特典/習慣化
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キョンサイド: 特典

 北高入学以来、自宅から光陽園駅までは自転車で、そこからは徒歩で通学している俺だが、最近どういうわけか帰りに寄り道をしなければならなくなってしまった。
 いつの間にやらSOS団団長様が自転車置場までついてきたかと思ったら、
「家まで送っていきなさいよ」
 とちゃっかり荷台に収まるようになってしまったのだから仕方がない。
 俺も断ればいいのに何故か律儀に毎日ハルヒを家まで送り届けているわけで、自分の人の好さを誰かに褒めてもらいたい気分にもなる。ああ、特定の誰かってわけじゃないぞ。そうじゃないからな。
 今日もいつもと同じように駅前の駐輪場までついてきたハルヒは、俺が自転車を出すのを待っているわけで、だいたいここからハルヒの自宅なんてたいした距離じゃないんだからわざわざ俺を待つんだったらさっさと帰ればいいんじゃないかとも思う。
 そんなことをわざわざ言う気はない。ハルヒには言ったって無駄だろ。

 今日も義理堅くハルヒを送っていくために鍵を外して自転車を出そうとしたとき────

 ぎゅ。

 何故か俺は動きを封じられた。というか、ハルヒに抱きつかれた。
「おい、自転車が出せない」
 というより動けん。なんなんだいったい。俺たちは下校時刻に合わせて帰っているわけで、この自転車置場を利用する北高生も結構いる。てことは、この現場を結構な数の北高生に見られているわけだ。
 これは新手の嫌がらせかなんかか。
「……あんたが悪いのよ」
「何がだ」
 毎日家まで送ってやってるってのに何だか知らんが悪者にまでされちゃたまらん。
「いいの、とにかくあんたが悪いの!」
 一方的に決めつけると、ハルヒはようやく俺から離れた。
「いいから早く自転車出しなさいよ!」
 相変わらず横暴だな、この団長は。さっきのはいったい何だったんだよ。
 文句を言っても聞き入れられないのは火なんか見なくったって明白である。俺は文句の代わりに溜息を1つ吐くと、後ろにハルヒを乗せて自転車を漕ぎ出した。

 自転車だと5分程度しかかからない。
 すぐにハルヒの家に到着し、いつもなら自転車にまたがったまま別れを告げるのだが、今日に限って俺も自転車から降りる。
「なによ」
 あからさまに不審そうな顔をしているハルヒを、今度は俺が抱きしめた。
「えっ、ちょっと、キョン!?」
 焦ることないだろ。さっきの仕返しだ。
「……バカ」

 確かに誰も褒めちゃくれないが、これはどんな褒め言葉も敵わない特典かもしれない。





ハルヒサイド: 習慣化

「なんで駅までついてくるんだ。どっか出かけるのか?」
「別に」
「用があるんじゃないのか。お前の家はこっちじゃないだろ」
 なによ、そんなにさっさとあたしを追い払いたいわけ。キョンのくせに。
「家まで送っていきなさいよ」
「なんで俺が遠回りしてまでお前の足にならなきゃいかんのか」
 いつもの交差点で別れるときまだ話の途中だったんだからしょうがないじゃない。話が途中で終わると気持ち悪いでしょ、最後まで聞きなさいよ。
「……やれやれ、だ。どうせダメだと言っても聞かないんだろ」
 そう言って溜息なんて吐くくせに、仕方ないなという顔で笑うなんて、卑怯よ。普段はしかめっ面ばっかりなのにふと見せるキョンの軟らかい表情にあたしは弱い。不覚にも鼓動が早くなる。
 あんな顔するなんて、卑怯だ。
 おかげで、あたしの精神病は悪化する一方で、治る気配すら見せないじゃない。

 結局それからあたしは毎日キョンに家まで送らせることにした。自分でもバカみたいって思うわ。ほんの少し、一緒にいる時間が延びるだけなのに。さっさと別れて家に帰った方が早いのに。
 今日も帰り道はいつも通り駅前の駐輪場まで一緒に来た。キョンは既に習慣になってるみたいで、文句も言わずに当たり前の顔をして自転車を出そうとしている。
 キョンはどう思ってるのかしら? あたしがこうやってバカみたいに一緒にいようとしていることに気づいてるのかしら?
 自転車の鍵を外しているキョンの横顔はまったくいつも通りで、やっぱりあたし1人でバカみたいに思ってしまう。
 ほんと、バカ。キョンのバカ。なんであたしばっかりこんな気持ちになってるんだろ。
 そう考えたら何だか悔しくて、キョンだって少しはあたしのせいで焦ったりすればいいと思って、キョンに思い切り抱きついてみた。
「おい、自転車が出せない」
 キョンは焦ってるわけでもなく、ただ少し驚いただけみたい。ああもう、ほんとにあたしばっかり。
「……あんたが悪いのよ」
「何がだ」
 何がだ、じゃないわよ。どうしてキョンなんかのせいであたしはこんなに感情が揺れるのかしら。どうしてキョンはあたしのせいで心を乱したりしないんだろう。
 悔しい。
「いいの、とにかくあんたが悪いの!」
 一方的に決めつけて、悔し紛れに早く自転車出しなさい、と命令した。出せなかったのはあたしのせいなのに、キョンは溜息を吐いただけでなにも言わずに自転車を出すと
「ほら、早く乗れよ」
 なんていつもの顔して言う。何だか負けてるみたいでやっぱり悔しい。キョンに負けるなんて。

 そうよ、ほんとにいつも通りでなんでもないなんて顔していたくせに。
 あたしを家まで送って、その日に限って自転車から降りたかと思うといきなり抱きしめるなんて、ほんとにキョンは卑怯だわ。
「えっ、ちょっと、キョン!?」
 心臓が一気に鼓動を早める。もう、なんなのよ。なんであたしがキョンなんかにこんなに振り回されてるのよ。
「焦ることないだろ。さっきの仕返しだ」
 バカ。やっぱりキョンが悪いんだからね。あたしの精神病は、もう一生治りそうにないじゃないの。

 それから、キョンはあたしを送った後に抱きしめることもあっさり習慣にしてしまった。そうなってしまってから、新たに習慣が追加されるのにも時間が掛からなかった。

 ……やっぱりキョンは卑怯だわ。ずるい。
 唇に残る感触に戸惑いながらあたしがそう呟くと、キョンはめずらしく笑顔で言った。
「そうかもな」


  終わりやがれ。



R254様に続きを書いて頂きました!
こちらです。→「ずるい