天体観測 冬キャンプと流星編 続き
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天体観測 冬キャンプと流星編の続き。

 どのくらいの時間が経っただろう。時計を持っていなかった俺には検討もつかないが、目の前の焚き火の火力を保持すべく、新たに2本ほど薪を追加しなければならなかったくらいは経ったと思う。つまり、たいして経っていないわけだ。
「……んー……」
 むずかるようなうめき声を上げ、俺の肩に掛かる髪の毛が揺れたかと思うとハルヒが目を開けた。慌てて視線を夜空に戻してから、俺はいつの間にか流星よりもハルヒを眺めていたという事実にあらためて気がついちまった。
 何やってんだ、俺。
「……んー? あ?」
 寝ぼけているのか、現状把握が難しいらしい。未だに俺の肩には頭1つ分の重量がかかっており、つまりハルヒは俺の肩に頭を預けた状態でしばらく放心しているようである。こいつ寝起きは良さそうなのにな。
「よう、起きたか」
 俺が声をかけるとスプリングがはじけたように立ち上がった。おい、毛布を持って行くな。寒いじゃねえか。
「な、何してんのよこのエロキョン!」
 理不尽だ。何で俺がエロキョン呼ばわりされなきゃならないんだ。だいたい勝手に俺の毛布を半分よこせと潜り込んできたあげく寝こけたのは他ならぬハルヒだろうが。俺は最初から何もしちゃいない。
「う、うるさいわね、わかってるわよそんなこと!」
 わかってるなら最初から言うな、と突っ込むのはやめておいてやろうかね。寝起きの一瞬、状況を忘れるなんてことは俺にもないわけじゃない。多少の理不尽さを飲み込んでやるのはこいつとSOS団に付き合って行くには不可欠な技能なのさ。
「それより、空見てみろよ」
 そう言って俺も空を仰ぐ。俺たちの住んでいる街ではとても見ることのできない満天の星空が視界いっぱいに拡がる。
「あっ! 流れ星!」
 俺に倣って空を見上げたハルヒが嬉しそうに声を上げた。流星群はまだ健在で、1~2分に1回くらいは流れ星を見ることができるようだ。
「う~ん、あんなにあっという間に消えちゃうんじゃ、願い事なんかできっこないわね」
 願い事を3回唱えられるような流れ星は地表に墜落して大きな損害を与えかねない隕石と化しそうで、頼むからそんなものが現れるように願わないでくれよ、と思ってしまう。いや、そんなことより、お前は流れ星なんかに頼らなくてもたいていの願いは叶うはずなんだよ。
 もちろんそんなことは口にはしない。その代わりに俺は疑問に思ったことを素直に聞いてみることにした。
「流れ星にでも叶えて欲しいような願い事があるのか」
「そりゃ、あるわよ」
 七夕にわざわざ短冊を用意して願掛けをするやつだから、願い事自体はあるか。だが、さすがのハルヒもこの一瞬きらめいては消えてしまう流れ星に、「地球の自転が逆になりますように」なんて3回も言えるはずはないだろうから、そこは安心していい。万が一にも言えてしまったら、それは地軸の変動だろうが逆回転だろうが、「流れ星に願ったから」なんて下らない理由で間違いなく本当になっちまう。そうなったら古泉以下『機関』はどうするのか見てみたい気も……やっぱりしないな。勘弁してくれ。
「気になるの?」
 そりゃ気になるさ、お前の願い事は俺にとってろくな結果にならないことばかりじゃないか。
「別に」
 心と裏腹な言葉が勝手に口をついて出てくる。何故か気にしていると思われたくない。
「ふうん」
 ハルヒは気のない返事をすると、また空を見上げた。

「あんたはないの?」
「は?」
「願い事」
 俺の願い事? まあ、色々あるさ。小遣い上げてくれとか成績上げてくれとか、あの北高までのハイキングコースを平坦にするか、いっそ北高を駅前に引越してやってくれとか。
「何その面白みの欠片もない願い事」
 ハルヒは俺の平凡かつ重要な願い事に呆れている。おい、願い事ってのは面白いかどうかじゃなくてだな、叶った後幸せになれることが重要なんだよ。お前みたいに後先考えずに面白さのみを最優先にしていると後から周りがフォローに奔走しなくちゃならなくなるのさ。結構切実だぞ、それは。
「そんなのあたしの知ったこっちゃないわよ」
 この自覚のない非常識パワーを保持している団長様は、やはり自分が迷惑をかけている自覚もないわけで、俺たちが走り回っていることも知ったこっちゃないわけだ。わかっていたことだが、本当は心の底から言いたい。
 お前が言うな。
 言えないけどな。
「それにそんな願い事じゃないわよ」
 そんな願い事じゃないって、じゃあどんな願い事なんだ? 俺の願い事に面白みがないなんてクレーム入れてきた奴が、常識的な願い事なんて考えるとは思えないけどな。
「うるさいわね! いいでしょ、そんなことは! あ、あんたには関係なく……はないけど……って、もうホントにどうでもいいの! バカキョン!」
 お前、人に聞いておいて自分は隠すのかよ。しかも何で俺がバカキョン呼ばわりなんだ。しかもどうでもいいって、お前にとって結局どうでもいい願い事なのかよ。
 まあいいか。こいつがワケわからんのもいつものことだ。
 やれやれ、と呟いて俺はまた空を見上げた。いい加減に毛布を返してくれないと寒いんだが、それもどうでもいいことだ。

 もし、本当に願い事を叶えてくれるのなら、俺は迷わず言うことがある。
 これから先も、宇宙人と未来人と超能力者の連中と楽しくやらせてくれよな。そして、その中心で何も知らない団長様が幸せそうに笑っているといい。この星空以上に輝いた瞳で笑いながら俺を振り回しているといい。そうすりゃ俺は「やれやれ」なんて言いつつ嫌々ながらも走り回ってやるさ。

 これから先、いつまでも、な。


 結局その後「もう寝る!」と言ったハルヒと共にテントに潜り込むことになったのだが、だから何で俺とハルヒが同じテントで寝なけりゃならないんだと今更言っても仕方がない。もう一張りのテントはすでに満員で、今からたたき起こして入れ替えるわけにも行かない……よな?
 別に寝袋に潜り込んで寝るだけなんだから何もないし、いい加減疲れて眠いので、隣に誰がいようがあまり関係なく眠れるだろう。
 と、思っていたのだが。

 寝る前に、ハルヒがぽつりと呟いた。
「さっきの願い事なんだけど」
「何だって?」
 独り言かと思ったが、どうも俺に話しかけているようだ。
「……前に見た夢が……その最後が本当になればいいな、と思っただけよ」
「夢? どんな夢だ」
 また何か想像もつかないような生き物が出てくるとかやめてくれよ。
「何でもないわよ! もう寝なさい! おやすみ!」
 そっちから話しかけてきて寝ろとは勝手な奴だ。だが俺も眠いので寝ることに反対はしない。
 しかし、気になるな。……夢だって? 何でわざわざ今になってそれを俺に言うんだ?
 夢、という単語に心当たりがある。というか、ハルヒが見た夢で俺が出てきただろうと言える夢には1つしか心当たりがない。それ以外はいくら俺が出てきても俺が知る由もないのだから当たり前だが。
 いや、でも、そんなはずはない。ハルヒの言った夢があれであるはずはない。ハルヒはまた世界を壊して作り直したいなんて今は絶対思っていない。今のハルヒを見ていればわかる。
 って、これは誤魔化しだ。ハルヒはなんて言った? 夢の「最後」が本当になればと言ったよな? もしあの夢だったら最後は…………。

「────っ!!」
 いや、落ち着け俺。別にあの夢だとハルヒは言ってないだろ。もっと別の夢かもしれないじゃないか。何勝手に1人で勘違いして勝手に恥ずかしがってんだ、これじゃフロイト先生も笑いすぎて腹の皮がよじれるどころか腸捻転でも起こして即手術だ。
 あー畜生、もう何も考えるな。寝ろ、俺。ほら、ハルヒはもう寝息を立ててやがる。もう寝ないと明日も振り回されるのが規定事項なんだから保たないぞ。いいから寝やがれ。


 結局俺から睡魔は去ってしまい、おまけにハルヒは寝息だけとはいえそこにいることを嫌でも意識させるのだから、ほとんど眠れずに夜を明かすことになってしまった。

「おっはよー! さあ、片付けたら山を探検に行くわよ! ツチノコどころかまだ誰も知らないUMAがいるに違いないわ!」
 お前も夜遅かったくせに元気だな、コノヤロウ。お前のおかげで俺は極度の睡眠不足だ。
 お前に振り回されるのはいい。
 だが、頼む。
 もう少しだけ、寝かせてくれ…………。
「何言ってんのよバカキョン! 時は金なり、光陰矢の如しよ! 惰眠をむさぼっている時間なんてあたしたちにはないの! こら、寝袋に潜ってないでさっさと起きなさーい!!!」
 そうやって俺を起こすハルヒは、どうやら快晴らしい天気に負けないような笑顔であった。

 ……やれやれ。


  おしまい。