迎えに行くから
短編 | 編集

 夜中の静寂を破って鳴り響く携帯電話。今日は夜遅くに鳴るだろうと予測はしていたので驚きはしない。時間は0時を5分ほど過ぎていた。携帯のサブディスプレイには完全に予測出来すぎてウンザリする名前が表示されている。
  着信:電話  涼宮ハルヒ。
「なんだってんだ、こんな時間に……」
 予測していた電話とはいえ、思わず文句が口からこぼれる。第一、予測していたより遅い。今日はゼミの飲み会だと言っていたからな。テンションあげてはしゃいだ挙げ句にこんな時間になったのだろう。高校のとき一生飲まないと言っていたのはどこのどいつだ、まったく。
 そして、その高校のときからは考えられないくらい社交的になった。SOS団のメンバー抜きに飲んだり騒いだりするなんて、あの当時は人が光合成出来るようになるくらいに考えられなかったことだ。
 わざと5コールほどの間を開けて、携帯の通話ボタンを押した。
『ちょっと、出るの遅すぎ! 罰金なんらからね!』
 思った通りの言葉で出たハルヒは、微妙にろれつが回ってないぞ。お前はどんだけ飲んだんだよ。
『そんなことはろーれもいいの! いーから早く迎えにきなさーい! 30秒!』
 すっかり出来上がってやがるよこの女。つーかやっぱり30秒かよ。お前は俺が瞬間移動ができるか、実はどこ○もドアを持っていると勘違いしているんじゃないだろうな。
「で、お前はどこにいるんだよ」
『おしえなーい♪』
 おい、教えないってなんだよ、この酔っぱらい! て電話切りやがった! ふざけんな!
 掛け返すことも考えたが、一度こうなるとまた同じセリフで切られる可能性が高い。
「まったく、世話の焼ける……」
 文句を言いつつも、俺はコートを羽織って家を出た。

「おそーい! ばっきーん!」
 電話を切ってからここに来るまで15分。行き先も予測できていたとは言え、はっきり分からないのに我ながらよくやったと思いたいところだが、このセリフに迎えられるといきなり自分のしていることが無駄だったような気分になる。まあ、いつものことだがな。きっと天正少年使節も帰国したときにはこんな気分を味わったに違いない。
 ハルヒは北口駅前の公園で1人待っていた。まったく、若い女がこんな時間に1人でこんなとこにいるんじゃありません!
「らーかーらー、キョンをよんらんじゃない!」
 だからってな、俺が来るまでは1人だっただろ!
「んー、キョンが来てくれるからいーのっ!」
 会話にならん。酔っぱらい相手にまともに言い合っても無駄だな。ハルヒ相手に、と言い換えても差し支えないぞ。
「ほら、帰るぞ」
 無駄な会話はとっとと止めて、ハルヒに手を差し出すと、ハルヒは嬉しそうにその手を掴んだ。何だか「お手」をする子犬のようにも見える。
「ねー、キョン?」
「なんだ?」
「なんれキョンはあたしが呼んらら来るのよ」
 何でって、お前が呼んでおいて何でもないだろうが。だいたい来なきゃお前はどうする気だったんだよ。
「1人れも帰れるわよー」
 無茶言うな。結構飲んでるぞ、お前。だいたいこんな時間に1人で帰せるわけがないだろ。
「1人れも平気なの! キョンが来てくれるから待ってるの!」
「そーかい」
 これでも俺は酔っぱらいの扱いは慣れている方だ。下手に反論しても泥沼化するだけなので、適当に合わせておこう。
「れも、キョンはどーして来るの?」
「だから、お前が呼ぶからだろうが」
「放っとけばいいじゃなーい。1人れも平気なんらから」
 平気じゃねーだろ、と言いかけて黙った。酔っぱらいに反論は御法度だ。って、思いっきり会話がループしてるじゃねえかよ、この酔っぱらいが。
 俺が黙っていると、ハルヒは勝手に話を続ける。
「こーんな時間に呼びらされて、ふつーなら来ないわよー」
 お前はそれを自覚して俺を呼び出してるのかよ。大学入ってから1度や2度じゃねーぞ、このアマ。
「れも、キョンは、キョンらけは来てくれる。あたしが呼んだら、来てくれるの。ろーして?」
 ハルヒは繋いでいる手を引っ張ると、足を止めて俺の顔を覗き込んできた。てか、顔が近い!
 ハルヒの吐息が顔にかかって思わず一歩下がったが、俺が下がっただけハルヒは近づいてきて結局距離が離れない。酒くせえよ。
「嫌じゃないの?」
 だから、お前は俺が嫌がっていると思ってるくせに俺を呼び出してるのか。
 そう言おうとしたが言葉が出ない。顔にかかるハルヒの吐息が気になって、何をどう言っていいのかもわからなくなってきた。
 まったく、こいつはどうしてこうなんだろうな。いつだって予測不可能で、俺の気持ちなんかお構いなしかと思ったらいきなりそんなことを気にしやがる。どーでもいいじゃねーか。だいたいハルヒにとっては俺が言うこと聞いて当たり前くらいに思ってるんじゃねーのかよ。そんだけ俺がお人好しってことでいいだろうが。
 だが、俺を覗き込んでいるハルヒの大きな瞳は、何だかそんな言い訳を許してはくれないような気がした。アルコール臭の強いハルヒの吐息で、俺も酔っちまったのかもしれないが。

 いや、酔ったのは今空に見えている星なんかじゃ全然足らないほどに輝いて見えるハルヒの瞳に、だったのかもな。

 ほんの数cm、俺は自分の顔をハルヒに近付けた。
 触れあった唇をチュっと音を立てて軽く吸うと、すぐに離れる。

「ふえぇ??」
 何が起こったか分からないとでも言いたげにぽかんとしているハルヒに、俺は言ってやった。
「嫌なわけねーだろ。俺が来たいから来てるんだよ」
「え? な、何? キョン、今、何? えぇ?」
「ハルヒが呼ぶなら俺は来てやるよ。別にハルヒのためじゃなくて、俺がそうしたいから来る。他の奴にこの役を譲る気もない」
 理解が早いはずのハルヒは、違う国の言葉でも聞いているような顔をして俺を見つめていた。なんだよ、こういう答えを期待してたんじゃなかったのかよ。
「今日だって、お前が飲み会だっていうから、連絡来るの待ってたんだぜ」
 最初は言う気がなかったんだが、実はそう言うことだ。もうちょっと早く連絡くれるとは思ってたから、そこは読み違えたけどな。
 俺がそう言うと、ハルヒはそのまま俺の胸にぐりぐりと頭を押しつけてきた。
「ばかぁ……。そーいうことは酔っぱらってないときに言いなさいよ……」
 酔っぱらってるのはお前だけだ。俺はまったくの素面だからな。
 ……まあ、多少お前の酔いが移ったのかもしれないが。
「うるさい、もう、バカキョン。ほんとにバカキョン」
 あんまりバカバカ言わないでくれるか。この件に関しては結構自覚してるんだ。
「もーらメ。キョンのバカ。好き。大好きなんらから」
 それは告白と受け取っていいのか? だったら、お前こそ素面のときに言って欲しいんだが。
「うるさい、もーダメ。今言わないの、無理。好きって、止まんない」

 今のハルヒは酔っぱらっていて、言っていることも酔っぱらいの戯言なのかもしれない。
 明日になれば全部忘れて、「何よそれ」なんて言われるのかもしれない。
 それでも今言ってくれたことに嘘はないような気がして、俺は素直に嬉しかった。

 明日になったら、こいつの酔いも醒めるだろう。
 そのとき覚えていてもいなくても、ちゃんと俺から伝えるからな。

 今の自分の気持ちを。


  何だかよく分からないままお終い。