欲しければ欲しいほど ~ホワイトデー編~ その5
長編 | 編集

V編: オマケ1 オマケ2
W編:

 最初は、まだ出て行く気なんかなかった。
 あの時に返事してやろうとした俺を止めたのはハルヒだし、そのハルヒは返事どころかよく考えたら俺に告白も何もしてねーんだから、俺を捜させて言うべきこと言わせるくらいの仕返しはしてやったってバチは……あたるか。まあ、それもいいだろ?
 そう思っていた俺だが、大型ビジョンに映し出されるメッセージを食い入るように見つめているハルヒを見ていると、そんな気が失せちまった。
 まあ、俺はハルヒの気持ちを勝手に察したつもりだし、もういいか。
 というより、何だかこれ以上引っ張るのは、俺が我慢出来なくなった、と言うか。

 古泉に頼んで、朝比奈さんと長門を別の場所に連れて行ってもらっているわけだが、あの3人のことだ、どっかで見ていることだろう。
 それもどうでもいい。構うもんか。
 俺はハルヒの後から近づいていった。画面に流れているメッセージから察するに、そろそろ怒っている頃合いだ。まあ怒らしたのは俺なんだが、ちょっと悪乗りしすぎかと少し後悔したりもする。

 後からハルヒに近づき、手が届くところまで来た頃には画面に流れるメッセージは終了していた。
 しかしハルヒはそこから動かず、前を向いたままだ。
 誰にも見えないかもしれないが、俺には見える。怒りのオーラが。
 やれやれ、相当なもんだな、こりゃ。当たり前か。
「さーて、どんな罰ゲームがいいかしら……?」
 あー、やっぱりバチが当たるつーか、罰ゲームか。予想してたくせにこういうことをやっちまう自分のバカさ加減を呪うべきか喜ぶべきか。
 とりあえずだな。
「それは勘弁してくれ」
 そう言って、振り向く間を与えずに後ろからハルヒを抱きしめた。

「えっ? ちょ、ちょっとキョン?」
 驚いて声を上げるハルヒを無視して腕に力を込める。
 ああ、触れあうって結構大事かもしれないな、ふとそんな考えが頭をよぎった。
 ハルヒを抱きしめた瞬間、自分の中でこみ上げてくる気持ちがあって、それをどうしてもハルヒに伝えたくて仕方がない。
 告白されてないとか1ヶ月待たされたとか30倍とか、どうでもいいじゃねえか、そんなこと。
「1ヶ月前に言ったとおり、お前が察しろとしか言わないなら、勝手に察することにするさ」
「……何よ」
 拗ねたような怒ったような声。でも、その中に、少し甘えたような響きがあるのを俺は聞き逃さなかった。
「まあ、あのメッセージに書いたとおり、0の30倍は0だからな。わざわざ30倍にしてやる必要もないだろ。それでも、出血大サービスで0に対して1くらいは返してやる」
 こんなことを言うとまた怒らせるかね。こういう前置きをしてしまうのは俺の悪いくせかもしれないな。
 だが、躊躇しているつもりはない。するつもりもない。

「ハルヒが好きだ」

 結局俺は1ヶ月前にはっきり自覚したとおりにハルヒのことが好きで、今俺の腕の中で半ば固まってしまっているハルヒが実は罰ゲームを考えている真っ最中だったとしても、俺はそれを甘んじて受け入れるさ。
 ここは街中で、通り過ぎる人が俺たちをジロジロ見ていくが、それも今は気にならない。
 だってそうだろ? 1ヶ月、ハルヒはハルヒでその期間を待っていたと思っているのかも知れないが、実際のところ待たされたのは俺だ。
 結局のところ、俺はあの時に受け取ったチョコとハルヒの気持ちに早く応えたくてしょうがなかったんだ。
 そうしないと、俺はハルヒを手に入れたことにならない。 

 やーっと、手に入れた。もう離したくない。
 今俺に思えるのはそれだけで、後のことは考えたくないね。


 しばらく俺もハルヒも何も言わなかった。

 やがて、ハルヒが俺の腕に手をかけ、ハルヒらしからぬ小さな声で、
「いい加減に離しなさいよ……」
 と呟くまで、どれくらいの時間が経ったかなんてことは俺にもわからない。
「ああ、悪い」
 正直惜しい気もしたが、俺は腕を解いてハルヒを解放した。
 それと同時に急に何とも言いがたいような照れくさいような気分が湧き上がってくる。なんかやっちまったって気分だぜ。
 ハルヒは俺に向き直った。一瞬視線を絡めたかと思うと、ついと顔を背けてあさっての方を向いちまった。それでも、その頬が赤く染まってるのは見逃せない。
 今日のハルヒは、まあ俺と古泉の仕込みだが、いつもより着飾っているし、化粧までしているわけで、随分と雰囲気が違う。
 正直言って、あの店で四苦八苦しながら店員の出してくる服を選んだのは俺なのだが、というかほぼ店員のアドバイス通りなんだが、まあそれでも似合っているわけで。
「遅刻、罰金」
 俺を見ないまま、もう聞き飽きるほど聞いて耳にタコだかイカだかが沸いてきそうなほどになっているセリフをいいやがった。遅刻て。
「おい、別に遅刻なんかしちゃいないだろ。指定時間に俺たちも集まるなんて一言も言っちゃいない」
「うるさい」
 いい加減に俺の反論にも耳を傾けてはくれないだろうか。こいつはバレンタインにチョコをくれようが俺のことをどう思っていようが、基本的なところは何も変わっちゃいねえ。
 まー、すぐに顔を見せなかったのは悪かったか? いや、でもな。
「すぐに現れない方がよかったんじゃないのか?」
 ちょっと意地悪な質問を投げかけてみる。
「何でよ」
 そう言ってようやく俺に顔を向けた、と言えば聞こえはいいが、ようは睨まれているわけだ。だが、ハルヒに睨まれるなんて今まで数え切れないほどあったわけで、今更それでひるむ俺じゃない。
「欲しければ欲しいほど、簡単に手に入ったほうがつまらないんだろ?」
 お前が言ったセリフだ。その欲しい物に自分を当てはめるのは自惚れ過ぎか、とも思うのだが、あの時の状況から鑑みるにあながち間違いではないはずだ。
 俺の発言にむぅっとふくれっ面に変わったところで、ポケットから包装された包みを出して、その包みで軽く頭を叩いてやった。
「ほれ、チョコの礼だ。30倍にはほど遠いかもしれんがな」
 果たして手作りチョコの市場価格やいかに。そんなものに相場はないはずで、結局受け取る側がその価値を決めるしかないわけだ。
 俺にとってハルヒの手作りチョコは値段の付けられない代物で、今渡したこれは高校生にとっては多少値の張る物だったとしても、きっと30倍どころか0.3倍にもなりゃしない。
 ハルヒはふくれっ面をやめて、俺が渡した箱をこねくり回して眺めている。おい、俺にも透視能力はなかったが、お前にもないと思うぜ。もしそんな能力が欲しいと心から願えば別だがな。
 ハルヒは照れているのか怒っているのか、俺を上目遣いでじろりと睨んだ後、一言、
「開けるわよ」
「ここでか?」
 こんなところで立ちつくしてちゃ開封し難いと思うんだが。
「別に」
 そうかい。まあ、俺に止める権利はない。もうそれはお前にやったんだから。
 ハルヒは無造作にラッピングを解くと、箱の蓋を開けた。
 おい、包装紙を落とすな。ゴミになるだろ。って、結局俺が拾うしかねーな。

 ハルヒは箱を開けて中身を見て────また固まっている。何かリアクションがないと不安になるじゃねーか。気に入らなかったのか?
「……1つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「何で2つあるの?」
 俺がハルヒにやったのは、ペアになっているストラップだった。別にチェーンもついているので、ペンダントにも出来るらしい。
 何でわざわざペアを買って両方をハルヒにやったのかって? それはだな……。
「お前は1ヶ月前、結局言ってくれなかったからな。だったら、俺が言ってお前に返事もらうしかねーだろ」
 ハルヒはまた少し怒ったような顔をしている。いや、いくら怒ったって怖かねーよ。お前の照れ隠しの顔はとっくに見破ってるんだよ、俺は。
「俺だって言ったんだから、お前も1回くらい言ってくれてもいいだろ?」
 ハルヒが俺に好意を持ってくれている、ということは分かっているつもりなのだが、それにしても直接言葉で聞きたいと思うのが人情という物ではなかろうか。
 ハルヒはまだそのストラップを眺めていたが、そのうち1つを取り出すと、俺の前に差し出した。残りは箱ごと持っている紙袋(多分制服が入ってるはず)にしまい込む。
 えーと、くれるってことでいいのか? でも、出来れば何か、告白と取れる言葉を言って欲しいんだが。
 なんて考えた俺が甘かった。


 ああ、そうさ。相手は他ならぬ涼宮ハルヒだ。
 一筋縄でいく相手じゃねーし、俺なんかが敵う相手でもなかったのさ。


「ふうん、これが欲しいわけ?」
 いや、だからそうじゃなくてな。
「ま、そうね。あんたの言うことも一理ないわけでもないわ」
 あるのかないのかどっちなんだよ。その何か企んでますと顔に書く代わりに貼り付けている笑顔が妙に怖いんですが、ハルヒさん。
 と、読みたくもないのにハルヒの表情を読んでしまってびくびくしている俺に、ハルヒは死刑宣告と同じようなことを言ってのけた。

「言って欲しければ、ここであたしにキスしなさい」

 ……なんだって?
 いや、ちょっと待て。公衆の面前だぞ、ここは。
 つーか、なんで結局ハルヒが主導権握ってるんだよ!
「何言ってんのよ。あたしの家の前で平気でしたくせに」
 と、まだ何もしていないのにダメージを拡げる言葉を口にしやがる。
 あの時はテンション高かったからだな、勢いでやっちまったけど、ここであらためてとなると……。
 しかし、ハルヒはこういう悪巧みをするときはホントにいい笑顔になりやがる。
 その笑顔は周りの状況なんてどうでもいいかと思わせるだけの威力を持っていて、思えばこいつの笑顔で俺は何度反論を飲み込んだか、と呆れる思いだ。
 やっぱり、俺はこの笑顔に負けちまうんだよな。
 俺はハルヒの肩を掴むと、唇を重ねようとして────できなかった。

 作法に則って俺は目を閉じていたわけで、キスをしようと顔を近づけた瞬間、ハルヒが何をしようとしたかなんてわかりっこねえ。
 だがな。
 まさかこのタイミングで鼻をつままれるとは思いもしないだろう、普通。

「あははっ マヌケ面!」
 そう言うと、ハルヒは俺から2歩ほど下がって、先ほどのストラップをまた俺の目の前に突きつけた。
「そう簡単に手に入れられると思ったら大間違いよ。本当に欲しい物は、いつだって簡単になんか得られないんだから!」
 それだけ言うと、アカンベーなんて可愛い顔を見せ、チョコをくれたときのように回れ右をして駆け出していく。
 あまりに予想外の出来事にしばらく固まっていた俺だが、慌てて後を追いかけた。
「てめえ! 待ちやがれ!」

 踵の高い靴を履いているにもかかわらず、非常識なまでの俊足でハルヒは逃げていき、追う俺も必死だったが、その差は歴然。あいつは化け物か。
 まったく、鬼ごっこは先月充分堪能した! もういい加減にしてくれ!
 広場の端にある階段を駆け上ったハルヒは、そのまま姿が見えなくなった。
 俺も慌てて階段を上ろうとして、頭上から降ってきた声に足を止める。
「キョン! そこでストップ!」
 広場を囲むように作られている通路から身を乗り出すように俺に手を振っているハルヒを見て、1ヶ月前を思い出す。
 まさか、お前……!

 嫌な予感的中。
「今度はちゃんと受け止めなさいよ!」
 と言うが早いか、通路の手すりから身を躍らせやがった。
 だからせめて心の準備くらいさせてくれ!

 たいていの人はそう簡単に頭上から降ってくる人間に素早く対応できるワケがなく、俺は再びしこたま地面にケツをぶつけることになっちまった。
「何よ、今度は受け止めなさいって言ったのに」
「あのな」
 もうどっから突っ込んだらいいのやら。
「とりあえず危ないからやたらと飛び降りるのはやめろ」
「だってキョンは受け止めてくれるでしょ」
 信頼されるのは嬉しいが、俺だっていきなり降ってくる人間を支えるのに失敗しないとは限らない。頼むから自重してくれ。
「嫌よ」
 嫌ってな。
「あたしが受け止めて欲しいのはキョンだけなんだから」
 言った瞬間に頬を赤く染めるのはやめてくれ。それは反則だ。
 それと、俺の上からどいてくれ。あの時と違って人が多いんだ。今、注目されまくりだぞ、俺たち。
 俺の指摘で始めて周りの目に気がついたらしい。1ヶ月前と違って靴も履いているのだから、どかない理由もないだろう。
 慌てて俺から離れると、ハルヒはみたび俺にストラップをつきだした。
「失くすんじゃないわよ」
 それは俺のセリフだ、それよりお前の告白はさっきので終わりかよ、なんて突っ込みが口から出かかったが、慌てて封印して俺は黙ってそれを受け取った。
 ハルヒの口から「好き」と言う言葉を聞きたかったというのが本音だが、それも今は飲み込んでおく。きっと、この先いくらでも機会はあるさ。
 このストラップを俺に渡してくれた、それが今のハルヒの気持ちだってことで充分だろ。素直に「好き」なんて言えるわけがないのがハルヒであって、そういうところも含めて受け止めて欲しいなんて言ってやがるんだったら、俺はそうするさ。

「ハルヒ」
「何よ」
 こういうとき、必ず不機嫌そうな顔になるのもやっぱりハルヒだ。
「ありがとな」
「……別にっ」
 怒った顔をしてそっぽを向いたハルヒであったが、突然表情を変えると
「あれ?」
 と、何かに気がついた声を上げた。なんだ? 宇宙人でも見つけたか?
「違うわよ、バカ。……ねえ、みくるちゃんと有希は? 古泉くんは?」
 お前は今まで気がつかなかったのかよ。
「う、うるさいわね、ちょっと動揺して気が回らなかっただけよ!」
 そりゃ動揺しすぎだ。
「それより、SOS団としての活動がこんな中途半端で終わるなんて許されないわ! まだ最後の締めをやってないじゃない!」
 そんなもんいつもやってないだろう。
「だって、今日はまだ5人で活動してないのよ! そう、最初から文句言ってやろうと思ってたの! こういうイベントは5人そろってやらなくちゃダメ! じゃないとつまんない!」
 これまたハルヒらしい言い分で、俺は思わず笑ってしまう。それにしても、さっきまで照れていたハルヒはどこに行ったんだろうな。
「安心しろ、多分まだその辺にいるさ、あいつらは」
 俺は携帯をとりだして、古泉を呼び出した。絶対あいつらは俺たちをどっかで見ていたはずだ。なんなら今ハルヒから受け取ったストラップを賭けてもいい。本当に賭けたくはないが。
『もしもし』
 落ち着いた声で出た古泉に、俺は嫌味を込めて言ってやった。
「いつまでも出歯亀ってないでさっさと出てこい。団長様がお呼びだ」
 ハルヒが呼んでいるとなればあいつも出て来ざるを得ないだろう。
『お気づきでしたか。参りましたね』
 見えてないけどな。分からないわけがないだろ。
 なんとなく肩をすくめるあいつの動作を思い浮かべちまった。人の想像に出てくるな。気色悪い。


 予想通り古泉たち3人は近くにいたらしく、すぐにやってきた。
 さて、これからどうするんだ?
「時間も丁度いいことですし、食事に行ってはいかがですか? この近くにいいレストランがあるんですよ」
「ほんとに!? じゃ、そこ案内して! お腹空いたわ!」
 食べることに関して反論するはずのないハルヒは早速その提案を採用した。だが俺は素直に提案に乗る気になれない。
 ……食事って、まさか。
 俺はバレンタイン翌日の古泉の提案を思い出した。
 この広場の近くにある、海側から全国でも有数の夜景が見える高級レストラン。
 おい、俺たち高校生が行く場所じゃねえぞ! だいたい、俺のバイト代は遣いきったからな、もう支払えねえよ!
「ご心配なく。ここは僕がもちますよ。それと、個室を借りてますので、年齢的に目立つこともないでしょう」
 奢ってくれるのはありがたいって、そういう問題じゃねえ! だいたい個室を借りるって、ますます高校生らしからぬ行為じゃねえかよ!
「本当はあなたと涼宮さんのお2人で行ってもらおうと用意していたのですが、涼宮さんが全員でと望むならそれでもいいでしょう」
 ちょっと待て。どういうこった。
「なんならこの後、お2人でそこのホテルに行かれてはいかがですか? 大丈夫です、機関の方で部屋は手配しますからご安心ください」
 お前は俺に殴られたいのか?
「お断りだ」
「それは残念」
 その割にはちっとも残念そうじゃない笑顔だな。
「ええ、僕は心の底から祝福したい気分ですから」
 やっぱそう来るのか。
「これで、僕はあなたに下駄を預けたわけです。どうか、涼宮さんをよろしくお願いします」
 何でお前にそんな娘を嫁にやる父親のようなことを言われなきゃならん、とは言わなかった。
 そうさ、俺だって解ってるさ。ハルヒの能力を考えたら、生半可な気持ちじゃあいつとは付き合えない。
 それも含めて受け止めてやる、そう決めたのは俺だ。
「心配すんな。お前のバイトは減らしてやるつもりだよ」
 俺の出来る限りでな。
「ええ、その心配はないと信じています」
 古泉はいつもの仮面が外れたような笑顔であった。


 食事のことはもういいだろう。
 どう背伸びしても似合わないんじゃないかとか、そんな雰囲気なんてお構いなしに食べるハルヒと長門とか、意外に気後れしない朝比奈さんだとか、最初からこういう店は慣れているだろうと思わせる古泉とか、結局こういう店に一番慣れていないのは俺なんじゃねーかと文句言いたくはなったが、まあ社会経験だと思うことにしておこう。
 その間に、結局3人とも俺とハルヒがしていたことを一部始終見ていたわけで、いろいろ聞かれたりしたわけだが、それに対するハルヒが赤くなって「違うわよ!」とか「そんなんじゃなくて!」とか今更なことを言いまくってたのも、まあいいさ。

 食事が終わり、俺たちは全員揃って帰ることになった。古泉がやたらと2人だけでなんて気を利かせようとするのだが、ハルヒはかたくなに全員で、と言い張ったので肩をすくめて引っ込んだ。いいぞ、そのまま引っ込んでおけ、お前は。
 SOS団の4人はいつものローカル線で帰るのだが、俺の最寄り駅は北口である。だから、本来ならローカル線始発駅で4人とお別れになるはずなんだが、俺もそこで降りることにした。
「どうしたのよ、キョン」
 何でそんなこと聞くんだよ。察しろよ。
「もう遅いからな。家まで送ってやるよ」
「いいわよ別に」
 今更遠慮なんかするな。
「別に遠慮なんか……そうね、雑用係が団長の安全に配慮するのも当然よね」
 お前はまだそこに拘るのかよ。ったく、ここまで来て素直になれねえのも結構問題ありだぞ。
 理由は解らんでもない。まだ古泉と長門と朝比奈さんがいるからだ。
 その証拠に、ローカル線始発駅のコインロッカーに預けっぱなしだった荷物を取ると、ハルヒは3人に別れを告げて駅の外に向かって歩き出した。
 おい、お前は光陽園駅まで乗るんじゃないのか?
「ちょっと歩きたい気分なのよ」
 まあ、そんな気分のときもあるよな。

 なんとなく黙って、川沿いの公園を歩く。まだ桜の季節には早いな。隣を歩くハルヒに目をやると、少しうつむき加減で歩いていた。いつも真っ直ぐ前を見据えて歩くハルヒばかりを見ていたので、少し意外だ。
 なんとなく、本当になんとなく俺はハルヒの手を取って握ってみた。手を繋ぐくらいさせてくれるよな?
「キョン」
 ハルヒは手をほどくことはしない代わりに、俺のマヌケなあだ名を呼んだ。
「なんだ?」
「今日はありがとう」
 そう言って顔を上げたハルヒは、おい、お前は古泉たちがいたときと態度が違いすぎるだろうと突っ込みたくなるほどの満面の笑顔であった。
 いつもと雰囲気の違う服装をしているハルヒにそんな笑顔を見せられると何だか落ちつかないと言うより恥ずかしい。
 いや、その、だいたい1ヶ月前の礼なんだから、ハルヒが礼を言うことなんかないぜ、うん。
 何故かしどろもどろになりつつ返事をする。
 ああ、そういや俺もまだ言ってなかったな。
「ハルヒ、それ、似合ってるぞ」
 まあお前は何を着ても似合うだろうけどな。
 少し赤くなって「当然でしょ」なんて言っているハルヒはやっぱりいつもと雰囲気が違う。つーか、むちゃくちゃ可愛い。
 あ、なんかヤバイな。周りには誰もいない。気持ちが暴走しそうだ。
 さっきお預け喰らったことを思い出してしまうと、尚更押さえられねえ。こういうときには俺の理性はあまり役に立たないらしい。
「ハルヒ」
 俺は繋いでいた手をほどくと、ハルヒの肩を掴んで俺の方に振り向かせた。
「なによ……」
 言いながらも少し赤くなるのは、俺がしようとしていることが分かっているからだろ?
「今度は逃げるなよ」
「……逃げないわよ」

 今度はちゃんと目を閉じてるだろうな? 俺も閉じているから確認のしようはないが。

 ハルヒは俺の背中に手を回してシャツを握りしめた。




 突然だが、俺のクラスには超能力者がいるのかもしれない。
 その超能力はなんの役にも立たないどころか、もし可能ならば俺がそいつからはぎ取って5重くらいにしたゴミ袋に詰め込んで即刻破棄したいような代物である。
 とにかく、そうとでも考えないとあり得ないようなタイミングでそいつはやってきた。

「WAWAWA ……あれ?」

 あれ、じゃねえ。何でこんなときまでWAWAWAとか歌ってるのかはさっぱりわからんが、よりによってこんなタイミングでこんなところにやって来たのは、言うまでもなく谷口であった。
 谷口だって夜の公園でキスしているカップルくらいいてもおかしくないとは思っているのだろうが、いかんせん距離が近すぎた。
 谷口の声に気がついて思わず2人揃ってそっちを見ちまったわけで、ばっちり目があっちまったわけで。
 永遠とも思われる時間が過ぎ、おそらくそれはほんの2~3秒なのだろうが、アホみたいに口を開いてた谷口は
「すまん」
 といつかのように言いながら後に下がり、
「ごゆっくりぃー!!」
 と叫んで走り去った。
 咄嗟のことに俺もハルヒも反応出来ない。

 数拍おいて、先にハルヒが我に返った。
「追うわよ!」
 へ?
「谷口よ! あいつ、絶対言いふらすに決まってるんだから!」
 長門の件を考えると案外口が堅いんじゃないかとも思いもするが、希望的観測に過ぎないだろう。
 何せ散々あいつが言い続けていた俺とハルヒのことだ。
 間違いなく、月曜に学校に行ったときにはクラス中が知っているに違いない。
 なんて考えている間に、ハルヒは走り出していた。
「こらぁー! 待ちなさーい!」
 正直言って、谷口なんかどうでもいい。言いふらしたければ言いふらせばいい。
 俺がそう思っていても、ハルヒはそう思わないわけで。
 やれやれ、仕方ない、俺も追うとするか。
 邪魔された恨みは晴らさないとな。

「おい、待てよ!」

 そう叫んで俺も走り出す。今度は引き離されないようにしないとな。


 結局谷口はハルヒに捕まり、ボロぞうきんのように絞られた上、口外しないとの約束を無理矢理させられた。哀れ。

 しかし、月曜日にはしっかりクラス中が俺たちのことを知っていたのは何でだろうね。
「ちょっと、谷口~~?」
「俺じゃねえ、マジで! 俺じゃねえってば! おい、キョン、助けろ!」
「問答無用! あんた以外の誰がいるっていうのよ!」

 ほんとに、他に誰がいるっていうんだろうね、ハルヒ?
 あの日、阪中と電話してたのはお前じゃなかったのか?



  おしまい。