欲しければ欲しいほど ~ホワイトデー準備編~
長編 | 編集

V編: オマケ1 オマケ2
W編:

「どうすっかな」
「どうしましょうね」
 バレンタインデーの翌日、俺は古泉をいつもの中庭のベンチに呼び出していた。少々寒いが仕方がない。飲んでいるコーヒーはあっという間に冷めてしまった。前日の「SOS団による」バレンタインのお返しも、30倍なんて言われるのだからたまったもんじゃない。
「あの心遣いの30倍となると……生半可なお返しはできませんからね」
 古泉はいつもの笑顔に少し困ったような色合いを混ぜ合わせて、軽く頭を振る。相変わらずの芝居がかった動作だ。
「しかし、心遣いをしてくれたのは朝比奈さんだけだという気もするけどな」
 ハルヒと長門はひたすら食っていただけじゃねえか。前日の準備とやらはきっとやったんだろうけどな。
「それでも、涼宮さんは3人そろっての僕らへの饗応であったという認識でいるでしょう。僕自身もそう思っていますから」
 まあ、それに異論はないさ。実際のところ一番働いていたのは朝比奈さんだったが、前日の準備はおそらくハルヒが率先してやっただろうし、長門は今年も準備するために自宅を提供したのだろう。
「涼宮さんは実際に30倍のお返しが欲しいわけではないはずですが……。だからと言って手を抜くわけにもいきませんしね」
 手を抜くわけにはいかないといっても、具体的にどうすりゃいいのかさっぱりわからん。去年は何やら希望の品を申しつけられた気がするが、今年はそれもないわけだ。サプライズを期待しているとなると、ますます手が抜けなくなる。
 とはいえ、いきなり妙案が思いつくわけでもなく、結局冒頭のセリフに戻るしかないわけだ。
「やれやれ、どうすっかな」

 しかし、今度は古泉は同じ相づちを打たなかった。
 何やら考え深げな顔をして一点を見つめているのは、いい案でも浮かんだのか。その表情を読み取ろうかとも思ったが、野郎の表情を読むのに長けたって何もメリットがない。どうせこいつのことだ、思いついたら長々と説明してくれるに違いない。
 そんな俺の予想は当たり前のように的中、古泉はいつもの微笑を顔に貼り付けると、俺にある案を提示した。
「例えばこういうのはどうでしょう…………」
 一応聞いてはやったさ。だがな、古泉。
「あのな、俺たちは高校生だぞ。バブル期じゃあるまいし、今時社会人でもそんなことやらねーだろ」
 それ以前に大問題がある。最後のそれは何だ。俺にどうしろって言うんだ。それにだな。
「第一、そんな金あるか。『機関』が出すってのはナシだぜ」
「僕はその程度なら出せますが」
 嫌味かよ。いや、ハルヒの作るトンデモ空間で赤い球になって飛び回るのもそれなりに大変だろうと同情しないわけでもないが、あのバイトはそんなに金になるのか。だったら週末の不思議探索の奢りを肩代わりしろってんだ。
 ああ、でもプレゼント的にはいいかもしれん。いや、それでも定期を解約しても間に合わないな。
「とにかく、最後のそれはダメだ。いくら何でも高校生がやることじゃないだろ」
 どこの世界に夜景の見える高級レストランに招待したあげく、その晩ホテルに宿泊するプランを考える高校生がいるんだ。何が「あなたと涼宮さんは僕がスイートルームに招待しますよ」だ。ふざけるにもほどがある。
「そうですか、残念です」
 何が残念なんだか。
「それでも何かサプライズが欲しいところです。プレゼント案は採用ということでいいんですか」
「まあ、出せる金は限られてるが」
 女性に対するプレゼントなんて俺に思いつくはずもないし、その線で行くか。
 しかし、まあこのプレゼントの渡し方自体がサプライズになっているわけだが、ハルヒからすると物足りないかもしれない。俺たちが苦労させられたことを考えると、あっさりプレゼントにたどり着かれるのも面白くない。
 ありきたりだが、あいつらにも宝探しくらいさせるべきだろう。
「なあ、じゃあこういうのはどうだ……?」

 それからしばらく、俺たちはある程度の道筋を立てるまで話し合った。
 古泉案のラストを俺が蹴ったため、新たな締めくくりを考える必要があったのだが、それはそのときには思いつかなかった。古泉はニヤニヤ笑って
「思いつかなければ僕の案を採用して頂ければ」
 などと言いやがるが、却下だ。何か別の案を考えるさ。

「ところで」
 俺が冷え切ったコーヒーを口に含んだタイミングで、古泉は突然話を変えてきた。
「涼宮さんからもらったチョコレートのお返しはどうするんです?」
 危うくコーヒーを吹き出しそうになっちまったじゃねえか。いや、いっそ吹きかけてやれば良かったぜ。
 何故お前がそれを知っている、なんて今更言っても無駄だよな。だいたいSOS団の俺とハルヒ以外の3人は、元はといえばハルヒを監視するために北高にいるわけであって、いくら今は元の目的よりもSOS団のメンバーとしている方が重要になったからと言って、本来の任務を怠っているわけでもないだろう。見ていたのか後から知ったのかはわからんが。
「俺にはプライバシーもないのかよ」
 文句くらいは言わせろ。だが、古泉は俺の不満に対して肩をすくめただけで何も言わなかった。どうもこの問題はこれからつきまとってきそうで不安になる。
 やれやれ、好きになる相手の選択を360度間違えちまったのかもしれない。そこ、360度回ったら元に戻るとかいう突っ込みはするなよ。いいな。

 古泉のジェスチャーに溜息をつくと、俺は頭を抱えた。
 昨日は30倍でも100倍でも何でも来い、と思ったが、1日経って冷静になるとそりゃ無理だろ、という気分になっちまう。
 だいたい、30倍で「返事」ってどうやるんだよ。もらったチョコの30倍? まあ、それもあるだろうが、おそらくハルヒは単なる返事じゃなくて何かを期待しているのだろう。
 いったい何を?
 ってちょっと待て。「返事」が30倍だよな。1に30をかけたら30だ。だが、今回の場合は……。
「やれやれ」
 俺はまたこの言葉を口にしてしまった。仕方ないだろ。0に30かけたって答えは0なんだから。

 俺は確かにハルヒにチョコをもらいはしたが、一度も「告白」されてねえよ。
 いまいましい。
 欲しければ欲しいほどなんて言っていたが、簡単に手に入れさせたくない、の間違いじゃないのか? だいたいハルヒはもう俺を手に入れているも同然だ。

 ……これは、少し仕返ししてもバチは当たらないよな? いや、当たるか?
 まあ当たってもいいさ。それより仕返し……また何か案が浮かびそうだな。さっき古泉が言っていた辺りにアレがなかったっけか? 確か、アレは私用にも使えたはずだ。
 どうせなら派手にやってやるさ。そうだ、SOS団の締めも一旦そこでやっちまえばいい。印象には残るだろ。
 とはいえ、やはり先立つものが必要になることにはかわりない。ハルヒ個人へも何か用意する気はあるしな。

「古泉」
 俺は意を決した。プライドとかは一旦脇へ置こう。
「それも含めて相談があるんだが」
「拝聴しましょう」
 俺は見慣れたこいつの表情を変えることができるかもしれないという期待を込めて言ってみた。
「バイトを紹介してくれ」
 ただし、普通のな。
 果たして俺の期待通り、古泉の微笑仮面は見事に外されたのであった。



 それからは本気で忙しい日々が続いた。
 古泉が(おそらく『機関』経由で)紹介してくれたバイトは、普通のバイトだったので文句はない。ただし、本来なら高校生が働けない時間に働いているのだが、この程度の逸脱は認めてもらわなければやってられない。
 時期的に学年末試験もあり、SOS団の活動を休むわけにも行かず、その間に古泉と相談しながら準備に奔走し(結局鶴屋さんを巻き込むことになったのだが、さすがの鶴屋さんは笑って協力してくれた)、古泉紹介のバイトもこなす。
 おかげで、ホワイトデーの5日前にバイトを辞めたときには俺のライフは限りなく0に近づいていた。金だけは貯まったけどな。無事に進級できそうなのはハルヒのおかげと言っておく。

 いや、へばっている場合じゃねえな。
 本番は、これからだ。

 ハルヒ、せいぜい楽しみにしていてくれよ。