古泉の陰謀
短編 | 編集

注:鬱でもバッドエンドでもありません!

 真夜中の電話というものはただ起こされるからというだけではなく、わざわざこの時間に電話をかけなければならない事態が起きたという懸念を生じさせるという理由でも不愉快なものだ。
 しかもその電話の相手が古泉ともなれば、もう厄介事が起きたということは確実であり、電話に出る前から俺を暗澹たる気分にさせるのに充分過ぎる。
 出るのやめようかな、一瞬そんなことを考えたが、後でますます厄介なことになりそうな気がしたので渋々ながら通話ボタンを押した。

『古泉です。夜分にすみません』
 案外落ち着いた声だが、こいつは多少のことじゃ取り乱した声なんか出さないはずで、この声だけで状況を判断するわけにはいかない。
「この時間でも電話しなきゃならない事態なんだろ。何があった?」
『さすが、察しがいいですね。電話では細かい事情が話せないので、申し訳ないですが今から外出願いたいのですが』
 何だ、また時間がループしているとかそんな問題なんじゃないだろうな。
『今回はそれとは別です。長門さんや朝比奈さんも来て頂くことになっています。あなたも学校までご足労願えますか』
 こんな時間にあの坂道を登れというのか。
『ご心配なく。30分後に迎えの車が行くことになっていますから』
 つまり俺に断る余地はないってことだな。どうせハルヒ絡みなんだろう。だったらもう巻き込まれるのは既定事項で、今更どうこう言ったって始まらない。
「わかった。詳しいことはそっちで聞く」
『助かります。部室でお待ちしておりますから』
 詳しい状況はわからんが、まるであたらしく店を開いたばかりの店主が来客を待つような口調で古泉はそう言った。緊張感ねえな。


 いつか見た黒塗りのタクシーに乗り、俺は学校に向かった。
 しかし部室だって? こんな時間に学校に入れるのか、と思ったが、よく考えたら『機関』なら何でもありだろうし、そうでなくても長門が何とかしてしまうのかもしれない。
 そんなことを考えている間にタクシーは見慣れすぎた校門の前に到着した。
 なんとなく薄気味悪い夜中の学校内を移動して部室を目指す。中庭から見上げた部室の窓には既に灯りが点っていて、俺はなんとなくホッとした。
 部室の前に到着し、いつも通りにノックしようとしてやめた。いくら何でも朝比奈さんが着替えているわけはないだろう。
 俺は躊躇せずにドアを開けた。

「キョン!? あんたここで何してんのよ!」
 意外にもほどがある。俺を呼び出したのは古泉であって、長門と朝比奈さんも呼んだということは十中八九ハルヒの能力絡み、つまりハルヒには知られちゃまずい話をするはずで、ここにハルヒがいること自体があり得ない。
 何でハルヒがここにいるんだ?
「そりゃ俺のセリフだ。俺は古泉に呼び出されたんだ。お前こそ何でこんな時間にここにいるんだよ」
「あたしも古泉くんに呼び出されたのよ。大事な話があるからどうしても来て欲しいって。なのに何であんたが……?」
「俺にだってわかるか」
 本当にわからない。古泉が呼び出した? ハルヒを?
 当の古泉は姿が見あたらないばかりか、呼び出されたはずの長門や朝比奈さんの姿も見えない。
 今夜の話はハルヒが何かしたわけじゃなかったのか? どういうことなんだ?

 一体、何を企んでやがる?

「お前は古泉に会ったのか」
 ハルヒも呼び出したならあいつは先に待ってそうなものだ。この団長は待たされるのがとにかく嫌いらしいからな。
「会ってないわ。ここに来たら鍵も開いてたし電気もついてたけど、誰もいなかった。トイレにでも行ったのかしら?」
 なんとなく不安になる。こんな時間にハルヒと2人で部室にいると、どうしてもあのときの閉鎖空間を思い出さずにはいられない。まさか《神人》が出てくるなんてことにはならないだろうが。

 それにしても、何故古泉がいないんだ?

 そう思ったとき、部室のドアが開いた。ドアの方を向いていたハルヒが何故か息を呑んだ。理由がわからないまま俺も振り返る。そこいるのは思った通り古泉だった。
「古泉、遅かったじゃ……」
 耳慣れない金属音が俺を黙らせた。ハルヒが息を呑んだ理由はこれか。
「……何のまねだ、古泉。これはどういうことだ? それにその手にしているのは何だ」
 部室の入り口に黙って立っている古泉の手には拳銃が握られ、その銃口ははっきり俺たちに向けられていた。本物か、何て疑問はない。『機関』なら本物の拳銃を手に入れるくらい何でもないんじゃないか、そんな気がしていたからだ。
 何の茶番だ?
 相変わらず意味不明の笑顔を貼り付けている古泉は、俺の問いかけには答えずに話し始めた。
「どうも、今晩は、お二人とも。わざわざこんな時間に呼び出してしまって申し訳ありません。でも僕としてもどうしようもなかったんですよ」
 どうしようもなかった、だって? まさか『機関』に何か命令されたのか。だが、『機関』が俺だけならともかくハルヒをどうこうするなんて思えない。
「何があったんだ。どうしてこんなことをする?」
 もしこれが『機関』の命令だと言うのなら、これは文字通りの茶番なはずだ。あの夏の孤島のように。ハルヒのためなら『機関』は何でもするだろう。生徒会長だってハルヒのためにわざわざ作り上げたんだ。今回もハルヒの退屈を紛らわせるための企画、そうだろ?
 もちろんそんなことを言えるわけもないが、せめて古泉の表情から何かを読み取ろうとしてみる。だが、相変わらず仮面のように笑顔を張り付かせているだけで、そこからは何も得られない。
「僕も自由の身ではないんですよ。こんなことをするのは本意ではないのですが。お許しください、とは言えませんけどね」
 本意ではない、という言葉は信じたいが、本当に本意ではないのだったらもう少し苦しそうな顔をしてみたらどうだ。こいつが演技をしているなら、今はそれっぽい顔をしてみせるところだろう。
 まさか、本当じゃないだろうな。『機関』がマジでハルヒを見限ったと言うんじゃないだろうな。
 仮にそうだとしても、お前はSOS団の団員だろ? 副団長だよな、古泉。

「なんで……どうして、古泉くんが……?」
 ハルヒはさっきから俺の袖の辺りを握りしめている。少し震えているように見えるのは気のせいではないだろう。
「古泉、冗談はやめろ」
 俺はまだ古泉を疑いたくなかった。古泉は『機関』の人間である前に俺たちの仲間だ。俺だけではなく、古泉自身もそう思っているはずだ。お前自身がそう言ったじゃないか、そうだろ、古泉。

 しかし、冗談でも何でもなかった。

「僕がいつも笑っている影で何を考えていたかわかりますか?」
 それまでのいつもの微笑みを歪める。
「自分を殺して害のない一高校生を演じる……それも自分の意志ではなく」
 以前、自分の態度はハルヒがそう望むからやっている演技だ、というようなことを言っていた。だが、自分の意志ではないとはどういうことだ。お前はお前の意志で『機関』に協力している、そう言っていたじゃないか。
 古泉だって苦しかったのかもしれない。だいたいあんな灰色空間で化け物じみた巨人と闘う宿命を負わされたわけだ。
 だけどな、苦しいならそう言えばいいじゃねえか。何も言わずに微笑仮面でイエスマンやってりゃ誰だってそのうち嫌にもなるってもんだ。今古泉のやっていることは命令されたのかもしれないが、こんな命令を聞いてやれなんて自棄になる前に誰かに吐き出せば良かったんだ。
 いつも余計な解説ばかり話すくせに、肝心の所は隠してやがる。
 これじゃエラーを起こして世界を改変させた長門と同じじゃねえか。
 そして、それに気づいてやれなかった俺も、あの時から何も成長していないってことか。

「僕ももうウンザリなんですよ……!」
 古泉は、吐き捨てるようにそう言うと、銃口をわずかに動かした。
「待て、古泉!」
 嫌な予感に襲われて思わず叫んだが、遅かった。
 派手な音とともに銃口が火を噴く。
 その様を呆然と見ていた俺の袖を握っていた力が弛み、続いてドサリと鈍い音がして「何か」が俺の足下に倒れ込んだ。

 何か? 何だ? 今、何が倒れた?

 見たくない。見るな。
 足下に倒れている「何か」を認識することを、俺の脳が全力で拒んでいる。
 それでも恐る恐る俺は視線を下に移した。
 こんな時間だってのに律儀に着てきたセーラ服。その胸の部分に赤い染みが拡がっている。頭にはトレードマークとも言える黄色いリボンのついたカチューシャがあって。いつも必要以上に輝いている瞳は今は閉じられ、開く気配はない。
 嘘だろ?
 信じたくねえよ。
 違う、ここに倒れているのは絶対違う、そんなわけねえ。
 あいつは人類が滅亡しても生き残るようなしぶとさを持っているはずだ。こんな簡単にくたばるわけねえだろ。
 どんなに認識したくなくても、あまりにも毎日見慣れたその姿を間違えるはずもなく、俺は認めたくないまま足下に倒れ込んだ「誰か」を呆然と見下ろしていた。
 その胸に拡がる赤い染みはなんだ? 何でそんなに真っ赤なんだ?

「……嘘だろ、ハルヒ……」

 目の前が真っ赤に染まった。ハルヒが倒れている。
 何故? 撃たれたからだ。
 誰に? 古泉に。

「古泉! てめぇ……!」
「おっと、動かないでください」
 一歩踏み出そうとした俺にあらためて銃口を向けると、平然とした顔でそう言った。
 何でお前がこんなことをする? お前は『機関』よりSOS団の方が所属意識が高いって言ってただろ? その副団長がどうして。
 いくつもの「何故」が俺の中を駆け巡る。すべてぶつけてやりたいのに、上手く言葉が出てこない。
「なんでだよっ……!」
 それだけを言うのがやっとだった。古泉は何も言わず、俺から目をそらした。何だよ、今更罪悪感が沸いてきたとでも言うんじゃないだろうな。今更謝ったって許されるわけねえぞ。

 俺はあらためて足下のハルヒに目をやった。赤く染まったセーラ服が痛々しい。これが致命傷なのか俺にはわからない。確認したくて屈もうとすると、古泉に「動かないでください」と再び言われた。畜生、ぶん殴ってやりてえ。
 何でハルヒが。どうしてこんな目に遭わなきゃならない? 変な力を持っているから? 世界を改変するから?
 そんなの関係ねえだろ。
 お前だって見ていたはずじゃないのか。ハルヒは何だかんだ言っても「普通」に毎日を楽しんでいたじゃねえか。こいつが今のこの世界を肯定しているのは充分理解出来るはずだろう?
 それに、お前だって楽しんでいたんじゃなかったのか? お前だけじゃない、長門だって朝比奈さんだって、それに俺だって楽しんでいた。こいつが巻き起こす事件も、わけの分からないイベントだって何だかんだ言って楽しかった。
 何でお前がそれを終わらすんだよ、古泉。
 こいつがいないともうあの日々は戻ってこないだろ。
 ハルヒがいないと、もうあんな毎日は過ごせないじゃないか。
 そう、ハルヒがいないと────。

 俺はさっきの古泉の命令を無視して、ハルヒの傍らに膝をついた。
「動かないでください。出来ればあなたは撃ちたくないんです」
 三度目の命令。だが、そんなこと知るか。
「撃てよ」
「は?」
「撃てばいい。何だかしらんがお前はそう命令されているんだろ? 板挟みになることなんかないさ」
 顔を上げて古泉を見る。さすがに驚いたのか? 仮面が外れているぞ。
「どうして……」
 スマイル仮面が外れて驚きの表情を見せている古泉に、俺は言ってやった。
「以前ならそうは思えなかったけどな。これだけいろんな目に遭っておきながら、今更ハルヒがいない世界なんて俺にとっては意味がない。お前が何でこんなことをしなくちゃならなくなったのかは知らないけどな、お前が俺を撃たなきゃならないんだらそうすればいいさ」
 今は死への恐怖よりハルヒを失う恐怖の方が大きいんだ。
 ハルヒの髪を触り、軽く梳いてみる。まだ暖かい。
 なんでこんなことになっちまったんだろうな。こんなことになるくらいなら、もっと早く素直になっておくんだった。
「お前は知ってたんだろ、古泉」
 もうハルヒの笑顔が見られないのか、そう考えるだけで目の前が真っ暗になる。
「俺がハルヒを好きだってことを、な」

 しばらくの間、古泉は何も言わなかった。かといって俺を撃つこともせず、ただ俺を眺めていたが、突然ニッコリ笑ったかと思うとそれまでの調子をがらりと変え、朗らかな声でハルヒに声をかけた。

「だそうですよ、涼宮さん」

 待て。“ハルヒに”声をかけた?
 何故そこでハルヒに話しかける……?

 古泉の態度の理由が理解できずに呆然としている間に、倒れていたハルヒがむくりと起きあがった。
「……ハルヒ?」
 おい、どうなってるんだ? 何なんだよ一体。
 何が起こっているのかさっぱりわからない。おい、古泉、解説しやがれ。
「申し訳ありませんが僕はこれで失礼させて頂きますよ。馬に蹴られたくはないのでね」
 いいから説明しろ! って、本当に帰るなよこの野郎!

 ハルヒはその場に座り込んだまま何も言わない。うつむいているので顔は見えないが、耳まで真っ赤になっているのは何でだ? それにいつもだったらウンザリするくらい話すくせに、どうして黙りを続けてるんだ。まさかゾンビになったとかじゃないだろうが。
 て、待てよ。ハルヒは別に死んじゃいなかったわけで、つまり俺と古泉のやりとりはずっと聞こえていたってわけで……。てことは、今ハルヒが真っ赤になってるのは…………。

 古泉、戻ってこい。さっきの銃はどうせ本物なんだろ。弾を込めて俺に寄こせ。じゃなきゃ今度こそ本当に撃ち殺してくれ、頼む。

「キョン」
 ようやく口をきいたハルヒに話しかけられてあからさまにビクッとする。挙動不審になっちまうのは勘弁してくれ。
「あの、ハルヒ、今のはだな……」
 しどろもどろに何か言い訳をしようとするが、言葉が出てこない。言い訳の余地があるかどうかと聞かれるとわからんが。
「今更前言撤回、なんて言ったら怒るわよ」
 赤い顔をして俺を睨み付けながらそう言われちまったら、本当に言い訳なんか出来なくなるじゃねえか。うわ、首吊りてえ。
「すまん」
「謝ってるんじゃないわよ、バカ」
 ああ本当にバカだよ。どうやら俺は古泉にはめられたらしいからな。て、撃たれたフリして倒れてたってことは、お前もグルかよ! その胸の赤い染みはなんだ? 赤インクか? 制服をダメにしてまで何やってんだよ、お前は!
 何て突っ込んでいる場合ではない。俺はハルヒが死んだと思いこんで、明らかに告白しちまったわけだ。まさかこんな状況で告白するとは自分でも思ってみなかったぜ畜生。間抜けなことこの上ないじゃねえか。恥ずかしいにもほどがある。
 ハルヒはそれ以上何も言わなかった。俺のアホな告白を聞いてどう思っているかはわからんが、答えを聞くのが正直怖い。
 だが、謝ることすら拒否されたわけで、何を言っていいかも分からない。何で古泉はさっきの銃を置いていかなかったんだ。今なら躊躇なくこめかみを撃ち抜く自信があるぞ。

 しばらく沈黙が部室を支配していた。

 照れくささやら自己嫌悪やらでうなだれていた俺の頬にふと手が添えられ、俺は顔をあげる。
「あんた、ほんとにバカよね」
 確かにバカだよな、だけどこんな茶番まで演じたお前の方がよっぽどバカだよ。そう反論してやりたくても出来ないのは、俺の口がハルヒの唇で塞がれちまったからだ。
 仕方がない、反論は諦めて代わりに目を閉じることにするか。


 ハルヒの着ていた制服自体、古泉が用意したものらしい。汚れた制服を着替えたハルヒに、今日の経緯を聞いてみた。
 早い話が俺がバカだった、ってことだけどな。忘れてたよ、今日が4月1日だってことを。
「エイプリルフールの企画をどうしようかって考えて、古泉くんに相談したのよ」
 何で相談相手が古泉なんだよ。
「副団長だからに決まってるでしょ! どうせ騙されるのはあんたなんだから」
 どうせ俺ってバカにするにもほどがあるだろ。って騙された俺が言える立場じゃないか。
「でも、さすがにちょっと大袈裟過ぎる企画だったから、いくらあんたでも騙されないんじゃないかと思ってたのよ。古泉くんは大丈夫って言ってたけど。まさか本当に騙されるなんてね」
 悪戯っぽく笑うハルヒはいいとして、問題は古泉だ。あいつは俺が騙されることに確信を持っていたに違いない。ハルヒは知らないが、俺はあいつのバックについている組織について多少の知識がある。それでも俺はあいつを信じたいと思っていたのに、いいように利用しやがって。やっぱり一発殴ってやるべきだな。

「でも、まあ、嬉しかったわよ。あんたの本音が聞けて」
 俺から顔をそらしながらもそんなことを言うハルヒを見て、俺はあらためて安心した。ハルヒがいなくなる、その恐怖心を味わうのは2度目だ。もう勘弁してくれ。
「頼むからこんな悪戯はもうやめてくれ。正直お前が死んだかと思ったら……」
 俺はハルヒを抱きしめた。
「……気が狂うかと思った」
 小さく「ゴメン」と呟いた唇を、今度は俺から塞いでやった。


 明日になったら、殴る代わりにゲームで有り金全部巻き上げてやることで許してやるよ、古泉。


  おしまい。



というわけで、遅れまくりのエイプリルフールネタでしたwww