ケーキ屋にて ホワイトデー編
短編 | 編集

バレンタイン編の続き。

 俺が団長様のバイト先にうっかり訪問しちまってから、早1ヶ月が過ぎた。
 あれ以来、何故か俺はハルヒがバイトのときに、あの店に顔を出すようになっちまっているのだが、まあそれが何でかなんてのは俺にもわからない。ケーキ屋なのにコーヒーが旨かったから、と言うことなんだろう。

 そうやって俺がハルヒのバイト先に顔を出していると、またあの団長は妙な提案をしてきやがった。
「どうせ毎回来るんだったら、いっそSOS団全員で来なさいよ! あたしがバイトのときはここを活動場所にしちゃえばいいじゃないの!」
 それは店に対する多大な迷惑にしかならんだろう。だいたいお前はその間バイト中なわけであってだな、俺たちと遊んでいるわけにも行かないだろ。

 なーんて俺の反論はいつだって採用されるわけもなく、かと言って俺以外から反対意見が出されるわけもなく、ハルヒがバイトの日はSOS団総出でのケーキ屋訪問日となってしまった。毎回長門と朝比奈さんはケーキも食べていくのだが、よく財布が持つな。

 今日もハルヒはバイトに(多分)精を出し、俺たち団員は働くハルヒを横目に見ながらコーヒーを啜っているわけだ。
 さすがに文芸部室ではないので、あまり長居は出来ない。いつも適当な時間で切り上げるのだが、この日もそろそろ帰ることにいたしましょうか、と言う副団長のバカ丁寧な号令により今日の集まりは解散となった。
「悪いが先に帰っていてくれ」
「どうしたんです?」
「土産買ってから帰る」
 古泉はちょっと驚いたような顔をして俺を見ていたが、すぐに納得したらしい。
「なるほど、今日はホワイトデーですからね。妹さんとお母様にですか。それとも……」
 勝手に推理してニヤケ具合を増している古泉を手を振って追いやり、長門と朝比奈さんに挨拶をすると、俺は再び店内に引き返した。
「どうしたのよ。忘れ物?」
「いや、テイクアウトでケーキくれ」
「へ? ああ、家に買って帰るのよね。あんたにしては気が利いてるんじゃない?」
 俺にしてはって何だよ。大きなお世話だ。
「俺はよくわからんから、お前が好きなケーキを……そうだな」
 考えるためにしばしハルヒを見つめる。長門は1人で4個食ってたな。
「……6個くらいかな。適当に詰めてくれ」
「何よ。自分で選びなさいよ」
「悪いが本気でよくわからん」
 まったく仕方がないわね、それじゃ気持ちがこもらないわよ、などと言いながらも、ハルヒはあまり悩まずにケーキを選んで手際よく箱詰めしている。

「はい、お待たせ! お会計2,150円ね!」
 1度でいいから店員らしく丁寧語で対応してくれないだろうか。しかし、ケーキって高いもんだよな。もしかしてハルヒのやつ、高いケーキばかり選んでないか?
 今更文句を言っても仕方がない、俺は言われた金額を支払った。
「あたしの厳選だからね。妹ちゃんも喜ぶわよ~!」
 お前ならうちまで来て、妹に手柄を誇示しかねないよな。

 ケーキ屋の店員ってのは、テイクアウトで買っていく客のために出入り口までの見送りをわざわざするようだって言うのは毎度来ているのでとっくに気がついていた。
「わざわざ入り口まで来なくていいぜ」
「そういうわけにも行かないでしょ」
 そうか、ハルヒにとっては2度手間になるだけなんだがな。
 入り口のドアを開けて、ケーキの箱が入った紙袋を俺に手渡しながら、
「妹ちゃんによろしくね!」
 と言っているハルヒに、俺はたった今渡された紙袋を差し出した。
「何よ?」
 驚いているハルヒの顔をなんとなく見ているのが恥ずかしい。
「お前にやる」
「へっ?」
「だから、お前にやる。持って帰るなりバイト仲間で食うなり好きにすればいい」
 わけが分からない、という顔をしているハルヒに、仕方がないので説明を加える。
「1ヶ月前の礼だよ。いいから受け取れ」

 何かの罠かとでも思っているのか、おそるおそる手を出したハルヒに手提げを押しつけると
「じゃあな」
 と言ってさっさと店を出た。これ以上ここにいるのは非常に気まずい。なぜか他の店員の黄色い声が聞こえた気がするが、気のせいだと思うことにしよう。

「らしくないことしちまったかな」
 今日は随分出費しちまった。

 とはいえ、俺の気持ちは随分軽かった。どのみち今日だけ、明日からはいつも通りだ。たまにはこういうことをしてみるのも悪くはないだろ?


 家路の途中で見上げた春の空は、春らしく少し霞んでいて、それでもやっぱり青かった。


  おしまい。