Happy End! 第2話 その3
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第1話第2話 その1 その2 その3 その4おまけ

「キョン! ちょっと、キョン!!」
 顔にえらい衝撃が来た。やめてくれ、もう痛いのも苦しいのもゴメンなんだよ。
 息苦しさを感じ、無意識に酸素を求めて深く呼吸をしようとしたが、激しく咳き込んだ。
 なんだ? うまく息ができない。
「キョン……キョン! 大丈夫!?」
「ハ……ルヒ……?」
 目を開ける。普通に話そうとして、うまく行かないことに気がついた。呼吸をしても酸素が足りていないような感じだ。喉を通る息が音を立てる。
 俺はどうしたんだ? 確か、ハルヒが完成したドレスを試着して、その後……。
「キョン……あたし……何で……?」
 ハルヒは真っ青な顔をして俺を見つめていた。
 ああ、そうだった。幽霊の野郎がハルヒに取り憑いたんだった。その幽霊に、俺は殺されかけた。
 だが、何で無事なんだ? 絶対もう駄目だと思ったんだが。
 青ざめて真剣に俺を見つめるハルヒの瞳は間違いなく俺のハルヒのもので、少し安心してしまう。安心してる場合じゃねえな。今あったことの記憶があるのか?
 俺はハルヒを抱き寄せた。大丈夫だ。お前は何も悪くない。心配するな。そう言ってやりたかったが、まだうまくしゃべれそうにない。
「何で? キョンが似合ってるって言ってくれて、その後覚えてなくて……。気がついたら、あ、あたしがキョンを……」
 そう言いながら震えるハルヒを抱く腕に力を込める。お前じゃない。あれは、ハルヒじゃないんだ。だから、お前は何も気にしなくていい。
 しばらくそうしていたが、俺がいつまでも無言じゃハルヒが不安になるだろう。
「ハルヒ」
 まだ声が掠れているし喉に違和感があるが、何とかしゃべれそうだ。とにかくハルヒを落ち着かせなければならない。本当のことは……言わない方がいいよな、やっぱり。
 俺はまたハルヒに嘘をつかなくてはならないのか。
「今のは事故だ。気にするな」
「事故?」
「そうだ」
 俺は喉の違和感を払うために咳払いをすると、説明を始めた。
 あの状況で突然我に返ったハルヒはそりゃ驚いただろうが、ただ単にハルヒは貧血か何かを起こして昏倒しただけである。ハルヒはここ最近、ドレスの仕上げのために根を詰めすぎだ。だから、ドレスが完成してホッとして気が抜けたんだろう、そのまま俺の方に倒れ込んできた。
 俺もまさか倒れるとは思わなかったから、支えることが出来ず、一緒に倒れ込んでしまった。ハルヒは咄嗟に何かにつかまりたかったんだろう、伸ばした手が運悪く俺の首に掛かってしまい、俺は急所を圧迫されて情けないことに失神してしまった、そう言うわけだ。
「ほんとに? あたし……」
 こんなに自信なさげなハルヒも珍しい。確かに、倒れ込んだにしてはしっかり手に力が込められていたからな。それを自覚しているのかもしれない。
「記憶がないから自信がないのか? 倒れちまったから仕方ないだろ。それとも、実は俺を殺したかったのか?」
 こんな言い方をしたのはもちろんわざとだ。怒ればいいと思った。落ち込んだり不安になったりするハルヒを見るくらいなら、怒ったハルヒを見ている方が何倍もいいに決まってる。
 ハルヒが俺を殺したいかって? ありえないね。
 俺は鈍感でヘタレかもしれないが、それでもハルヒが俺を殺したいなんて思うわけがない、ということくらいは理解しているつもりだ。
 ハルヒはぐいっと俺を押しのけると、その瞳に怒りの色をたぎらせて俺を睨んだ。
「あんた、あたしがそんなことを考えるなんて思ってたの!?」
「思っているわけねえだろ」
 ああ、良かった。やっぱりこれでこそハルヒだ。思惑に乗ってくれたことに思わず安心するが、こうやって睨まれている方がいいと思ってしまう俺もどうかしちまっているのかもしれない。
 あらためて思う。
 笑っているときも怒っているときも、その目に輝きがあってこそハルヒだ。さっきの死んだ魚のような目はハルヒの目ではない。あんな目をしたハルヒは2度と見たくはない。
「だったら何でそんなこと言うのよ! って、何笑ってんのよ!」
 ハルヒはまだ怒っている。怒っているのに、俺は安心からついニヤニヤ笑ってしまう。
「お前がらしくないことばかり言うからだ。そうやって怒ってる方がまだハルヒらしい」
「な……何よ! キョンのくせに生意気!」
 未来から来た狸型ロボットアニメに出てくるガキ大将のようなセリフを言って俺を睨むと、ハルヒはまた少し顔をしかめた。
「その、ごめん。それから、ありがと」
 俺の首にそっと手を当てる。あれだけ締められたからな、赤くなってるのかもしれない。珍しくハルヒから謝罪の言葉が出たが、それがショックによるものだと思うと素直に喜べないな。
「だから、そういう顔をするなと言ってるんだ」
 両手で頬をつまんで引っ張ってやる。何度も言うがお前は全然悪くないんだ。責任を感じる必要もまったくない。
 ハルヒは俺の悪戯に抵抗せず、されるがままになっていた。やれやれ、どうしたら元気が出るのか教えてくれ。
「だって、もしもって思ったのよ。あたしがあんたの首を絞めてて、もしこのままあんたが目覚めなかったらって」
 俺は頬をつまんでいる指を離してそのまま頬に手を添えた。ハルヒの不安は、自分が倒れたことでもなく、自分の記憶がないことでもない。
「あたしたち、まだまだこれからなのに。まだ結婚式もしてないのに。それなのにあんたが死んじゃうかと思ったら……」
 ハルヒが何より心配しているのは、俺がいなくなる、死んでしまうかもしれないということなんだ。よく考えたら当たり前なんだが、俺はむしろ幽霊に取り憑かれなんてしてしまったハルヒの方が気にかかって、自分のことを考える余裕なんてありゃしない。
「死なないでよっ……」
 ハルヒは涙を落とすことはなかった。それでも、俺にはハルヒが泣いているように見えて、心が痛む。
「さっきまで、あたしはすごく幸せだったのに、あんたがいなくなると思っただけで目の前が真っ暗になったわ。これから先、あんたがいないと思ったら……」
 珍しく、本当に珍しく弱音を吐いているハルヒの唇を俺の唇で塞いだ。
 もういい。もう何も言うな。
 俺はここにいるから。もう大丈夫だから。

 一瞬抵抗しようとしたハルヒは、結局俺にしがみついてそのキスに応えてくれた。
 ハルヒが何も言う気にならなくなるように、吐息が合わさって溶けあうまで俺はハルヒを離さなかった。

「……ドレスが皺になるわ」
 やがて唇を離してやると、ハルヒは頬を赤らめて少し荒い息でそんなことを言った。
 あえて関係のないことを言うのはハルヒ流の照れ隠しだ。だいたい、皺を気にするならとっくに手遅れだろう。
「せっかくだからもう少し見せていてくれないか?」
 そんな俺の願望を、ハルヒはあっさり一蹴する。
「これ以上は本番の楽しみにしていなさい」
 そういって笑う。
 どうやらようやく元のハルヒに戻ったようだな。やっと笑顔が見れて安心した俺は、もう一度キスしようとして顔面に軽くパンチを食らった。
 立ち直ったと思ったらこれかよ。
 でも、やっぱりこれでこそハルヒだよな。

──────────

 この一件があった翌日、俺は当然古泉に相談した。
 とりあえず無事で済んだが、幽霊がハルヒに取り憑いたことも、俺を殺そうとしたこともシャレにならない。どうも除霊は簡単にいかない気がするが、どうにかしないと俺もハルヒも危ない。あの幽霊は「一緒に死んで」などとぬかしやがった。ということは、俺を殺した後ハルヒに取り憑いたままその命を絶とうとする可能性もあるわけだ。
 バカバカしいにもほどがある。何が悲しくて見ず知らずの幽霊と心中しなくてはならないんだ。
「おっしゃるとおり、これは緊急事態ですね。早急に何とかしなくてはなりません」
 古泉の表情からめずらしく笑顔が消えていた。
「もし本当にあなたが死んでしまったりしたら、それは世界の終わりと同義ですよ」
 随分大袈裟な物言いじゃねえか。
「冗談ではありません。涼宮さんの能力は、安定もしているし以前ほどの力はないかもしれない。それでも、もしあなたがそんな形で死んでしまったとしたら、この世界をもう要らないものだと考えてしまう恐れは十分にあります」
 どうだろう。ハルヒが俺の死を望んでいない、その自信は俺にもある。だが、ハルヒは例えどれだけ絶望しても、もう世界を変えてしまおうなんて望まないんじゃないか、俺はそう感じているんだが。
「それはあなたがそばにいるからこそですよ」
 そのとき俺がどんな顔をしたのかは分からないが、古泉は俺を見てニヤケ面を取り戻した。
「僕自身、涼宮さんのことがなくても、友人が死んでしまうかもしれない事態を看過することはできません。ですから、何とかしなくてはならないと感じていますし、何とかしたいと思っています」
 まあ、言葉通りに受け取っておこう。
 古泉は何やら思案している風であったが、やがてこんなことを聞いてきた。
「あなたが幽霊を見たのは、前回が初めてですか?」
「ああ、そうだ。それまでそんなものは見たことがない」
「何か、変な気配とかを感じたりもしませんでしたか?」
 そうは言われても、俺はお前みたいな超能力者でもないし、異空間を検知できるような能力があるわけもない。そこを出入りしている実態のない何かなんぞ分かるわけもないだろうが。

 ん? ちょっと待てよ? そういえば……
「そういや、一度、あの幽霊のような声を聞いたような気がする」
 俺がふと思い出してそう言うと、古泉は食いついてきた。
「それはいつですか? できれば詳しく状況を説明してください」
「いや、気のせいだと思ってたし、実際気のせいだって可能性もあるんだが」
「それでも結構ですから」
 まあ、情報が少なすぎるからな。思い当たることは全部検討した方がいいのだろう。
 というわけで、俺は以前、ハルヒがドレスの写真を見せていたときに聞いたような気がする声について古泉に説明した。古泉は真剣な顔で聞いていたが、やがて何か思い当たったようだ。
「それで、あなたが幽霊そのものを見たと思ったのは、ドレスの形が仕上がった頃、でしたよね」
「ああ、そうだ。まだ何の飾りも付いてなかったけどな」
「そして、ドレスが本当の完成を見て、涼宮さんが試着をされたときに取り憑かれた」
 なるほどな。俺も古泉が言わんとしていることがなんとなく分かった。
 つまり、ウエディングドレスと関連して幽霊が出てくるのかもしれない。はっきりとわかったわけではない。もしかしたら、最初のドレスの写真で呼び寄せちまったのかもしれないな。
「そうですね。だとすると、またドレスに関連して幽霊が出現する可能性が高い。いや、もしかすると……」
 また何か考え込んだ古泉は、俺を見据えると真顔で言った。
「近いうちに涼宮さんが実家に帰るなどで長時間外出することはありませんか。あなたの家に行きたいのですが」
 勘弁してくれ。却下だ。
「冗談を言っている場合じゃありませんよ」
 いや、すまん、分かってるんだが顔が近いんだよ。真剣な顔でそんなこと言われたら思わず断りたくもなるってもんだ。何か色々身の危険を感じる。
「当たり前ですが長門さんも一緒ですよ」
 それを聞いて安心したぜ。