欲しければ欲しいほど ~ホワイトデー編~ その1
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 いつも、目覚ましより先に目が覚める。
 それから目覚ましがけたたましく1日に1度しか与えられていない自己の役割を主張するまでの間、あたしは布団の中で今日の予定をあれこれ考えてみる。
 でも、今日に限っては、あたしは自分で予定を立てるわけには行かないわ。
 今日は3月14日。
 1ヶ月前のケリをつけてもらう日だもの。
 さて、今日は何が待ち受けているのかしらね?

 目覚ましが鳴った瞬間、叩き付けるように停止ボタンを押して止めると、あたしは布団をはね除けた。

 期待してるんだから、ちゃんと応えなさいよ! キョン!



 バレンタインデーが終わってから、あっという間に1ヶ月経っていた。
 その間にみくるちゃんと鶴屋さんは卒業していき、その翌日からあたしたち在校生は学年末試験があり、頭を抱えているキョンの勉強を見てあげたりしたわ。これで成績が悪かったらもう救いようがないわよ、キョン。
 あたしとキョンは相変わらずで、それはあたしがバレンタインの応えを1ヶ月間先延ばしにしてしまったのだから当たり前。それなのに、キョンはたまにあたしと目が合うと笑いかけてきて、不覚にもドキリとしてしまう。何よ、前は仏頂面ばかり見せていたくせに。

 正直言って、あの時に応えをもらえば良かったかしらとも思うわ。あの時、家に帰ってからチョコレートを渡してしまったことを死ぬほど後悔しながらも、もしかしたらキョンが来るんじゃないかしらと思って窓の外ばかり見ていた。
 それでもあの鈍感は来るわけないわね、なんて半ば諦めていたとき、本当にキョンが来てくれて。
 このあたしがキョンなんかに、舞い上がるほど嬉しいなんて気持ちを喚起させられるなんてどうかしているにもほどがあるわ。だから精神病だって言っているのよ。それでもその喜悦の感情を否定することは出来なかったから。
 だから、キョンを止めた。
 あの時、キョンが何を言おうとしているか分かった瞬間の気持ちを留めておきたかった。キョンの応えをはっきり聞きたいと思いながらも、その瞬間が来るという期待感や高揚感をもう少し味わっていたかった。

 それでも、1ヶ月は長すぎたかしら?


 今日は授業はなく、LHRや大掃除なんかで学校が終わるのは、明日から高校入試が始まるから。どうせたいしたことしないなら休みにすればいいのに。
 なんとなくそわそわするような気持ちを抑えながら、あたしは教室に入っていつもの席に座る。前の席はまだ空いていて、あたしはその席につくべき人間がやって来るのをイライラしながら待っていた。たまにはあたしより早く来てみなさいよ!

「よう」
 数分後に現れたキョンは、何故かニヤニヤと笑みを浮かべていた。何よ、気持ち悪いわね。
「おはよ」
 窓の外に視線を移して、それでも一応返事くらいはしてあげる。今日のことを期待してるなんて悟られるのはちょっと悔しいじゃない。
 鞄を置いて椅子をひきつつ、キョンは話しかけてきた。
「今日の放課後だがな」
 すとんと椅子に腰を落として続ける。
「俺と古泉は部室に行かないからな」
 何でよ!? だって今日は────。
 思わずキョンに向き直ってその顔を見たあたしは反論を飲み込んだ。キョンは意味ありげな笑みを浮かべてあたしを見ている。
 なるほどね。すでに仕込み済みってわけね。登校したときからニヤニヤしっぱなしなのもそのせいなんでしょ。マヌケ面ね。
 あたしはキョンをあえて睨み付けて、言ってやるわ。
「もしつまんなかったら罰金だからね!」
 岡部が入ってきて、キョンは肩をすくめて前を向いた。やれやれ、なんて呟いているけど、大丈夫でしょ? キョンは期待に応えてくれるわよね!


 掃除やHRなんてつまんない時間を何とかやり過ごし、ようやく迎えた放課後、逸る気持ちを抑えるつもりなんかないから一気に部室まで駆けていった。キョンが何をしていたかなんて知らないわ。どうせ部室に来ないなんて言っているんだもの、今日何をするつもりか聞いたって意地でも答えないでしょうね。もちろんあたしだって聞くつもりなんかないわよ!

「ヤッホー! 有希! みくるちゃん! 来てるー!?」
 勢いよく開けたドアは小気味よいほど大きな音を立てて、あたしを景気づけてくれる。さーて、何が待ち受けてるのかしら?
「ひえっ? あ、あ、びっくりしたあ」
 すでに卒業したはずのみくるちゃんは、毎日顔を出してくれていて、あたしはそれがすごく嬉しくてつい抱きついちゃうわ。
「みくるちゃん! 今日と言う日が何の日かもちろんわかってるわね!」
「ふわ、す、す、涼宮さん、ちょ、ちょっと~~~」
 うん、焦って真っ赤になってるみくるちゃんは今日も可愛いわ! ひとしきりみくるちゃんをもてあそんでから解放してあげて、今度は有希に聞いてみる。
「有希もわかってるでしょ! いつも面倒見てあげている男子団員から感謝の気持ちを心ゆくまで表してもらう日よ!」
 あたしが放課後すぐにダッシュしてきたというのに、すでに部室に来ていて本を読んでいた有希は、顔を上げてあたしを見ると一言、
「違う」
 と言ってあたしを見つめる。何よ、違うって。
「少なくとも、あなたが彼に表して欲しい気持ちは感謝ではない」
 な、な、何を言うのよ有希は!
「そ、そんなことないわよ! だいたいあいつはいつも感謝が足りないのよ!」
 そういうあたしを有希は黙って見つめ、みくるちゃんは微笑みをたたえてやっぱり見ている。何よもう、何であたしがこんな目に遭わなくちゃならないのよ。
「み~く~る~ちゃ~~~ん」
「ひっ」
 とりあえずこの羞恥心はみくるちゃんで遊んで忘れよう。
「これ」
 ……と思ったのに、有希に話しかけられちゃったら仕方がないわね。これって何?
 有希が指し示したのは、部室に置いてあるホワイトボードだった。
 あたしとしたことが、部室に入ってみくるちゃんで遊ぶことしか頭になかった物だから、そこに書かれているメッセージに気がつかないなんて迂闊だわ。
「えーっと、これは……」
 キョンの字ね。別に上手い字なワケじゃないんだけど、字だけは古泉くんよりキョンの方が読みやすいかもしれない。
 あたしは声に出してそのメッセージを読んでみた。

『次の問題から想起される人物を訪ねること。

 問題
 つるとかめの数は合わせて18。脚の数は合わせて56本。つるは何羽?』

 ……つるかめ算? それに、クイズ形式?
 って、これ解くまでもないじゃない! 出てくる単語で誰だかすぐわかっちゃうわよ! 一応解いてみると……鶴が8羽、亀が10匹。鶴8で鶴屋、ってことでしょ?
 親父ギャグじゃあるまいし、考えたのはきっとキョンね。
「つるかめざん? なんですか? どうして鶴屋さん?」
 みくるちゃんはまったく解っていないみたい。小学校のときにつるかめ算って単語が出てこなかったのかしら?
「まあ、単純な連立方程式ってことよ」
「そうなんですかぁ」
 まだ小首を傾げているみくるちゃんに、今度は有希が説明を始めた。
「元は六朝時代の『孫子算経』に雉兎として出題された。日本においても1600年代の算書に『兎雉』あるいは『雉兎』と出ている。『鶴亀』に変わったのは、1810年の坂部廣胖『算法點竄指南録』以降。当時連立方程式の概念が存在しなかったため、消去法で計算される。現在でも初等教育で類似の問題を解く方法を習得することになっている」
「ふぇ? え~と、はい、そうなんですかぁ?」
 何とか相づちを打っているけど、あれはまったく解っていないわね。
 そんなことより、鶴屋さんを訪ねるのね。どこにいるのかしら?
「あ、それでかぁ」
 みくるちゃんは突然納得したような声を上げた。
「今日はおうちにいるそうです。わざわざそれだけのメールをくれたから、おかしいなって思ってたんですけど」
 なるほど、鶴屋さんに協力願ったってわけね。
「じゃ、鶴屋さん家に出発!!」
 あたしは置いたばかりの鞄を掴むと残る2人に号令をかけた。有希はまったく落ち着いて、みくるちゃんはわたわたと部屋を出る準備をすると、あたしの後に続く。
 さて、この後何が待ち受けているのかしら? キョンと古泉くんは鶴屋さんの家にいるの?

 待ってなさいよ! すぐに捕まえてやるんだから!



「やあっ! ハルにゃんにみくるに有希っこ!! 待ってたにょろ~!」
 今日も元気なSOS団名誉顧問・鶴屋さんは、元気いっぱいにあたしたちを迎えてくれた。
「うんっ 最初の問題は簡単だから一瞬で解いてくるって言ってたけど、本当だったみたいだね!」
 ニコニコ笑ってそういう鶴屋さん。あれ? じゃあ、キョンと古泉くんが何を計画してるか知ってるの?
「協力する代わりに教えなさいっ! って言ったのさっ! 2人ともめがっさ頑張ってたから、ハルにゃんも頑張って応えてあげるといいよっ!」
 ふーん、頑張ってたんだ。あたしの前ではそんなそぶり見せなかったくせに。そういえばやたらと眠そうだったかしら? でもそれっていつものことだし、学年末試験もあったし、当たり前だと思ってたわ。もしかしたら……。
「あのぅ、それで古泉くんとキョンくんはどこにいるんですか?」
 みくるちゃんの質問に我に返った。そうよ、鶴屋さんを訪ねてどうしろって言うのよ!
「あははっ それはまだ秘密さっ! あたしはこれを預かってるだけだから!」
 そう言って差し出したのは、3枚のカード。
「これって、電車に乗るやつよね」
「そうだね! でも電車以外にも使えるにょろ」
 カードを受け取って、あたしは首を傾げた。何でわざわざこんなカードを用意したのかしら? 電車に乗れってこと?
「それから伝言だよっ! えーと、『ローカル線始発駅のコインロッカーを調べること』だって!」
 コインロッカー?
「他には何かないの?」
 そう聞くあたしに鶴屋さんは満面の笑顔できっぱり言った。
「他にはないさっ! 後はハルにゃんが頑張るにょろ!」
 鶴屋さんは2人から聞き出したと言ってたから、この後どうなるか知ってるわよね。でも鶴屋さんから聞き出したって面白くもなんともないし、鶴屋さんも絶対言わないはず。
 あたしたちは鶴屋さんに別れを告げると、駅を目指して走り出した。
「ま、まってくださぁ~い!」
 もう、みくるちゃん、遅いわよ!



 ローカル線の始発駅はそう大きな駅じゃないから、コインロッカーも1ヶ所しかない。だから探すまでもないし、鍵は? と思ったら、最近のコインロッカーはカードで開くのね。知らなかったわ。
 そういうワケで、何のトラップもなくあっさりロッカーを開いたまでは良かったわ。
 中には封筒とタウンページが入っていた。何でタウンページなのよ。しかも、これあたしたちの住んでいるところのじゃなくて、県庁所在地のじゃない。

 とりあえずタウンページは脇に置いて、封筒を開いてみる。
 そこには2枚のメモが入っていた。
 1枚にはまたメッセージが書かれている。

『これから先、荷物が邪魔になるだろうから貴重品以外はこのロッカーに入れて行けばいい。タウンページも使ったら元の場所に戻してくれ。
タウンページは調べるだけだから、今後必要はない』

 ふうん、身軽にしてくるってワケね。なかなか配慮が行き届いているじゃない。
 それで、あたしたちはどこに行けばいいの?

 そう思ってもう1枚のメモを見て……何よこれ。
 おもて

「有希、これ何だかわかる?」
 こういうのに詳しそうな有希に聞いてみるけど、有希も首を傾げていた。有希にもわからない暗号?
「あれ、裏にも何か書いてありますよ~」
 メモを手にして同じく首を傾げているみくるちゃんが、紙を裏返して気がついた。
 うら

 うーん、ホントに何よこれ?
 表と裏。意味不明の記号。
 これを解かないと次に進めないのよね。
 タウンページは関係あるのかしら?

 有希は黙ってじっと立っているだけで、積極的に解こうとしていないみたい。みくるちゃんはまた紙を裏返したりひっくり返したりといじくり回して、可愛い顔をちょっとしかめたりして考えてるみたい。悩んでる姿も可愛いわね、カメラ持ってくれば良かったわ!

「あっ!」
 そんな関係のないことを考えていると、突然みくるちゃんが嬉しそうに声を上げた。
「わかった! わかりましたよ、これ!」
 ぱぁっと雲が晴れたような笑顔を浮かべてあたしを見ると、みくるちゃんはあたしにその紙を渡して来た。
「ほら、これをこうしたら……わかるでしょ?」
 この謎が解けたことが物凄く嬉しい見たい。可愛いんだけど、先を越されたことがちょっと悔しいわ。
 でも、わかってしまえば簡単なこと。
「なあんだ、って言いたくなるわね! じゃ、後は……やっぱりタウンページで調べればいいのかしら?」

 その5分後、あたしたちは次の目的地に向かう電車に飛び乗っていた。
 向かう先は、県庁所在地。
 そこにキョンはいるのかしら? 



その2へ
長門の鶴亀算説明についてはこちらを参考にさせて頂きました