手に普通に会話してるんだろうね、俺は。
 ほんっとに異常事態に慣れちまってるんだな。心の底から。恐怖心がないわけではない。幽霊ってのは怖いもんだと相場が決まっている。にもかかわらず、俺は何とかパニックを起こしたりせずに対処出来てしまっているわけだ。これは誇るべきか悲しむべきか、それが問題だ、じゃなくて、とにかくハルヒと付き合っていく以上、非常識な事態に耐性がないと寿命が縮みすぎてマイナスになっちまいそうだ。冷静とは言いがたいけどな。てか、正直、結構怖い。
『……忘れたのね……ひどい…………やく……そ……く……』
 何か言いながら、幽霊はすぅっと消えてしまった。
 部屋に残されたのは、形が出来上がっているドレスと、マヌケ面を晒した俺だけ。

「何なんだ? 一体」
 嫌な汗をぬぐいながら、俺は呟くしかない。
 何なんだ、と言ったって俺に分かりようがない。見知らぬ幽霊に「あなた」呼ばわりされたかと思えば、忘れたと詰られるなんてほんとにどういうこった。
 約束、と言ったか? 悪いが見知らぬ幽霊と約束なんかした覚えはまったくない。絶対誰かと勘違いしてやがるんだ、幽霊のやつ。

「ただいまー! 遅くなっちゃったわね!」
 玄関からハルヒの気温を3度は上げるような声が聞こえてきて、俺は我に返った。
「あれ、そこにいたんだ」
「ああ、俺も今帰ったとこだからな。またこっちに籠もってるのかと思って見に来たところだ」
「……って、あんた何やってんのよ」
「抱きついているんだが」
「……バカ」
 そこ、バカップルとか言うな。俺だって今見たモノにそれなりのショックは受けてるんだよ。今はちょっと人肌が恋しい。ただでさえ、ここんとこハルヒとゆっくり話もしていないんだ。
 かといっていつまでもそうしているわけにもいかず、俺はキス1つでまた晩飯を作ることを承諾してしまった。やっぱりとことん甘いな、俺。
 いや、そんなことより考えるべき問題が発生したよな。
「やれやれ、どうしたもんかね」
俺は溜息をつくしかできなかった。