花泥棒
短編 | 編集

Gimma_Alito様にイラストを戴きました。文末に掲載させて頂いております。

 どんな人間だって機嫌のいい日もあれば悪い日もあるわけで、誰しも1人で生きていない以上、自分あるいは他人の機嫌とやらに左右されながら生活をするのは当たり前であり、やむを得ない話である。
 特に他人の機嫌なんて物は、一時的な不和や混乱を起こすことはあるかもしれないが、普通に生活している以上たいして影響を及ぼす物でもない。言っておくが、相手に対する好意の度合いはまた別の話だ。気に入らない奴なんて機嫌がいい方がなんとなく腹が立つ、何てこともまあないこともない。
 そう、他人の機嫌なんか知ったこっちゃないと思っている俺だが、その機嫌如何で世界さえ滅ぼしかねない女を1名知っているともなるとそうも言っていられなくなる。

 つまりこういう事だ。
 涼宮ハルヒの機嫌が悪い。

 こいつの機嫌が悪いと何故か俺のせいにしてくるニヤケスマイル面が思い出されてしまい俺の気分も下降気味だが、勝手に俺のせいにして嫌味を言われる前に何とかフォローしておこうと思う健気さをちょっと自分で褒めておこう。
 いじらしいぞ、俺。
 とにかく登校したときには、ハルヒは既に窓際後方のいつもの席で不機嫌オーラを教室中にばらまいていた。おい、教室内に大戦勃発直前のヨーロッパ並みに暗い緊張感が漂っているのだが、お前1人が原因かよ。俺に何とかしろと目で訴えるのは止めろ、クラスの連中。
 内心溜息をつきながらも、自分の席に腰を下ろしてハルヒに声をかけようとしたが、ハルヒの怒気を含んだ声の方が早かった。
「ちょっと聞いてよ、キョン!」
 俺に聞いて欲しいってことは、不機嫌の原因は俺ではないのだろう。
「なんだ。何かあったのか」
 ハルヒは親の敵でも見る目で俺を睨み付けると、昨夜あったらしい出来事を話し始めた。
「今朝起きたらうちの庭が荒らされてんのよ! 勝手にうちの庭に入り込んで、咲いてる花を根こそぎ持って行った奴がいたの! 腹立つったらないわ! なんで気がつかずに寝ちゃってたのかしら! 絶対捕まえてとっちめてやるのに!」
 ハルヒの家に忍び込むなんて随分心臓の強い泥棒もいたもんだ。いや、それよりおかしいぞ。ハルヒは少なくとも3つの勢力に“監視”されているわけだから、家の庭なんかに入り込んだ人間がいたとしたらそいつらが何とかするんじゃないのか。後で聞いてみるか。
「母さん庭いじりが趣味だったからすっかり落ち込んじゃってるし。マジでむかつくわ。犯人捕まえたら花の代わりに首まで埋めて毎日肥料まいてやるんだから!」
 この国じゃ私刑は認められてないぞ。てか死ぬぞ、それ。大人しく警察に任せとけよ。
「警察なんかアテになるわけないじゃない! だいたい金銭換算したらたいした価値がないって思われて適当にあしらわれるのがオチだわ」
 現代の警察を糾弾する会の代表者にでもなったつもりか。
「あんたも少しは怒りなさいよ! SOS団の団長の家に泥棒が入ったのよ!」
 その名称を大声で叫ぶのは止めてくれないか。今更とはいえ、なんとなく恥ずかしい。
「お前が憤懣だか慷慨だかやる方ないのはよく分かった。確かに勝手に持って行かれるのは腹が立つよな」
 警察のことはおいておこう。
「そうでしょ! ほんっとに憤りを感じるわ!」
 ハルヒはそう言ってようやく気が済んだらしく、黙って窓の外を眺め始めた。先ほどの緊張した空気がかなり和らいでいるのは、俺にまくし立てることでストレス解消したからだろう。教室も心なしかホッとした空気が流れている。
 まさか花泥棒も県立高校の空気を悪くしようとして盗んだんじゃあるまいが、正直恨むぞ。なんでよりによってハルヒの家なんだよ。
 俺はこっそり溜息を吐いた。


 放課後である。
 ハルヒは「犯人を捕まえてやるんだから!」と言って帰ってしまった。本気で探偵の真似事をする気なのか。
「実は既に犯人は捕まっているんですよ。警察に、ではありませんが」
 なんとなく予想はしていたが、どうやら犯人は『機関』によって取り押さえられたらしい。だったらなんで泥棒なんて行為をする前に捕まえなかったんだよ。
「何もする前に取り押さえられるわけがないでしょう。侵入罪には問えるでしょうが、敷地に侵入した時点で取り押さえても我々が涼宮さんの関係者かどうかを見極めることが出来る、ということの説明が出来ません」
 分からんでもないが、納得はできん。そもそも花泥棒なんてやられたらハルヒの機嫌が悪くなるのは数学の公理より明白で、ハルヒの機嫌が悪くなると困るのは誰よりも『機関』の連中、というか古泉自身じゃないのか。
「この件に関しまして、僕は意見できる立場にありませんから。しかし、結果として閉鎖空間は発生していません」
 そうなのか? 物凄く機嫌悪かったぞ、今朝のハルヒは。あれで灰色空間が発生しないってのは、やはりハルヒの力が弱まっているってことなのか。
「それもあるでしょうが、それ以上の理由があると僕は考えています」
 言ってみろ。
「涼宮さんは別のストレス解消法を見つけつつある、ということですよ。閉鎖空間を発生させなくても」
 どういうことだ。そりゃ閉鎖空間なんて作らない方がいいに決まっているが、別のストレス解消って、まさか……。
「お分かりのようですね。あなたですよ」
 やっぱり俺かよ。うすうす感じてはいたが、俺はハルヒの精神的サンドバッグになっていたってわけか。
「そうではないかと思いますが」
 古泉はわざとらしく肩をすくめるのみでそれ以上何も言わなかった。なんか腹が立つな。

「そう言えば……」
 ハルヒがいないのにわざわざメイド服に着替えた朝比奈さんがふと思い出したような顔をして言った。
「花泥棒は罪にならない、なんて言いますよねぇ」
 それはそうですが、朝比奈さんが言うってことは未来でもそう言われるんですか。
「うふ。それは禁則事項です」
 ぺろっと舌を出してそう言う朝比奈さんは思わずこちらも微笑んでしまうほどに可愛い。
「でも、本当に花泥棒さんは罪じゃないんですかぁ?」
 完全に意味を取り違えているのは朝比奈さんらしいところだ。未来ではどうか知らないが、少なくとも侵入・窃盗の罪にはなるだろう。俺がそう言うと、朝比奈さんはますます首を傾げてしまった。そういや、なんで花泥棒は罪にならないって言うんだろうな。
「正確な由来は不明。狂言『花盗人』が由来との説がある。あるいは帥宮敦道親王の短歌と主張する人も存在する」
 それまで黙って本のページを定期的にめくっているだけだった長門が始めて顔を上げた。自分から会話に参加するのはめずらしいが、実は誰よりも空気が読めるのは長門かもしれない。
「短歌とはどのようなものですか」
 古泉が興味を持ったらしい。こいつもかなり物知りの部類に入ると思ったんだが、さすがに知らなかったか。
「われが名は花盗人と立たば立てただ一枝は折りてかへらむ(歌意)」
「それはまた情熱的ですね」
 古文なんて日本語じゃねえと思ってる俺でもなんとなく意味が分からんでもない。が、何故情熱的ということになるのか。
「こういう短歌はたいてい裏があるんですよ。ここで花泥棒とのそしりを受けてでも折って帰る一枝、というのは実は女性の暗喩ですよ。泥棒だと言っているからには、おそらく誰かの妻であった女性なのでしょう」
 なるほどな。平安時代の人間はまわりくどい方法で表現するのが好きだったようだな。
「あなたほどではない」
 長門、何かいったか?
「別に」
 そうか。朝比奈さん、何笑ってるんですか。


 そのときはそれで終わった会話だが、何故か家に帰っても何か説明しがたい物が心の奥にひっかかったままだった。何が気になっているのか自分でも分からない。「花盗人」とか「ただ一枝は」と言った言葉が妙に頭から離れない。
 頭の靄が晴れないまま、何故か俺は携帯を手に取っていた。
 そうだ、いつもは率先して部室に行く団長が今日に限って休んでるから調子狂ってるんだ。あいつは俺が休むことにはうるさいくせに、自分は都合で休むなんて勝手な奴だ、と言っても「あたしは団長であんたは雑用なの!」と言われて終わりだろうが。

『なによ』
 挨拶もなしかよ。もしもし、くらい言え。
『うるさいわね。あんたも誰にかけたか分かってるんでしょ、時間の無駄よ。何の用?』
 相変わらず電話だと用件しか話したがらない奴だな。
「泥棒は捕まえたのか」
『まだよ。警察はあたしが学校にいる間に来たって言うし、ほんと使えないったら! 何であたしが帰るまで待ってなかったのよ!』
 そこまで警察が暇ならある意味この世は安泰だな。実際にはそんなこと言ってられないが。
「そうか。早く捕まるといいな」
 実際には『機関』が捕まえてるからいいんだが、何故かハルヒにそう伝えたい気分なんだよ。
『すぐ捕まえるわよ! あたしが見つけるんだから!』
 その自信の根拠を是非ともご教授願いたい。
「やっぱり絶対許せないよな、花泥棒は」
『そうでしょ! 許されないわよね! やっぱり罰ゲームは必要だわ。どんな罰にしてやろうかしら』
 何故かハルヒはあまり怒っていないようだ。罰ゲームを考えるのが楽しいのかもしれない。
 その後2~3言かわして俺は電話を切った。
 この電話の意味を求められても困る。誰だって気分で行動することがあるだろ。とにかく俺はそうしたい気分だったんだよ。別に放課後に誰かの声が聞こえないと落ち着かない何てことは断じてない。
 本当は花泥棒自体が許せないってわけじゃない。確かに腹が立つが、花を折っていきたいなら好きなだけ持っていけばいい。
 だが、「ただ一枝」だけは絶対譲れない、何故か知らんがそう思ってしまう俺がいる。
 そう考えるとハルヒの顔が浮かぶのはいったいどうしてなのかね、と思ったところで俺は考えること自体を止めることにした。




  おしまい。


歌意: 花盗人とわたしの評判が立つなら立てばいいでしょう。(それでも)ただ一枝だけは折って帰りましょう。つまり花泥棒と言われようが俺はこの女(和泉式部)を手放さないぞ、と言っているわけだ。
帥宮敦道親王。和泉式部集より。本当は「花ぬす人」と書いてあるらしい?
和泉式部は当時「浮かれ女」と言われるほどの恋愛遍歴の持ち主で、今で言うとスキャンダルの女王的な存在だったらしい。敦道親王の前は実兄である為尊親王の恋人であった。
和泉式部を自邸に住まわした敦道親王が藤原公任に送った歌。ある意味挑戦状。
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