欲しければ欲しいほど ~ホワイトデー編~ その2
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 少し時間を遡らなければならないわね。

 みくるちゃんが嬉しそうにあたしの前に例のメモをかざした瞬間、あたしにも理解出来たわ。厚手の紙だったから、そのままじゃ気がつかなかった。
 表と裏──まさに表裏一体だったってわけ。
 外の光にかざすようにしてみると、裏に書かれた記号が透けて見える。
Unlimited
「“Unlimited”? 制限のない、とか自由な、とかそう言う意味よね」
 とはいえ、これは別に英単語の意味を問う問題じゃなさそうよね。他にヒントは……。
「有希? 何を読んでるの?」
「タウンページ。N○Tが発行する業種別電話帳の商標名」
 それは見れば分かるんだけど読んで面白いのかしら? って、そうだわ、わざわざタウンページを置いていったってことは!
「有希、貸して!」
 あたしは有希からタウンページをひったくると、この名前の会社あるいはお店がないかと調べ始めた。1分とかからないわ。だって、1つしかなかったんだもの。
 そのページに書いてある住所や電話番号をメモして、広告に出ている地図を頭にたたき込むと、あたしは有希とみくるちゃんに号令をかけた。
「さあ、急いで行くわよ! 全員駆け足!!」

 面白いじゃない。あたしに挑戦するなんて256年は早いのよ!


 暗号を解いてからホームに走り込み、まるで用意されていたかのように駅に滑り込んできた電車に乗るまで5分とかかってないわ。こんなところで時間を無駄にするのは惜しいもんね。
「まさかブランド名だったとはね。名前は知ってたけど、いきなり結びつかなかったわ」
 そう、“Unlimited”というのは大手のアパレルメーカーが展開しているブランドの1つ。そこそこ有名だしもちろん知ってはいたわ。
 わざわざこんなお店を指定するってことは、プレゼントをそこで選んでくれるってことかしら?
「落ち着いた雰囲気のお洋服が多いんですよねぇ~。うふふ、ちょっと楽しみ」
 みくるちゃんは買い物大好きよね。いつもの不思議探索だって、デパートや商店街のお店を覗いては目で「これいいなぁ~、欲しいなぁ」と語りまくってるもの。
「…………」
 有希は何も言わなかったけれど、部室から持ってきた本を読みもせずにじっとしている。その目はごはんを前にして「まて」をされている子犬が「よし!」と言ってもらうのを待っているようで、有希もやっぱり楽しみにしているみたい。
 始めてあった頃に比べたら、有希も本当に表情豊か……とはほど遠いにしても、多少感情が出るようになったわよね。その表情が読めるのは、もしかしたらSOS団の団員だけかもしれないけれど。

 あたしは窓の外に目を向けて流れる景色を眺めながら、これから先には何が待っているのだろうと考えていた。アパレルのブランドなんて、分かりやすいわよね。きっと、ここで「お返し」のプレゼントがもらえるのだろう。そこにキョンはいるのかしら? どんな顔をしているのかしら?

 約20分という短い時間で、電車は多分この県で一番大きな街に到着した。
 駅を降りて少しあたりを見回してしまう。実際の距離はほとんど変わらないと言うのに、あたしたちが街に出るときは県境を越えてもっと大きな街まで出てしまうから、そう何回も来たことはない。えっと、どっちの出口から出た方が近いかしら?
「こっち」
 まるであたしの心を読んだかのように、有希が案内を始めた。きっと、有希の頭の中にはさっきタウンページで見た地図が完璧に頭に入っているに違いないわ。
「有希、場所分かる?」
「分かる」
「じゃ、案内お願いね。みくるちゃん、行くわよ!」
「は、はぁ~い」

 市立博物館や高級デパートなどが集まる一角は、昔は外国人居留地だったらしく、地名には残っていないけれども未だにそう呼ばれているみたい。
 その界隈に、目指す店があった。この辺りの店はちょっとあたしたちみたいな高校生が制服で入っていくのはお門違いという雰囲気を醸し出しているけれど、あたしには関係ないわ。ここと指定されたんだから入っていくまでよ!

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
 いかにも洋服屋の店員です、といった女性たち数人に出迎えられて、あたしは面食らった。待っていたって、あたしたちを?
「はい、あなた方がいらっしゃいましたら、商品をお渡しするように言われておりましたので」
 営業用スマイルを浮かべた女性店員はよどみなく話ながら、カウンターの上に置いてあった紙袋をあたしたちに手渡した。
「あ、でもどうしてあたしたちだって分かったの?」
 この店員さんはどう考えても初対面だし、キョンと古泉くんはここに来たにしても、口頭であたしたちの特徴を伝えるのには……って、そうか、写真を見せておけばいいんだった。
「ええ、その通りです」
 みくるちゃんはこういう店は落ち着かないんじゃないかしら、と思ったら、普通に他の店員さんとにこやかに話しながら、いくつかの服を自分に当ててみたりして楽しんでいる。意外だわ、あれは相当買い物慣れしているわね。
 有希は相変わらず立ちつくしたままで、受け取った紙袋をほんの少しだけ小首を傾げて眺めていた。中身が気になるのかしら? うん、あたしも気になるわね。
「あの、それで、これを渡すように言った奴はどこに行ったの?」
 キョンたちがいるかと思ったのに、見あたらないわ。そりゃ、こんな婦人服の店で待っているのは辛いかもしれないけど、じゃあどこに行ったのかしら?
「それは伺っておりません。その代わり、これをお渡しするようにと言いつかっております」
 あくまでも接客態度を崩さないで渡されたのは、またもや封筒だった。

 また問題? どうやら、簡単にはゴールにたどり着けないみたいね。
 あれ? でも、この紙袋はプレゼントじゃないのかしら? どういうこと?

 うん、考えていても仕方がないわね。あたしは急いで封筒を開けてみた。
「お食事券?」
 出てきたのは、どこかのレストランの招待券と手紙? 相変わらずやる気のなさが乗り移ったような字は、キョンのものだった。

『飯の場所まですぐに分からないとお前は暴れそうだからな。とりあえず昼飯でも食ってくれ。男子団員の奢りだからな、ありがたく食えよ』

 何よ、生意気な言い方して。一番下っ端のくせに、団長にこんな言い方するなんて、後で覚えてなさいよ!
「涼宮さん、嬉しそうですね~」
「ひえっ?」
 突然みくるちゃんに声をかけられて思わず変な声出しちゃった。嬉しそうって、あたし怒ってたんだけど?
「でも、すごくニコニコ笑ってますよ?」
 うそ!? 笑ってる? あたしが?
「あ、そうよ、お腹空いたからご飯が食べられると思って! それでちょっと嬉しかったのよ、それだけよ!」
「そうなんですかぁ?」
「そうよ! ほら、お腹空いたでしょ? 早く行きましょ!」
 もうこの話題は終わり! ホントにお腹空いたんだから!


 手紙には店の場所も書いてあったのですぐに分かったわ。なかなか雰囲気のいいイタリアン。無難な選択ね。キョンがこんな店を知ってたとは思えないから、きっと古泉くんが探してきてくれたんでしょうね。
 お店は内装も小綺麗で料理も美味しく、どうもメニューを見た限りではそれなりにリーズナブルでまた来たいと思わせるのに充分だったし、あたしは満足出来るはずだった。
 それなのに、この物足りなさは何かしら?
「美味しかったんだけど、なんかつまんない」
 うーん、何かしら、この感覚。
「寂しい?」
 え? 有希? 寂しいって、あたしが?
「彼がいないと、寂しい?」
 彼って、キョンのこと? 何言ってんのよ、別に寂しくなんか……
「嘘」
 何よ、きっぱり否定しなくてもいいじゃないの。
「涼宮さん、またキョンくんと2人で来れたらいいですね」
「みくるちゃーん? あなた言うようになったじゃないの?」
「ふぇぇ、すみませ~ん!」
 だいたい、2人とも勘違いし過ぎよ!
「そ、そうですかぁ?」
「そんなことはない」
「ううん、勘違いしてるわ!」
 そうよ、どうしてキョンのことばっかり言うのよ! まあばれてるんだろうけどさ。
「キョンだけじゃなくて、キョンと古泉くんよ、物足りないのは。せっかくイベントやってるのに、SOS団5人揃ってないのがつまんないの!」
 そう、誤魔化しでもなんでもなく、こういうイベントやるなら5人でやりたいじゃない! 2人ともあたしたちに問題だけ押しつけてどっか行っちゃうなんて、団員としてなってないわよ!
「そっかぁ、そうですよねぇ」
 納得したような顔で微笑むみくるちゃんと、無言であたしを見る有希。
 言っておくけど、嘘はついてないわよ! 正真正銘のあたしの本音なんだから。

「失礼致します」
 そんな会話をしていると、突然店員が割り込んできた。何よ、まだ料理があったかしら?
「いえ、こちらをお渡しするようにと伝言を承っておりますので」
 慇懃に渡されたのは、またもや封筒。もう、いい加減に本人が現れなさいよ。
 あたしは乱暴に封を切った。

『行き先はそこから見えるはず。
 “VOWF GOZCB UFSSBUFOGG”

 ヒント1: Et tu, Brute?
 ヒント2: 今日の日付  』

「また何かの暗号よね」
 今日3回目かしら?
 まず、この文章?は英語には見えない。だからといって、他の言語だと考えるにもスペルがおかしすぎるわよ。「ZCB」なんて並んでんの、あり得ないわ。
「みくるちゃん、何か分かる?」
「えと、んー、優先コードとも違うし……、あっ、何でもないですっ」
 何かブツブツ言っていたけど、よく聞き取れなかったわ。何でもないって、何がよ。
 まあいいわ、有希はわかるのかしら?
 その有希は、あたしから紙を受け取ると微動だにせず眺めていた。その目にはなんの感情も浮かんでいなくて、あたしはちょっと不安になる。
 いや、そんなことよりあたしも考えなくっちゃ。
 ヒント1の「Et tu, Brute?」。こんな有名なフレーズを知らないわけがない。日本語にすると、「ブルータス、お前もか」というセリフになるはず。有名なシェークスピアの「ジュリアス・シーザー」に出てくるセリフ。
 ヒント2の今日の日付。14日よね。ホワイトデーだもの。
 ジュリアス・シーザーと14日? それがこの暗号を解く鍵なの?

「わかった」
 突然有希しゃべった。
「わかったって、暗号解けたの?」
「そう」
「早いわね。ヒントから分かったの?」
「そうではない。すべてのパターンを試行した結果、意味の通る単語が現れるのは1パターンのみ」
「どういうこと?」

 有希の説明を聞いて、始めてヒントの意味が分かったわ。
 それで、この場所に行けばいいわけね。
 今度こそ、キョンと古泉くんに会えるのかしら?



関係ないが、最初、ヒントはEt tu, Brute?ではなく、morituri te salutantにしようと思っていたのだが、知名度が低いかと思ってやめた。
ちなみに「Ave Caesar, morituri te salutant」の後半部分であり、日本語訳は色々あるが俺が好きなのは「シーザー万歳! 今まさに死に向かう者が汝に敬礼す」というやつです。ちょっと意訳かもしれません。