正・反・合
短編 | 編集

ハルヒは登場しない。設定は911の捏造。古泉しゃべりすぎ。

 涼宮ハルヒという不可思議盲進女と出会ってしまってから、俺の日常が一変したなんてことは今これを読んでいる人に言っても今更としか思われないだろうが、それにしてもゆっくり休む間もなく高校生活の1/3が過ぎていってしまったことには変わりない。
 SOS団は1学年進級した後も相変わらず放課後は文芸部室にたむろし、週末は見つかりもしない不思議なことを探す町歩きを行っており、いったいこの宇宙人・未来人・超能力者と称するやつらと一緒にいるのが非日常なんだか日常なんだか判別つけがたい日々を過ごしていた。
 いや、俺にとっては既にこれが日常になっちまってるんだよな。
 そして、その正体に気がついていないながらも、ハルヒにとってもまた放課後をこのメンバーで過ごすのが日常になっているはずで、こいつは自分の願望が既に実現していることを知る日が来るのかね、と考えると何故か交番に届けるために財布を拾ったのにジロジロ見られているような後ろめたい気持ちにならなくもない。
 ハルヒが真実を知る日が来るのかどうかなんてことはわからない。多分わかっているのは朝比奈さん(大)くらいだろう。そしてわかっていても俺に教えてくれるなんてことは本能寺の変を事前に信長に伝えるくらいにあり得ないはずだ。

 さて、そのハルヒについて俺は常々疑問に思っていることがある。
 それは何か。
 古泉は言った。
 長門のような宇宙人、朝比奈さんのような未来人、そして古泉のような超能力者が存在しているのは、ハルヒがそう願ったからであると。もちろん無自覚に力を発揮しているのには違いないが、それにしてもSOS団を結成し、この3名を一団に加えてしまったのは明らかに偶然ではないと。
 この際俺については考えないことにする。今までも散々考えたが、結局俺はただの人であり、人に言うと頭がおかしくなったんじゃないかと疑われるようなプロフィールなんか持っちゃいないのは明らかだ。この点についての考察は既に放棄しており、今更疑問に思うも思わないもない。なぜなら俺はもうとっくの昔に巻き込まれているわけだし、去年の12月に“こっち”を選んだのも俺だからだ。
 では何を疑問に思っているのかって? そんなの簡単だ。誰でも思うはずだ。

 何故、ハルヒは中学時代に宇宙人・未来人・超能力者と出会うことができなかったのか?

 古泉の能力は4年前にハルヒから授かった、とあいつは言った。同じく4年前に情報統合思念体はハルヒを中心とする情報爆発を観測したらしい。そしてその4年前より以前には時間遡行ができない、と朝比奈さんは言う。
 いったいハルヒの能力がどういう物で、4年前に何があったかなんて知ったこっちゃない。知ったとしても到底俺に理解できるとも思えない。
 だが、既に4年前にはハルヒに謎の能力があったのは事実で、閉鎖空間とか言うものを作りだし《神人》なんてたいそうな名前を付けられた青い巨人を暴れさすなんてことは中学時代からやっていたはずだ。
 だったら、宇宙人・未来人・超能力者を身近に置くことだって簡単にできたはずだ。たとえ、本人の自覚はないにしても。

「なるほど、涼宮さんの能力を考えると、もっと早くに我々3人が集結する、ということを1つのテーゼとするアンチテーゼですか」
 チェスのコマをもてあそびながら相変わらず微笑みをたたえて古泉は言った。
 放課後の文芸部室、こんな話をしていることからお分かりだろうがハルヒはいない。ついでに言うなら朝比奈さんもいない。ハルヒはいつも通りの勢いでドアを開けたかと思うと、「みくるちゃんをモデルにするわよ!」とわけの分からないことを叫ぶやいなや、何も説明しないまま朝比奈さんを引きずって出て行ってしまった。メイド服のまま。モデルってなんだ? と思っていたらSOS団の解説係がその役目を果たすには、手芸部のファッションショーにモデルとして朝比奈さんを参加させるらしい。モデルならハルヒが自分でやればいいと思うのだが、ハルヒは朝比奈さんを着せ替えることが趣味のようで、本人は参加しないらしい。なんとなくもったいないと思いつつホッとしているのは何でかね。
 取りあえず手芸部の衣装なら、ハルヒが持ち込むセクハラ衣装のようにはならないだろう。モデルとしていろいろな衣装を着ている朝比奈さんがはにかみながら微笑んでいるのを想像するとつい顔がゆるんでしまうが、お茶が出ないのは寂しいな。

「テーゼとか弁証法とかそんな難しいことは考えちゃいないぜ。ただ何でだろうと思っただけだ」
 古泉に話すとわざわざ難しくされるんだってことを俺もそろそろ学んでいい頃だな。
「簡単に言えば、我々3人が集結したのは涼宮さんの能力ゆえか否か、ということでしょう」
「ハルヒの能力だってことを疑ってないんじゃなかったのか」
「おや、僕は疑いを持っていると申し上げたはずですが」
 やっぱりこいつは殴ってやるべきかもしれない。お前の疑いってのは、ハルヒが神なんてものに祭り上げていることに対してじゃなかったのか。
「もちろん冗談です。覚えていてくださって光栄ですよ」
 お前の冗談は笑えん。
「以前にも申し上げたとおり、涼宮さんが僕たちを集めたときには彼女から明らかに人知を越えた能力が放たれていた、と解っています。つまり僕たちは集められるべくして集められた、ということは疑いありません。この点については長門さんも同意してくださると思いますが」
 それまで俺たちの話なんか聞いていないように、俺からしたら枕にしかならないような分厚い専門書を読んでいた長門は、古泉の言を受けて顔を上げた。
「我々を集める涼宮ハルヒはその意志を情報として周囲に影響を及ぼしていた。彼女が情報操作をしていたのは確実。ただしその操作法は不明」
 そう言う長門はどういうわけかその物静かさを反映した漆黒の瞳を俺に向けていて、ふと見ると古泉も判で押したような笑顔を貼り付けて俺を見ている。
 2人ともなんなんだ、その何か言いたげな視線は。
「閉鎖空間は、涼宮さんにとっても特殊な能力発揮場所だと言えます。この時空間以外の場所で能力を発揮するのはあの場だけですから」
 言われてみれば確かにそうかもしれない。だが、それがどうかしたのか。
「この現在空間で涼宮さんが能力を発揮するには、彼女の感情が大きく影響しているようです。映画撮影のときのことを覚えていらっしゃいますか」
 そりゃ忘れるわけがない。映画撮影自体でテンションが上がったハルヒによって朝比奈さんが偉い目にあったわけだ。それ以外にもドバトが白鳩になった挙げ句リョコウバトになったり桜が秋に咲いたりシャミセンがしゃべったりしたよな。
「その通りです。あなたがおっしゃるとおりあの時彼女はテンションが高い、つまり上機嫌だったわけです。特に後半の桜と猫に関する件は言うまでもないでしょう」
 だからそれを思い出させるな。
「彼女は中学時代、いえ、高校に入学してからもある時期までは非常にイライラしている状態でした。閉鎖空間こそ頻発していましたが、彼女が我々のこの時空間に影響を及ぼすことはほとんどありませんでした。実際、我々が閉鎖空間以外でその能力を目の当たりにするのはSOS団結成以後のことです。つまり────」
 だんだん古泉の言いたいことが分かってきた。ちっとも嬉しくないがな。
「あなたのせいです」
 またそれか。どうしてどいつもこいつもハルヒのやるアホみたいな世界改変の責任を俺に負わそうとするんだ。俺は何もしちゃいない……と思う。俺は特殊な肩書きなんかこれっぽっちも持っちゃいない一普遍的男子高校生であって、俺自身がこの世界に対して出来ることなんかこれっぽっちもありゃしない。それなのに何かあったら俺のせいにされるのは業腹だ。
「逆に閉鎖空間の発生は圧倒的に少なくなっています。これについては感謝するべきでしょうね」
 だから俺は何もしちゃいない。そんな感謝されたって嬉しくもなんともねえよ。
 古泉は苦笑を浮かべたが、それでもまだ黙る気はないらしく、言葉を続けた。
「涼宮さんが能力を発揮することを止めることは残念ながら誰にも出来ません。しかしながらわずかでも制御できる人間がいるとしたら、あなたをおいて他にはいないでしょう」
 俺はハルヒの制御装置かよ。
「その見解にはわたしも同意する」
 長門、お前もか!
「あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵」
 いつか長門が自分の正体を告白したときに言ったセリフだよな。て、それはそう言う意味だったのか?
「それだけではない」
 なんか昔古泉にも同じことを言われた気がするが、どういうことだよ。
 だが、長門はそれ以上何も言わず、読んでいた本に視線を落としてしまった。長門も思わせぶりな発言なんてするようになったのかよ、とは喜べないな。

「朝比奈さんとハルヒは遅いな」
 そろそろ朝比奈さんのお茶が恋しい。
 古泉は俺が話題をそらしたことに肩をすくめたが、それ以上何も言わなかった。対戦していたはずのチェスも止まったままだ。そろそろ勝負を決めるとするか。

 ハルヒを誰かがどうこう出来るなんて思えるわけがない。あいつは唯我独尊を地でいく女だ。
 それでも、あいつが今笑っていられる原因とは言わなくても一因が、あの時俺が話しかけたことであるとしたら────あの時の俺を誉めてやってもいいよな。
 あいつの能力がどうとか閉鎖空間がこうとか知ったこっちゃない。

 ハルヒには笑顔でいてもらわないと今の俺が落ち着かないから、ただそれだけってことだ。


  おしまい。