Happy End! 第2話 その4
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第1話第2話 その1 その2 その3 その4おまけ

 さて、そう都合良くハルヒだけが長時間出かけることなんてあるのかね、と言うと、実はあるのだ。
 結婚準備に関する件なのだが、ハルヒ側の親族の宿泊場所について、ハルヒの実家から呼び出しを受けていた。まさに、好都合。
「で、一体ハルヒがいない間にどうするんだ?」
 さすがにあのカマドウマと同じようなことになるのなら、ハルヒがいるといろいろとまずいのだろうが、それにしてもどうするのだろう。いくら長時間留守にするからって、3日と14時間かけて検索するわけにも行かないだろう。
「その通りです。ですから、向こうから出てきて頂こうという魂胆ですよ」
「向こうから?」
「そうです。ウエディングドレスが鍵になっているのなら、呼び出せる可能性があります」
 今までを考えるとそうとも思えるが、しかしそう簡単にいくのか。
「他に可能性がありませんから、そう考えるしかないでしょう」
 にこやかに言ってのける古泉はやけに自信ありげだな。で、具体的にはどうするんだ?
「わたしがこのドレスを着用する。許可を」
 な、長門さん? えーと、まあ、長門が着ても似合うだろうが、しかしこれはハルヒのドレスであって……。
 しかし、ドレスを着た女性が必要なら、長門に着てもらうしかないのかもしれない。それでもだな、ハルヒが知れば怒り狂いそうでもあるしだな、これはハルヒのサイズに合わせてあるから長門にはいろいろとサイズが合わないのではないのか、いや、別に胸部のことを言っているわけじゃないぞってだからそんな睨まないでくれ、そうじゃないから!
 俺が何だかよく解らない言い訳をしていると、古泉が喉の奥から堪えきれないといった笑い声を漏らした。笑うな。何か腹が立つぞ。
「今のは、冗談」
 冗談かよ! しかも古泉は気づいてたのかよ!
「女性にとってウエディングドレスは思い入れのある物でしょう。それが自作ともなれば尚更ですから、簡単に他の女性に着用を許すわけがないことくらい長門さんにも分かってるでしょう」
 くそ、長門の変化は見てきたはずなのだが、こんな冗談まで言うようになったとはな。なんとなく古泉に水をあけられたようで面白くない。
 そうこう言っている間に、長門は何やら呪文を唱え始めた……と思ったら
「プ○キュア。メタモルフォーゼ」
 あのー、長門さん? 何か色々誤解されるからその手のアニメのネタを出すのは止めてもらえませんかね。しかも、そのセリフはそんな淡々と言うもんじゃないだろ。
 ついでに、冗談をやるなら真顔でやるのも止めてくれ。どこまで冗談なのか分からなくなるから。
 とにかく、最後のよく解らない呪文とともに、長門の着ていた服はウエディングドレスへと変化を遂げていた。

「…………」
 長門、退屈していた子犬が構ってくれる人を見つけたような瞳で俺を見つめるな。わかった、似合ってるよ、凄く似合ってるから!
「そう」
 なんとなく、だが長門は得意げな顔をしているような気がする。宇宙知性体製ヒューマノイドインターフェースも、結局は女の子だってことか。
 実際、長門はハルヒのとはまた違うタイプのドレスなのだが、よく似合っている。見ることはきっとできないだろうが、きっと朝比奈さんのドレス姿も似合うんだろうな。
 さて、せっかく長門がドレス姿を披露してくれたのだが、件の幽霊は出てきてくれるのだろうか。なんて心配することはなかったらしい。
 いつかのように、長門はその白い手袋で包まれた手を真っ直ぐ前に伸ばすと、空間を指さしてやはりいつかのように言った。
「お出まし」
 俺は長門が指さす方向を振り返った。
「やっぱりか……」
「ビンゴ、ですね」
 最初はかすかに見える程度だったが、その存在が濃くなっていくように、だんだんはっきりと見えてきた姿。俺が以前この部屋で目にした幽霊に相違なかった。
「こちらの方で間違いありませんか」
 場違いなほど緊張感のない声で古泉が言う。こちらの方って、そんな丁寧な紹介をしてやる必要はねえだろ。
「俺が見たのはこいつで間違いない」
「なるほど。長門さん、どうですか?」
「解析開始」
 長門は古泉に応えたのかそれとも最初からの予定か、微動だにせず幽霊を眺めたまま言った。そして、長門がそう言ったとたん、幽霊は長門の方へすうっと寄ってきやがった。
 おい、大丈夫か?
 幽霊は長門にぶつかるのはお構いなしと言った様子で近寄ったかと思うと、そのまま長門と重なるようにして消えてしまった。
 一瞬嫌な予感がしたが、長門の表情は相変わらずだ。まさか長門がハルヒのように乗っ取られはしないだろうな。
「大丈夫」
 俺の不安を察してくれたのか、長門は一言そう言った。
 まあ、幽霊ごときに長門がどうこうされる何てことはないとは思っていたが、数日前のハルヒを思い出すとどうしても不安になってしまう。
「解析終了。融合型異時空間特定……完了」

 しまった。また「待て」と言うのを忘れていた。
 その解析やら特定やらが完了した、という長門のセリフを聞いたが早いか、また俺がいる場所は一瞬で変化を遂げてしまっていた。さすがにもう何度目かになるのでパニックを起こすわけじゃないのだが、やっぱり心の準備時間は欲しいぜ。
「ええと、ここがあの幽霊の本拠地ってことか?」
「どうやらそのようですね。何ともそれらしいと言いますか……」
 俺たちがいる場所は見知らぬ家の中。廃墟、と言うのが適切か。もともとはかなり豪華な家だったんではないかと思える。薄汚れて埃が積もり、一部が朽ち果てたようになっている家具類は、綺麗にすればなかなか上等なようにも思えた。
「この家が幽霊の住処だってことか?」
「そう。この時空間は、この部屋の内部のみに限定されている」
「時空間移動ができる、ということは、逃げられる可能性もあるのでは」
「一時的に時空間を封鎖している。ここから出入りすることはできない」
 なるほど、さすが長門。
 しかし、この背景にウエディングドレス姿の長門は、妙な取り合わせとしか言いようがない。この部屋がこんな廃墟のように荒れていなければ、これからハウスウエディングでもするような感じなんだがな。ちょっと惜しい。
 その長門は、別にどうと言うことはないといった顔で、また例の呪文を唱え始めた。それと同時に、長門からまるで幽体離脱でもするように、何かが出てきたように見えた。
 いや、見えたじゃなくて、実際に何かが出てきた。
「誰だこれ」
「おや、随分イメージが変わりましたね」
「イメージが変わったと言うよりは別人じゃねえか。幽霊には見えねえしな。一体何なんだ?」
 長門はその幽霊……というか、もう普通の女性にしか見えないのだが、そいつを見つめていた。
 そいつは、長門から分離するように出てきた後、ゆっくりと身体をこちらに向け、俺を見つめている。どす黒い顔色は、今はどちらかと言えば色白の肌であり、なかなかの美人と言えよう。半透明だった姿もやはり今ははっきりと見えている。
 そして、その衣装は、やはりウエディングドレスである。
 形はハルヒが作った物に良く似ているが、少し違うな。ていうか、まだ俺なのか。ここには俺以外にも男がいるのだが。認めるのは悔しいが、一般論から言うと俺より古泉に執着する方があり得るんじゃないのか。

『あなた……やっと来てくれた……』
 そうにこやかに微笑まれてもな。別に来たくて来たわけじゃない。
「俺に何か用があるのか」
 用、というのはあれか。俺を殺すのが用事だって言うなら勘弁してもらおう。
 こいつはハルヒに取り憑いたときなんと言っていた?
『一緒に死んで』なんて、まったく冗談にもなりゃしない。
 近松門左衛門が心中物を流行らせたのは元禄年間だぜ。300年前ならもてはやされたかもしれないがな、あいにくお前の芝居は現代では受け入れられないだろうよ。
『このドレスが完成したの。約束したわよね……』
 幽霊のやつは相変わらず屈託がない。
『ドレスが完成したら……それを着て、誰にも手の届かないところへ行こうって……』
 にこやかに笑いながら殺意を向けられる、ということに関して俺はでかいトラウマがある。真面目な話、勘弁してくれ。何か脇腹のあたりが痛くなってきたんだが。
『それなのに、あなたは来なかった……』
 その女はそれまでの笑顔を一変させて、泣きそうな顔になっている。そんな顔されても行くわけねえだろ。だいたいどこに行くかも知らない。約束なんかもしちゃいねえ。
 なぜか物すごく嫌な気分だ。どんな事情があったのかは知らない。知りたくもない。だが、どんな事情があったとしても、死んだら終わりじゃねえか。
 終わらせよう、何て約束を言い出したのが目の前のアホ女なのか、それとも俺が間違われているアホ男なのかはわからんが、とにかく嫌な気分にさせてくれる。お初と徳兵衛だろうがロミオとジュリエットだろうが、そんな悲劇は物語だけで充分なんだよ。

「おやおや、あなたもなかなか罪な方だ」
 こんな状況でも、古泉は爽やかスマイルを俺に向けてくる。わかって言っているのだろうが、笑えない冗談だ。
「殴るぞ。それより、お前の力はここでも使えるのか?」
 下らん冗談を言っている暇があったら、あいつを何とかしてくれ。もうこれ以上あいつの独りよがりな願望を聞いてやる気はねえ。叶えてやる気はもっとねえ。さっさと引導を渡してやった方があいつのためだろ。
「ええ、この空間も多少涼宮さんの力が関わっている、と言うことでしょうか。やはり威力は閉鎖空間のそれには遠く及びませんが」
「この情報生命体は涼宮ハルヒの能力によって、その存在確率を高められた。トリガーとなったのは、ウエディングドレスの作成」
 古泉の言葉を受けて長門が説明するが、相変わらず意味が分からん。ハルヒがドレスを自作するなどと考えついたのは、この幽霊の影響があったのか。そして、ドレスを作るという過程で、幽霊とハルヒが何かしらシンクロでもしていたのか。
「おそらく、そうでしょう。彼女があなたに執着するのも、涼宮さんの感情が影響していると考えられます」
 古泉が嫌な予測をさらりと言ってのけると、
「今回もすぐ済むでしょう。彼女には悪いですが、早々に消えてもらった方が良さそうだ」
 そう続けて、いつかのように手のひらに赤い球を発生させた。
「さっさと終わらせてくれ」
 こんな茶番はもうたくさんだ。早く家に帰りたい。
「了解しました…………ふもっふ!!!」
 言うが早いが、やはりバレーのサーブの要領でその赤い球を幽霊に叩き付けた。 そのマヌケな掛け声は何とかならんのか?
 幽霊はその赤い球を避けるわけでもなく、真正面からその攻撃を受けたと思うと、細かい粒子のように空間に拡散していった。
 次の瞬間、俺が立っている場所は、マンションの見慣れた部屋に戻っていた。相変わらず、ボスを倒すとダンジョンが崩壊するって仕組みは変わらないらしいな。

 とりあえず、幽霊退治は終了したようだ。しかし、何でまた俺たちが住んでいる場所がそんな異空間化しているのか、よく解らない。ハルヒが何かをしたのか、それとも砂糖にたかる蟻のようにハルヒの能力が何かを呼び寄せてしまうのか。
 長門曰く、その両方らしい。
 そしてあのマンションは、始めから異空間が重なり合った場所でもあった、と言うことらしい。ハルヒによってそれが増強され、また長門流に言うと異空間の「存在確率」が高まってしまうということだった。

 もしかしたら、地球上のあちこちに、そういう異空間が重なり合っている場所がたくさんあるのかもしれない。そして、やはりある種の情報生命体が創造主となっていて、俺たちのいるこの空間と行ったり来たりしているのかもしれない。
 そういう場所が、「心霊スポット」なんて呼ばれているのかもな。そんなこと、わざわざ確かめるつもりはないけれど。

 ハルヒは実家で飯を食ってくるらしいので、俺は古泉、長門に礼がてら飯を奢ることにした。一応確認したいこともある。
「なあ、あの部屋がそれだけ異空間化しているってことは、また同じような幽霊が現れる可能性があるんじゃないのか」
 ウエディングドレスがトリガーとなるのは今回だけかもしれないが、またおかしな物に執着した幽霊もどきが現れないとは限らない。
「問題ない。異時空間とこちらの時空間の連結を封鎖した」
「異空間自体をどうにかできないのか」
「数が多すぎます。あと100以上、同じように異空間に侵入して、中にいる何かを退治して回るわけにもいかないでしょう」
 確かにそうだった。127ある、と言っていたな。これで126になったのか? 1つ減ったくらいでたいして変わらないな。
「ハルヒに取り憑いて俺を殺そうとしたのに、成功しなかったのは何でだ?」
 もちろん成功なんてしてもらっては困るのだが。
 俺が死ぬだけじゃなく、ハルヒが殺人犯なってしまう。いくらそのとき幽霊に取り憑かれていたなんて主張しても無駄だろう。もしそんなことになったら、どうなるだろう。ぞっとするぜ。
「それは、涼宮さんが心の底からあなたに死んで欲しくないと思ったからとしか思えません」
 お分かりでしょう、なんて言ってくる古泉に多少腹が立たないでもないが、ハルヒが俺に死んで欲しいなんて思ってるわけがないってのには前にも言ったが同意できる。てことは、この事件はハルヒのとんでもパワーが一因でもあり、そのおかげで俺が助かりもしたわけだ。
 一体ハルヒの力をありがたがればいいのか、そこんとこどうなんだ?
 これから先もハルヒと生活を共にするわけで、色々不安要素があるってことだけは確かだな。
それでも、やっぱやめた、なんてこれっぽっちも思わないのはやっぱりこういう事態に慣れがあるのかもしれない。

「しかし、結婚するってのがこんなに大変だとは思わなかったぜ」
 俺の愚痴に、長門の目が冷たくなり、古泉のニヤケ面が5割増しになったのはなんでだろうね。
 そりゃ、普通結婚するやつが幽霊騒ぎなんかに巻き込まれるってわけじゃないのは分かってるがな。

──────────

「たっだいま~!!」
 俺が外食から帰ってきてからしばらくして、にぎやかな声とともにハルヒが帰ってきた。ハルヒもあの事件からはすっかり立ち直ったらしい。
「おかえり」
 玄関まで出迎えに行ってやると、ハルヒはいつもの勢いで今日あったことを話し始めた。それに相づちを打ちつつ、ときに突っ込みを入れる。こういう関係は出会った頃からあまり変わっていないのだが、俺はそれでいいと思っている。多分、これが俺たちの幸せの形なんだと思うから。
「なあハルヒ」
 ふと思って言ってみた。
「幸せになろうな」
 ハルヒはきょとんとした顔で俺を見た後、はじけるような笑顔になった。
「何言ってんのよ! 今だって充分幸せなんだから、今更幸せになるなんて考えなくていいのよ! 後はどう続けるかでしょ!」
 確かにその通りだな。
 だが、家庭を築く、何て共同作業をしなくてはならないのだから、これから色々変わっていくこともたくさんあるはずだ。家庭を築くってことは、幸せを築くってことなのかもしれない。だから、最初からそこにあると思っていると、きっと足下を掬われるぜ?
 努力は惜しんじゃいけない。
「でも、あんたとなら大丈夫。あたしはそう信じてるから」
「ああ、俺もそう思う」
 なあ、幽霊とやら。
 ウエディングドレスを着て終わりを迎えるなんてバカバカしいと思わなかったのか?
 結婚なんて、終わりじゃないはずだろ。
 それは、始まりなんだ。すべてはこれからなんだ。
 終わりを迎えるのは、まだ何十年も後でいい。

 たとえ、その間にもう終わりにしたいと思うようなことがあっても、ハルヒは絶対立ち向かうだろうし、俺はハルヒについていく。2人でなら、きっとなんだって乗り越えられる。
 終わりにするなんて考えるより、そのための努力を惜しまない方がずっと幸せなんじゃないのか?
 それに、俺たちは2人だけじゃない。
 心強い仲間だっている。

 だから、やっぱり俺は思う。今が幸せなのだから、これからも。
 絶対、ハルヒと幸せになってみせるさ。


 いつか、終わりが来るそのときまで。


  Happy End! おしまい。


これは続きを書こうと思っていたのですが、メインテーマというか、書きたかったことを書ききってしまったために書けなくなりました。
一応、これで完結ということにします。