ハルヒは俺の── 後編
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 そうやって月日は過ぎていった。
 相変わらず俺は長期休暇にバイトも行かず帰省し、3年の途中からは就職活動のためにやっぱり時折帰省していたのだが、そのたびにSOS団の連中と顔を合わすのも楽しみであった。まあ、エントリーシートを提出しても面接に繋がらないことも多々あったのだが、1年の時から俺は就職準備をしていたので、一応希望の仕事に就けることになりそうで一安心だ。
 一人暮らしで金を遣わせた親にも多少は恩返しできるかもな。
 そして、長期休暇前、先に休みに入ったハルヒが俺を「迎え」に泊まりに来るのもいつものこととしてある意味習慣化していた。

 4年の冬休みになる頃、いつもと同じようにハルヒは俺のアパートにやってきていた。冬休みはさすがにどの大学もそんなに時期が変わることがないのだが、それでもハルヒは2泊していく。
 試験は春休み前なので、今は試験勉強などやっていない。だが、4年の冬ともなるともっと別の課題が待ち受けている。
 卒業論文である。
 卒論提出時期なんざ、大学によっても学部や学科によってすら違うだろうが、俺の通う学科では冬休み明けの1月半ばであった。最後の追い込みは冬休み明けにするとして、一応論文の形を年内にまとめようと考えていた俺は、ハルヒが来るまでに片付けてやるとばかりにほぼ終わらせ、後は冬休み前のゼミに1回参加すれば帰省という状態になっていた。
 ところで大学って場所はやたら飲み会が好きな連中が多いらしい。それは学生だけではなく先生方、特に若い講師はちょくちょく学生と飲み会をやっているわけだが、12月のこの時期、当然のごとくゼミで忘年会なんて話が持ち上がっていた。俺はハルヒがいたので断ろうと思っていたのだが、ゼミ担当講師の「参加しなきゃ卒業させん」という、まあ冗談なんだろうが参加自体は強要したいという意図が見えている脅しにあい、渋々参加するハメになった。
 そして、当然のようにハルヒもついて来やがった。
 いい加減ゼミの連中もハルヒの存在は知っていたのだが、だからってついてくるか?

 実は俺のいるゼミは何故か野郎ばかりなので、ハルヒの存在は周りを喜ばせているようではあった。俺はそれが少し面白くない。
 ハルヒはこういうときに卒のない態度で接するという技能をいつの間にか身につけているようで、特に騒ぐわけでもなく、ただし健啖家なところは隠すどころかいつも以上といったところか。
 宴もたけなわ、といったところで突然、いい感じに酒が入った担当講師が俺たちに、少なくとも俺にとっては真っ青に晴れた空に雷が轟いたとしか思えないような質問を投げかけやがった。
「で、君たちはいつ結婚するんだい?」
 まあ、酒の入った席でカップル(と思われる人間)がいれば割に聞かれることではあるようだが、しかし俺とハルヒは付き合っているわけでも何でもない。
「は?」
 酒が入っているせいもあるが、理解するのに5秒くらいかかったと思う。
 結婚? 誰と誰が? 俺とハルヒが?
 普通だったら「何を言っているんですか」とか「そんなんじゃないですよ」とか言うところだったんだろう。ところが、このときの俺はこの担当講師の言葉が天啓のように思えてならなかった。
 それまでの俺とハルヒの関係、もっと言えば俺にとってのハルヒの存在は、何とも中途半端な物であったことは間違いない。だいたい俺は平気な顔してハルヒを泊めてはいたが、これが朝比奈さんや長門なら何が何でも固辞していただろうし、ハルヒが俺以外の男の家に泊まったとは、相手が古泉でも考えられないし、考えたくない。それでも、俺もハルヒも4年間(いや、3年間か)踏み込んだ関係に発展することはなかった。
 何故か?
 1つは、確かにハルヒに恋愛感情を抱いてはいたが、それ以上の何かを大事にしたかったから。それは友情に近い物であり、かといってそうでもない何かであり、その感情は未だに説明できない。ただ、そこには恋愛による独占欲とか、自分の物にしたいといった本能に基づいた欲求とは違う物があり、それはただ2人で同じ時間と空間を過ごすだけで満たされる物であったのは確かだ。
 だから、恋愛に発展させる必要がなかった、とも言える。
 もう1つは、やっぱり怖かったのかもしれない。
 さっき言っていることと矛盾しているのだが、恋愛関係になることで、俺たちの間にある一種の信頼関係が壊れるのではないかと危惧してしまったわけだ。ハルヒといる時間は俺にとってまるでなんでもない日常であるにもかかわらずかけがえのないものになっていたわけで、その時間も空間も壊したくなかった。
 だから、恋愛に発展させるのを躊躇した、とも言える。
 どちらも本当の気持ちであり、矛盾しているようで共存しうる気持ちであった。
 そして、この両方の気持ちを満たすのに必要な肩書き──「結婚」と言う単語はこの上なくそれにふさわしく思えたのである。

 確かにこのとき、俺は酒が入っていた。だが、このときの行動を酒のせいにしたくはない。
 俺が担当講師のいつ結婚するのか、という質問で閃いた天啓を、そのままハルヒにまるで明日買い物でも行くか、といった調子で言ってしまったのだ。

「なあ、大学卒業したら結婚するか?」

 言ってからさすがにしまった、と思った。何度も言うが、俺はハルヒと付き合っていないどころか好きだとかそういう言葉も言ったことがない。
 それにこの状況はなんだ。俺のセリフを聞いたゼミの連中は何だか知らんが異様に盛り上がっている。って当たり前だ。何公衆の面前でなんの前ふりもなくプロポーズしてるんだよ、俺。そこ、「俺は仲人かな」なんて勝手に決めないでくださいよ講師!
 俺のセリフにさすがのハルヒも呆れたのかしばらくポカンとして俺を見つめていたが、ハルヒはハルヒでやはり明日の予定を確認するような口調で

「それでもいいんじゃない?」

 と返事したのだ。
 え? いいのか? 自分で言うのもなんだが、どう考えてもあり得ないプロポーズだと思うんだが。
「ただね、ちょっと確認したいんだけど」
「何だよ」
「あたしたち、付き合ってたっけ。そうだとしたら記憶喪失に違いないわ」
「心配するな、俺もお前と付き合った記憶は一切ない」
 それまで盛り上がっていたゼミの連中が凍り付いたのは何でだろうね。
「何か順番が違うような気がするんだけど」
「ほう、お前が世間一般の手順を気にするとは思わなかったな。『普通』は嫌いじゃなかったのか?」
 人と違う方向にばかり走りたがるお前だったらこれくらいで丁度いいんじゃないのか、ってのは俺の言い訳かもしれないが。
「まあ、それはそうだけど……」
 俺のセリフにハルヒはふくれっ面であったが、さほど怒っているときの顔じゃないことはすぐわかる。その証拠に、古泉からメールも電話も入らない。
「ま、こういう方があたしたちらしいかもね」
 ニヤリと笑うとハルヒは俺に人差し指を突きつけた。
「そうと決まれば後は全力で突っ走るわよ! あんたは覚悟決めてついてきなさい!」
 それに対する俺の答えは両手を降参とばかりに頭の辺りまで持ち上げると、
「お手柔らかに願うぜ、団長様」

 一旦凍り付いたゼミの連中が解凍されたかと思うと、関係ない居酒屋の客たちまで巻き込んでの祝賀会となってしまったことを付け加えておこう。
 いや、だから仲人はいいですってば先生。


 その帰り道、俺はあらためてハルヒに聞いてみた。
「なあ、勢いでこうなっちまったようで気が引けるんだが、本当に良かったのか?」
 ハルヒはジト目で俺を見る。
「なによ、今更やっぱやめ! とかなしだからね! 一度言ったんだから最後まで責任持ちなさいよ!」
 責任は持つさ。いきなりだったことは認めるが。
「その言葉、忘れるんじゃないわよ」
「忘れるわけないだろ」
 そういう俺にまったく、と溜息をついて尚も文句を言っている。
「いくらあたしが『普通』が好きじゃないからって、もうちょっと雰囲気とか考えなさいよ」
 いや、まあ悪かったよ。よく考えたら人生の一大イベントをさらりと流してしまったわけだ。普通が嫌いなくせに普遍性のあるイベントが好きなハルヒからしたら物足りなかったかもしれない。
「まあ、いいけどね。結局あたしはあんたと一緒にいたかっただけだし、結婚すればそれが一生かなうわけだもの」
 それはハルヒにとって恋愛感情だったのだろうか。なんとなくだが、ハルヒも俺と同じような感情を抱いているのではないかという気がしてならない。恋愛も含むが、それ以上の感情。相棒と言ってもいいかもしれない。
 そう考えると、突然にハルヒが愛しくなって、思わずハルヒに聞いてみた。
「なあ、キスしてもいいか?」
「……あんたはほんとにムードとか雰囲気とか欠片もないやつね」
 一瞬俺を睨んだハルヒはニヤリと笑って続けた。
「ここまで来たら最後までお預けよ! 結婚するまであたしに触れるのは禁止!」

 ……マジかよ。いや、自業自得か。


 その年の冬休みは忙しい物となった。
 急に決めた結婚だが、意外に俺の親もハルヒの親も祝福してくれた。本当に急だし、学生だった俺たちには金もないので披露宴は行わず、結婚式と、親族の食事会だけを何とかすることに決定した。更にSOS団の連中にも報告したわけで、俺は朝比奈さんと古泉に散々弄られた。長門はなんとなくだが寂しそうな目をしている気がしたが、俺の気のせいだと思いたい。



 さて、長い回想もこの辺で終わりにしないとな。
「キョン! 掃除終わったんでしょ!」
 俺の引越を手伝いに来ているハルヒが、アパートの外から俺を呼ぶ。
「今行くよ」
 そう言って、俺は4年間の学生生活に幕を引くために、アパートに鍵をかけた。この鍵を回すのも、これで最後になる。
 後はこの鍵を不動産屋に持って行けば、このアパートに戻ってくることはない。俺も、ここを振り返る必要はない。
 俺は住み慣れた懐かしい、それでいて新しい生活が待っている街に帰るから。
 帰る先は昔の家族の待っている家ではない。
 新しい家族となるハルヒとともに暮らすための家だ。
「引越屋より早く帰って荷物を受け入れる準備をしないと!」
 そう言って俺をせかすハルヒの目はどこまでも輝いている。
「なあハルヒ」
 そんなハルヒに俺はやはり聞いてみたくなった。
「お前にとって、俺はなんだ?」
 ハルヒは俺に満開の桜のような笑顔を向けると、悩むことなく言い放った。
「旦那様よ!」

 そいつは嬉しい返答だな。
 じゃあ、俺にとってハルヒとは何だ?
 答えはすでに見つかっている。そうなるのは後少し先だけどな。
 そう、その質問に俺はこう答えるだろう。


 「ハルヒは俺の嫁」だと。




 余談だが、結局俺は結婚式までハルヒにキスをすることができなかった。
 本当にお預けくらわされちまったぜ、畜生。


  おしまい。



つまり、キョンに「ハルヒは俺の嫁」と言わせたかっただけwww
いや、ハルヒスレで散々「ハルヒはキョンの嫁」というレスを見続けて、それでも原作のキョンはあんなんだからなー、という俺の消化不良を何とかしたかったのに、甘い物好きな方にはこのSSそのものが消化不良だろうなー。

以下、ちょっとおまけ。
何故か甘くない方へと進めてしまったのだが、甘い方を選択したらどうなったかを書いてみたくなった。
SSじゃなくて小ネタ的に書いてるんで、ほとんど会話文なのは勘弁してくれ。



※ 分岐点: ハルヒが最初にキョンのアパートに泊まりに来たときのこと。
  布団が2組? ないよ、そんなの!


「つーわけで、お前は布団で寝てくれ」
「あんたはどうすんのよ」
「床で寝るさ。夏だしたいした問題はない」
「あんたもこっちで寝ればいいじゃない」
「……暑いだろうが」
「そういう問題?」
 ニヤニヤ笑うな。
「確かにそういう問題じゃないな」
「ふーん。エロキョン」
「あのな。常識的に考えて泊まりに来るってだけでも大問題だろうが」
「あんたにそんな度胸はないでしょ」
 勝手に決めつけるなよ。
「……相手にも……」
「へ? なんて言ったのよ?」
「いや、何でもねえよ」
「言いかけたことは最後まで言いなさい! 気になるじゃないの!」
「相手にもよるって言ったんだよ! だからお前と同じ布団で寝るなんてできるわけないだろ!」
「えっ! それって……?」
「あ、いや、その……」
「…………いいわよ」
「へ?」
「っ! 2度も言わすな!!」
「えっ いや、その、すまん…………けど、いいのか?」
「いいって言ってんのよ! バカキョン!」
 お前顔真っ赤だな、って多分俺もだろうけど。
「その代わり、ちゃんと言うべきことは言いなさいよ」
「言うべきこと?」
「あーもう、ほんとにバカキョン! あんたは何とも思ってない相手とただチャンスだからってそういうことするような人間なの? そんな奴はSOS団の一員として認められないわ!」
 おい、今更退団は勘弁してくれ。わかった、わかったから!
「えーと、ハルヒ……」
 あらためて言うのは物凄い照れるな。
「その、………………好きだ」
 うわ、顔が熱いんだが。汗が噴き出るのは夏だからというわけではなさそうだ。
「やぁーっと聞けた」
 俺の決死の告白に対してその返事はないだろう。
「っておい!?」
 ハルヒは突然俺の首に腕を回して密着してきた。早い話が抱きつかれたわけだ。
「高校のときから好きだったんだから! ずっと好きだったんだから!」
 俺に抱きついたままそういうハルヒを目の前にして、理性を保てというほうが無理だろ。
「ハルヒ、好きだ」
 もう一度その言葉を口にして抱きしめ、その形の良い艶やかな唇に俺のそれをそっと触れさせる。


 以下 禁 則 事 項 www (すみません、作者が暴走しそうなのでこの辺で)



※ 分岐点: 最後の方にあるキョンの「キスしていいか」のセリフにハルヒが肯定。


「なあ、キスしてもいいか?」
「……あんたはほんとにムードとか雰囲気とか欠片もないやつね」
 ハルヒは水鳥のように唇を突き出してむくれている。まあ、あんなプロポーズをされたあげく俺のこのセリフじゃ仕方がないか。
「まあ、でもいいわよ。あんたらしいと言えばあんたらしいしね」
 お許しを頂けたわけで、俺はいつかの閉鎖空間のようにハルヒの肩を掴むと、唇を重ねた。
 離したくない、あの時そう思ったんだっけな。それは1つの答えだったのかもしれない。ただそれを肯定するのに、7年近くの時間が必要だっただけなのかもしれない。
 それとも、俺は好きとかそういう淡い恋心以上の感情が理解できなくて、ここまで来てしまったのか。今俺が抱いている思いは、ただ好きとかそういう言葉じゃ伝えきれなくて、それを今まで友情に近い何かに置き換えて理解しようとしていただけで、実はそうじゃなかったのか。
 それを言葉にするなら。
 運命なんてものを俺は信じているわけではないが、それでももしかしたら、普通に10代のままごとみたいな恋愛では終わらないような相手というのが存在する、そんな気がしてならない。そんな相手と10代で出会ってしまったら、その感情の大きさは子供だった俺に理解できようもなかったはずだ。
 今ならあの時よりは成長した、と言える。だから、今、俺の言うべき言葉も1つしかない。
「──愛してる」
 その言葉を証明するように、俺はハルヒを力一杯抱きしめた。
「本当に順番が無茶苦茶だわ、バカキョン。キスする前に言いなさいよ」
 そう文句を言うハルヒは、それでも俺の腕から逃れようとはしなかった。
「悪かったな。俺も色々理解できないことだらけなんだよ」
「同感だわ」
 ハルヒはクスクス笑い出した。
「これも『不思議なこと』と言っていいのかしらね」
 やっぱりお前はそこに行き着くのかよ。だが、お前にとってこれが不思議なら、俺はそれに付き合うしかない。
 いいぜ、一生付き合ってやるさ。


 以下冬休みは忙しいってとこに続く。この場合、最後の余談はカット。
 てか、スレ的にもこのブログ的にもこっちの展開の方が支持されるような気がしてならないwww