欲しければ欲しいほど ~ホワイトデー編~ その4
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「他になんかないの? あ、この地方限定でね」
 この際だから、1981年の出来事を片っ端から聞いちゃおうかしら。有希の記憶力ってほんとにすごいわ。
「当市の人工島が竣工。それにあわせて地方博を行い成功を収め、以降の地方博ブームの火付け役となる」
「神○コス○ス結成」
 ……誰も知らないと思うわよ、それ。

 て、それより、その地方博ってかなり有名になったやつよね。あたしは生まれる前だから行ったことないけど、かなりの人が行ったみたいだし。人工島は今でもあるし……って、
「1981年生まれの『彼女』って人工島のことじゃないの? この街で'81年と言えばまずあの地方博があげられそうだし」
 あたしがそう言うと、鶴屋さんが意味ありげな笑みを浮かべた。あ、これ、ビンゴってことよね。でも何で人工島が『彼女』なんだろう。
「ヨーロッパ言語のほとんどに置いて、『島』は女性名詞となる」
 なるほど。それであえて代名詞を彼女にしたってわけ。
「じゃ、この『世界』っていうのは何かしら?」
「う~ん……」
「……」
「そもそも、この人工島って何があったかしら?」
 こういう質問に即座に答えられるのは有希だけなんだけど、それにしても有希の知識ってどこに蓄積されているのかしら。あれだけ本を読んでいれば、色々知っていることはうなずけるにしても、それを全部覚えている勢いよね。
「……いろいろ」
 そりゃ色々なんだけど、何か「世界」と関係してそうなのってないかしら。
「ユニバース」
「え?」
「universe。宇宙や森羅万象と言った意味が主だが、冠詞を伴って全世界や全人類、と言った意味もある。この名前を持つ会社の本社ビルが人工島内に存在する」
「それが答えだったら最初から『世界』じゃなくて『宇宙』とかにしとけばよかったんじゃないの?」
「おそらく、3次元に対する配慮」
 意味が分からないし笑えないわ。ユニバースじゃなくてワー○ドだって言いたいわけ?
「そう」
 うん、なんか3次元に配慮することを優先して消化不良気味になっちゃったけど、まあいいわ。それで、そのワー……じゃなかった、ユニバースに背を向けてテレビを見るって言うのは、そのままの意味?
「あ、それ知ってます! 広場があって、そこに大型ビジョンが設置されてるんですよね」
「そうそう、前に行ったよねっ!」
 鶴屋さんとみくるちゃんは、よくこっちに来るのかしら。
「うん、あたしはあっちの街(注:原作“憂鬱”でキョンが『街に出ると言えばたいていこの辺りを指す』と言った場所)よりこっちが好きなのさっ! だいたい買いたい物だって揃うし、だったら好きな街で買い物した方がお得ってこと!」
 そっかあ。ただ、どちらかというと高めのものが多そうで、こっちで好き勝手買い物出来るのは鶴屋さんだからかもね。
「じゃ、とにかくその大型ビジョンの前に5時に行けばいいのね?」
「きっとそうです! 確か、その広場の近くに高いビルがあったから、それがユニバース本社ビルだったかなあ?」
「そう」
 あれ? 有希も行ったことあるの?
「ない。知識として知っている」
 有希に知らないことってなさそうよね、そう言うと有希は少し首を傾げてあたしを見た。そりゃ人間なんだから知らないことだってあるだろうけど、でもあたしから見たら比喩じゃなく歩く辞書そのものよ、有希は。
「あははっ ホントに有希っこ様々だねっ! とにかくまだ時間があるんだから、ゆっくりお茶飲んでから行くといいにょろ」

 大型ビジョンの前って、待ち合わせ場所としてはありがちよね。
 これでようやく会えるわよね? キョン。

 鶴屋さんも一緒に行こうと誘ったんだけど、あっさり断って帰っちゃった。お世話になりっぱなしのような気がするのに、こっちに気を遣わさずに振る舞える鶴屋さんってやっぱり素敵な人だと思うわ。
 とにかくあたしたちは、鶴屋さんに再び別れを告げると、さっき話題に出た新交通システムに乗って人工島の広場へと向かうことにした。5時には充分間に合うわよね。


 広場前の駅で下車、そのままこの人工島の中心にもなっている広場へと向かう。もうゴールは目前で、あたしは早くキョンに文句を言いたくてたまらなかった。古泉くんもそうよ。今度からイベント考えるときは全員参加を前提としなさい! これは団員規約に入れておかなくちゃね!

 広場についたときには、すでに指定時間の10分前になっていた。
 なるほど、確かに大型ビジョンがユニバース本社ビルの方向に向かって設置してあり、逆に言えばその「テレビ」を見るためにはユニバースに背を向ける形になる。
 単純なことをあえて微妙な言い回しにするのはクイズの基本かもしれないけど、ちょっとこの問題はわかりにくかったわよ!

「それで、キョンと古泉くんはどこにいるのよ!」
 せっかくここまで来たのに、やっぱり男子団員2名は影も形もない。ちょっと、まさか遅刻じゃないでしょうね? 罰金じゃ済まされないわよ!
「えと、とにかく、5時まで待ちましょう、ね?」
 みくるちゃんに諭されるように言われちゃった。仕方ないわね、ここで怒っても出てくるワケじゃないでしょうし。
「有希? どうしたの?」
 有希は何故か広場の一角をじっと見つめていた。そこに何かがあるのかと目をこらしてみたけど、特に変わった物はないわ。
「なんでもない」
 そう言って、どっかの化粧品会社が“春の新色”なんて言いながら毎年同じような色で出している口紅のCMが流れているビジョンに目を移した。
 することがないので、あたしもなんとなく流れるCMを眺めるしかなかったわ。

 この後、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。


 どこかで5時の時報がなり、あたしはもう一度辺りを見回した。
 何よ、指定時間になっても現れないってどういうこと!?
「ちょっとバカキョン! 古泉くん! 出てきなさいよ!」
 どこかに隠れているのかもしれない、そう思って呼んでみたけど2人の姿は相変わらず見えなくて。
 何で肝心なときにいないのかしら、もう! 後で罰ゲームだからね!

 そう思ったとき、みくるちゃんが声を上げた。
「涼宮さん、あれ……!」
 みくるちゃんが指をさしたのは、さっきからあたしたちの目の前で目まぐるしく画面を変化させていた大型ビジョン。
 それまでのカラフルな画面から一点、ただ白地に文字が羅列してるだけの画面に変化していたそれに、あたしの目も釘付けになった。


 『SOS団女性団員の皆様────』


 画面には、そう書かれていた。何? こんなところで突然SOS団って!?


 『SOS団女性団員の皆様
  1ヶ月前、我々を大いに楽しませて頂き、ありがとうございました。
  ここにあらためてお礼を申し上げたいと思います。
  ささやかながら、我々もイベントとプレゼントを用意させて頂いたのですが、
  気に入って頂けたでしょうか?』


 この文章はきっと古泉くんが考えたのね。思わず笑ってしまうじゃない。
 うん、まあ悪くはなかったわよ。ただ、やっぱりこういうのはみんなでやりたいわ。


 『朝比奈みくる様
  ご卒業おめでとうございます。
  我々に毎日お茶を給仕して頂く姿に、何度癒されたとことか数え切れません。
  いつも力のないことを嘆いていらっしゃいましたが、
  あなたの存在自体が何よりの力であったと、我々が保証致します。
  きっとご苦労もあったことでしょうが、それでも笑顔を見せてくださる貴女に
  尊敬の念を禁じ得ません。
  とても感謝しております。
  これから新しい道を歩まれても、どうかたまにでいいからあの部室を思い出してください。
  たまには顔を見せて頂けると、我々にとって大いなる喜びとなりますことをお忘れなく』


「ふぇ……」
 みくるちゃんは早くも涙目になっている。
 うん、まあ苦労はさせちゃったかしら? でも、みくるちゃんだって楽しかったわよね。
 今目に浮かべている涙が何よりの証拠でしょ?

 『長門有希様
  いつも面倒で骨の折れることばかりお願いして申し訳ありません。
  どんなときも冷静に対処してくださる貴女に頼ってばかりで、
  情けない男どもだと思われているかもしれません。
  それでも、貴女が困ったときには力になりたいと思っています。
  何でも自分で解決できてしまう貴女だからこそ、我々に出来ることは何でもさせてください。
  今日のことが、少しでも恩返しになっていれば幸いです』

「……大丈夫」
 少し、ほんの少しで、あたし以外には分からないかもしれないけれど、有希は微笑んでいた。
 うん、そうよね。あたしも今日は有希に頼りっぱなしだったかもしれない。
 有希はいい子だし、何を頼んでも文句言わずにやってくれちゃうからね。

 みくるちゃんはとうとう涙を流して泣き始めちゃってるわ。せっかく綺麗にお化粧してもらってるのに流れちゃうわよ!
「あ、ふぇ、そうですよね……ぐしっ、でも、涙止まんないですぅ~」
 まったくみくるちゃんらしいわね!

 みくるちゃん、有希と来たら、次はやっぱり……

 『SOS団団長、涼宮ハルヒ様』

 トクン、と心臓が鳴った。

 『思えば我々は自分の意志と関係なく入団させられたことを思い出します』

 ……そうだったかしら?

 『最初こそ驚きましたが、この2年間を思い出すと、あの時入団させて頂いたことに心から感謝しています』

 当然よね! あたしが選んだ団員なんだから!

 『これからも副団長として、雑用として、微力ながらも貢献していきたい所存です』

 うん、いい心がけじゃない? 特にキョン! 雑用としての自覚がようやく芽生えてきたのかしら。それとも、これは古泉くんが独断で考えたって可能性もあるわね。

 『これからも、団長として我々を引っ張って行ってください。
  どうぞよろしくお願いします

  SOS団 男子団員一同』


 やがて文字はフェイドアウトしていき、画面も暗転した。
 そうかと思うと、それまで流れていた文字が嘘のように、またにぎやかにCMが始まる。

 あたしたちは3人とも何も言えなかった。
 みくるちゃんはまだグシグシ泣いているし、有希はどっちにしても何も言わないし、あたしも何を言っていいか分からなかったから。
 すでに変わった画面をまだ眺めながら、呆然としていると、後から声がかかった。

「お疲れ様でした。楽しんでいただけましたか?」
「古泉くん!」
 ……と言ってから、あたしはキョロキョロと辺りを見回した。あいつは? どうして古泉くんだけ?
「すみません、彼はちょっと席を外しています。すぐ戻るそうですが……」
 苦笑を浮かべてそう言われた。きっとトイレにでも行ってるんでしょうけど、ほんっとに肝心なときにダメな奴ね!
「あ、あの、ありがとうございました~。楽しかったですよ」
 まだ涙目のみくるちゃんは、早速お礼ね。うん、まあ先に古泉くんにお礼を言った方がいいわね。
「まあ、楽しかったわよ。ありがと」
「恐れ入ります」
 いつも通りの慇懃な態度で頭を下げる古泉くん。いつもイベント企画してくれてたから、これもほとんど考えたんじゃないの?
「いえ、だいたい彼と2人で案を出し合った形ですね」
 そうなんだ。キョンが積極的にこういうこと考えるのって、なんか意外だわ。
「そうですね、最初は僕も驚きました。でも、彼なりに理由があるようですよ」
 意味ありげな笑みを浮かべてあたしを見る……って、もう、なんかもしかして、バレンタインのときのこと全員にばれてない?
「バカキョンが何か言ったの?」
 あいつべらべらしゃべってるんじゃないでしょうね!
「さて、どうでしょう。彼から何か言ったわけではありませんが、態度でなんとなくわかりますね」
 諭すような声色でそう言われちゃったら、もう何も言えないわね。
 ああ、もうなんか恥ずかしいったらありゃしないわ!
 慌てて話題を変えて、今回のどの辺が古泉くんの提案で、どの辺がキョンの提案なのかを聞いてみたりした。
 このクイズ形式で行き先を誘導するのがキョンの発案だったのはかなり意外だわ。こういうこと考えたりできるんだ、あいつ。って、そう言えば!
「バカキョンはまだ来ないの!? いつまで待たせる気!?」
 何よもう、トイレじゃなかったわけ? 長すぎるわよ!
「まあ、そうお怒りにならないでください。彼にも理由があるんですよ。────ほら」

 そう言って古泉くんは、さっきからやたらとあたしたちにつきまとっている大型ビジョンを指さした。
 今度はなんなの!? って振り返ったあたしは、またそこにあたしの名前を発見した。


 『ハルヒ』

 今度は名前だけの呼び捨て。
 親以外であたしをこう呼ぶ奴は1人しかいない。

 『高校に入学して、お前に出会ってしまってから、俺の辞書からは“平穏”の2文字が削り落とされたようだった』

 出会ってしまってから、なんて言ってくれるじゃない。

 『だいたいお前は後先考えずに行動するし、人の迷惑なんざ顧みることはないし、周りにいる人間は振り回されてばっかりだ。特に俺はな』

 ちょっと、何よそれ。ちゃんとあたしは考えてるわよ! それに誰に迷惑かけたって言うのよ!

 『まあ、振り回されるのも悪くはないなんて考えられるようになるまで、俺も結構時間かかった』

 振り回してなんか……いるかもしれないわね。でもそれの何が悪いのよ!
 ていうか、わざわざこんな公共のビジョン借りてまであたしに喧嘩売りたいのかしら?

 『1ヶ月前』

 その文字を見てドキリとしてしまう。1ヶ月前、バレンタイン。あたしがしたこと、キョンがしたこと。忘れるわけがない。

 『お前は返事を30倍でよこせと言ったわけだが、果たして30倍の返事がどういうものだか俺にはさっぱりわからん』

 ちょっとは工夫するとか考えなさいよ。わからないって思考を放棄していたら呆けるのも早いわよ!

 『そこで気がついちまったんだが、お前は返事を寄こせと言う前にすることがあるんじゃないのか?』

 へ? 何よそれ。

 『0を30倍にしても0だからな。俺はお前に何も返事してやれん』

 ……どういうことよ。

 『というわけで、このメッセージもここで終わることにする。じゃあな』


 …………。

 何よこれ。なんなのよ。バカにしてるの?
 いい度胸してるじゃないの、キョン。
 わざわざこんなもの借りてまで喧嘩売られるとは思ってなかったわよ。
 ええ、もうこれは罰ゲーム物よ。ただで済むと思ったら大間違いなんだから!
 いろいろな罰ゲームを思い浮かべているあたしは、多分笑ってるはず。その笑顔は「怖い」と表現されるかもしれないけれどね。


「さーて、どんな罰ゲームがいいかしら……?」
「それは勘弁してくれ」
「えっ……?」
 この2年で一番聞き慣れた声。今日、一番聞きたかった声が聞こえたかと思うと、あたしは後から抱きしめられていた。